4-16.一方そのころ・初日
場面変わって久々にアルベルトの出番です。
アナトリア皇国、特に皇都アンキューラに入ってからのアルベルトは蒼薔薇騎士団の従者ということになっている。そのため、彼だけはレギーナたちと行動を共にすることができず、ひとり隔離されている格好だ。
もしも彼が女性であったなら侍女代わりに彼女たちの傍にいられたのだが、まあそれは言っても始まらないことだ。
皇城の正面大扉の前で蒼薔薇騎士団を下ろしたあと、アルベルトは先導されるままにスズを進ませて厩舎エリアまで移動した。
「車体はそこの格納庫へ納めるように。馭者どのの控室はこちらにあるので、格納したらついてくるように」
案内してくれた使用人に言われるまま、アルベルトは車体を格納庫の前へ付ける。
「しかしこの脚竜車は、随分と大きいな」
「ええ、長距離旅行用でこの中で生活できるようになっていますから」
これほど大きなものは我が国でも皇帝陛下の行幸専用車くらいしかないぞ、と言われて、アルベルトは苦笑する。こんなサイズになったのはレギーナのワガママが半分と、あとの半分はアルベルト自身のせいなので何も言えない。
「そうか、勇者様は東方まで旅をされておられるのだったな」
そう言って使用人の男性は納得したのか、それ以上そこには言及しなかった。皇帝専用車と同サイズなど不敬、などと言われなくてホッとする。
「というかこの脚竜も随分とでかいな」
「ああ、スズはアロサウルではなくてティレクスなんですよ」
「ティレクス!?」
やはりここでも驚かれた。それはそうだろう、ティレクス種が脚竜車を曳くなど聞いたこともないのだから。
「ど、どうやって調教したのだ?」
「これは幼竜の頃に人に拾われて、ずっと人に育てられた特別な子なんですよ」
「そうなのか。⸺ものは相談だが、この脚竜を譲ってはもらえぬだろうか」
「いやあ、勇者様のお気に入りなので難しいですね」
「そ、そうか……」
どうやら、あまりに見事な巨体なので皇帝専用車に相応しいとでも考えたようだが、アルベルトが勇者の名を出してやんわり断ると彼はアッサリと引き下がった。
勇者に失礼があってはならぬ、勇者の機嫌を損ねてはならぬ、そうでなければいざという時に守ってもらえなくなる。西方世界では子供でも知っている常識だ。はるか昔、あまりに強すぎたがゆえに人々の恐怖の対象になって迫害されたひとりの勇者が、闇に堕ちて魔王と化したことはあまりにも有名な史実だ。
その名を“魔剣聖”カイエン、という。
彼の悲劇の戒めがあるがゆえに、勇者を敬い感謝を捧げ丁重にもてなすことは、もはや人類の義務と言ってよい。なればこそ、各国で王と同等の待遇という破格の扱いを歴代勇者は受けることができるのだ。
「そういえば、給餌係はどちらへ?世話をお願いしなくてはなりませんが」
「うむ、もう来てもよい頃だが……」
使用人が辺りを見回すのに合わせてアルベルトも周囲を確認する。すると遠く離れた壁際に、抱き合って震えているふたりの女性の使用人の姿がある。服装からすれば雑用の下女であろう。
『何をしておるか、早く参れ!』
使用人にアナトリア語で命じられ、彼女たちは大慌てでやってくるが、明らかに怯えている。おそらく見たこともないスズの巨体と威圧感に恐れをなしているのだろう。
『馭者どのに世話の注意点を教わるように。くれぐれも粗相致すなよ』
使用人の命令に頷いてはいるものの、明らかに涙目で見ているだけでも可哀想になってくる。なのでアルベルトのいつもの癖が顔を出す。
「あー、やっぱり滞在中のこの子の世話は私がやりましょうか」
「なんですと?いや、お客人を働かせるわけには」
「ですがこの子の扱いはそれなりに慎重を要します。この子自身も、慣れた者が世話した方が安心できると思いますし」
別にスズは人見知りではないし、レギーナたちやアルベルトが言い聞かせておけば誰が世話してもちゃんと言うことを聞くだろう。ここまでの約1ヶ月の旅で、そのくらいの信頼関係は築いてきた自負がある。
だがアルベルトの現代ロマーノ語を理解しているのかいないのか、彼女たちは涙目で頷くばかりである。
正直な話、アルベルトはスズの傍をできるだけ離れるつもりがなかった。ただでさえレギーナたちと離れなければならないのだから、その上スズやアプローズ号からも離れてしまうと、いざという時に合流に手間どってしまう。城内の人々を敵に回してまで脱出しなければならないような状況は避けるべきだが、事と次第によってはそうも言っていられないかも知れないのだ。
「勇者様からもきちんと責任持って世話するよう言いつかってますので、任せてもらえませんか」
「う、ううむ、勇者様のご命令とあらばやむを得んな」
使用人の男性は結局折れて、アルベルトの判断を尊重した。ここで無理に突っぱねて勇者の機嫌を損ねることを恐れたのだろう。
実のところアルベルトには、スズに毒を盛られる可能性や彼女と車体を拘束され奪われる恐れなども念頭にあったのだが、そんなことをバカ正直に言うはずもない。
「では、早速餌をやりますので。とりあえず最初のうちは車内に貯蔵しているものを食べさせます」
「そうか、ではお願いしよう。終わったらあちらの詰所まで来て頂きたい」
そう言って使用人は、下女たちを連れて離れて行った。
なお、会話している間にスズは車体から外されていて、巨人族の下男が車体を格納庫に引き込み終えている。
《なんかちょっと気持ち悪いわね》
その時、魔力がまとわり付いて来る感覚があり、頭の中に声が響いた。レギーナの声だ。
《ご機嫌取りが見え見えやなあ》
《こわい…》
《とりあえず、落ち着き次第調べて回るわ》
白属性の[念話]の術式だ、とすぐに分かった。レギーナたちとどのくらい距離が離れているのか分からないが、おそらく一緒にいるだろう四人だけでなくアルベルトまで効果範囲に含めるなんて、なかなか霊力の無駄遣いをする。
それとも、自分とも共有しなければならない情報でもあるのだろうか。
《そやね。念のためおいちゃんも呼び寄せとった方が良かろうねえ。⸺ってことでおいちゃん、聞いとったかいね?》
《聞こえてるよ。けど俺まで範囲に含めるなんて、だいぶ余計に霊力注ぎ込んだでしょ?》
《まあそらしゃあない。必要やけんそげんしただけやし》
《まあね。ていうか、こういう時に[追跡]があると便利なのか》
どんなものでも大抵の場合、それが必要な状況になって初めて「欲しい」と思うものだ。マリアが使っていた[追跡]が使えれば、アルベルトがどこにいてもレギーナたちが見つけるのはたやすいだろう。[感知]をベースに対象の霊力の位置を探る術式だという話だったから、マーキングさえしておけばスズの居場所も容易に把握できるはずだ。
《無いもんば言うたっちゃ仕方なかろうもん。おいちゃんの部屋はなるべくウチらの部屋に近いとこさい用意さすっけん、あとでまた打ち合わせしようや》
《分かったよ。俺はひとまずスズの世話があるから》
《なんでよ?スズの世話なんて給餌係に任せればいいじゃない》
《それでもいいんだけど、俺とスズとはなるべく一緒にいた方がいいかなと思ってね》
《あー、そう言われりゃあそうかも知らんね。なら、おいちゃんはそっちのが良かろうか》
《そうだね、いざという時はアプローズ号に逃げ込めば時間も稼げるだろうし》
別にこういう時のためではなかったのだが、車体に魔術防御を仕込んでおいたのが役に立ちそうだ。
《それと、念のため俺の食事は車内の食材で全部作ることにするよ》
《なし?おいちゃん、[魔力抵抗]覚えとらんと?》
《覚えてるけど、君らのみたいに強くないからね。念のために警戒しようかなと思ってね》
それにいつまで滞在するかも分からないし、車内の食材もなるべく無駄にしたくない。そう言えばあっさりと了承された。
《じゃあ、そういうことだから》
《ああ、待って。少しいいかしら?》
話を切り上げようとすると、ヴィオレから待ったがかかった。
《貴方に皇城の男性使用人や下男たちの話を聞き集めて欲しいのだけれど》
《ああ、そうか。男性から話を聞くのは俺のほうがやりやすいよね》
《そういうことよ。それに地位の低い平民たちは私たちとの接点がそもそもないでしょうから》
その点、アルベルトは従者の立場の平民なので彼らと話しても不審がられないだろう。
《あと、余裕があればでいいのだけれど、皇城の大まかな配置を知りたいわね》
《配置?敷地内の建物の?》
《ええそう。内部は私が調べるから、貴方には建物の外をお願いするわ》
《分かった、それも調べるよ》
頭の中で会話しながら、アルベルトは貯蔵庫を開けてスズの餌を取り出していく。それをそのままスズの前に置き、噛みつき防止用の口輪を外してやる。そうして餌をやりながらも[念話]への集中は切らさない。
凍っていようがお構いなしに彼女はどんどん食べるので、次から次へと餌を運ぶ。傍目にはせっせと世話をしているだけにしか見えないだろう。
《あなた、通信鏡は持ってるわよね?》
《それはもちろん、借りたまままだ持ってるよ》
《じゃあ連絡はそれでいいわ。飛ばしてくれれば通信鏡を使わずに[念話]を繋げるから》
《繋げるのは、だいたいわたしかミカだけどね》
《クレアはいっつも一言多いのよ!》
と言われても、レギーナだけが[念話]を覚えていないのだから文句を言われる筋合いなどないのだが。
通信鏡は鏡面の外周部に並ぶ接続器に通信先が登録できるようになっていて、それを押せば双方の鏡が[通信]の術式で繋がる仕組みの魔道具だ。着信があれば受信側の接続器が明滅し、受信側が対応するボタンを押せば接続される。そうして繋がれば鏡面に通信先の人物の姿が映し出され、音声だけでなく視覚情報もやり取りできる。
レギーナに借りている通信鏡は蒼薔薇騎士団全員に接続先設定があり、だから全員と個別に連絡を取り合える。だが今のところ、アルベルトはレギーナ以外に連絡したことがない。そしてアルベルトのほうにはミカエラ以外連絡してきたことがない。
《連絡は、まあしばらくは毎晩のごと晩餐のあろうけんが、それが終わるぐらいの時間帯にしとこうかね》
《分かった。じゃあ俺もそのつもりでいるから》
《ほんじゃ、頼んどきますけん》
ということで、アルベルトは独自に城内の情報を集めて回ることになったのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
スズに餌をやり終えて、その後言われた通りにアルベルトは詰所に顔を出した。中にいた下男のひとりに部屋まで案内されるが、そもそも部屋を利用するつもりもなければ食事の世話にもなるつもりがないので、彼は詰所へ戻って今夜はアプローズ号の車内で休み、食事も自分で用意すると伝えた。
詰所の使用人たちには訝しげな視線を向けられたが、慣れた寝床でなければ寝付けないこと、しばらく逗留することになりそうだから車内の保存食を消費してしまいたいことなどを伝えるとアッサリと了承された。
特段警戒されていないことに安堵する。まあ勇者本人や勇者パーティと違って、おっさんの従者ひとりに価値など見出しづらいだろう。
まあそのおっさんが、実は彼女たちの先輩で先代勇者パーティの元メンバーなのだが。言わなければバレないのだからわざわざ言うはずがない。
少し早めだったが、晩食の用意でもしようと格納スペースに足を伸ばせばヴィオレが来ている。彼女は見知らぬ侍女をふたり連れていた。
「あれ、どうしたんだい?」
「今夜晩餐会が開かれるそうだから、全員分のドレスを準備しに来たのよ」
「そうか。じゃあ今開けるよ」
「ええ、お願いするわ」
そうして乗降口の鍵を開けてやるとヴィオレがひとりで車内に消えてゆき、ほどなくして大きめのトランクを4つ、次々と車外へ出してくる。彼女はそれを侍女たちに持たせ、自分もひとつ抱えるとアルベルトに目線だけ送ってくる。
それに対して同じく目線だけで返せば、彼女は「じゃ、あとはまた施錠をお願い」と一言だけ言い置いて侍女とともに戻って行った。
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