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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第四章】騒乱のアナトリア
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4-2.早速のお出迎え

 アプローズ号は渡し場に到着して、ヴィオレが乗船手続きを済ませるために受付へ向かう。それを待っている間、景色でも眺めようとレギーナたちは御者台に出てみることにした。


「どうでもいいけど、ずいぶん集まったわね」


 さすがに少し呆れたようにレギーナが呟く。御者台の助手座に座る彼女の眼前にはすでに黒山の人だかりができていた。

 というか彼女の眼前だけでなく、実はこの時すでにアプローズ号は群衆に取り囲まれていたりする。


「まあウチら、イリシャのこげん(こんな)とこまで来たことやら(なんて)なかったけんねえ」


 室内から、どこか他人事のようなミカエラの声。ビュザンティオンの住民にとっては文字通り“初めての生勇者”なのだから、ある程度は予測していたようである。

 ちなみに人混みが嫌いなクレアは室内(キャビン)から出てこようとしない。窓越しに外を覗くことさえしないので、ある意味筋金入りである。

 ついでに言えば、これだけ大勢に囲まれた経験のないスズもどこか居心地悪そうである。ただそれでも噛み付き防止用の口輪をはめられて大人しく立っているだけ立派と言えようか。


 周りの群衆は口々に何やら言い合っているが、ある程度の距離を置いて決して近付いてこようとはしない。おそらくは派手なアプローズ号に驚き、スズの巨体に慄き、そして憧れの生勇者(アイドル)が御者台に出てきているため、彼女を肉眼で拝めた僥倖を分かち合っているのだろう。


 群衆をかき分けてやって来たのは渡し場の役人とヴィオレだ。


「手続きはまだ順番待ちですが、先に船内にご案内致します」


 ヴィオレがレギーナの前をすり抜けて補助座に腰を下ろし、役人は御者座のアルベルトにそう言って乗船許可証を手渡す。かなり騒ぎが大きくなってきたので、アプローズ号だけでも先に載せてしまって混雑を解消したいのだろう。

 まあそれでなくともアプローズ号の大きな車体は先に船に載せておかないと、最後尾近くでは積載スペースが充分取れない恐れもあった。


「分かりました」


 アルベルトは許可証を受け取ってから手綱を振るい、スズをゆっくり進ませる。スズが動くとざあっと目の前の群衆が割れてゆく。


「これちょっと面白いかも」

「面白がってないで、何か一言声かけてあげたらどうかな?」


 あまりに見事に一斉に人々が動くのが、レギーナには少し面白かったようだ。そう言う彼女に苦笑しつつ、アルベルトは“ファンサービス”を提案する。


「え、なんで。イヤよ」


 だが残念なことに、勇者様はアイドルではなかった。


「まあレギーナならそうよね」


 分かっていたと言わんばかりのヴィオレ。


「姫ちゃん的には顔出しとるだけで充分サービスやけんねえ」


 室内からはミカエラの苦笑い。

 クレアは相変わらずノーコメントだ。


 そんな彼女たちを乗せたアプローズ号の向かう先には、巨大な船尾ゲートを開いた大型貨物用の国境連絡船が見えていた。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 アプローズ号も無事に船内に収まり、一行は簡単に手荷物だけ背嚢(バックパック)に詰めて客室フロアまで上がってきた。アプローズ号とスズは貨物室に安置で、貨物室は渡航中は乗客が立ち入ることができないため、レギーナたちも一旦アプローズ号から離れなくてはならないのだ。

 とはいえ、対岸のコンスタンティノスは普通に見えている距離なので、連絡船で海を渡るのも離岸と接岸まで含めて大一(30分)もあれば良さそうだ。


「これだけ近いと、なんか泳いで渡れそうじゃない?」


 甲板まで出てきて、対岸を見渡しながらレギーナが言う。

 いや気持ちは分かりますけどねレギーナさん。


「紛争中の国境ば泳いで渡ったりしてんしゃい(してごらんなさい)、あっちゅう間に集中砲火で蜂の巣ばい?」


 ミカエラの言うとおりで、どう考えてもゾッとしない。しかもそれでイリシャとアナトリアの武力衝突でも引き起こそうものなら、どう考えても批判されるに決まっている。


「分かってるわよ、ちょっと言ってみただけじゃない」

「貴女が言うと本当にやりそうだから、洒落じゃ済まないのよね」

「ちょっと酷くない!?私ってそんなに信用ないわけ!?」


 クレアさんがコクコク頷いてますよ、レギーナさん。



 そうこうしているうちに、乗船が終わって出港時間になったのだろう。連絡船は汽笛を上げながらゆっくりと離岸を始める。

 汽笛の音を除けば静かに、海面を滑るように船は動く。ラグシウムで乗った〈海神の揺りかご〉号よりも大きな船体は、さすがにどっしりと安定感があっていささかも不安を感じない。


「この船はイリシャ船籍で、貨物船は他にもう一隻、アナトリア船籍の船があるようよ。客船の方は両国とも二隻ずつ保有していると聞いたわね」

「ふうん。要するに負担が偏らないように折半してるってわけね」

「まあそげんせんと(そうしないと)揉めろうけんねえ」


 国境を分かって緊張状態にあるとはいえ、元々ビュザンティオンとコンスタンティノスはひとつの都市である。国の上層部の思惑はさておくとしても、前線で実際に敵対する両市民は決して争い合いたいわけではなかった。

 何しろ多くの市民が、両都市に親族や知己を分断されているのだ。西半分がイリシャに占領されたのはもう100年ほど前になるので、直接的に互いを知っているという人はもうほとんど残っていない。だが従兄弟同士、あるいははとこ同士、あるいはかつてのご近所さんだとか取引先だとか。関係性は様々ではあるが、本来なら敵対するはずのなかった人たちだ。都市が大きすぎるがゆえに同じ市域内ではあるが家族と離れてひとり暮らしをしていて、それで家族と分断されたケースさえもある。

 そんな状態だったから、平時でも戦時でも民間レベルでの交流は活発であった。本音を言えば両市民とも出入国許可証など持たずとも行き来したいのである。だが属する国家が異なり海峡に国境線が引かれた現状ではそういうわけにもいかない。またそうした両市民の心情を抜きにした頭上(・・)の部分で、両国政府がともに自国の不利益を抑えようと躍起になっている。


 そういうわけで、この両都市は海峡の両岸に埠頭を整備し国境連絡船を走らせて両国民の渡航を許可し、船の建造も沿岸の警備も密入国の監視も何もかも、それぞれ完全に折半(自国の地域は自国で、国境を跨ぐものは折半で)ということにして、連絡船の運行で得られる利益さえも折半なのだ。



 話しているうちに、あっという間に連絡船は対岸までたどり着く。距離にして10スタディオン(約2km)ほどなので、船に揺られている時間もごくわずかなのだ。

 船は埠頭のすぐ外でゆっくりと旋回し、船尾からじわじわと桟橋へ寄っていく。船体が大きいので接岸に失敗すると船体のみならず桟橋さえ破壊しかねないので、接岸は船長及び船員たちの操船の腕の見せ所だ。

 しばらく待っていると、船内アナウンスが流れて接岸が完了したことが告げられた。わずか中一(10分)あまりの国境越え、このあと下船して管理塔で入国手続きを終えればいよいよアナトリア皇国での旅が始まる。

 だがまあ、まずはコンスタンティノスを抜けなくてはならない。ヴィオレが泊まりたくないと言う以上、コンスタンティノスからしばらく進んだ辺りで今夜は野営になるだろう。


 レギーナたち蒼薔薇騎士団とアプローズ号は乗客たちの中でも下船が最後になった。まあ最初に乗り入れたのだし、後から乗り込んだ脚竜車が全部出てしまわないと出られなかったのだから当然だ。

 ヴィオレは一足先に管理塔へ入国手続きに向かい、アルベルトは御者台に上がって順番を待つ。その間にレギーナ、クレア、ミカエラはそそくさと車内に乗り込んで室内(キャビン)で早速寛ぎ始めている。


 順番が来て、アルベルトがスズに指示を入れて車体の旋回を始める。するとアプローズ号は思ったよりもかなり小さな旋回で180度向きを変えてしまった。

 そう言えば、確か全輪操舵(AWS)も取り付けたと言ってたっけ、とアルベルトはラグ商工ギルドの職長の顔を思い浮かべた。最新式のシステムだそうでアルベルトにはいまいち効果が分からなかったが、この大きな車体がこれほど小回りが利くのなら、その効果が相当高いと分かる。むしろ大きな車体だからこそ高い効果になったのだろう。


「え、何今の。その場で(・・・・)回転(・・)しなかった?」


 よほど驚いたのだろう、レギーナがわざわざ御者台に顔を出してきた。その彼女の眼前には開かれた後部乗船ハッチ、そしてアナトリアの空が見えている。


「さすがにその場でというほどではなかったけど、ずいぶん小回りが利くみたいだねこの車体」

「あー、もしかして職人たちが言ってた、あのよく分からない説明で言ってたやつ?」

「そうだね、今まではあまり実感してなかったんだけど」

「ふうん。まあ便利な機能なら問題ないわね」


 それだけ言うと、満足したのか彼女は引っ込んでしまった。それに苦笑しつつもアルベルトはゆっくりとアプローズ号を下船させると、停車場に一旦停めてヴィオレの戻りを待つ。

 しばらく待っていると手続きを終えたヴィオレが戻ってきて、問題なくアナトリア入国が認められたと国内通行許可証を見せてきた。彼女はそのまま御者台の連絡ドアから車内に入ってゆき、アルベルトは許可証をポケットにしまってスズを歩ませる。埠頭の外れにある入国ゲートをくぐって外に出れば、いよいよアナトリア皇国である。

 こうして、蒼薔薇騎士団はアナトリアでの第一歩を踏み出したのであった。




「お待ちしておりました勇者様!アナトリア皇国皇帝トルグト4世が名代、この外務宰相ブニャミン・カラスがわざわざお出迎えに参りましたぞ!さあさあ、ご尊顔を拝ませて下され!」


 耳触りな甲高い金切り声で喚きたてる、ピンと細く整えたカイゼル髭の細身細目の、やたら勲章をたくさん付けた豪奢な礼服を身に纏った目障りな男が立っていたのは、まさしくその入国ゲートをくぐって出たすぐの場所であった。







お読みいただきありがとうございます。毎週日曜更新の予定ですが、執筆済みストックが尽きると不定期更新になります(汗)。



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