4-7.大仰な歓待
【お知らせ】
アナトリア帝国の国名表記を「アナトリア皇国」に変更しました。それに伴い、その他の名称も皇城、皇都など「皇」で統一します。
ここまでの投稿済みエピソードに出てきた当該国名の箇所はすでに変更済みですが、もしかしたら見落としがあるかも知れません。
一行は昼の茶時頃に皇都アンキューラに入った。
入った、というよりは「迎え入れられた」と言った方が正しいかも知れないが。
というのも、皇都の西門が見えてきた辺りで初めて分かったことだが、門前に物々しいまでの出迎えの大群が待ち構えていたのだ。
それは誤字でも誇張でも何でもなく、大群と表現するのがしっくり来る様相だった。何しろ少なく見積もっても数千人、ことによると1万人ほど出てきているのではないかと思えるほどの人数だったのだ。
政府高官や官僚たちは元より騎士団、魔術師団、兵士団などの軍部、さらには女官たちまで出てきているようだ。その他に一般市民や旅の商人などの姿が全く見当たらないことから考えても、蒼薔薇騎士団の出迎えのためだけに西門を封鎖して人払いをかけているものと見える。
いやお前ら、仕事どうした?
アプローズ号はまず皇都防衛を担う衛兵騎士団の出迎えを受け、そのまま待ち構える大群の前まで連れて行かれた。と言っても、衛兵騎士団の騎士たちも例によってスズの巨体にビビりまくりで、なんか遠巻きに囲まれているだけだが。
「勇者レギーナ様御一行とお見受け致す。ようこそ我がアナトリア皇国へ、そして皇都アンキューラへお越し下された。皇国政府一同、心より歓迎致しますぞ!」
先頭に立っているひときわ恰幅のいい、ジャラジャラと勲章やら何やらを山ほどぶら下げている礼服姿の大男が声を張り上げる。
まあ声を張り上げると言ってもどこか弱々しい響きを伴っているが。
「ねえ、あれ誰?」
レギーナが窓を少し開けて、横を随伴するアルタンに尋ねる。
「大宰相のネジャッティ・カバですね」
「あー、カバね」
大宰相というのは要するに宰相(大臣)たちの最高位、つまるところ首相のことだ。そしてその見た目は恰幅がよくいかにも鈍重そうな印象を与える。雨季の曇天の下、体型からしても蒸し暑いのだろう、しきりに手拭いで額や首筋の汗を拭っている。
ともあれ、政府の最高官が自ら出迎えに出ているわけで、レギーナも顔を見せるのが礼儀というものだろう。ということで彼女は御者台に姿を現した。
「出迎えご苦労様。私が勇者レギーナよ」
おおっ、というどよめきが起こる。まさか勇者がこれほど若く見目麗しい美女だとは思いもよらなかったのだろう。
「さ、ささ、長旅でお疲れでございましょう。まずは城内へお入り下され」
一瞬呆けていたカバだったが、すぐに気を取り直して背後の西門の方を指し示した。だがそこはまだ皇都の外周壁の外、そこにあるのは皇都の西門でしかない。ちなみに皇城ははるか遠方に小さく見えているだけだ。
皇都アンキューラ、人口約30万を超す、アナトリア第二の大都市である。市域も当然、それに見合う広さを誇るのだ。ちなみに第一位はコンスタンティノスで、人口約45万人である。
「いいけど、そんなに固まってられたら先に進めないんだけど。ていうかお城の方の準備はできてるの?」
「ははは、御心配なさらずとも結構ですぞ。お出迎えに上がりましたのは、これでも皇城に勤めておる者の1割ほどでございますれば」
いや1割も出てきちゃダメでしょ。
皇城の大手門前ならともかく、ここ皇都の西門ですからね?
ともあれアプローズ号は先導されるままに西門を潜ってアンキューラ市内へと入った。ところが入ったら入ったでパレードの準備が万端で、拒否することもできないまま大通りを皇城まで練り歩かされるハメになった。
沿道を埋め尽くす人、人、人の波。
路上だけでなく大通り沿いの宿屋からも店舗やギルドなどの施設からも、もちろん二階や三階の窓からも。アンキューラの人々は手に持った小旗を懸命に振って、割れんばかりの拍手喝采と歓声と、スズを見たどよめきとでアプローズ号と蒼薔薇騎士団を迎えた。勇者には特に旗印などないはずだけど、と思ってよく見たら、歓迎の市民たちが振ってるのはほとんどがアナトリア国旗である。
いやアナトリア入りと言っても、そういう意味ではないのだけどね?
かくしてパレードを終えて皇城の大手門にたどり着く頃には、すっかり陽神も西に傾いていて、背後から茜色の空に変わりつつある。
これでもう、挨拶だけしてすぐ出立するプランは潰れたも同然である。
皇城入りしたらしたで諸宰相一同及び官僚たち、侍従たち、女官たちに騎士団やら兵団やらの将校クラスが勢揃いして廊下の左右に列をなし、レギーナたちを見るや一斉に頭を垂れてくる。
こう言ってしまっては何だが、他国のどんな大国に行ってもここまで大仰な出迎えを受けたことなどない。これでは逆に、何かあると言外に宣言しているに等しい。
《なんかちょっと気持ち悪いわね》
《ご機嫌取りが見え見えやなあ》
《こわい…》
《とりあえず、落ち着き次第調べて回るわ》
《そやね。念のためおいちゃんも呼び寄せとった方が良かろうねえ》
周りを取り囲まれていて小声でさえも内緒話ができそうにないため、彼女たちの会話は白属性魔術の[念話]でやり取りされている。そのために表向きは全員が無言のままだ。[念話]は盗聴防止のプロテクトもかかるため、指定効果範囲外の人間には魔術の起動は察知できても会話の内容を探られることはない。
ちなみにアルベルトは従者扱いなので、皇城滞在中は基本的にはレギーナたちと行動を共にすることができない。そのため彼が隔離されたままだと彼女たちとしても動きが取りづらい。彼の立場を考えれば、彼女たちに対して彼を人質にするなどということは考えつきもしないだろうが、万が一それに似たような状況になってしまうと厄介だ。
別にアルベルトが大事な存在なのではない。
彼抜きで東方世界に行くことに不安があるだけだ。
《おいちゃん、聞いとったかいね?》
《聞こえてるよ。けど俺まで範囲に含めるなんて、だいぶ余計に霊力注ぎ込んだでしょ?》
《まあそらしゃあない。必要やけんそげんしただけやし》
《まあね。ていうか、こういう時に[追跡]があると便利なのか》
[追跡]はイリュリアでお世話になったお騒がせ巫女のマリアが、かつての仲間のマスタングに特別に作ってもらったオリジナル魔術なので、彼女以外には誰も使えない。だが距離の制限なく対象がどこにいるか分かる術式だから、離れた仲間と速やかに合流したい時にはこの上なく便利だ。
《無いもんば言うたっちゃ仕方なかろうもんて。おいちゃんの部屋はなるべくウチらの部屋に近いとこさい用意さすっけん、あとでまた打ち合わせしようや》
《分かったよ。俺はひとまずスズの世話があるから》
アルベルトは宿泊先では常にスズの取り扱いに関して厩舎管理の者と細かく擦り合わせして、ついでにスズに餌をやってから戻ってくる。そういうところも御者を務める彼の業務の範疇である。
《ああ、待って。少しいいかしら?》
[念話]を切ろうとすると、ヴィオレが待ったをかけた。
そして彼女はアルベルトに対して、いくつかお願いごとをしたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「よくぞ参られた勇者殿。余がアナトリア皇国皇帝、トルグト4世である」
やたら豪華で無駄にだだっ広い謁見の間。蒼薔薇騎士団を待ち構えていたのは当然というか、皇帝トルグト4世アブドラティフである。
ただし今の口上はトルグト4世本人のものではない。その隣に立つ皇帝侍従長の発言だ。
謁見の間はやたらと天井の高い空間だった。目測でおよそ10ニフほどもあろうかと思える、その天井までのおよそ半分ほどまで階段状に積み上がった壇上の玉座にトルグト4世が座っていて、その隣に侍従長が侍している。そして蒼薔薇騎士団はその壇の直下、大理石の床の上に跪いている。
そんな状態だから、会話をするだけでもある程度声を張らねばならないはずだが、トルグト4世は侍従長に聞こえる程度しか声を上げない。大きな声を出したくないのか、それとも出せないのか。
「……と、皇帝陛下は仰っておられる」
いや侍従長、それ言うのに間を開けすぎでしょ。
「勇者レギーナ、及び蒼薔薇騎士団、東方への旅の途上にて貴国領内の通過をご許可頂きたく、伏してお願い申し上げます」
さすがにレギーナも皇帝本人を前に軽々しく不遜な言動は取らない。名代の対応は酷いものだったが、だからといって皇帝に不敬を働いてよいわけではないのだ。外務宰相カラスと財務宰相タライの所業については、皇帝本人に言わずとも大宰相あたりに抗議しておけば事足りる。
「お役目ご苦労。領内の通行を許可しよう」
「……と、皇帝陛下は仰っておられる」
ゴニョゴニョ。
「だがその前に、初めて我が国を訪れた勇者殿とそのお仲間をどうか饗させて頂きたい。旅の話や武勇伝なども聞かせて頂きたいものだ」
「……と、皇帝陛下は仰っておられる」
いやだから侍従長、その間は何とかなりませんかね?
蒼薔薇騎士団はその後も侍従長を介しながらではあるが皇帝と二、三言葉を交わし、晩餐会への招待を受けた上で許可を得て御前を退いた。というか、招待を受けるまで退出の許可が得られなかった。
晩餐会は早速今夜にも予定されているということで、まずは客間に通される。
「晩餐かあ。面倒ね」
「いや“姫様”が社交ば面倒やら言うたらつまらんめーもん」
「だって面倒だもの」
別に本気で面倒がっているわけではない。というか晩餐そのものは特に面倒でも何でもない。
面倒なのは、勇者に擦り寄り取り入り歓心を買おうとする強欲たちの相手をすることである。特にこれほどあからさまな歓待をしてくる以上、絶対にレギーナに飲ませたい要望があるに違いないのだ。
レギーナは言わずもがなエトルリアの王女であり、行く先々で勇者としてもエトルリア王女としても歓待を受けることが多い。そのため、アプローズ号にもドレスを何着も用意してある。他のメンバーも同様だ。
宛てがわれた客間にも広大なクローゼットがあり、絢爛豪華なドレスが数え切れないほど用意してあったが、それらには手を付けずに彼女たちは自前のものを着ることにした。
アナトリア風の意匠が好みに合わなかったのもあるが、端的に皇国側の厚意を信用していないだけである。だから彼女たちに付けられた侍女がアプローズ号からそれらの衣装をお持ち致しますと申し出たこともやんわり断って、ヴィオレに取りに行かせたくらいだ。
まあそれでも侍女たちにはヴィオレに付いて行ってもらったが。4人分の衣装鞄になるので、さすがにヴィオレひとりでは一度に運べないので。
アプローズ号の施錠管理は当然アルベルトの仕事で、彼はまだアプローズ号を格納している厩舎にいたため、ヴィオレは開けてもらって自分だけで車内に入り、手早く4人分の鞄を荷造りして車外待機の侍女たちに渡す。その上でチラリとアルベルトに向かってアイコンタクトを交わし、そして彼女は客間へと戻る。
そのあと全員で湯場に案内され、侍女たちに全身隅々まで磨かれた上で、彼女たちはそれぞれ侍女の介助でドレスを身にまとった。
そうしていると、侍従が時間を告げにやってくる。それに応えて、彼女たちは侍女たちに案内されて晩餐室へと向かった。
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