4-6.作戦会議
その後、旅はひとまず順調に進んだ。危惧していた帝国の他の宰相(大臣)たちの横槍もなく、レギーナたちを勇者パーティだと知らぬまま襲ってきた山賊の類こそあったものの、描写するのも面倒なほど一瞬で蹴散らされて何事もなかった。
一行はコンスタンティノスを抜けたあと、次のニコメディアの手前で野営し、翌日はニコメディアを素通りしてキオスへ。キオスで一泊し久々の入浴と宿の食事を楽しんだあと、ドルラエウムへと進む。ここでも一泊し次はゴルディオン。ゴルディオンで一泊すれば、その次はいよいよ皇都アンキューラだ。
実を言えばゴルディオンとアンキューラはほとんど離れておらず、朝に出発しても昼にはたどり着く。なのでスルーする手もあるにはあるのだが。
「ねえ、やっぱり寄らないとダメかな?」
「ダメやろねえ。ウチも『寄らせてもらう』て宣言してしもうたし」
「なんでそういうこと、勝手に言っちゃうのよ」
「しゃあないやん。さすがに皇帝には挨拶ぐらいしとかなやもん」
皇都に寄りたくないレギーナが駄々をこねて、やはり寄りたくないミカエラになだめられている。
「お昼前に皇城へ上がって、挨拶だけしてそのまま発ってしまってはどうかしら?」
そしてやはり寄りたくないヴィオレもそんな事を言う。
「いやぁ、やっぱりそれは無理なんじゃないかなあ。諦めてお城に上がるしかないと思うんだけど」
「そうね………」
「やろねぇ………」
「でしょうね………」
アルベルトの苦笑交じりのその一言に、この世の終わりみたいな声で美女三人が渋々と、本当に渋々と呟き返してきたのだった。
まあいずれにせよ、皇都アンキューラはもう目の前だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そろそろ皇都の市街地が見えてくると思うんだけど、レギーナさんどうする?」
アプローズ号を街道の脇へ寄せて、休憩の準備のためにアルベルトは車内へと入る。そこでどんよりとソファに沈んでいる美少女勇者に、敢えて声をかけた。
「え、━━ああ、もう着いちゃったの」
「いやまだ街までは少し距離があるよ。乗り込む前に作戦会議しなきゃ、でしょ?」
「作戦、会議………」
その言葉に、レギーナもミカエラも俯かせていた顔を上げる。
「そうね、もうこうなったら打てる手は全て尽くして、一刻も早い皇都脱出を図るだけだわ」
ひとりだけ歳上で、ひとりだけ俯いていなかったヴィオレが、いち早く彼の言葉に同意する。
「………いいわ。ここまで来たらもう覚悟を決めるしかない、って事ね!」
「まあそうやね。無策で突っ込むやらバカたれのする事やもんな」
レギーナもミカエラも、目に光が戻ってくる。
ようやくいつもの調子が戻ってきたなと、それを見てアルベルトも内心で安堵した。
「とりあえず皇帝の思惑なんだけど⸺」
「皇太子の動向は逐一チェックするわね」
「アレ以外の宰相の情報も欲しかねえ」
「皇城の内部見取り図は……手に入らないわよね」
「それはさすがに無理ね。まあ登城してから調べておくわ」
「お願い。あと⸺」
「そのあたりの情報はさ」
口を挟んだアルベルトを、クレアも含めて四人全員が一斉に見やる。
「あのふたりに聞いてみたらどうかな?」
そう言って、アルベルトは窓から車外に目をやった。
その視線の先には、アプローズ号の前後に別れて律儀に周囲の歩哨に立っているふたりの騎士の姿があった。
コンスタンティノスから随行してきている騎士ふたりは、アプローズ号からやや離れた後方で二騎連なってついてきている。勇者パーティのプライベートに干渉するつもりはないようで、野営のときも自分たちで準備した、というか騎士団の配下にコンスタンティノスの詰所から持ってこさせたであろうテントを設営して夜を過ごしていたし、宿に泊った際も勇者パーティとは別に部屋を借りていた。
その一線を引いた弁えた態度は満足のいくもので、だからレギーナたちも彼らに対して食事の同席を許可していたし、世間話くらいは話しかけるようになっていた。
「どうやろ?さすがにそこまでこっちの立場には立たんっちゃない?」
「まあでも、当たり障りのない情報なら提供してくれそうではあるわね」
「そうね。とりあえず、聞くだけ聞いてみましょ」
ということで、騎士アルタンとスレヤは初めてアプローズ号の車内に呼ばれた。
「いやあ、ぶっちゃけた話、皇都は素通りをオススメしますわ」
開口一番、皇国騎士にあるまじきことを言い出したアルタンである。
「いやいや、いいんかいなそげん事言うて?あんた副団長とかやなかったかいね?」
「いやだって、俺が行きたくないっすからね」
「あなたぶっちゃけ過ぎじゃない?」
「いいんです。所詮私たちは“異端”なので」
スレヤまでが同意のようだ。
何でも話を聞いてみると、アナトリアは伝統的に男尊女卑が激しい社会で、女性勇者はおそらく歓迎されないとのこと。それでも勇者であるからには表向きには蔑ろにはされないだろうが、裏では何を言われるか分かったものではないらしい。
スレヤのような女性騎士がほとんどいないのもそれが原因で、騎士を志す女性はそこそこ存在するらしいが、ほとんどは理不尽に落とされるのだとか。
「私は出が軍閥貴族ですので、家門の力で採用されたようなものです」
それも家格が高かったからこそだ、とスレヤは言う。
「そして私が騎士を続けていられるのは」
彼女はそこで言葉を切って、アルタンに目をやった。
「…………大変不本意ながら、第七副団長がいるおかげです」
そして表情どころか全身で不本意さを滲ませながら、彼女はそう言ったのだった。
「何だかすごい嫌そうね?」
「当たり前です。副団長はアナトリア男性にしては珍しく女性に偏見がないから仕方なく頼ってはいますが、そうでなければ……」
「おいおい酷いなスレヤたん。普段通り仲良くしようぜぇ?」
「お断りします」
「ねえ、あなた達の関係ってどうなってるの?」
「そりゃもちろん、絶賛口説き中ですとも!」
「甚だ不快ですが、口説かれ中です。まあ受けるつもりは微塵もありませんが」
「そんな事言わずにさぁ〜スレヤたん〜」
「気持ち悪いから半径1ニフ以内に近寄らないで!」
「「「「「うわぁ……」」」」」
アルベルトまで含めて蒼薔薇騎士団全員が綺麗にハモった。確かにこれは気持ち悪い。
だが確かにアルタンの態度は、女性だからとレギーナたちを馬鹿にした様子はない。随行者にスレヤを指名したのも、自分が連れて行きたかったというよりは女性ばかりの蒼薔薇騎士団に配慮したのだと、ここまでの道中で察しもついている。
ただそれならそれで、スレヤにももう少し紳士的な態度が取れないものだろうか。口説いているとは言っているが、これでは完全に逆効果にしかならないように見えるのだが。
「わたしがっ、まだ婚約者も配偶者もいないものだからっ、それで『俺のモノになれ』とっ、コイツは!」
両腕と片足で迫りくるアルタンを必死で遠ざけながらスレヤはなんとかそう言った。アルタンの方は足蹴にされようともものともせずににじり寄る。
「とりあえず」
レギーナが立ち上がり、ソファの脇に立てかけてあったドゥリンダナを抜いた。
「私たちの前でそれ以上セクハラまがいのことをするつもりなら、今すぐその首と胴がお別れすることになるけど?」
「す………スミマセン………」
瞬時にしてアルタンはスレヤからもレギーナからも距離を取る。諸手を上げて完全降伏の姿勢だ。
それでようやくスレヤもホッと息を抜き、何とか話し合いの態勢が整った。
そうしてレギーナたちはふたりから皇城の大まかな構造と主だった政府関係者、それに皇族の情報などを聞き出し、それを元に作戦を練った。アルタンの言によれば第四皇子が比較的頼りになりそうだが、たった今彼の信用は地に落ちたばかりだけに、どこまで真に受けていいものやら。
「第四皇子殿下はお母上の第四妃のお立場が弱く、皇城内ではほとんど実権は持てておられないはずです」
「それじゃあ、頼るにはちょっと弱いわね」
「ですが女性には大変お優しい方だとも伺っております」
「恋愛的な意味で優しかっても困るったいなあ」
「それは……お目もじしたことがないので私には分かりかねますが………」
「でも、第四皇子殿下はい〜い男ですよぉ」
「アルタンには聞いてないわ」
「そんなぁ〜勇者さまぁ〜」
「いやあアルタンさん、完全に貴方の自業自得だからね?」
そもそも蒼薔薇騎士団はいろんな意味で敵には容赦がないが、中でももっとも敵視するのは女性に対する敵である。アルベルトが同行を許されているのも道先案内のできる先輩冒険者というだけでなく、レギーナたち女性に偏見も欲目もなく接することができているからなのだ。
だからたった今そこまで落ちたアルタンに、今この場では発言権など無いに等しかった。
結局、アルタンとスレヤからは公開されている以上の情報はほとんど引き出すことができず、作戦会議はお開きとなった。
ということでアルベルトが少し早いながらも昼食の準備を始め、一行はそのまま昼食休憩に入った。皇都へは、昼に入ってから乗り込むことになる。
あとはもう出るところに出て、なるようになるしかない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おのれ、勇者め………」
所は変わって皇都アンキューラのアナトリア皇城の一角。
陽も暮れた中、小さな魔術灯の灯りひとつだけの薄暗い室内で、何やら吐いてはいけない呪詛を吐く者がいる。
「全く、何が勇者だ。女の分際で、このカラス様がわざわざ出迎えてやったというのに感謝もせずに、あまつさえ恥などかかせおってからに………!」
呪詛を吐いているのは外務宰相ブニャミン・カラスだった。彼は近道の裏街道を抜けて、蒼薔薇騎士団より一足先に皇都に、そして皇城に戻ってきていた。
「だがそうは言っても、相手は曲がりなりにも勇者だぞ。あの剣技、そしてあれほど大きな脚竜を意のままに操るあの女に、どうやって分からせるつもりだ?」
薄暗い部屋の中にはもうひとりの姿が。言うまでもなく、財務宰相ジェム・タライである。
彼らは皇都に戻ってきたはいいものの、勇者パーティを皇都まで連行するよう言いつけられていた命令を果たせなかったということで、皇帝直々にお叱りを食らって謹慎を言い渡されていた。
彼らの発言を聞いても分かる通り、彼らはアナトリアで典型的な男尊女卑思想の持ち主であり、男である自分たちに恥をかかせた女を許すつもりなど微塵もなかった。
「ふふん。案ずるでないわ」
カラスは大きく鼻を鳴らして、カイゼル髭をピンと震わせる。
「女の相手など、女に任せればそれで充分よ」
「ほう。何か手でもあるのかね?」
「最近買った奴隷がおってな。あれなら、おそらく勇者の力にも引けは取るまいて」
「奴隷ごときがか?」
「奴隷と言っても、東方でも珍しい獣人族よ。なかなか使えそうでな、地下牢に監禁してあるのだよ」
「ほほう」
タライの目が怪しく光る。
「首尾よく倒せればよし、仮に倒されたとしても勇者とて無事では済むまい。その弱ったところを我らが………」
カラスの瞳に下卑た色が浮かんだ。
「「クックック。楽しみだのう」」
そうしてふたりは、誰にも気付かれないまま、薄暗い室内で悪辣な計画を練り始める。蒼薔薇騎士団がアンキューラに到着する、その前の晩のことであった。
お読みいただきありがとうございます。毎週日曜更新の予定ですが、現在ストックがありません(汗)。頑張って書いてはいますが、書き上がらなければ不定期更新になりますm(_ _)m
もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!