1-8.動き始める運命
ようやくここまでで、物語の導入部分が終わります。
このあとの一章は出立の準備、そして二章からは旅の道中を描写していきます。
この世界を丁寧に描いていきたくて、この後の道中も省略せずに全部書いています。冗長に感じる読者様もおられるかも分かりませんが、よろしくお付き合い下されば幸いです。
「で、くさ。聞きたか話っちゅうとは“蛇王”に関する話なんたいね」
気を取り直して、ミカエラが切り出した。
蛇王。
それは世界の終末の時に世を滅ぼすと言われている、数ある魔王級の中でも最悪に近い魔王である。その脅威は西方世界に留まらず、東方世界にまで及ぶ。
それほどの恐るべき存在でありながら、その身を滅ぼすことができないとされる不死身の魔王であり、だから人類の対抗手段としては戦い弱らせて封印するしかないという。
その蛇王の封印が、近年になって綻んでいるのが観測されたというのだ。
「そやけんくさ、誰かが封印ば修正しげ行かないかんとばってん、西方世界には蛇王に関する文献の少ないとよね」
説明しながらミカエラが腕を組んで困った顔をする。
蛇王が封じられている地は東方世界にあって、西方世界ではなかなか信憑性の高い情報が得られないのだという。そのため、具体的な作戦も封印修正プランも決められないのだという。
「んで、色々調べよるうちに『ラグのアルベルトっちゅう冒険者が詳しく知っとる』っていう話ば聞いてくさ。それでおいちゃんに話ば聞きに来たとよ」
聞きたい話というのはそれだったのか、とアルベルトは納得する。
納得はするが、アルベルトだって世間に流布している話以上に詳しいわけではない。確かに昔一度調べたことがあるが、ただそれだけだ。
「情報源が信頼できるから一応来てみたんだけど、どうも腑に落ちないのよね。来てみたら来てみたでなんか殺されそうになってるし、本人はのほほんと笑ってる低ランク冒険者だし。
あなた、本当に詳しいの?」
レギーナは森でも懐疑的だった。
まあアルベルトの風体を考えれば無理もない。一介の低ランク冒険者が、勇者の関わるような魔王に詳しいと言われても、普通は信じられるものではないだろう。
ちなみに冒険者のランクは、一人前までは依頼をこなしてさえいれば規定によってほぼ自動で上がれる。ギルド側の審査や面接などが入るのは腕利きからだ。だから一般的に一人前までは低ランク、それ以上は中ランクに分類される。なお高ランクとして扱われるのは凄腕以上で、だから高ランク冒険者というのはほんの一握りしかいない。
「確かに、蛇王に関しては昔調べたことがあるんだけど、俺だってそんなに詳しいわけじゃないよ。世間で知られている話以上のことは話せないと思うんだけどなあ」
頭を掻きながら、申し訳なさそうにアルベルトが言う。言いながら『信頼できる情報源』とは誰のことだろうと考えを巡らせる。自分が蛇王を調べたことがあると知っている人間なんて限られているのだが。
「俺が知ってるのは、蛇王っていうのは不死の魔王で、両肩から二匹の大蛇を生やしていて、恐るべき怪力と魔術の力を持っていて、巨人みたいな巨体なのに風のように素早くて、封印で力を制限されていても普通じゃ歯が立たないくらい強い、ってことくらいで…」
アルベルトが語り始めると、何故かレギーナやミカエラたちの顔色が驚きに染まってゆく。
「東方世界にある、今のリ・カルン公国のある“大河”沿岸一帯をかつて千年にわたって暴力と恐怖で支配した古代の王で、英雄王ファリドゥーンに封印された後は歴代の勇者たちが繰り返し封印することで現在まで抑え込んできた、っていうことぐらいしか知らないんだけど。
あ、世界の終末の時には《悪竜アジ・ダハーカ》に変じて世界を滅ぼす存在になると言われていて、その悪竜になってからでないと倒せない、っていうのも聞いたかな。だから今はまだ封印することしかできないって話だったよ」
ふと気付けば、蒼薔薇騎士団の面々がポカンと口を開けて、呆然とアルベルトを見ている。
「…あれ、なんかおかしな事を言ったかな?」
「い、いやいやいや!おいちゃんちかっぱ詳しいやん!何それどこで調べたと!?巨体の話やら英雄王やらアジ・ダハーカやら、全部初耳っちゃけど!?」
「ウソでしょ、ホントにこんなただのおっさんが詳しいなんて…」
「これは、わざわざ来た甲斐があったわねえ…」
「もっと色々聞きたい…多分まだ知ってる…」
「いや、もっとって言われてもなあ。リ・カルンの最高峰の霊山に封印されていて、その山が蛇王を封印してるから“蛇封山”って呼ばれてることとか、肩から生えてる蛇もまた不死で斬ってもすぐ生えてくるとか、その蛇には毎日人間の脳を食べさせないといけなくて、それで毎日二人の生贄を要求されるとか、そのくらいだよ?」
「蛇の不死も生贄の話も知らんっちゃけど!?」
「ちょっと待ちなさいよ、あなたどうしてそんなに詳しいのよ!?どんな文献にも『肩から二匹の蛇を生やした魔王』ってだけしか載ってなかったのに!」
どうやら世間で流布されている情報は、アルベルトが思っていたよりもずっと少なそうである。
「どうして、って言われてもね…。昔一度戦った事があるっていうだけで、あとはリ・カルンの文献で調べたくらいかな…」
何故か責められてるような気分になって、それで少しだけ小さくなってしまうアルベルトであった。
だがその一言に、またもや驚愕する蒼薔薇騎士団。
「はぁ!?昔戦ったですってえ!?」
「いやいや待ちんしゃいて!戦ったやら気安う言うばってん、普通は戦うどころか遭遇したら生きて帰れんっちゃけど!?」
「ていうか戦ったのっていつなのよ!?基本的に封印から出てこれないはずなんだけど!?」
「うん、まあ、その封印が緩んでるから直してこいってバーブラ先生に言われて、それで直しに行ったんだよね。もう18年も前の話だよ。
いやあ、あの時も絶対死んだと思ったものだけどね」
事もなげに言うアルベルトの姿にまたしても絶句するレギーナたち。
「待っておいちゃん?バーブラ先生て今言うた?先生のこと知っとうと?」
「ていうか18年前に封印を修正したのって…」
「うん、“輝ける虹の風”だね」
「“輝ける虹の風”…?」
「…あ、そうか、俺が脱退した後に“輝ける五色の風”に改名したんだっけ。何でもマスタングさんが入って加護が五色揃ったから、って」
「「それ先代勇者パーティじゃない!! 」」
レギーナとミカエラの声が語尾を除いて綺麗にハモった。
彼女たちは蛇王に関する調査にあたって、ひとつ重要なことを調べ損なっていた。先代勇者である勇者ユーリの率いたパーティ、すなわち“輝ける五色の風”が改名していたことに気付かなかったのだ。だから彼女たちは、改名前に何度かメンバーの入れ替えがあった事にも気付いていなかった。
もしもそれを調べられていれば、虹の風時代にアルベルトが在籍していたこともきっと気付いたはずだった。
(そりゃそうなるわよねえ。先代勇者パーティの元メンバーが、ランクも上げずに未だに毎日薬草採ってるなんて、普通は思わないもの…)
頭を抱えながら内心でため息を吐くのはアヴリーだ。きっと蒼薔薇騎士団の面々だってアルベルトが熟練者や凄腕ぐらいになっていれば素直に信じられるのだろうが、よりにもよってただの一人前のままで、聞いた限りだと森で殺されかけても剣さえ抜かなかったというのだから、信じろという方がどうかしている。
だが彼が先々代の勇者パーティ“竜を捜す者たち”の一員にして“最後の歌姫”と称される伝説の吟遊詩人、バーブラ・スート・ライサウンドの名と“輝ける五色の風”の名を出したことで、ある程度の信憑性は担保されてしまっている。
そして、蒼薔薇騎士団の面々が今聞いた話をそのまま信じていいものやら迷っているのも見て取れた。
だから彼女は口を開く。
「彼が“輝ける五色の風”の元メンバーなのは事実です。彼自身は一介の冒険者に過ぎませんが、脱退してからは亡くなった元の仲間の墓を守る傍ら、ラグの冒険者や人々のために神殿から依頼されて薬草の採取と群生地の管理を行っています。
そのことは辺境伯もご存知で、彼が望まない限りはランク昇格試験も行わなくてよい、とご許可頂いております」
そう、だからアヴリーはアルベルトを何とか翻意させようと、しきりに昇格試験を受けるよう奨めていたのだ。もうそろそろ薬草採取も後任に譲って、その経歴に相応しい地位と名声を得てほしいと、そう願っていた。
だがアルベルトが望まない限り昇格試験が行えないのだから、まず彼にその気になってもらわなければならなかったのだ。
「今のラグ辺境伯って言ったら…」
「ロイ様…」
「先々代の勇者様よねえ」
「どうやら、こらぁ信じるしかなかごたんね」
ミカエラのその一言が、蒼薔薇騎士団の総意になった。
「よし、分かったわ!あなた、私達について来なさい!」
突然レギーナが立ち上がり、アルベルトに向かって指を突き付ける。
「えっ?」
「私達を案内して東方世界へ、蛇王の封じられている蛇封山まで案内しなさいって言ってるの!」
「いや姫ちゃん?話だけ聞いとったらよかっちゃない?」
「なんでよ?東方世界なんて行ったこともないんだし、道案内は必要でしょ?」
「そらそうかも知らんばってん、同行さしたら新加入かて間違われろうもん…」
可愛らしい女の子だけのパーティ、それが蒼薔薇騎士団のパーティコンセプトである。その中にアルベルトのような中年のおっさんが交じるのは違和感も甚だしい。
若干一名、すでにコンセプトを外れている気がしないでもないが、それはツッコむだけ野暮というものだ。
「誰も加入させるなんて言ってないじゃない。それにどのみち『道先案内人』は必要でしょ?大丈夫よそんなの見れば分かるんだから!」
何故か自信満々なレギーナの姿に、ミカエラはひとつため息を吐いて抵抗を諦める。
「道先案内人としてアルベルトをお雇いになる、ということでよろしいですね?」
アヴリーが確認する。
「…そやね。それがウチらからの正式な依頼っちゅうことで処理してもろうて構わんですよ」
「では契約の詳細ですが…」
「そうねえ、依頼内容は封印現地までの案内とそれに伴う雑事の処理、東方世界に至ってからの現地との折衝、ってところかしら?」
「期間は目的ば達成して封印ば修正し終えるまで、でどげんかいな」
「報酬は…その都度現物あるいは金銭で本人に直接支給、でいいかしらね?」
「もちろん仲介料はギルドの規定通り即金でお支払いしますけん」
「いや勝手に話を進めないでもらえるかな?」
急な話の展開に、慌てたアルベルトが抗議の声を上げた。
「あらなに?世界を滅ぼすような恐ろしい魔王を相手に、か弱い女の子だけで立ち向かえって言うわけ?」
「いやか弱いって言われても…。君は勇者なんだし、どう考えたって君たちの方が強いじゃないか…」
それに今の話だとアルベルトは単なる案内人でしかないのに、そんな助っ人扱いされても困る。
「あなただって元とはいえ勇者パーティの一員でしょ!?可愛い後輩を助けようとか思わないの!?」
「いや、ユーリが勇者になったのって俺が抜けて随分経ってからだし」
ユーリが正式に勇者と認定されたのはアルベルトの脱退後。新たに人員を補充してパーティが“輝ける五色の風”と改名してからのことである。より具体的にはそこからさらに1年ほど実績を積んでからの話なので、アルベルトには自分が勇者パーティの元メンバーだという自覚は全くなかった。
彼の感覚では所属していたのはあくまでも“輝ける虹の風”であって、勇者パーティである“輝ける五色の風”に所属していたつもりなどなかった。例えて言うなら「かつての元同僚が出世して偉くなった」という感覚に近く、勇者パーティの一員として扱われるのは違和感しかなかったのだ。
「どっちにしたってもう決めたことよ。四の五の言ってないで覚悟決めなさいよ!」
レギーナが傲然と胸を張る。
これはどうも、言い出したら聞かないタイプのようだ。
アヴリーがチラリとアルベルトを見る。
アルベルトはしばらく逡巡していたが、やがてひとつ小さく息を吐く。
あまりに突然の話で困惑しかなく、自分には身に余る大役だとも思う。だが彼女たちには命を救ってもらった恩があり、それは返さなければならない。そしてどうやら自分の知識と経験は彼女たちの求めるものに合致している。
何よりも、二度とないと思っていた蛇王への再挑戦の機会を与えられたのだ。そう考えれば、自分にとっては願ってもないことだ。
やがて彼は顔を真っ直ぐ上げると、しっかりとレギーナの顔を見た。
「思ってもみない話だったけど、確かに俺がやれることはあると思う。それに命を助けてもらったお礼もしないとだし。
だからこの依頼、喜んで受けさせて頂きます」
彼はキッパリと言い切った。
その顔には揺るぎない決意が浮かんでいた。
「よし、じゃあ決まりね!」
「よろしゅうな、アルベルトさん」
「よろしく。いい旅にしましょう?」
「…。」
蒼薔薇騎士団の面々が次々とアルベルトに握手を求める。クレアだけは無言でやや恥ずかしそうだったが、それでも最後はしっかりと彼の手を取った。
こうして、ラグのしがない低ランク冒険者だったはずのアルベルトの運命は大きく変わり始めた。一度は「落第」した男がこの先どういう活躍を見せるのか、それは本人にもまだ分からない。
ただこの時はまだ、これが丸1年にも及ぶ長い長い旅になろうとは、この場の誰もが知る由もなかったのだった。
あらすじに書いた部分まで回収しました。
この『蛇王』を倒して再封印することが旅の最終目的になります。
さて、一体どうなりますことやら。
お読み頂きありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。
お気に召しましたら、評価・ブックマークなど頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!
あ、予約投稿の時間を細かく変えてますが、どの時間帯なら多くの皆さんに読んでいただけるかの試行錯誤です。しばらく時間帯がフラフラするかと思いますが、よろしくお付き合い下さい。
【追記】
「案内人」のルビを「ポーター」としていましたが「パイロット」へ変更します。(2023/02/19)