1-9.事後処理と、事前の準備(1)
本日2話投稿します。
2話目は22時の予定です。
勇者様がキャンピングカーが欲しいと言い出しました(笑)。
あとこの世界で一般的な移動手段の説明と、時間の単位の説明を挟んでいます。
「脚竜車を新調しましょ!」
レギーナが突然言い出して、ミカエラたちが思わず彼女の顔を見る。
「またいきなりなんば言い出しよっとね姫ちゃん?」
「だって東方世界まで行くのよ?長距離旅行用の快適で丈夫なやつが要るじゃない!」
それはアンタが欲しいだけやろ、と思ってもミカエラは口にしない。
レギーナは王姫として何不自由なく育ってきたせいもあって、欲しいと言い出したら聞かない面がある。それに逆らっても押し問答になるだけだ。
「ま、そう言われりゃあそうばってん」
この世界の移動や荷物の運搬は、脚竜と呼ばれる中型の竜種を飼い慣らして調教した上で牽かせる「脚竜車」を用いるのが一般的だ。馬に牽かせるいわゆる「馬車」もあるが、それはいわゆる儀礼用や貴族の移動用などごく一部だけだ。
中でも長距離旅行用の脚竜車は単なる移動用ではなく、中で食事を作ったり寝泊まり出来るように作られていて、要するに移動家屋と言ってもいい。富裕層が優雅な旅をする用途でわざわざ作らせるものだ。
彼女たちがラグまで乗ってきた脚竜車は普段使っているただの移動用なので、野営で寝泊まりする設備としては一抹の不安があるのも確かだ。竜骨回廊も中には未整備区間もあって野営する必要もあるはずだし、その意味では長距離旅行用の脚竜車を新調したいというレギーナの提案は合理的ではある。
それに、今度は異性が乗り合わせるということも考えなくてはならない。
「ほんなら大型の、部屋数は三室でよかかいな?」
「三室?なんで?」
「そらあ居室とウチらの寝室と、あとアルベルトさんの…」
「御者台で良くない?」
言っておくが、ここはまだ〈黄金の杯〉亭の応接室である。たった今道先案内人の契約を取り決めて、ギルドマスター代行のアヴリーが準備した契約書の書面で確認とサインを済ませたばかりのタイミングなのだ。
つまり、目の前にはまだアルベルトが座っている。
にも関わらず、レギーナはアルベルトのプライベート空間を御者台にしか認めないと言い放ったのだ。
「そら酷か!そらあんま酷かばい姫ちゃん!」
「え、そう?」
レギーナは特に意地悪でも何でもなく、単純に何が酷いか分かっていないだけだ。それが分かっているミカエラは根気強く説得にかかる。
「あんな?東方世界まで行くんやけん長旅やんな?」
東方世界までとなれば、最低でも片道1ヶ月半以上の長旅になる。
「そうね」
「ちゅうことは晴れの日も雨の日もあるゆう事やん?」
季節はこれから雨季になる。雨続きの日もあるだろう。道程の都合上、宿に泊まれない日も出てくるだろう。
「まあそうね」
「ほしたら雨の夜に御者台で寝かすとはあんまし可哀そすぎんかいな?」
「…幌付けたらいいんじゃない?」
「そういう事言うとるわけやないっちゃけど…」
ガックリうなだれるミカエラ。
「いやあ、さすがにそこの待遇は報酬に含めて欲しいかな…」
苦笑しながらアルベルトが遠慮がちに言う。要するに移動中のプライバシー確保も報酬として貰いたい、というわけだ。
「ああ、なるほど、報酬ね。
分かったわ。じゃあそれでいいわよ」
そして特に悪気もないものだから、レギーナはアッサリとそれを認めて前言を翻した。
「ほんなら、商工ギルドさい行こっかね。特注になるけん商談ばせんと」
内心で安堵しながらミカエラが立ち上がる。そして皆が一緒に立ち上がる中、スッと彼女はアルベルトに寄る。
(商談さいついてきた方がよかですよ。姫ちゃん今の調子でどげなん言い出すか分からんけんが)
そしてこっそりとアルベルトに耳打ちする。自分の権利と快適さは自分で守った方がいい、そう彼女は忠告してくれているのだ。
(それはミカエラさんが分かってくれてるみたいだし、レギーナ姫様の扱いは君のほうが上手いでしょ?だからお任せするよ。俺が自分で言うより多分その方がいいと思うし)
なんとアルベルト、出会ってからここまでの短い時間でレギーナの性格からミカエラとの関係性までかなり正確に把握しているようである。
だからそう言われてミカエラは言い返せない。
(はあ、そうですか。まあよかですけど、後で文句言わんのって下さいよ?)
(それは約束するよ。任せるって言ったのは俺なんだから)
そしてアルベルトは自分も立ち上がりながら「じゃ、俺は防衛隊詰所まで行ってきます」と言った。先ほどの襲撃事件の被害者として事情聴取に応じなければならないのだ。
「あ、そうやん。アルベルトさんにはそれがあったたいね」
「うん。アヴリーも行かなきゃいけないし、それなら一緒に行った方が手間が省けていいからね」
「そやね、ほんならまた後で合流しましょっかね。商談の方は長引くと思うけんこっち来てもろてもよかし、なんなら宿さい来てもよかし。ウチら泊まっとるとは《虹鳥の渓谷》亭ですけん」
ミカエラはラグで一番の高級宿の名を出した。まあメンバーに王姫がいるのなら当然だろう。むしろ辺境伯の公邸あたりに転がり込んでいないのが意外と言えた。
「分かったよ。じゃあ後で」
「ほいじゃ、また」
そう言って蒼薔薇騎士団とアルベルト、アヴリーは別れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「〈大地の顎〉亭のアルベルト氏襲撃事件の件ですね?こちらへどうぞ」
防衛隊詰所で来意を告げると、何だか不思議な事を言われた気がする。
首を傾げたままのアルベルトとアヴリーは会議室のような一室に通され、部屋に備え付けのテーブルと椅子を指し示され着席を促されて「こちらでお待ち下さい」と言われてそのまま放置された。
どのくらい経っただろうか、大砂振り子一回分(約30分)ぐらいは待たされた気がする。
“砂振り子”とはこの世界の時計代わりの魔道具である。ひょうたん型のガラス容器に色砂が封入してあり、色砂を容器の片方に集めてそれを上側にして設置すると、色砂が落ちきったら自動で上下がひっくり返るようにできている。そのひっくり返った回数で時間を数えるのだ。
五種類あり、微小が約1分、小が約5分、中が約10分、大が約30分、そして特大が約1時間でひっくり返る。特大は特に時間を測る基本単位にもなっていて、例えば朝の夜明けと同時に特大砂振り子をひっくり返して落ちきるまでの時間を「朝の特大(砂振り子)一回目」略して「朝一」というのは西方世界全体で共通の表現にもなっている。
ついでに言えば夜明けの瞬間には“朝鳴鳥”が必ず鳴くので夜明けの時間を間違うこともないし、大抵の人は朝鳴鳥の鳴き声を目覚まし代わりに起きる。
この世界の時刻表示はいわゆる不定時法の一種で、夜明けから日没までが「1日」である。陽神が地平から顔を出すと「朝」、陽神が中天に差し掛かると「昼」で、朝は季節にもよるが特大で6〜7回分、昼は特大で7〜8回分を数える。「昼食」は昼に入って食べるのではなく、慣例として朝六や朝七に食べて休憩し、昼一からはまた働き始めるのが一般的だ。
なお日没後は「夜」だが、これは1日に含まれない。そのため地域によっては夜は「時のこぼれる闇」だとか「日の隙間」とか呼ばれている。夜の時間を数える概念もないので、大都市圏では特に、夜は時間を気にせずに遊べるという認識の人もいる。
ちなみに「夕方」の概念もなく、陽神が完全に沈むまでは「昼」である。ところが昼と夜の境目あたりを「晩」と呼ぶ習慣があって、だからその時間帯に食べる1日最後の食事を「晩食」という。
これは昼七や昼八の途中で日没を迎えて夜になるからだと思われる。昼でも夜でもないから「晩」なのだ。
「お待たせしたね」
「りょ、領主さま!?」
部屋に入ってきた人物を見て二人とも仰天する。なんとラグ辺境伯、ロイ・バートランド・ラグ本人が現れたのだ。
年の頃は60歳前後、口髭を蓄えて穏やかに微笑む姿からは想像も出来ないが、かつて世界を何度も救った伝説の勇者ロイその人である。さすがに老境に差し掛かって後進に役目を譲ってこそいるが、実は公式に引退を表明したことはなく、故に「現役の勇者」でもある。
現に今なお年に数度、都市の統治を配下に任せて旅に出ている、という噂がある。もちろん公表されないのであくまでも噂だが、もしそれが事実であってもこの人ならばきっと、と誰もが納得するだろう。
「〈黄金の杯〉亭ギルドマスター代行のアヴリー・ルーラヴィーン嬢と今回の被害者であるアルベルト・ヴィパーヴァ氏だね。そう畏まらんでもよろしい。
今回のことは案件が案件なだけにね、私が自ら裁定を下すことにしたのだよ」
慌てて立ち上がるふたりを手で制し、着席を促しつつ自身も彼らの向かいに座ってから、辺境伯ロイはそう言った。
「…と、仰いますと…?」
狐につままれたような顔になるアヴリーに、辺境伯は事の経緯を説明し始める。
「今回のことは、冒険者ギルド〈黄金の杯〉亭に対する〈大地の顎〉亭の不当なる攻撃であった。それで相違ないね?」
「え、いえ…そのですね…」
「聞けば冒険者セルペンス・ヴァイスは〈黄金の杯〉亭に所属しながら密かに自ら冒険者ギルド〈大地の顎〉亭を立ち上げそのギルドマスターとなり、〈黄金の杯〉亭から所属冒険者を引き抜いた上で、その勧誘を断った冒険者アルベルト氏を害さんとした」
「…。」
「セルペンスは独自に依頼を引き受け、自ら〈大地の顎〉亭の所属冒険者に依頼を割り振っていたという。メンバーはセルペンスを含めて14名、その規模になるともはや単体の冒険者ギルドとして見做して構わんだろう」
だんだんと、アルベルトにもアヴリーにも辺境伯の言わんとする事が分かってきた。
「〈大地の顎〉亭は未承認ギルドでありながら、正規の冒険者ギルドを装って不当に依頼を受けていた。それだけでなく、その他の業務内容を調査したところ暴行傷害、詐欺、恐喝、強盗、殺人および殺人未遂…。まあ、これではとても承認申請など申し立てられんだろうな」
つまり、今回のことは〈黄金の杯〉亭内の冒険者同士の不祥事などではなく、セルペンスが非合法の冒険者ギルドを立ち上げて正規のギルドである〈黄金の杯〉亭に攻撃をかけた、というのが今回の真相だと、少なくとも表向きはそう処理すると、辺境伯は言っているのだ。
「それで、相違ないね?」
「…はい」
だからアヴリーも頷くしかない。
これは完全に温情措置であった。長い歴史を持ちラグの発展と安全のために多大な功績のある〈黄金の杯〉亭を守ると、辺境伯はそう言ってくれているのだ。
だからその寛大な処置に、アヴリーは涙を流して謝した。その温情を蹴って利を得る者など誰も居なかったし、それを受け入れて不利益を被るものもまた居なかったのだから。
「よし、ではこれで聴取及び裁定を終えるとしよう」
満足そうに辺境伯はそう言って締めくくろうとする。
「あの、ガンヅたちはどうなるんですか?」
だが、どうしても気になったのでアルベルトはつい聞いてしまった。
「…そうだな、“毒蛇”こと首謀者セルペンス・ヴァイス及び、今回の実行犯である“双刀”ことガンヅ・アンドロ・ウゼス、それに“刺蜂”ことローリン・グストンの三名は…まあ極刑は免れまいな。我が市街の安全を脅かし、あまつさえ市民に手をかけたのだから。
その他の構成員は、その罪過に応じて懲役か労役か追放か、その期間ともども決めるとしよう。ただいずれにせよ、冒険者認識票の剥奪は確定だな」
全員が殺されるわけではないと分かってアルベルトはホッとする。どこまでもお人好しな男だった。
「あー、裁定も終わったところで独り言でも呟くとしようか」
すると、ひとつ大仰に咳払いをして、そっぽを向いた辺境伯が何やら言い出した。
「被害者が被害者だったものでな、“魔剣士”どのの口添えがあったのだよな、そう言えば。それに実際の犯人捕縛にあたった当代勇者パーティからも温情の嘆願を出されてしまっては、一介の辺境伯としては呑まざるを得んというものだよな」
魔剣士、それは先々代の勇者パーティで最年少にしてリーダーを務めたザラック・ドラゴンシーカの二つ名だ。今アルベルトたちの前でわざとらしく独り言を言っている勇者ロイ、彼を差し置いてまでリーダーを務めた男だが、実はその人物が現在の〈竜の泉〉亭のギルドマスターを務めている。
つまりアヴリーたちは商売敵に助けられたのだ。
とはいえ〈黄金の杯〉亭と〈竜の泉〉亭は別に不仲なわけではなく、一方的に敵視しているのも〈黄金の杯〉亭の現マスターのステファンだけなので、これは特に驚くことでもない。
むしろ驚いたのは『当代勇者パーティからの嘆願』である。初めてラグにやって来て誰とも利害関係のないはずの彼女らが嘆願した、それも勇者本人つまりレギーナではなく勇者パーティと言及した、それは即ち、ミカエラがアルベルトの意を汲んでくれたということに他ならない。
熱い想いがこみ上げてきて、アルベルトは目を閉じる。大きな借りを作ってしまったと、彼は心中で頭を下げずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ギルドに戻るアヴリーと別れて、アルベルトは商工ギルドを訪れた。
ラグの商工ギルドは隊商ギルドと同じ建物に入っていて、東門のほど近くにある。商工ギルドと隊商ギルドはともに西方世界全体の統一組織で、ラグにあるのはどちらもその支部になる。
商工ギルドは商人と職人たちのギルドである。元々はそれぞれ別のギルドだったのだが、安定的に商品を仕入れたい商人たちと売り先を確保したい職人たちの利害が一致して統合されてできたギルドだ。
そして隊商ギルドは都市間あるいは国家間の輸送を専門に扱うギルドである。各都市間など近距離輸送ならともかく、複数の都市を経たり国境を跨ぐような長距離輸送は第三者の手に委ねた方がトラブルの元になりにくいため、必要とされて成り立っている。構成員は主に隊商専門の交易商人たちや各地を旅して回る行商人たちだ。
両者が同じ建物にあることで、商談や荷物の仕入れや中継に利便性が出るため、隊商や商人たちからは好評だ。おまけに建物のすぐ目の前にはラグでもっとも人気の料理亭である〈自由の夜明け〉亭があって、わざわざここで昼食を取るために出立を昼過ぎに遅らせる隊商もいるほどだ。
その商工ギルドの建物内から騒ぎ声がする。
なんだろう、と思う間もなくファガータ弁の叫びが聞こえてきて、それだけで全てをアルベルトは察した。
駆け込んで受付で蒼薔薇騎士団に呼ばれていると伝え、部屋に案内してもらう。
中にはテーブルを挟んで言い争っているレギーナとミカエラ、それを呆れつつ見ているヴィオレとクレア。部屋の隅には商人と職人と思しき数人の男たちが固まって震えている。
「やけん!そげんこげんなんもかんも付けられんて言いよるやろうもん!」
「要るってば!私が要るの!」
一体何があったというのだろうか。
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