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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第四章】騒乱のアナトリア
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4-25.“闇”の襲来

『アナトリア皇国皇都アンキューラの皇城地下に発生したダンジョン(・・・・・)の踏破と制圧を命ずるっす!』

「はぁあ!?」


 “通信鏡”の向こうから聞こえてきたマリー嬢の指令(・・)に、レギーナが心外そうに声を荒げた。


「なんでよ、お断りよ。もうアナトリアは条約を脱退した(・・)じゃない!」


 その勇者の救援拒否(・・・・)に会場全体がどよめき、次いで勇者条約を脱退させられた(・・・・・)事実を指摘されて全体が消沈する。


「湧いたものは仕方ないとして、溢れ出る個体は討伐してあげるわ。だけど再封印を施せばそれで終わりよ。あとはこの国の(・・・・)仕事(・・)じゃないの」


『残念ながら拒否はできないっすよレギーナ氏』


 だが通信鏡の向こうであっけらかんとマリー嬢が言った。


「なんでよ」

『確かにアナトリアの条約脱退は確定で、その処理も終えてるっす。けどもう陽も暮れてて本日の選定会議の通常業務はとっくに終了してるっす』

「そうね。それで?」

『つまりっすね、承認がまだ(・・・・・)なんす。明日の朝の中央本会議で承認ってことになるんで、今日のところはアナトリアはまだ(・・)加盟国(・・・)なんすよ』

「………………げっ」

『だからっすねレギーナ氏、今日付けの(・・・・・)指令(・・)ならレギーナ氏は勇者候補として受けなきゃ(・・・・・)ダメ(・・)なんすよねこれが』


 そう。夜会が始まり皇太子がレギーナを皇太子妃に立てると宣言し、レギーナが渋々ながらも(その後の展開のために)それを了承した時点で、すでに勇者選定会議はその日の業務を全て終了していたのだ。脱退の連絡を受けてすぐにマリーが書類などの準備を終えているし、あとは承認だけだから脱退は確定なのだが、その承認は明日付け(・・・・)ということになる。


 勇者とその候補は勇者選定会議によって選定され、認定され、勇者として活動するその生涯の全てを選定会議によって保護される。勇者にもたらされる依頼は厳選されて煩雑にも多忙にもなり過ぎることはないし、報酬も充分な額が用意され余計なマージンを抜かれることもなく渡される。

 もちろん勇者の側でも独自に依頼を受けることができるし、その報告は選定会議に寄せられ適切な報酬とともに実績として加味される。だからレファの瘴脈を掃討したことはもちろん、ザムリフェまでの道中で魔術強盗を退治したこともラグシウムの遊覧船で子供の命を救ったことも、イリュリアはティルカンで起こった騒動の詳細も、当然すべて選定会議が把握している。

 そして勇者の地位を巡る今回のような陰謀からはきっちりと守ってもらえるし、かつての勇者カイエンのように迫害を受けることもない。


 ただその代わり、勇者とその候補は勇者選定会議からの依頼を基本的に断れないのだ。

 もちろん選定会議とてある種の国際政治組織だから内部の政治闘争もあるし、メンバーも完全に正義の徒ばかりというわけでもないから時には誤った対応を取ることもある。だから特定の要件をクリアすれば選定会議からの依頼であっても断れるのだが、残念ながら今回には当たらない。


「……ああもう、分かったわよ。受ければいいんでしょ!」

『さっすがレギーナ氏、物分かりがいいっすね!』

「でもあんたも付き合いなさいよね!こっちはなんの情報もないんだから、ちゃんと責任持ってナビゲートしなさい!」

『かしこまりー!』


 えっいやそこは畏まるんだ?

 普通は業務外だからとかって断るとこじゃない?ていうか、ただでさえ業務終了後に通信鏡の前で待機してたのに、これからさらに残業となるとマリー嬢いつ帰ってるの?明日も業務よね?


『チッチッチッ。そこは乙女の秘密(・・・・・)ってやつっすよ』


 暴いちゃダメだってか。

 誰も知らないマリー・カーシコ嬢。普段話しているレギーナたちでさえ彼女の声しか知らず、通信鏡での会話は通信距離を稼ぐために映像通信はオフにされていて鏡面には何も映らない。そしてレギーナたちは選定会議本部にも行かないから、彼女の顔さえ見たことがなかったりする。


「ていうか私、毎回あなたにしか応対されてないんだけど?」

『そりゃあだって、アタシが担当っすからね!』

「必ず5番ってこと?」

『そっす!今の1番がロイ氏、2番がユーリ氏で、以下ヴォルフガング氏、リチャード氏でレギーナ氏っす!順番通り(・・・・)っす!』

「じゃあもし私が認定勇者になったら……」

『3番に上がるっすね!』

「……そうなんだ」


 もしそうなればこの小うるさいマリーともお別れかぁ、と感慨に耽ったレギーナはまだ知らない。晴れて認定され選定会議に連絡を入れた際に『3番回線担当受付マリー・カーシコがお受けするっす!』と言われて盛大にツッコむ未来があることを。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 その時、会場入口付近が急に騒がしくなった。

 騒がしいというか、甲高い女性の悲鳴がはっきり聞こえて、次いで男性の声で「逃げろ!」とも聞こえてくる。さらにこれは会場警護の騎士たちだろうか、「皆様ご退避を!」「囲め!中に入れるな!」という声まで聞こえてきた。

 入口付近にいたと思われる下位の招待者たちが、恐怖に顔を引きつらせ我先にと会場中央部に駆けてくる。「助けて!」「化け物!」などという声とともに。


 入口付近から人がいなくなり、次第に状況が明らかになる。そこに立っていたのはひとりの青年貴族と思しき正装の男性。


「ふむ。晩餐会と聞いたから衣装を整えてみたが、これでよいだろうか」


 などと言っているが、着ている正装(フロック)は明らかにサイズが合っていない。というかひと目で他人の衣装を無理やり着たのが分かるほどパツパツで、なんならスラックスはボタンが止まっていないしシャツはへその上までしかない。そしてそのシャツの襟元が血で真っ赤に染まっていた。

 しかもその男の両側頭部には、黒光りする尖って捻れた二本の角が生えている。肌は青黒く、目は黒く、瞳孔は血を薄めたような朱色だ。


「ま、魔族だと!?」

「どこから入って来た!?ここは皇城だぞ!?」

「そんなことより、逃げろ!」


 たちまち会場中央部にまでパニックが伝播する。誰も騎士を呼ばないのは、男の足元にいくつも鎧と(・・)混ざった(・・・・)肉塊(・・)が転がっているからだ。


「魔族ですって?」

「タイミングからして、ダンジョンに湧いた(・・・)っちゃろうねえ」


 そのおぞましい姿を視認しても蒼薔薇騎士団は落ち着いている。だが不快でないわけではない。魔族の周りの肉塊から死臭と血臭が濃厚に漂ってくる。


『レギーナ氏、魔族が出てきてるんすか?』

「そうみたいね」

『じゃあそれ、サクッと()っちゃって下さいっす!』


 マリーに言われなくとも、倒してしまわないことには場が落ち着かなさそうだ。


「ええい、何をしておる!さっさと討伐せぬか騎士団長!」


 その時、壇上から金切り声が響く。

 振り返らなくても皇后ハリーデだとすぐ分かる。ちなみに振り返っていれば、恐怖と焦りに歪んだ蒼白な顔面が見られたはずである。


「騎士団長、というのはこれ(・・)のことかね?」


 魔族が鱗に覆われた太い尻尾を振り上げた。その尻尾が巻きついていたと思しき大きな塊が、人々の頭上を越えて皇后の足元、皇太子の席のある壇の上部まで飛んだ。

 かなりの距離があるのだが、そして人の上半身ほどもある大きさだったが、それでもそれ(・・)はそこまで届いた。


「……っ、ひぃ……!」


 まず物理的に攻撃されたことに皇后ハリーデは怯え、そして飛んできた物を確かめて今度こそ絶句した。


 それは、力任せに引き千切られた騎士団長の上半身。ほどもある(・・・・・)、どころではなくそのもの(・・・・)だったのだ。

 その変わり果てた姿を目の当たりにして皇后は腰が抜けたのか、ズルズルと頽れて皇后玉座に座り込んでしまう。


「は……は……話が違う、こんなはずでは……」


 放心したように呟く皇后のその声は、あまりに小さすぎて誰にも届かない。


「会場警護の隊長はいるかしら!」


 レギーナが叫ぶと、すぐに屈強な壮年の騎士が駆け寄ってきた。


「は、こちらに!」

「貴方と隊員は避難誘導をしなさい!あれは私が相手するわ!」

「助勢して頂けるのですか!?」


 隊長は驚き、そして物言いたげな目を向けてくる。彼も会場内にいて条約脱退の顛末を聞いていたのだろう。あるいは、女性に助けを乞うのを恥じているのか。


「依頼を受けたからには、勇者として仕事をするわ。当然でしょう?」

「……かたじけない。ご武運を!」


 色々言いたいことはあるのだろうが、彼はそれだけ言って頭を下げるとその場を離れていった。

 それを見送ることもせず、レギーナは入口に向かってひとり駆ける。


「そこまでよ!」

「ん?……娘よ、そんな剣など持ち出してなんとす……む?」


勇者(わたし)がいる場所にのこのこと顔を出した間抜けさだけは褒めてあげるわ」


 それだけ言い捨てて、レギーナはドゥリンダナを横薙ぎに一閃した。


 ただそれだけで、魔族の首が斬り飛ばされた。

 同時にドゥリンダナが鈍く光り、次の瞬間には魔族の上半身が細切れになっている。レギーナが迅剣ドゥリンダナを“開放”して亜音速で滅多切りにしたのだ。


 魔族は首を刎ねただけでは死なない。霊炉(心臓)を破壊して再生できないようにトドメを刺さなければならないのだ。

 そして上半身ごと心臓を斬り刻まれた魔族は、ついでに頭部も両断され、そのまま反撃もできずに血煙の中息絶えた。なおその際に飛び散った血飛沫は、亜音速で動き回り回避したレギーナには一滴もかかっていない。


「姫ちゃん、初っ端から開放するとは(なんて)ちと可哀相(かわいそ)かろうもん」

「なんでよ、ドレス汚したくないんだから開放するわよ」


 のんびり歩み寄ってきたミカエラの苦笑に、さも当たり前のように答えるレギーナ。

 その周りでは恐怖に怯えつつも勇者の戦闘をひと目見ようとその場に残っていた招待者の全員が、呆然として彼女たちを凝視していた。


 一般的大多数の人々にとって、魔族とは魔物(モンスター)の中でも上位種、魔王や吸血魔と同じく闇の眷属その(・・)もの(・・)であり絶望の象徴である。人類は魔族に関して細かいことなど何も分かってはいないが、それが死と絶望をもたらす悪夢だと分かっているだけで充分だ。

 その魔族を、この見目麗しい女勇者はその華奢な肢体で、華美な長剣をひと振り(・・・・)しただけ(・・・・)で細切れにしたのだ。

 それを目の当たりにしてしまっては、もはや皇帝や皇太子が繰り返し説明してきたことが絵空事にしか思えない。懐柔し籠絡し、あるいは拘束し屈服させて国家に従う従順な戦力(・・)とする、そんなことが現実に起こり得るとは到底思えなかった。


(こ、これが勇者様の実力……)

(何が起こったか、全く見えなかった……)

(こんなものを、こんな方の助力を我が国は失うのか……)

(これほどの力、確かに南方戦線には欲しいが……)

(だがこれは、御せん……)


「貴方達に言っておくわ」


 畏敬と恐怖のないまぜとなった視線に気付いてか気付かぬままか、レギーナが静かに声を上げる。


勇者(わたし)が助けないのはあくまでも“国家”よ。無辜の人民まで見捨てたりはしないから、安心なさい」


 それはつまり、アナトリア国民を見捨てないという勇者の宣言であった。確かに条約で定められた通り、アナトリアは国家としてはもはや勇者を頼ることは出来なくなる。だが彼女個人は、そこに住まう人々まで見捨てるつもりなど最初からなかったのだ。

 静かな声音で発せられたその宣言は、ざわめきとともに波紋のように会場内を伝播し、人々は顔を見合わせる。そして次第に喜色を浮かべ、信じられないような、でも安堵したような顔になり、やがてひとり、またひとりと跪いてゆく。


「「勇者様に対する今までの数々の非礼、どうかお赦しを」」

「「女と侮っていたこと、伏してお詫び申し上げます」」

「私が怒っているのは最初から皇帝と皇后、そして皇太子だけよ。貴方たちは上の意向に従っただけなのだから、特別に許してあげるわ⸺あら?」


 その時にようやくレギーナは気付いた。

 皇太子の姿がどこにもない(・・・・・・)ことに。


 皇帝は、先ほどまでレギーナがいた会場中央にへたり込んでいたのを、侍従長や側近たちが助け起こして支えつつ守っている。皇后は頽れたまま失神していたのだろう、担架に乗せられ侍女たちや近衛の騎士たちの手によって運び出されてゆくところだった。その他の皇族たちも安全が確認できたところで順次退出を始めている。

 だが、皇太子の姿だけがどこにもなかった。


「もしかして皇太子(アイツ)、逃げた!?」







騎士団長、お忘れかも知れませんがアルタンの登場時(4-5.マトモなのもいるじゃない)にチラッと登場しています。プロットではもうちょい出番があったんですが、お亡くなりになってしまいました。合掌。




いつもお読みいただきありがとうございます。


もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!

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