4-21.いざ直接対決!
皇城滞在5日目も蒼薔薇騎士団は軟禁状態に置かれた。だがそれを逆手に取り、彼女たちはじっくりと今後の計画を練ることができた。なにより煩わしい夜会に出なくていいのがありがたい。
この日の朝の間に、彼女たちの元を皇室侍従のひとりが使者として訪れた。
「明晩、皇太子殿下のご主催で晩餐会が催される。勇者レギーナ以下蒼薔薇騎士団の各員をご招待なさるとのこと。誉れに思われるのが宜しかろう」
おそらく皇太子付きの侍従なのであろう、見事なカイゼル髭を蓄えた年配の侍従は恭しく招待状を掲げて傲然と胸を張り、そう宣言した。この年代ならば勇者に関する各種の常識を知っていて当然なはずなのだが、忘れてしまったのか、それとも上の意向に従って無視を決め込んでいるのか。
だがまあいずれにせよ、蒼薔薇騎士団に選択権はなさそうである。招待なのだから断れるはずなのだが、そもそも出欠の確認すらされなかった。
「さあて、いよいよ直接対決っちゅうやつやね」
「二度と変な気を起こさないよう、再起不能にしてやるわ」
パーティリーダーとサブリーダーが不穏な空気を纏って不敵に嗤う。
「ちょっとこの子たち、やる気になり過ぎているわね……」
「しょうがないよ。こうなったら止められないもん」
パーティの最年長と最年少はどこか諦めムードである。アルベルトがいない以上はこのふたりにアナトリアの命運が握られていると言っても過言ではないので、できればさじを投げないで欲しいものだが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
滞在6日目。
その夜の晩餐会の会場に指定されたのは城内の大広間である。皇城でもっとも大きな部屋であり、今まで晩餐会の会場であった大晩餐室はもちろん、数百人が一堂に会せるだけの空間があった謁見の間よりもさらに広大だ。
だが、皇太子がその場を借りて何をしようとしているのか考えれば妥当なところだ。つまり、その場には皇族はもちろん、政府首脳も拝炎教の教団幹部も軍の上層部も各地の君侯たちも、そしておそらくは官僚の上位幹部クラスまでも招待されているのだろう。
まあさすがに中下級の官吏や下位の貴族たちまで全員呼んだわけではないだろうが、それでも皇帝主催ではなく皇太子主催でこれほどの規模の夜会が開かれるというのは異例のことである。つまりは、それだけ皇太子の持つ権力が大きいということだ。
参加人数が多ければ多いほど、準備にも会場入りにも時間がかかる。おそらくは軟禁されていた約4日の期間はまるっと全部会場設営と各種準備、それに招待状……という名の召喚状の発送に充てられたのだろう。
「皇帝陛下は知らないって話だったけど」
「さすがに事ここに至っては把握されているのではないかしらね?」
「まあこれで知らんかったらただのボンクラやもんなあ」
割り当てられた控室に入った蒼薔薇騎士団。皇城内の客間に滞在している彼女たちにもきちんと会場近くの控室が割り当てられて事前にそこに入ることができたあたり、意外とあの皇太子はちゃんと主催できているらしい。
それにレギーナたちに付く侍女もべステたちがそのまま配されている。数日ともに過ごして気心も知れてきた彼女たちが、ドレスやメイクを整えてくれるのはありがたい。アナトリア風ではなくエトルリア風のメイクアップをきちんと分かってくれている事も含めてだ。
アルタンとスレヤは控室までついて来ていないので、おそらくは騎士団の方で会場警備に回されたのだろう。まああのふたりも、特に副団長のアルタンは軟禁中も監視の騎士たちと色々話していたようだ⸺とスレヤが言っていた⸺し、そもそも彼らは蒼薔薇騎士団がアンキューラに入ってからはお役御免でも不思議はなかったのだが。
ま、そのあたりは騎士団内部で色々あるのかも知れない。詳しくは聞いてない。
「ねえ、もしかしてだけど、彼も今夜の料理を作っているのかしら?」
「そこまでは分からないわね。一応、計画は伝えてあるから準備してくれていると思うのだけれど」
「まあおいちゃんは出入りの下働きとか平民向けの食堂におったみたいやし、無いっちゃない?」
そんな内輪の話をし合う彼女たちは知る由もない。瞬く間に噂になって各食堂の料理人たちの尊崇を集めまくったアルベルトが、臨時副料理長として駆り出されてこの晩餐の調理でも辣腕を奮わされていることなど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
会場入りは昼の早い時間から始まり、作法通りに地位や爵位の下位のものから続々と入場してゆく。彼らは陽神が沈むまでそのまま歓談しつつ待機である。
とはいえほとんどの客たちは、一旦入場したあとはそれぞれ控室などに下がって時間を潰すはずである。会場にいなくてはならないのは、入場コールをされるような高位の者たちが会場入りする日没前後からだ。
陽神も西に傾き、空が茜色に染まる頃には入場コールがなされる来賓たちの入場が始まり、会場は次第に熱気と喧騒に包まれてゆく。その中を君侯たち、政府や議会や軍の関係者、教団幹部たちなどが次々と会場入りしてゆく。
レギーナたち蒼薔薇騎士団は主賓扱いで皇族の入場の直前になった。この頃にはもう、空は宵闇に包まれている。
「勇者レギーナ様および蒼薔薇騎士団ご一同様、ご入場!」
コールとともに扉が開かれ、中に足を踏み入れると数多の視線が彼女たちを捉え、そして感嘆のため息がそこかしこで発生する。何しろ妙齢の美女揃いである。女性だけの勇者パーティだというのは知れ渡っているが、本人たちを直接目にしたことのある者はこの国にはほとんどいないのだ。
ちなみに皇太子からは再三にわたってレギーナにエスコートの打診があったが全て追い返した。業を煮やしたか最後は本人が自らやってきたが、ドゥリンダナを抜き放って威圧してやったら粗相しながらほうほうの体で逃げて行った。
まず入場したのはミカエラ。
彼女はドレスを着用せずに神教侍祭司徒の法服である。それも普段の活動的な簡易なものではなく、公式の祭祀で着用される礼装だ。足首まであるゆったりとした法衣を腰帯でまとめ、青派を示す青い縁取りのあるロングローブを纏って法冠を頭に被り、細く長い杖状の儀仗を手に持っている。全体として純白を基調に、胸元や袖口を金糸銀糸の精緻な刺繍で飾られ、法衣の上半身の胸部にも背面にも神教の神紋が大きく染め抜かれている。
彼女が儀仗を少し上げ、大理石の床を突く。シャラン、と儀仗が涼やかな音を立てた。
次いで入場するのはヴィオレとクレア。
ヴィオレは上下とも黒にしか見えないほど濃い紫の、精緻な刺繍の施されたサテンのタキシードに明るい菫色のブラウス、紫紺のハットを合わせ、短い頭髪も相まって一見すると男装のよう。だがブラウスの胸元は大きくカットされて開かれたデザインで、これでもかと強調された豊かな胸の谷間が嫌でも目を引く。
そんな彼女にエスコートされる形で歩みを進めるクレアは、胸元から首までを精緻なレースで強調した、裾がややフレアになったストレートラインの淡いピンク色のドレスに赤いチョーカー、そしてまるで天使の翼のような純白の大きなリボンを腰に巻いた絹帯の後ろにあしらっていて、何とも愛らしい。だがその愛らしさと胸の大きさが危ういアンバランスさを醸し出している。
そして本日のレギーナは豪奢にドレープをあしらった濃紺のプリンセスラインのドレスに、シースルーのショールを羽織っている。長い蒼髪は後頭部で複雑に編み込んだブレイド状にして後ろに垂らし、毛先は敢えて編み込まず、いつもの金の髪留めでまとめていた。
だが何よりも目を引くのは、そのドレスの腰に革ベルトと腰当てが巻かれて、そこに優美で流麗な白銀の鞘に納められたひと振りの長剣が佩かれていることであろう。言うまでもなくそれは、宝剣である“迅剣”ドゥリンダナである。
ドレスに長剣。本来ならば到底合わせられない組み合わせで非常識にも程があるが、レギーナの着こなしが上手いのかそれともそれ用に特注されたドレスなのか、言うほど違和感を覚えない。いや違和感がないこと自体が違和感なのだが。
四者が四者とも全く違う装いで、それでも彼女たちの美貌のせいかとても良く似合っている。そのことにまず人々は驚き、そしてそれぞれタイプの違う美しさに感嘆したわけだ。
まあ、そのうちの何割かはレギーナの腰のドゥリンダナに向けられたものだとは思うが。
ていうかレギーナさん?今チラッと見えた爪先っていつもの革ブーツでしたよね?まさかあなた、そのドレスの下って普段の革ズボン履いてんじゃないでしょうね?
続いて皇族たちの入場。こちらは一般の入口ではなく、最奥に設けられた階の上に現れる。いくつかの壇に分かれていて、そこに后妃の位の順に現れるようだ。
まず最初に現れたのは最下段、左に第四皇子イルハンが姿を見せ、会場の若手の女性陣がほぼ一斉に息を呑む。それから右に第六妃ララが現れ、今度は主に独身の男性陣がかすかにどよめいた。ふたりは絶世と言っていい美男と美女なので、やはり大変に人気があるようだ。
次の壇、左には第三妃ハンダンと第三皇子コスカンと第三皇女フンダ、それに第五皇子カーシムが姿を現し、右は第五妃ヌルジャンが姿を見せる。ヌルジャン妃の子はどちらも未成年なのでこの場には伴っていない。
そして次にその上の壇の扉が開いて、左に皇后の皇女である第二皇女セファが、右には第二妃サブリエと第二皇子オカンが姿を見せた。この並びから察するに、第二妃と第二皇女は同等の地位と扱われているようである。
この壇だけは左右だけでなく前方中央にも席があり、そこにある扉から皇太子アブドゥラと皇太子妃アダレトが現れた。結局皇太子は自分の妃をエスコートすることになったようだ。まあ当然の話だが。
そして最後に最上壇のひときわ大きな扉が開いて、皇帝トルグト4世と皇后ハリーデが姿を現した。皇帝侍従長を伴っている。
皇族がそれぞれ着席し、皇帝が何やら侍従長に言の葉を下す。侍従長は会場にではなく一段下の皇太子にそれを告げ、恭しく礼をして拝聴した皇太子が会場に向き直る。
「皆の者、今夜は余の主催の夜会によくぞ集まってくれた。ただいま、陛下からも直々に開催の勅許を賜ったことじゃし、余の方から簡単ではあるが開会の辞を下賜し、それをもって宴の開始とする」
意外にも朗々とした、よく通る大きな声で皇太子が会場全体に声を届ける。いつもの気持ち悪い笑い方も影を潜めたままだ。
居並ぶ参加者たちも給仕の使用人たちもみな微動だにせず、皇太子の言葉を拝聴する姿勢を崩さない。そんな中を下手に動いて場を乱すわけにもいかず、会場中央にいる蒼薔薇騎士団も黙って聞いているしかない。
「我が栄えあるアナトリア皇国、その興りは“オーリムアース”の時代、そのモェル暦の末年にまで遡る。すぐに世は激動を迎え、新たなる世“ラティアース”はキェル暦に移り、我がアナトリア第一王朝も勢力を拡大していった。そしてついにはペロポネス半島に興った古代グラエキア帝国と雌雄を決するまでになり⸺」
あっこれ無駄に長くなるやつだ。
ていうかキェル暦の起こりって2500年以上前なんですが!?そこからの国の歴史を全部述べるつもりなんですかね!?
【かんたん年表】
※各暦は概ね1000年前後あります。
※暦は神教の巫女がイェルゲイルの神々から神託を得ることで変わり、西方世界全域に周知されます。
“オーリムアース”の時代
(ミェル暦元年)
(カェル暦元年)
(モェル暦元年)
“ラティアース”の時代
(キェル暦元年)
・古代グラエキア帝国の成立
・アナトリア皇国第一王朝の成立
※アナトリア国史ではモェル暦の終わり頃に成立と主張
・統一イリシャ帝国の成立
(オェル暦元年)
・統一イリシャ帝国の滅亡
・アナトリア皇国第二王朝が統一イリシャより独立
・古代ロマヌム帝国の成立
・アナトリア第二王朝が古代ロマヌム帝国に征服され滅亡
・古代ロマヌム帝国の滅亡、分裂
・帝国の直接の末裔たる八裔国となるリュクサンブール大公国、アルヴァイオン大公国、アウストリー大公国(現在は公国)、アンドレアス大公国(現在のシェレンベルク=ファドゥーツ公国)、ブロイゼン公国(現在のブロイス帝国)、グリース王国(現在のイリシャ連邦)、エトルリア公国(現在は王国)、ネポリス王国(現在のマグナ・グラエキア)の八国が独立
(フェル暦元年)
・アナトリア皇国第三王朝(現在のオスマオウル朝)の成立
・〈竜の泉〉亭の活躍
・〈黄金の杯〉亭の躍進
・スラヴィア争乱(自由自治州スラヴィアの成立)
・675年
勇者レギーナと蒼薔薇騎士団が蛇王封印のため東方への旅の途中でアナトリア皇国を訪れる(←イマココ)