1-7.その正体は…
章タイトル回収回です。
一章自体は旅立つまで続きます。
「ああ、クレア?あなた今どこにいるの?
…え、宿?外は暑いからもう出たくない?」
蒼髪の女剣士が腰の道具袋から取り出した小ぶりな手鏡に話しかけている。[通信]の術式が付与されていてあらかじめ決められたペア同士で会話が可能な“通信鏡”だろう。広く普及しているとはいえそこそこの値がする魔道具で、それを個人で使ってるあたり、それなりにリッチなのがよく分かる。
いやまあ金の認識票、つまり到達者なんだから稼ぎもアルベルトなんかには想像もできないほどあるはずなんだが。
「じゃあヴィオレは?
…は?あれから戻ってないの?またぁ!?」
どうやら彼女は別行動の仲間に連絡を取りたいようだが、勝手にどこかに行ってしまっているらしい。
彼女が仲間と連絡を取っているのは、いまだに彼女の足元で呻いている男どもを片付けるためだ。
ひとりも死なせてはいなかったが縛るためのロープなども持っていなさそうだし、そもそも立ち上がれないほど叩きのめしているから移動自体がさせられなくなっている。第一、全員が冒険者の掟に違反した犯罪者で、現行犯で取り押さえたのだからラグの衛士隊に引き渡すと同時にギルドにも通告しなければならない。
そうなると、ここにいるアルベルトと女性2人だけではどうにもならないのだ。
「ああもう、あなたでいいから。ギルドへ行って人を呼んで。そう、ええと…14人いるから。多分市の防衛隊にも連絡した方がいいわね。
…ギルド?〈竜の泉〉亭よ。場所は誰かに聞いて」
「いやいや姫ちゃん〈竜の泉〉亭じゃなかよ?こん人は〈黄金の杯〉亭の方ばい?」
「えっ?……ああごめん、〈黄金の杯〉亭のほうだって。
とにかく!そこに連絡して人を寄こしてよ。じゃないと私達も帰れないわ。
…もう、分かったわよ!今夜のディナーは私がおごるから!それでいいわね?じゃあね!」
最後の方は何だかヤケクソ気味になりながらも、蒼髪の女剣士は通信を終えた。
と、彼女が腰のベルトからナイフを抜いて見もせずに投げる。
「ヒッ!」
息を呑む声のした方を見たら、セルペンスの手下のひとりが身を起こしていて、その足元にナイフが刺さっていた。逃げようとしたところを牽制されたのだ。
「逃げられるとでも思ってるの?いい加減観念しなさいよ」
「しょんなかねえ、面倒くさかばってんこらぁ[拘束]しとこうかね」
緋髪の神徒がいかにも面倒くさそうに魔術の詠唱を始める。すると14人全員の胴と手足に音もなく青色の光が巻き付いた。
一度にこれだけの人数を[拘束]できるとなると、彼女も相当な実力者だ。そう思って驚いていると、そのアルベルトの視線に気付いた彼女が胸元から認識票を取り出して見せ、ニカッと笑う。
彼女もやはり金の認識票だった。
「すごいな、ふたりとも。まだ若いのに強いんだね」
「それほどでもあるけど、まあ普通よ」
思わず賞賛の言葉が漏れるアルベルトに、蒼髪の女剣士は事も無げに肯定する。
「で、ミカエラ。ホントにこれがそうなの?」
そしてその言葉の流れのまま、彼女はアルベルトを「これ」呼ばわりする。
「いやいやこれて。ちょっと失礼かばい姫ちゃん。言うたやろ?間違いなかて」
そう言いつつ緋髪の神徒の娘はアルベルトに向き直る。
「おいちゃん、“薬草殺し”のアルベルトさんで間違いなかとよね?」
「そうだけど、その呼び名はあんまり呼んでほしくないかな…」
初対面の、しかもこんな若い娘にまで蔑称で呼ばれるのは、それはそれで忸怩たるものがある。いくら気にしてないとはいえ、気に入っているわけでは決してないのだ。
「ほんなら、“魔女の墓守”て言うた方がよか?」
「いや、まあ、それもちょっと…。まあ間違っちゃいないけど」
アナスタシアが“破壊の魔女”と呼ばれていたのは間違いない事実だ。
事実だが、それも、ちょっと。
「ほらぁ!やっぱ合うとうやん!ウチの調べた通りで間違いなかとって!」
だがアルベルトの困惑などお構いなしに、ミカエラと呼ばれた緋髪の神徒がドヤ顔で胸を張る。
その胸がちょっと薄いのがアルベルトには気になったが、きっと気にしてるだろうし言わないでおこう。
「ふーん。じゃあホントにあなたがそうなのね」
蒼髪の女剣士、さっきから「姫ちゃん」と呼ばれている彼女は、それでもどこか懐疑的だ。
「まあいいわ。こいつらを片付けたら、あなたに聞きたいことがあるから」
「そうなのかい?まあ俺に分かることなら何でも話すけど」
おそらく、聞きたいことというのは転がっている彼らの素性やこうなった経緯などの話だろう。
セルペンスとガンヅ、それにローリンは親玉と実行犯だから擁護できないかも知れないが、その他のメンバーは反省するようなら何とか許してやれないかと、お人好しのアルベルトは考えていた。
「おいちゃん、なんか至らん事ば考えとらせんね?こげな奴らに情けやらかけたっちゃ、本人たちのためにならんばい?」
それをミカエラに正確に見抜かれた。
「いや、でもほとんどのメンバーは今回の件には無関係だからね…」
「今回はそやろうばってくさ、色々聞いたばい?強盗、恐喝、詐欺に暴力沙汰やら。なんかもう絵に描いたごたる人間のクズばいこいつら」
ミカエラは容赦ない。
というかどこで聞いてきたのか。
と、蒼髪の女剣士の腰で何かの音が鳴る。
彼女が道具袋から通信鏡を取り出した。
「あ、私。クレアちゃんと行ってくれた?
うん、そう。いい子ね、あとでハグしてあげる♪」
どうやら鏡の向こうの仲間はちゃんとギルドに連絡を取ってくれたようで、女剣士の機嫌がよくなってゆく。
「そういえばお礼がまだだったね。危ないところを助けてくれて本当にありがとう。今回ばかりはさすがにもう駄目かと思ったよ」
「別にお礼を言われるほど何かしたわけじゃないわ。ていうか、今回みたいなことがそんなしょっちゅう起こってるの?」
「いや、こんな事はさすがに初めてなんだけど、今まで冒険でも何度か死にそうな状況には遭ってきたからね」
獣や魔獣や魔物に殺されそうになったことなら何度もある。だがさすがに人に殺されそうになったのは初めて経験したアルベルトであった。
よりによって人に殺されかけたのが一番のピンチだったなんて、世の中世知辛いにも程がある。
「ま、無事に切り抜けられたっちゃけんよかたいね。ウチらもおいちゃん殺されとったらちょっと困ることになっとったけん、後つけてきて正解やった」
「そう言えば、君たちよくここが分かったよね?[感知]でも君たちみたいな大きな魔力は感じなかったのに」
「そらぁ、ウチらは森の外から[感知]しとったけんね。動きがのうなってから寄ってったとよ」
「…いや、森の外からって随分距離があるんだけど…。ああ、でもそうか。到達者だもんな君らは」
「そういう事たいね♪」
アルベルトはさんざん動き回った挙句に森の入り口近くまで戻ってきていた。それで彼女たちも動きが止まってからすぐ駆けつけてこれたのだろう。
そうやってしばらく話しているうちに、複数の人間が駆けてくる気配がしてきた。
「やっと“お迎え”が来たみたいね」
蒼髪の女剣士が気配の方に顔を向ける。
川沿いから上がってくる一団の先頭に、焦りを浮かべたファーナの顔が見えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「犯罪検挙と犯人逮捕にご協力頂けましたこと、まずはギルドマスター代行として御礼を申し述べさせて頂きます。当ギルド始まって以来の不祥事で、申し開きのしようもございません。いかような処分も覚悟致しております」
アヴリーが蒼髪の女剣士に向かって深々と頭を下げる。
場所は〈黄金の杯〉亭の奥にある応接室。部屋の中央に黒檜の大きなテーブルが置いてあり、その両サイドに仕立てのいい四人掛けのソファが2つ、上座と下座に椅子が一つずつ備えてある。壁に窓はなく、ドアに鍵を掛ければそれだけで密室と化す。
アルベルトも長く在籍しているが、この部屋に入るのは初めてだ。
四人掛けのソファのひとつにミカエラ、それに魔術師らしき少女とミステリアスな雰囲気の美女が座っていて、蒼髪の女剣士は上座の椅子で形の美しい足を組んでいる。アヴリーは下座の椅子の脇に立って、上座の女剣士に正対している。今日はいつもの給仕服ではなく正装だ。
そしてアルベルトは下座の椅子に何故か座らされていた。それなりに上質の椅子なのだが、アヴリーが座っていないのを思えば居心地が悪い。
セルペンスたちは森に駆けつけてきたラグ市防衛隊の部隊に捕縛され、乱暴に引っ立てられていった。アルベルトも被害者ということで同行を求められたのだが、ミカエラが近付いて何やら一言言うと、年配の隊長は意外なほどあっさりとアルベルトを解放した。
だからアルベルトは後で事情聴取に応じることになっている。
アヴリーは可哀想なほど顔面蒼白で、先日のガンヅの一件以来の心労で今にも倒れてしまいそうだ。自分がマスター代行をやっている中での前代未聞の不祥事で、もしもギルド解散などということになったら二度と立ち直れないかも知れない。
あるいは自ら命を断つ、とまでは考えたくはないが。だが責任感の強い彼女のことだから無いとも言い切れない。
「何か勘違いしているようだけど、私達に今回のことを裁く権限なんてないわ。処分はあくまでも辺境伯がお決めになることよ」
澄ました顔で蒼髪の女剣士が言う。
そう言えばこの人の名前をまだ聞いてないな、とアルベルトはぼんやり考えていた。ミカエラは「姫ちゃん」と呼んでいたが、普通はそんな渾名はあり得ないのだが。
「は…ですが、その…」
青い顔のままアヴリーが言い淀む。
「とりあえずそっちの件は防衛隊が引き取ってったっちゃけん、ひとまずはそれで良かとよ。なんかなし、誰にも被害の出らんで良かったたい」
「は、はい。本当にありがとうございました」
少しの逡巡ののち、アヴリーはまた深々と頭を下げた。
「でね、これからは内輪の話だからギルドの立会はいらないわ。席を外してもらえる?」
女剣士のその言葉に、アヴリーは再び身を固くする。内輪の話、つまりギルド所属でもないパーティの密談のために部屋を貸せと言われているわけで、無理からぬ事である。
「わ、分かりました…」
だがアヴリーは文句も言わず了承する。
なので、アルベルトも部屋を出ようと席を立つ。
「待ちなさいよ、あなたは居なきゃダメでしょ」
「えっ、でも今『内輪の話』って」
「さっき森で言ったじゃない、『あなたに聞きたいことがある』って。もう忘れたの?」
なるほど、確かにそう言われたが。
でも“大地の顎”に関する話でないのだとすれば、一体何を聞かれるのかアルベルトには分からない。
「あのう、ウチのアルベルトに説明を求められるのでしたら退席致しかねますが…」
「要らないって言ってるの。分かんない人ねあなたも」
そう言われても、ギルドメンバーが関わるのであれば責任者としてギルドの権限執行者の同席が必要になるのだから、分かるとか分からないとかの問題ではない。
「まあまあ姫ちゃん、正式な依頼って事にしとった方がアルベルトさんもギルドも安心するっちゃない?」
困っているアルベルトたちを見てミカエラが助け舟を出す。確かに依頼形式にするのなら、仲介のためにギルドも話を聞かなくてはならないのだから、アヴリーが同席する理由がより明確になる。
「…そうね、ならそれでもいいわ」
少し考えて、女剣士が受け入れたのでアルベルトもアヴリーも胸を撫で下ろした。
改めてアルベルトは下座に座り直し、アヴリーも空いているソファのアルベルト寄りに申し訳なさそうに座った。
そしてついでに、聞きたくて聞けなかった事をアルベルトは聞いてみた。
「ところで大変申し訳ないんだけど、君たちは一体どこの誰なのかな?」
一瞬にして場が凍り付く。
というか凍りついたのは主にアヴリーだ。
「アルさん…もしかして分かってないの?」
「えっ、何が?」
ポカンとするアルベルトを見て、アヴリーは思わず手で顔を覆う。
「あー、そういやまだきちんと名乗っとらんやったかも知らん」
今さら思い出したようにミカエラが言う。
「えっミカエラ、まだ言ってなかったの?てっきりもう全部説明済んでるとばっかり思ってたのに」
姫ちゃんこと女剣士が呆れたように言う。
いや貴女も貴女で名乗る素振りすら見せてませんよね?
「ミカ。ミカがしっかりしなきゃ、ダメ…」
漆黒の外衣の少女が、ミカエラの袖を引っ張って呟く。
飾り気のないゆったりとした外衣を着て、今時古めかしいつば広の三角帽子を被った小柄な少女で、杏色のショートボブの髪と赤みの強いピンクの瞳が印象的だ。
見た感じ、というか見るからに魔術師だ。
「ミカエラ。貴女がボケに回ったらダメっていつもあれほど言ってるのに」
ミステリアス美女も呆れ顔だ。
こちらは鈍い銀色の輝きを含んだ薄紫のベリーショートの癖っ毛と、艷やかに濡れるような漆黒の深い瞳が妖しい魅力を湛えている。見つめているとその瞳に吸い込まれてしまいそうで、目が離せなくなる。衣服は一般的な旅人の旅装と大差はないが、身のこなしと雰囲気が洗練され気品に満ちていて、その意味でも正体不明な妖しさがある。
何より、4人の中ではひとりだけ明らかに年齢が上の大人の女という印象で、妖艶という表現がピッタリの美女だ。きっと今までにも多くの男たちを翻弄し溺れさせてきたのだろう、そう思わせるだけの魅力があった。
「いや別にボケたわけやないとて!
ただ…ちょっと説明するタイミングば逃したっていうかくさ…」
口々にツッコまれてミカエラもややバツが悪そうになる。
「ちょーっと、忘れとったっちゅうか…」
まさか出身地を当てられたのが嬉しくて頭の中から抜け落ちた、などと言えるはずもない。
「もう、仕方ないわね」
モゴモゴと呟いて俯いてしまったミカエラの代わりに、女剣士が美しく盛り上がった形の良い胸を張る。
「私はレギーナ。レギーナ・ディ・ヴィスコットよ。
で、彼女はミカエラ・ドフトボルケ・ジョーナンク、うちの法術師ね」
「ミカエラです。よろしゅう」
「そっちの魔術師の子はクレア・パスキュールって言って」
「クレア…です…」
「その隣の一人だけオバ…年長者なのが探索者のヴィオレ・スターリング・シルバーよ」
「マダム・ヴィオレと呼んで頂戴。ていうかレギーナ?今なんて言おうとしたのかしら?」
「なっ、何でもないわよ気にしないで!」
蒼髪の女剣士が初めて自己紹介し、そのままメンバーの名前も紹介していく。
ヴィスコット、ジョーナンク、パスキュールといった、西方世界では誰しも聞いたことがある姓が並べ立てられてアヴリーがどんどん青くなる。
ちなみにジョーナンクは神教の教団トップである主祭司徒の先々代、パスキュールは今なお世界を旅する放浪の大賢者、そしてヴィスコットは大国エトルリア連邦王国の国王、それぞれの姓だ。
そう、レギーナこそはエトルリアの国王ヴィスコット3世の姪にして先王ヴィスコット2世の愛娘である。姫ちゃんと呼ばれていたのは愛称でも何でもなく、本物の『お姫様』だったからなのだ。
つまり、ラグの街で噂になっていた『エトルリア方面から姫様御一行が来る』というのは亡命貴族などではなく、彼女たちのことなのであった。
「そして私たちパーティは“蒼薔薇騎士団”。
ここまで言えばさすがに解るかしらね?」
蒼髪の騎士姫、レギーナは確かに言った。
当代の勇者パーティの名を、確かに名乗ったのだった。
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