4-14.格の違い
日付も場面も変わってのプチざまあ回。
イキった勘違い野郎にお仕置きです。
後書きに注記を追記しています。ご確認下さい。
(22/12/17)
その夜の晩餐会は皇国政府の高官たちや拝炎教の教団幹部たちが一同に会していて、規模も人数も皇族たちとの初日の晩餐とは桁違いであった。とはいえもちろん、格式としては皇族のそれには一枚劣るものに抑えてあったが。
ちなみになぜ教団関係者まで居るのかと言えば、この国では政治と宗教が分離されておらず、そのため政府中枢に聖職者のポストがいくつも設けられているからである。
なおレギーナは昼の茶会のせいで気力を使い果たしていて行きたくないと駄々をこねたので、侍女たちが総出で湯浴みさせ磨きぬいて機嫌を取り、ドレスを着せて美しく飾り立て、あとはミカエラたちが全員で引きずって行った。
とはいえさすがにレギーナも勇者でありエトルリア王女である。人前で無様な姿を見せるわけにもいかず、だから見た目だけは毅然として優雅に淑やかに、会場では我も我もと寄ってくる宰相たちをあしらっていた。
政府高官が一同に会しているということは、そこには当然、外務宰相カラスや財務宰相タライの姿もある。挨拶にも行かないのはさすがに疑念を抱かれると思っているのか、ふたりも何食わぬ顔をして蒼薔薇騎士団に挨拶を述べ、頭を下げた。
だがふたりとも、彼女たちに対する敵意を隠しきれていなかったりする。本人たちは上手く隠しているつもりなのかも知れないが、少なくとも彼女たちにはバレバレであった。
《おーおー、睨んどる睨んどる》
《完全に逆恨みされているようね》
《なんか皇都に戻ってきてからずっと謹慎させられとったげなばい》
《まあ自業自得よね。けれどあれはそうは思ってないわよ》
《ねえ、あれやっちゃっていい?》
《つまらんて姫ちゃん、騒ぎば起こしんしゃんな》
表情はあくまでもにこやかに礼儀正しく、だが内心では[念話]で言いたい放題である。まあレギーナの精神衛生上やむを得ないことではあるのだが。
《あーあ、ここにせめてカレがいれば癒やされるのに》
《姫ちゃん、なんて?》
《な、何でもないわ!》
思わず本音を洩らしてしまうレギーナである。
そんな彼女の前には、何とかアピールして自分と家門を売り込もうと必死の人々が列をなしている。
「勇者どのはダンスはお得意ですかな?是非ともそれがしめと一曲⸺」
「勇者どのはまだ未婚とお伺い致しております。僭越ながらわが愚息めなどいかがで⸺」
「それよりも勇者どの、ワインはいかがかな?こちらはわが領の特産のワインで⸺」
宰相たちの中には君侯を兼ねるものもいるようだ。そうした者たちは後日開催予定の君侯たちとの晩餐会にも顔を出してくる者もいるのだろう。
だがレギーナとしてはまともに相手するつもりもないので、のらりくらりと言を左右に躱すばかり。何が悲しゅうて脂ぎったオヤジどもの相手をせにゃならんのだ、せめてイケメンを呼べイルハンを!
「フン、くだらん」
そんな中、他とは違う不機嫌な呟きを耳にしてレギーナはそちらに顔を向けた。耳にしたというか、今のは明らかに聞こえるように放たれたものだ。
そこには髭面の体格の良い壮年の男が腕組みして立っていて、レギーナが視線を寄こしたのに気付いてフン、と鼻で嗤った。
今夜の参加者の中では若いうちに入るだろう。だがそれでも皇太子よりは歳上だろうか。
「勇者だか何だか知らんが、たかが女がどれほどのものだというのかね」
今度こそ間違いなく、男は侮蔑の言葉を放った。
「ぐ、軍務宰相!貴様無礼であるぞ!」
その侮蔑を聞きとって青褪めた大宰相カバが、慌てて駆け寄ってきて男を叱咤する。
ほう、この髭マッチョは軍務宰相とな。ほう。
《姫ちゃん、ほどほどにしときーよ》
レギーナの目が獲物を見つけた目になるのをミカエラは見逃さない。だがカラスやタライの時とは打って変わって、このストレス溜まる晩餐会で、せっかく見つけた憂さ晴らしのネタを助けるつもりも特になさそうだ。
「あら。何やら無礼な呟きが聞こえて来ましたわね」
そして当のレギーナも逃がすつもりがない。聞こえたことと、無礼であること、わざわざ口に出して宣言してみせる。
そして逃がすつもりがないくせに、それ以上言及しない。挨拶はまず下位者から上位者へ。そのための上位者からの声掛けは、今ので充分だとでも言わんばかりだ。
男はツカツカと歩み寄ると、止めようとする大宰相の肥満体を右腕一本で押し退けてレギーナの前に立つ。
周りの参加者たちも会話や食事をやめ、男と勇者に注目を始めた。中にはニヤニヤと侮蔑の笑みを浮かべている者もそれなりに見える。おそらくこの軍務宰相と同じく、隠すつもりもないのだろう。
「アナトリア皇国軍務宰相、バルラス・アカンである」
男は名と肩書だけを名乗った。それ以外に礼法に則った挨拶はなく、頭も下げない。レギーナを小娘と見て侮っているのが明らかだ。
目の前に立たれると、なるほど軍務宰相を務めるだけあって、礼服の上からでもはっきりそれと分かる筋骨隆々の見事な体つきをしている。第四皇子イルハンもよく鍛えられていたが、筋肉量だけならこの男の方が明らかに上だ。上背も高く、女性として平均的な身長で特に筋肉質にも見えないレギーナとこの男が対峙すると、見た目だけならどちらが強いか疑うものもないだろう。
そして彼自身も鍛え上げた自らの肉体と技量に自信があるのだろうし、その自信に見合うだけの実績も積んでいると見えた。おそらくは軍部か、騎士団などで若い頃から叩き上げてきたのだろう。
だが、それは礼を失してよい理由にはならない。
「わたくしを勇者と、エトルリア王女と知っての狼藉か、下郎」
笑みも浮かべず、眼光を一瞬だけ突き刺してあとは目線も合わさずに、レギーナは言い捨てた。その上で不機嫌そうに扇を開いて口許を隠してみせる。
わざわざ「下郎」と見下したのは、どちらが上位者なのかはっきり見せつける目的と、あとは。
「げ、下郎だと!?」
挑発が目的である。
「下郎であろうが。貴様、我がエトルリアを個人的に敵に回す勇気は褒めて遣わすが、それは蛮勇というものぞ」
ここぞとばかりに王女ムーヴ全開のレギーナ。そして彼女がアナトリア皇国全体ではなく軍務宰相アカン個人を「敵」と呼んだことで、さすがにアカンも早まったかとわずかに焦りの色を浮かべている。それはそうだ、この一言で皇国はアカンさえ切り捨てれば無関係を貫けるのだから。
だがこの時、レギーナは敢えて隙のある言い方をしている。理由はもちろん。
《あーあ、姫ちゃんそら煽りすぎやって》
意図に気付いているミカエラが苦笑している。
「ハッ、王女である以外に価値がないと、自ら認められるわけだ、勇者どのは」
そして軍務宰相アカンは、まんまと挑発に乗ってしまった。
「ふふっ」
敢えて余裕の笑みを浮かべるレギーナ。
「下郎ごとき、勇者として相手をするまでもないのだもの」
「なんだと!?」
「どれほどの腕か知らぬが、その程度で勇者に相手をしてもらおうなどと思わぬことね、愚昧」
煽る煽る。まるで燃え盛る焚き火にどんどん薪を追加するかのごとく。
「言わせておけば!おい、誰か我が剣を持て!」
一気に場が騒然とし始めた。アカンが言ってはならない一言を発したことで、もはや晩餐の雰囲気もぶち壊しである。ぶち壊しどころか国賓を招いての晩餐会でその国賓に対して剣を向ける発言をしたのだから、もうこの時点で彼の破滅は確定である。
「よい。この者に剣を持たせよ」
だというのに、その国賓であるレギーナ本人がその発言を許容した。それを受けて、さすがに逡巡していた使用人のひとりが大晩餐室を辞去して駆けて行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
贅を尽くした料理の数々が下げられ、テーブルも隅に片付けられ、大晩餐室の中央にポッカリと空間が空いている。その中央に自慢の愛剣を手に持つ軍務宰相アカンと、レギーナ。
「貴様、なんのつもりだ」
もはや憎悪すら込めたかのようなアカンの声。
「凡愚の相手など、これで充分」
対峙するレギーナの手にはドゥリンダナはもちろん、コルタールさえも握られてはいない。彼女が手にしているのは晩餐の最初から持っている扇だけである。
つまり彼女は、剣さえ使わずに武器を持つ戦闘のプロを制圧できると言っているのだ。というか、そもそも彼女はドレスさえも着替えていなかった。
「さあ、どこからでもよいぞ。初手はそなたにくれてやろう」
しかもここへ来てもまだ、彼女は王女ムーヴ全開である。
「ぐぬぬ、後悔しても知らんぞ!?」
「御託はよいから、ほれ」
男の目の前に右手を掲げて、その手に持つ閉じた扇をゆらゆら揺らしてみせるレギーナ。そのあまりに無防備な姿に、アカンは一瞬で鞘走らせてその鞘を投げ捨てた。
だが斬りつけようと彼が一歩踏み出した、その瞬間。
ごう、と音を立てて暴風が吹き荒れたかのような錯覚が、その場の全ての人を襲った。レギーナが威圧を放ったのだ。そのあまりの圧力に給仕の使用人たちは卒倒し、高官たちや拝炎教の教団幹部たちも腰を抜かしたり粗相をしたり悲鳴を上げたりと、見るも無残な醜態を晒し始めた。
アカンはさすがに軍務宰相を務めるだけあってそのような醜態は晒さなかった。だがその彼とて、もうその場から一歩も動けず呼吸さえままならない。顔には一気に冷や汗が吹き出し、誰にも見えないが背中も汗でびっしょり濡れていた。
「あ、っが、は」
「たかだか威圧ひとつで、無様なものね」
ようやく王女の仮面を脱ぎ捨てたのか、レギーナの口調が平易なものになっている。
ちなみにこの世界では威圧も一種のスキルであり、学んで身につけ鍛えて育てる能力のひとつである。そして勇者候補として、暫定的にではあるが勇者の名乗りを許されているレギーナのそれは、この西方世界でも屈指の威力を誇る。
そもそも放つだけで並の魔獣さえ逃げ出すほどなのだ、レギーナの威圧は。そんなものをただの人間が至近で食らって無事でいられるはずがない。気絶しなかっただけでもアカンは大したものである。
だが、威圧されなければ彼我の力関係さえ理解できないようでは、所詮はそこまでだ。
「こうなるまで気付かないとか、ほんとダメだよね、このオジサン」
冷ややかなクレアの声は、半ばパニックになりつつある大晩餐室の喧騒の中でもよく響いた。
「まあ威圧やら普段食ろうた事もなかろうけんねえ」
ミカエラは相変わらず苦笑しているが、それでも内心では穏便に済んで安堵している。
「でもこれ、まだ全力じゃないって言ったら、彼今度こそ折れるかしらね?」
そのヴィオレの呟きが、必死に意識を保とうとしているアカンの耳にしっかりと届いた。
「なん…………だと…………」
「格の違いってものが分かったでしょう?」
ハッとして声のした方をアカンが振り返る。
そこには表情を消したレギーナが立っている。いつの間にかアカンは片膝を着いていて、だから彼女を見上げる形になった。
「さ、終わりよ。疾く去になさい」
冷めきった声とともにレギーナが扇を水平に一閃し、頬を張られ吹っ飛ばされたアカンは今度こそ、剣も意識も手放して崩れ落ちた。
【注】
ここでレギーナが見せている“王女ムーヴ”は、賢者の学院で学んでいた当時の、高飛車で有名な級友の某国王女の振る舞いを参考にしています。決してレギーナ本人がエトルリア王宮で普段からこのように振る舞っていたわけではありませんので、ご了承下さい。
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