4-10.突然の訪問者
晩餐を終えて部屋まで戻ってきたレギーナたちは、当初の予想以上に疲れきっていた。
「じょ、情報量の多かぁ………」
「だから疲れるから嫌だって言ったのよ」
「ごめん姫ちゃん、あんたの言うたとおりやったばい」
「まあ、公開情報以上のものはほぼ出てないのだけれどね?」
「あの皇子がウザかった…」
我関せずで料理を堪能していたように見えたクレアまで、心なしかげんなりしている。
「そう言えばクレア、あなたあのナントカって皇子にやたら絡まれてたわね」
「カーシムな、姫ちゃん」
「なんだか彼、クレアのこと意識しているみたいだったわね」
「え、やだ」
クレアの珍しい即答に、姉役三人が揃って苦笑する。
「どうなんクレア?歳も近かし、ちょっとぐらい意識したりせんと?」
「わたしにだって選ぶ権利くらいあるよ。あいつキライ」
普段からおっとりしているクレアがここまでバッサリ切り捨てるあたり、本当に嫌だったのだろう。本人が聞いたら顔を真っ赤にして「こっちだってなあ、お前なんか好きでも何でもねーよバーカ!」とか何とか言いそうである。
「まあそれはそれとして」
ヴィオレの一言に、クレアまで含めて全員がソファにだれていたのがスッと居住まいを正す。
「こらどうも、一筋縄ではいかんごたるね」
「今夜の晩餐は皇族しかいなかったわ」
「そうね。おそらく明日は政府高官との晩餐になるでしょうね」
「その次は軍部か、貴族たちか」
「うええ…まだ続くの…」
「晩餐だけじゃなく、夜会の催しも組まれるでしょうね」
おそらくはそうやって連日連夜の歓待が続くことだろう。最悪の場合、そうやって国内のめぼしい有力者たちとの顔合わせが済んだら、また皇族からのお誘いが来るかも知れない。
いや、最悪というか、おそらくは高い確率でそうやって勇者パーティを国内に留め置くつもりであるのだろう。今はまだ初日を終えたばかりで推測の域を出ないが、それくらいするつもりでもなければ皇都入りからこのかたの過剰すぎる歓待の説明がつかない。
その推測が的を射ているならば、最終的に考えられるのは勇者パーティを自国戦力に取り込む企みだ。
「まあまだ今の段階で、仮定に仮定ば重ねたっちゃしゃあないとばってん」
「でも多分間違ってないと思うわ」
「まあそのあたりも、おいおい調べるわね」
裏の裏を推測して動くことは必要なことだが、仮定を“前提”にすり替えることは避けなければならない。でなければ誤った予測を元に動くことになりかねないし、それが積み重なってしまえば取り返しのつかない所まで間違えてしまう。
とはいえ今はまだ1日目、情報を集めるにしても限度がある。何しろ城内に味方がいない、というか全員が敵だと思っておくべき状態で、協力者作りもこれからなのだ。
「彼に頼んだ件はどうなの?」
「そちらもすぐには結果が出ないわ。2、3日は必要かしらね」
その時、部屋付きの侍女が来客を告げた。
「来客?先触れではないの?」
本来、王侯貴族であればいきなり先方には押しかけたりしないものだ。まず先触れを遣わして訪問したい旨を知らせ、日時や会合の場所などを折り合わせたのち、その定められた日時で訪問するのがマナーである。魔術などの遠隔通信の技術や手段はあるが、それを先触れの代わりにしたりそれで会合を行ったりするのは礼を失する行為だとされるのが一般的だ。
そしてそれは、例えば同じ皇城内で先方の居室を訪れる場合なども同様である。特に蒼薔薇騎士団はアナトリア皇城においては客分なのだから尚更だ。
その蒼薔薇騎士団への訪問で、先触れも立てずに訪問者が直接やって来ているという。侍女に誰が来たのか聞いても「やんごとない御方ですので、申し上げるのは憚られます」の一点張りである。
やんごとない御方。
それはつまり、皇族の誰かということだ。
(どうする?)
(思惑の読めんねえ)
(だけど追い返すのは失礼かしら)
魔術の[念話]を使うまでもなく、アイコンタクトで彼女たちは意思疎通を図る。ややあってクレア以外の三人で頷き合うと、「良いわ。お通しして」とレギーナが侍女に告げた。
クレアは特に反応しないが、反対の時はちゃんと声を上げるので無反応は即ち肯定と同義である。というか彼女は彼女で各種の探知魔術をすでに展開しているし、それで異常を感じないから反応しないのだ。
レギーナたちに充てがわれている部屋は、外交使節などが皇城を訪れた際に案内される大人数用の一等客室である。つまり入口扉をくぐれば中はいくつかの部屋に分かれていて、複数の寝室や水回り、簡易的な応接室にもなるリビングと密談にも使える控室、さらには部屋付き侍女たちの控室や護衛用の詰所もある。
護衛詰所は使用者が蒼薔薇騎士団ということもあって、ここに詰めるのは部屋の入口で歩哨に立つ騎士2名だけだ。その2名にはレギーナがアルタンとスレヤを指名したので、彼らは引き続き蒼薔薇騎士団に付いていた。とはいえ彼らは男性と女性なので、就寝の際にはスレヤだけを室内に入れて空いた寝室を使わせることになっている。アルタンには護衛詰所の仮眠室を使わせる予定だ。
アルタンは「俺も部屋に入れて下さいよ〜」と情けない声を上げていたが、基本的にアルベルトでさえ同室を許可しないのに彼を招き入れるわけがない。皇国騎士団の副団長に対する扱いではなかったが、勇者の意向なのだから彼には諦めてもらう他はない。
で、その応接室代わりのリビングの扉がノックされる。
「入って頂戴」
レギーナの許可に従い、リビング内に控えていた侍女が扉を開けた。
案内の侍女に先導されて入ってきた人物を見て、蒼薔薇騎士団全員が驚きに固まる。
入ってきたのは、第六妃のララ妃だったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「不躾の急な訪問にも関わらず、招き入れて下さってありがとうございます」
レギーナの向かいのソファに腰を下ろしたララ妃は、まずそう言って頭を下げた。その顔は無表情で、社交的な淑女の微笑さえ浮かべていない。
ちなみにレギーナが座るのは上座に据えられた一人掛けのソファ、メンバーの三人はレギーナから見て右側のソファに並んで座っている。三人の対面に位置するソファは無人だ。侍女たちは壁際に並んで立っている。
「貴女たち、席を外して頂戴」
晩餐も終えた夜分にララ妃がひとりで訪れたということは、この会合が非公式かつ秘密裏のものであるということだ。ならば人払いをすべきだろうと、レギーナは侍女たちに部屋を出るよう指示する。
「問題ございません。この部屋に配した侍女たちはわたくしが手配したもの。信頼できる者を集めましたので、人払いには及びませんわ」
だがララ妃がそれを押し止める。ということは、彼女は最初から蒼薔薇騎士団に接触するつもりであったということになる。
ララ妃は皇妃に相応しい美貌の女性であった。真っ直ぐに伸びる明るい栗色の長髪を項で一束にまとめ、背中に長く垂らしている。茶色の瞳には理知的な輝きがあり、やや褐色の肌と相まってエキゾチックな雰囲気を醸し出している。
アナトリア風の、バストのすぐ下で切り替えを入れたノースリーブの薄黄のドレスにシースルーの薄絹の上掛けを纏っていて、胸元には白く輝くダイヤモンドをあしらったネックレス、耳には瑠璃のイヤリングが光っている。頭部には細い金鎖のラリエットがあしらわれ、額には翠玉色で涙滴型の印が描かれている。ティカというもので、額に描くのは既婚者の印であるらしい。
やや下げられた目線を隠すような長い睫毛が印象的で、どこか儚げな雰囲気がある。歳の頃はレギーナとそう変わらないと見え、皇妃にならずとも求婚者が列をなしそうな美女である。正直に言わせて貰えれば、あの皇帝には少々もったいないとさえ思える。
だが、表情を消したその顔からは、彼女がなにを考えているか全く伺い知れない。
「そう。⸺では、ご用件をお伺い致しましょうか」
最初は腹の探り合いから。王侯貴族の社交の常識である。だがレギーナはいきなり本題を促した。晩餐のさなかにさえ淑女の微笑を忘れなかったララ妃が無表情を貫いている、ただそれだけで彼女には時間の猶予がないと見て取ったのだ。
「ありがとうございます」
何に対しての礼か、ララ妃は言わない。その場の誰も求めない。
「勇者レギーナ様と蒼薔薇騎士団ご一同におかれましては、直ちに皇都を出立なされるべきと進言致します」
そして彼女もまた、前置きなしで本題を口にしたのである。
「それはまた、どうして?」
「勇者様の御力を利せんとする輩が、この皇都には多すぎるのです」
ララ妃は端的に、そして包み隠さず言葉を紡いだ。
「今夜はわたくしども皇族との晩餐でしたね」
「ええ、そうね」
「明日は大宰相カバをはじめ皇国政府高官たちとの晩餐になります」
やはり推測していた通りだったようだ。
「その翌日は教団の幹部たちと、さらにその翌日は国内の主要な君侯たちとの晩餐が予定されています。わたくしの父にも招待状が送付されてきたと聞いています」
アナトリア皇国において君侯とは国内各地を治める地方領主、つまりは貴族である。ララ妃の父も君侯のひとりであるという。
「その翌日は軍部、さらに法衣貴族や官僚たちとの晩餐も組まれているはずです」
「さすがにそんなに長々と付き合ってはられないわね……」
「ですから、すぐにでも出立なさるのがよろしいかと」
「しかし、なぜララ妃はわたくしたちの味方をなさるので?」
そこへミカエラが、現代ロマーノ語で割り込んだ。タライ財務宰相に対して話した時とは違い、その言葉には嫌悪の棘など微塵もない。
「だって、このままでは勇者様方もわたくしのように囚われて縛られるだけだと解っているのに、見過ごすことなどできるはずがありませんもの」
ララ妃は無表情のまま、そう言った。
「特に皇太子殿下。あの方、レギーナ様を皇太子妃に据えるおつもりでいらっしゃるわ」
そして、特大の爆弾を放り投げてきたのだった。
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