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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第四章】騒乱のアナトリア
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4-24.災厄は立て続けに起こる

「はいレギーナ。これを」


 場内が悲嘆と絶望に崩れ落ちる中、スッと寄ってきたヴィオレがレギーナに封書を差し出す。


「あらあら。やっぱり偽造じゃないのこれ」

「んな!?……あっ、それは!いつの間に!?」


 それは先ほど皇太子が得意げに掲げて見せていたエトルリア(・・・・・)からの(・・・)合意(・・)文書(・・)。それをヴィオレが茫然自失とする皇太子の手からくすねてレギーナに手渡してきたのだ。

 そしてそれは、王族であるレギーナが見れば一目瞭然で偽物と分かる。確かによく似せてはいるが紙質とインクが異なるし、公的文書の執筆官は決まっているのにこの筆跡には見覚えがない。そして何よりも、印璽の印影が微妙に異なっている。


「エトルリアの公文書偽造、ね。エトルリア王女として、正式に抗議するわ」


 そのレギーナの発言にまたもや会場がどよめく。公的な場で他国の王女から正式に抗議の発言が飛び出した以上、もはや国際問題待ったなしである。


「国家を挙げて我がエトルリアを侮辱した以上、相応の報復を覚悟して頂きますわよ、陛下?」

「ま、まて…………違う、違うのだ」

「違いませんわ。何しろヴィスコット3世フェデリコ・ディ・ヴィスコット陛下の御署名と御璽まで偽造されているのですもの。これ本国に送ったら、烈火の如くお怒りになるでしょうね」


 またしてもうっそりと微笑むレギーナ。そして目がひとつも笑っていない。

 ちなみにヴィスコット3世フェデリコはレギーナの父である先代ヴィスコット2世アンドレアの年子の弟で、兄の唯一の忘れ形見であるレギーナのことを我が娘のように溺愛している。3年前に跡取りの王子ダニエルが生まれるまでは、3世自身にも子がなかったためレギーナを次期王位に就けると公言して憚らなかったし、ダニエルが生まれるまでは実際にレギーナが継承権1位だったのだ。

 そしてそんなフェデリコが、自分の預かり知らぬところで勝手に愛しの姪の婚姻を認める偽造文書を仕立てられていたと知ったらどうなるか。レギーナの脳裏には、地平線まで更地に均されたアナトリアの末路しか浮かばなかった。


「まままま待ってくれ、どうか、どうかそれだけは!」


 大慌てでトルグト4世がレギーナの元まで降りてくる。あの移動階段伸びるんだ。へぇー。

 だが肥満体のトルグト4世は足元も覚束ないのか、階段を降りる足取りがやや怪しい。そして距離が長いのでなかなか降りて来られない。皇帝侍従長が支えてはいるものの、侍従長も結構な高齢でありむしろ危うさしかない。

 そして、だからといってレギーナが遠慮するような事もない。


「待ちませんわ。⸺ヴィオレ」

「ええ、心得たわ」


 レギーナはヴィオレに封書ごと文書を渡し、受け取ったヴィオレは颯爽と人並みをかき分けて出口の方に駆けてゆく。慌てた皇太子が「そ、その女を捕らえよ!」と命じた時には、あれだけ目立っていた彼女の姿はもうどこにも見えない。


「さて、マリー」

『はいはいレギーナ氏』


 ようやく床面まで辿り着いた皇帝と侍従長を見ながら、レギーナがまだ繋げたままの通信鏡に向かって話しかける。

 黙って待っていたマリー嬢がすぐさま反応した。


「あと何かあるかしら?」

『んー、そっすねえ。近々アナトリア皇国には皇帝宛てに勇者選定会議から召喚査問状が送られるっすね!』

「あ、それ、弾劾裁判の?」

『そっす!国家ぐるみの勇者拘束案件なんて120年ぶりっすからね!下手したらアナトリアは地上から(・・・・)()()()かもっす!』

「まあ未遂だけれどね。でも赦されざることだわ」

『まったくっす!』


「「な、な、なんじゃとおおおぉぉぉ!!?? 」」


 皇帝と皇太子がダミ声でハモった。うるさいからステレオで喋るんじゃありません。


『それから婚姻ってことになるとレギーナ氏も勇者候補の資格を喪失するっすけど』

「ああ、それはたった今婚約破棄(・・・・)された(・・・)から」

『じゃあ資格喪失(そっち)はナシっすね!』


 恐ろしいことに、これだけの騒動があったというのにレギーナ側は一切何も被害を被っていない。せいぜい望まぬ婚姻を承諾させられたことによる精神的苦痛が一瞬あった程度である。だが対するアナトリア側は、何もかもが見るも無残なほどにボロボロだ。

 勇者条約からの強制脱退とそれによる世界からの孤立、勇者候補に対する数々の不敬事案に加えて不当拘束未遂事案での弾劾確定、そして勇者候補レギーナの自国取り込み失敗、さらには大国エトルリアの不興を買ったこと。

 まさしく“アナトリア皇国終了のお知らせ”以外の何物でもなかった。


「こ、こんな……こんなはずでは…………」

「もう駄目じゃ、もう終わりじゃ我が国は」


《とはいえ、この国滅ぼせんとよねえ》


 それまでほぼ空気に徹していたミカエラが[念話]を繋げて話しかけてきた。


《まあ、それは確かにそうなのよね》


 それは主に地勢的な面での話である。東方と西方を繋ぐ大河沿岸の、つまりは西方世界への玄関口という意味で、アナトリアは東西を繋ぐ重要な役割を持っているのだ。それに西方世界には欠かすことのできない“黒水”の産出供給国でもあり、滅ぼしてしまうのは今後に影響が大きすぎるのだ。


《まあ、叔父様にはほどほど(・・・・)にしといてくれるよう頼んでおくわ》

《それが良かろうねえ。ついでに選定会議にも働きかけてもろうたが良かっちゃない?》

《まあ、そうね》


 とはいえ、勇者選定会議のメンバーも世界各国から選出された識者たちであり、アナトリアの地勢的重要性はよく理解していることだろう。そういう意味では、皇帝や皇太子の廃立程度はあってもアナトリアの国家自体を取り潰すようなことにはならないだろうと思われた。


「というわけでマリー」

『はいはいレギーナ氏』

「とりあえず今日のところの用件は以上よ。また近いうちに連絡すると思うから、その時はまたよろしく」

『かしこまりー!ではでは、ご健勝とご武運を勇者候補レギーナ氏!』


 そこまでで通信鏡の通信が切れ、それっきり明るくも騒がしいマリー嬢の声は聞こえなくなった。


「ああ、そうよ。忘れるところだったわ」


 通信鏡を切ったレギーナは、ふと思い出したように床に座り込んでいるトルグト4世の方を向いた。


「陛下、先日わたくしに書面にてお約束下さいましたわよね?あれを⸺」



 ズウウウウゥゥゥゥン…………


 その時突如、皇城が大きく揺れた。

 最初は大きく激しく縦に揺れ、その直後に立っていられないほど強烈な横揺れが襲った。


「な、なんじゃ!?」

「何が起こった!?」


 それはあたかも、直下型の大地震に見舞われたかのよう。だが揺れはどちらも一瞬だけで、会場を埋め尽くす人々はバランスを崩して倒れる者が続出したが、怪我をした者などは特にはいなさそうだ。

 豪勢な料理が載せられたテーブルがいくつも倒れ、まだ手付かずの料理が盛大に床にぶちまけられるが、それ以外には特に被害もない。灯りは天井を飾るシャンデリアまで含めて全て魔術灯で、火の気がないから火事にもならない。


「地震か!?地震だな!?」

「陛下をお守り参らせよ!」

「ええい狼狽えるな!皆頭を低くして伏せよ!」


 どうやらこの国の人々はこの手の自然災害には慣れているようで、バランスを崩して転んだ者もそうでない者も、皇帝を庇って立つ数人以外は次々と床に伏せ姿勢を低くし始める。

 あっという間に立っているのはレギーナとミカエラだけになった。なおクレアは転んでしまっていてミカエラに助け起こされている。


「なに?何なの?」

「分からんばってん…………いや、」

「「瘴気(ミアスマ)が湧いとう(てる)!」」


 揺れに耐えきったレギーナが周囲を見回し、それに答えようとしたミカエラの顔が突如険しくなる。

 そして彼女の叫びに、クレアのそれが語尾を除いて綺麗に重なった。


「瘴気!?この城の中に!?」

「間違いないよ!この濃さ、勢い、これ、」

瘴脈(しょうみゃく)やん!それも昨日今日湧いたもんやないばい!」

「瘴脈ですって!?どこに!?」

「多分地下やろ!」


 ミカエラとクレアの見立てはどちらも皇城の地下に瘴脈があると告げる。だが国家の、それも世界でも比較的上位に入るほどの大国の、しかも首都の城の直下に瘴脈が湧くなど前代未聞の事態である。

 そもそも瘴脈は地上のどこにでも湧きうるものだが、長い歴史の中で人類は瘴脈の湧き出さない場所を選んで定住し街にしてきたのだ。確かに比較的中小規模の都市の中に瘴脈が湧いて、都市を放棄せざるを得なくなったという事例が歴史上いくつかあるにはあるのだが、それでもアンキューラほどの大都市に瘴脈が湧いたなどという事例は記録に残っていない。


「ちょっと陛下!いつ!?いつからこの地下に瘴脈があるの!?」

「し、知らん!余は何も知らん!」

「じゃあ皇太子(アンタ)は!?」

「よ、余だって聞いたこともないわ!⸺おい、大宰相!」

「ひぃ!?わ、わしにもとんと覚えが……!」


 慌てふためく皇帝に皇太子に大宰相。その他の面々も一様に怯え、焦り、訝しむばかりで心当たりの有りそうな者は見当たらない。埒が明かぬと見たレギーナは、それまで腰を飾るだけに留めていたドゥリンダナをついに抜き放つ。


「正直に答えなさい!皇城地下に瘴脈があることを知っていた者、それを(・・・)隠して(・・・)いた(・・)者は今すぐ名乗り出なさい!」



「ふふ」


 声音の甲高い笑い声が、大広間に響いた。


「ふふふ、はは、あはははは」


 笑い声のした方に全ての人々が一斉に顔を向ける。


 その先にいたのは誰あろう、皇后ハリーデであった。


「あれは(わらわ)が命じて隠させておいたものよ。何か役立つこともあろうかと思うてな」

「なんてことをしてくれたの!?瘴脈が何の役に立つっていうのよ!」

「知っておるかえ勇者どの?瘴脈は湧いてからしばらく放っておくとの、」


 ハリーデがどこか恍惚とした表情でそこまで語った時、レギーナがまだ手に持ったままだった通信鏡が光り、着信を知らせる報知音(アラート)が鳴った。

 レギーナが受信操作をしてみると、聞こえてきた声は⸺


『勇者選定会議本部より5番回線担当受付マリー・カーシコが緊急通信をお届けするっす!さっきぶりっすね勇者候補レギーナ氏!』


 先ほど通信を終えたばかりのマリー嬢であった。


「なによマリー、緊急通信って」

『選定会議本部の瘴脈レーダーが反応したんすよ!それで担当受付権限で勇者候補レギーナ氏に選定会議から緊急(・・)依頼(・・)発注(・・)っす!』

「は!?」

『アナトリア皇国皇都アンキューラの皇城地下に発生したダンジョン(・・・・・)の踏破と制圧を命ずるっす!』

「はぁあ!?」







いつもお読みいただきありがとうございます。


もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!

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