4-23.かーらーの大逆転
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
1月3日で連載1周年です。
途中3ヶ月ほど休載がありましたけど、続けられてるのは読んでくださる皆様のおかげです!ありがとうございます!
「その求婚、受けましょう」
レギーナの降伏宣言に、ララ妃は顔を背けて俯いてしまい、イルハン皇子は無力感に顔を歪めて拳を握りしめた。
だがもうどうにもならない。当のレギーナ本人でさえ認めてしまったのだから。
「ふほほほほ!そうか、そうかやっとその気になったか!良い良い、たっぷり可愛がってやるでの、何も心配要らぬから全てこの余に任せて」
「じゃ、アナトリアは正式に勇者条約から脱退するってことでいいわね」
勝ち誇った皇太子の醜い嗤いは、続けて発せられたレギーナのその声に遮られてしまう。
「………………………………なんじゃと?」
「当然でしょう?王族が勇者と婚姻した国は、勇者条約の保護対象から外れると決まっているのだから」
さも当然のように言うレギーナ。
唖然として静まり返る会場。
蒼薔薇騎士団の他の面々も、なんの異論も挟まない。
「ま、待て!なんの話じゃ!?」
聞いたことのない声だと思ったら皇帝だった。驚愕に顔を染め、玉座からすら立ち上がっている。その横で皇后ハリーデの顔面が蒼白になっていた。
というか皇帝、ちゃんと大きな声出せたのか。
「勇者条約第17条第4項、付帯事項3よ。知らないとは言わせないわ」
先ほどまでの悔しげな表情とは打って変わって、レギーナは平静そのものである。
「勇者は人類の守護者であり、人類全てを等しく守護する責を負う。よって特定の個人、国家または組織に臣従あるいは所属することはこれを禁ず」
そのレギーナの隣に一歩進み出たミカエラが、勇者条約第17条を諳んじる。
「第4項は勇者の婚姻に関して定めた項目ね」
「付帯事項の3は勇者が王族と婚姻する時の定めが書いてあるよ。知らないの?」
ヴィオレと、クレアまでもがレギーナの隣に並ぶ。ちなみに付帯事項の1は勇者の自由恋愛に関する詳細、同2は勇者が親権者の決定に従って婚姻する際の取り決め、同4は勇者が特定の国家に所属しない平民階級と婚姻するための条件を記してある。
そして付帯事項の3とは、勇者が特定の国家の王侯貴族と婚姻する際の定めである。王族との婚姻、つまり特定の国家に所属することになるため、その国家は勇者の戦力を自国に取り込めるわけだが、その代わりにその国家は勇者条約の全ての恩恵を失うと明記されているのだ。
“勇者条約”。
正式には『西方世界における勇者の選定と適正な運用に関する国際条約』という。
守っていたはずの人類に裏切られて魔王に堕ちた“魔剣聖”カイエンの悲劇を二度と繰り返さないため、人類のほうでも勇者を保護し労るための法制化が進められた。それがいわゆる“勇者条約”である。これの制定と発効により、それまで多分に恣意的な運用と酷使が常態化していた勇者という存在は、適度に庇護され過度な負担がかからぬよう配慮されることとなった。
その結果として、勇者は何ができて何ができないのかが定められ、またその法的根拠や権限、被害補償の根拠なども明確になったのだ。つまりそれは、勇者が勇者として活動することによる経済効果も損失も全てコントロールされるということであり、同時に勇者が為さねばならぬ『勇者的行為』も、勇者が行ってはならぬ『禁則事項』も明確になったということを意味する。
その運用を厳格化するために条約という形で全てが明文化され、勇者はその候補となった時点から公的にも私的にも、そして現役だろうと引退しようと生涯を勇者条約に縛られる。それこそ結婚しようが出産しようが、何をするにも全部である。
ちなみに勇者の婚姻に関して取り決めた第17条の第4項、条文は『勇者は婚姻によって特定の個人、国家または組織に従い、その力を特定の個人、国家または組織の利益のために用いてはならない』である。
それでも勇者とて人間である以上、婚姻して子を儲けそれを育てることは人類普遍の基本的権利として当然容認されている。その代わりに様々な制約が課されるというだけだ。そして付帯事項の3、つまり特定国家の王族と婚姻するのであれば、勇者に課せられる制約は3つある。
「付帯事項の3には勇者が王族と婚姻する際の制約も明記されているけれど、まあこの様子だとそれも知らんのでしょうね」
ミカエラがため息とともに告げる。もはや失望と落胆を隠そうともしていない。
「え、な、せ、制約?」
狼狽える皇太子。どうやら本当に知らないらしい。
それを見てレギーナがさらに一歩進み出て、諳んじて聞かせてやった。
「ひとつ、婚姻と同時に勇者はこれを引退し、全ての権利権限を失うものとする」
「え……」
「ひとつ、引退したところで勇者の力が失われることがないため、勇者は変わらず全人類のために働かなくてはならない。なお当人の他に勇者または勇者候補が存在する時はこの限りではない」
「なっ……!?」
「ひとつ、婚姻によって所属することになる国家の救援を優先することはこれを認る。ただしその国家は婚姻と同時に勇者条約を脱退するものとし、速やかに手続きを取らねばならない。脱退後は再加入が認められるまでいかなる勇者の助力も得られないものとする」
「なにいぃぃぃいい!?」
「そんなバカな!?」
「嘘でしょう!?」
3つの制約をレギーナが語り、その内容に会場のあちこちから悲鳴が上がる。
つまりレギーナと皇太子アブドゥラの婚姻が成立した時点で、レギーナが勇者ではなくなる上にアナトリアは勇者条約から自動的に脱退し、今後いかなる勇者の助力も得られなくなるというのだ。
無論、レギーナが妻として在るうちは彼女を頼れば良い。だが彼女がもし亡くなったり、あるいは老いや傷病などにより力を失ったとしても、条約への再加入が認められるまではアナトリアは永遠に勇者に助けてもらえなくなるのだ。
そして今回、無理やり既成事実を作ろうとしたり偽造書類で逃げられないように追い込んだアナトリアの所業を考えれば、再加入が認められる可能性は非常に薄い、というかほぼあり得ない。
「い、いや、待て待て。そんなもの申告さえしなければバレることは」
などと慌てまくっている皇太子の目の前で、レギーナが手鏡を取り出した。それが“通信鏡”だと気付いた時には、その鏡面から元気な声が響いていた。
『かしこまりー!勇者選定会議本部、5番回線担当受付マリー・カーシコがお受けするっすー!』
場の空気も何も読まない、それは底抜けに明るい若い女性のあっけらかんとした声だった。
「あー、レギーナだけど」
『はいはい勇者候補レギーナ氏、用件を承るっすよー!』
「アナトリアが勇者条約脱退したから」
『かしこまりー!』
「「「「「いやいや待て待て!」」」」」
大慌ての周囲全部の人々のツッコミが一斉に放たれ、綺麗にハモった。理由も聞かずに即答でそんなもの承るんじゃない!
『なんか周りに人たくさんいるんすか?』
「いるわね」
『なんか待てとか聞こえたっすけど。⸺あ、手続き完了っす!』
「「「「「待てって言っただろうが!! 」」」」」
「相変わらず勇者としか会話しないわね、あなた」
『えーだってそれが職務っすからね!』
「と、というか勇者選定会議とは一体何なのじゃ!?何の権限があって我がアナトリアを勇者条約から脱退させるなどと!」
いつの間にか皇太子が一旦退場して会場に降りてきて…………じゃない、知らないうちに壇に移動式の階段がかけられてますね。
とにかく彼女の目の前まで皇太子が来て喚いているが、容易く捕まるレギーナではない。素早く距離を取りながら彼女は言い放つ。
「そんなの決まってるじゃない。どこの誰が勇者を認定してると思ってるのよ」
勇者選定会議。
それこそが勇者候補を選定し、勇者を認定し、勇者の活動全般をサポートする協力組織の名称である。勇者条約加盟各国から有識者議員を選出し、それで構成される中央運営委員会を基軸として、そのほか多くの議員・職員が勇者をサポートし世界を安寧に導くために日夜活動している。そのほか勇者条約に関する運用と監視も行っていて、条約違反には厳しく対処する。
だがその活動は一切が非公開とされていて、勇者または勇者候補本人ならびに勇者パーティのメンバー以外にはほとんど知られていない。他に条約批准各国の元首や選定会議に派遣される議員、勇者と関わることになる冒険者ギルドなどならその存在を知りうるだろうが、そのいずれでもない皇太子アブドゥラが知らなくても不思議はなかった。
そしてあくまでも勇者をサポートするのが活動の骨子であるため、選定会議は勇者とそのパーティメンバー以外とは基本的に交渉にすら応じない。勇者の行動や勇者条約に関する抗議などは受け付けるものの、よほどのことがない限りは却下されて終わるだけだ。
ちなみに、勇者条約に加盟していなければ勇者の助力を得られないと決められている。そのため加盟国は西方世界に存在する全国家であり、例外は鎖国状態で批准を拒否した帝政ルーシと、先代勇者ユーリを婚姻によって取り込んだシェレンベルク=ファドゥーツ公国の二国だけである。もちろんアナトリアも加盟国だ。
まあアナトリアは、たった今外れたが。
「勇者選定会議には加盟国全てから議員が選出されているはずよ。つまり、アナトリアも議員を出しているのだから知らないとは言わせないわ」
「し、知らん!そんなもの!」
「別に貴方が知らなくたって、陛下がご存知のはずだけど?」
「あ…………うむ。いや……」
話を振られた皇帝が口ごもる。
おおっと、この様子だともしや議員を出していませんね?
「あらまあ。派遣すべき議員も出してないのだとすれば、いよいよ再加盟は絶望的ね?」
うっそりと微笑むレギーナ。だが目が一切笑っていない。
「マリー」
『はいはいレギーナ氏』
「アナトリアの議員って誰?」
『現在空席っす!』
「いつから?」
『いつ、………………えーと、かれこれ15年になるっすねー!』
思った以上に最低の事態だった。15年間、つまり5期もにわたってひとりの議員も出していないとなれば、今回のことがなくてもアナトリアは条約除名を検討されていてもなんの不思議もない。
『何回催告しても無しの礫だったんで、加盟小委員会が10年ぶりに開かれる予定になってるっす!』
「あら、じゃあ手間が省けて良かったじゃない」
『そっすねー!』
「い、いや待て!出す、議員は出すから!」
「皇帝が議員を出すって言ってるけど?」
『もう遅いっすねー!』
そりゃそうだ。
『ところでレギーナ氏』
「なあに?」
『アナトリアが脱退する理由ってなんっすか?』
え、今頃それ聞くの!?と周囲がますます唖然とする中、レギーナが済まし顔で答える。
「皇太子が私と結婚したいんですって」
『あーそりゃ脱退事由っすね!んで、了承したんすか?』
「したわね」
『じゃあ確定っすね!』
目の前で自分を無視する形で通信鏡越しに繰り広げられる会話に、皇太子の顔がみるみる憤怒に染まってゆく。だってその会話は事実上の“アナトリア皇国終了のお知らせ”なのだ。
「ぐぬぬ…………、認めん、認めんぞぉ!」
たまらずに皇太子アブドゥラは吠えた。勇者条約を除外され世界から孤立したとあっては、たとえ自分が登極して皇帝となったところで栄耀栄華もなにもあったものではない。いくら美しき女勇者を手に入れたとしてもなんの意味もなくなってしまう。それにレギーナが勇者でなくなるのであれば、現皇太子妃アダレトを追い落とすことも叶わなくなる。
だから皇太子はレギーナに向かって、指を突き付け宣言する。
「き、貴様との婚約なんぞ、この場で破棄だ!破棄してやるぅ!」
またしてもシーンと静まり返る会場。
ついさっき得意満面で勇者を皇太子妃にと宣言しておきながら、それが不利益を生むと気付いた途端に破棄だという。その余りに軽々しい言動に、さすがに人々の冷たい視線が皇太子を貫く。
「な、なんじゃ!何か文句でもあるのか貴様ら!不敬であるぞ!」
喚いている皇太子だけが気付いていない。ここが皇太子が自ら主催した大晩餐会の会場で、その最中だということに。要は公的な場であり、そこでの発言は公式記録として残るということに。
つまりこの一連の騒動は、全て皇太子の消せない醜聞として永遠に残るのだ。それは皇太子のみならずオスマオウル皇家、そしてアナトリア皇国そのものの醜聞でもある。勇者を逃さないために仕組んだ夜会が、逆に皇太子と皇国の首を絞めることになったわけだ。
「あら何言ってるの?」
そしてトドメを刺すべくレギーナが振り返る。
「条約を脱退した国なんかに、勇者の私が嫁ぐわけないでしょう?」
もう何度目になるのか、会場が水を打ったように静まり返る。
いやいや待て待て、この勇者は何を言っている?
「なっ、きっ、貴様こそ何を言っておるか!一度は受けると言ったではないか!」
「ええ、そうね。合意には達したわ。でも誓紙に署名しての契約はまだ成立してないもの。だから婚約も婚姻も契約しないって言ってるのだけど?」
「はぁ!?…………だ、だったら!条約の脱退も無効だろうが!」
「ところがそうはならないのよねえ」
ニヤリと悪い顔でレギーナが笑う。
「マリー」
『はいはいレギーナ氏。えー、分かりやすく言えばっすね、勇者と王族の婚姻に関しては合意が取れた時点で条約の条文に抵触するっす!仮にそのあと破談になっても、自国に勇者を取り込もうとした意思自体が問題視されるっすね!』
そう。婚姻によって勇者を自国に取り込もうとすることそのものが、世界に対する重大な裏切り行為なのだ。だから条約は、勇者選定会議は、婚姻契約の成立そのものよりもその意志の有無をこそ問題視するのだ。
だからアナトリアはアウト。議員を出さず、勇者を不当に自国に引き込もうとしたのだから当然だ。というかさっきのマリー嬢の手際の良さから考えても、すでに決定していたと見た方がいい。
今度こそ何も言えなくなった皇太子が勢いを失って青ざめ、その後ろの壇上で皇帝が膝から崩れ落ちるのが見えた。
ちょっと長くなりましたが、この四章で一番書きたかった『婚約破棄からのざまぁ』でした(笑)。お楽しみ頂けたら幸いです。
でもこの四章、ここからがひと悶着なんですよねえ……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!