3-17.食後の雑談
焼きチーズカ○ーパン、美味しいですよね!
食べたことのない人は、食パンにカレールーを塗ってとろけるチーズを載せてトースターで焼いてみましょう!
この世界に居住する獣人族に関する説明があります。
まだ食べ足りなさそうな彼女たちが分かりやすくしょげているのを見て、アルベルトは苦笑するしかない。
じゃあしょうがない、アレを焼くか。
アルベルトはアプローズ号から丸パンの入った袋を持ち出してきて、袋から取り出したパンを縦にふたつにカットする。サロニカで購入したばかりの、こんがりと狐色に焼けた長楕円の、掌よりもやや大きめの丸パンを5個。それをカットして計10個にしたものの断面に、カリー鍋から長ヘラでこそぎ取ったカリーを丁寧に塗り広げていく。
「パンにカリーなんか塗ってどうするのよ?」
あの美味しいカリーがもう食べられないと半分拗ねているレギーナが、それを見て不思議そうに聞く。
アルベルトはカリーを塗った丸パンに長めの鉄串を刺していく。10個のパンの半分にそれぞれ1本ずつ刺して、それはまるでこれから焚き火で炙ろうとしているかのようだ。
「おいちゃんそれ、まさか」
「うん。焼くと美味いんだよね」
そう、アルベルトが作ろうとしているのはいわゆるカレートーストである。しかもそれだけではなく、次に彼が取り出したのは塊のチーズ。それをナイフで細かく削り、塗ったカリーの上に散らしてゆく。
「えっちょっ、カリーにチーズ!?」
「なんですって!?」
「おいちゃん天才か!?」
チーズを散らし終えると、アルベルトは釣り鈎を組んである焚き火の左右の鉄組みの中段に、串刺しパンの鉄串を渡して並べる。そして焚き火から薪をいくらか抜いて火を弱め、パンに直接火が当たらないよう調節していく。
しばらく焼いているとパンにはうっすらと焦げ目がつきはじめ、上のチーズが程よくとろけていく。それを食いしん坊乙女たちがゴクリと唾を飲み込みながら凝視している。
「これ、絶対美味しいやつじゃない!」
「おいちゃんこれもう食べて良かろ?もう食べても良かやろ!?」
「だから、それを我慢した先に『美味しい』があるんだってば」
食欲に魅入られた娘達に苦笑しつつそう言って、アルベルトはパンを全部ひっくり返した。
そうすると今度はカリーとチーズの面が直接火に炙られてゆく。
「カリーとチーズまで焼くの!?」
「なんちゅう発想ばするとねアンタ!」
「本当にこれ、“悪魔の料理”よねえ…」
「食べたい…!」
アルベルトはカリーとチーズを落とさないようにこまめに何度もパンをひっくり返しつつ、手際よく焼いていく。
やがて、こんがり焼き上がって鉄串を抜き取られ、彼から手渡されたそれは、パンにもチーズにもほどよく焦げ目がついた見事な焼きカリーパンである。立ち上る湯気とともにカリーのスパイシーな匂いが鼻孔を刺激して、思わずかぶりつきたくなる。というか全員がかぶりついた。
パリっと焼かれたパンの香ばしさと、熱くとろけたチーズの塩気。それらがカリーの濃厚な味と辛味に合わさって、ご飯と食べるのとはまた違った味わいがある。むしろチーズが辛味をまろやかにしていてコクだけが引き立っている。
「あっつ…!」
「ばってん旨かぁ!」
「ああ、駄目よ、こんなもの夜に食べたら…ああっ…!」
「今度はおかわりあるからね?」
残った5個のパンに再び鉄串を刺しながらアルベルトがそう言って、またしても驚愕の表情を浮かべる乙女たち。
そう。パンは全部で10個、つまりひとり2個ずつあるのだ。
「「「「やっぱりこれ“悪魔”だ━━━!! 」」」」
そうして夜闇も深い森の中に、体型の気になるお年頃乙女たちの悲鳴が響きわたった。
そしていつの間にか戻ってきていたスズが、それを呆れたような目で眺めていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねえ、ところでさ」
焼きカリーパンも美味しく食べ終えてようやく満足したレギーナが、アルベルトに淹れてもらった紅茶のカップを手に、砂糖を投入しながら言った。
「サロニカの街で、なんか珍しい獣人がいたわよね?」
一行はサロニカの街で買い物巡りをしている途中で珍しい獣人を見かけていた。それはあたかも蛇が二本足で歩いているかのような姿の全身を鱗で覆われた細身の獣人族で、衣服も腰布と胸当て程度しか身に着けておらず、見慣れない身としては一種異様な姿に感じられたのをレギーナは憶えていた。
この世界には多種多様な獣人族がいて、話に聞くだけで見たこともない種族などたくさんいるから彼女は特に何とも思わなかったし、街をゆく人々も特に騒いではいなかったからそのままスルーしたのだが、何となく気にはなっていたのだ。
「ああ、蛇人族でしょ。イリシャだけに住んでる少数部族の獣人族だよ」
「へえ、珍しい種族がいるのね」
「うん。イリシャの南部のサラミース島って島にだけ住んでるらしいよ。ほとんど島から出ることはないって聞いてるけど、イリシャ国内ではたまに見かける事があるね」
サラミース島はイリシャ南部の海上に浮かぶサラミース諸島最大の島であり、竜骨回廊を離れてラケダイモーンに向かう途中の街から船に乗らなければ行くことができない。サラミース島はサロニカからは結構離れているため、おそらくあの蛇人族は何らかの所用でサロニカを訪れていたのだろう。
「土地が変わると人も変わる、ちゅうこっちゃね」
「まあそうだね。猫人族なら割とどこででも見かけるけどね」
猫人族は猫の獣人族で、小柄で非力だが頭の回転が早く商売ごとが得意な獣人族である。そのため人間社会に混じって商人として活動する者が多い。エトルリアのニャンヴァは商業都市として有名だが、その土地柄が馴染んだのかいつしか猫人族が集まってきて住むようになり、今では都市の全人口のおよそ8割が猫人族になっている。
そのほか、西方世界で比較的よく見かける獣人族と言えば犬人族、狼人族、牛人族といったところか。
犬人族はひ弱でよくいじめられるから、人里離れた山中などに集落を作っていて滅多に人里には降りてこない。だが人間と食生活が似通っているため結局は人里から遠く離れて住むことができず、そのせいで集落近くに入り込んだ冒険者などに魔物と間違われる事もあるという。
狼人族は体格がよく力があり、冒険者や商人の護衛として生計を立てる者が多い。頭も良く誠実で口が堅く仲間意識が強いので、時には貴族の専属護衛として雇われていたりもする。
牛人族は狼人族以上の体格と膂力を誇るため戦場傭兵として活躍する。ただ見た目のいかつさとは裏腹に温厚で大人しく心優しい者が多い。
「イリシャにしか居ないと言えば、鳥人族もそうだね」
「あー、“歌声の悪魔”でしょ」
「今はそげな言い方したらつまらんばってんね」
鳥人族は蛇人族以上に稀少な獣人族で、翼を持つ代わりに腕を持たない。そのため見た目は人の顔を持つ鳥という感じで、「獣人」と呼ぶのに抵抗を覚える者もいるだろう。
鳥人族はイリシャのとある海峡の崖の上にしか住んでいない。そこは長らく難破の名所と恐れられていて、難破船の生き残りの証言から「魔力の篭もった歌で船を惑わして難破させる恐ろしい魔物」が棲んでいると言われていた。
だがある時、その難所を通りかかった船の船員に恋した鳥人族がいて、彼女は船員について崖を離れて彼のそばで一生を過ごした。そのことを知ったひとりの学者が彼女から粘り強く聴取し調査した結果、彼女たちは自分たちの歌う歌に魔力があると思っておらず、歌うのもただの習性で難破させる意図などないことが明らかになったのだ。そして鳥人族集落と交流を図った結果、彼女たちはきちんと社会生活を営んでおり、ただ今まで通り歌を歌って穏やかに過ごしたいだけだということも分かって、それで獣人族の一種族と認められた経緯がある。
今では鳥人族の歌う時間帯もきちんと判明していて、難破する船も激減したという。いまだに難破する船があるのは、そうした経緯を知らない外国船が通ったり、密輸船などが無理に抜けようとするからだという。
「東方世界だと虎や猿、兎や猪なんかの獣人族もいるよ」
「おいちゃん、“虎”って何?」
「ああ、そうか、見たことないよね」
虎、とは東方世界にのみ棲息する大型の獣で、時には人を襲うこともある危険な猛獣である。主に森林に生息し、しなやかな体躯を巧みに駆って音もなく獲物を捕らえる恐るべきハンターだ。
「へえ、そげんとがおるったい。じゃあその獣人なら……」
「うん、狼人族よりは少しだけ小柄だけど、多分狼人族よりも強いんじゃないかな」
「狼人族より強いのなら、獣人族の中でも戦闘能力はかなり上ってことね」
「ただ、虎人族は東方でも東の方の華国に住んでる種族だから、東方に行っても会えるかは分からないけどね。昔ひとりだけ知り合った人がいるけど、その人も流れの冒険者だったし」
蒼薔薇騎士団の目的地はリ・カルン公国。東方世界のもっとも西の大河沿いの国である。対して華国は東方世界でも東の果ての方にある国だ。華国から延びる絹の道の終着点がリ・カルンなのだ。
「虎って…おっきな猫…?」
「んーまあ、確かに似てると言えば似てるかな」
「じゃあ…もふもふ?」
「毛並みは触らせてもらってないから分からないけど、確かにふわふわしてそうだったね」
「そっか…ふわふわ…もふもふ…」
どうやらクレアの中では、虎人族はもふもふペットということでインプットされたようである。
ちなみに西方世界で猫と言えば“二尾猫”のことである。姿形は地球上の猫とほぼ変わらず、だが長くしなやかな尻尾が二本ある。いわゆる猫又に近い。
知能も非常に高く、ある程度歳を経た個体は人語も解するようになる。そのため魔術も覚えることができ、悪さを覚えた個体は魔獣として扱われることもある。ペットとして人気が高いが、そういった危険性があるため子供が飼うことは難しいとされている獣だ。
ペットとして人気の獣と言えば、他には“犬熊”が挙げられる。大型犬サイズの熊で、見た目には小熊にしか見えないがそれで立派な成獣である。飼い主には従順・忠実で勇敢でもあるため、番犬ならぬ「番熊」として中流階級以上の家庭で飼われることが多い。
「クレア、もしかしてペット欲しい?」
「欲しい!」
もふもふを想像してにやけているクレアを見たレギーナが何かを察して聞いてみると、案の定の答えが返ってきた。
だがそう言われても、遠征の旅の途中ではいかんともしがたい。
「[召喚]で使い魔でも喚んで[契約]したら良かっちゃない?」
話の流れにさり気なくミカエラが乗ってきた。クレアの実力なら二尾猫でも犬熊でも他の獣でも好きに喚べるだろうし、二尾猫が多少魔術を覚えたところで問題なく抑え込めるはずだ。
まあさすがに、氷狼なんかを喚ばれてしまっては少々面倒だが。
「使い魔は、ペットじゃないもん…」
だがミカエラの提案はあえなく却下された。
「うーん、ペットを飼うにしてもこの旅が終わってからの方がいいんじゃないかな」
「まあねえ。世話するのも大変だものね」
アルベルトが苦笑し、ヴィオレが同意する。
「ペット…だめ…?」
「「「うっ……!」」」
クレアの顔がみるみる曇る。それを見て全員が何とかしてやりたいと思ってしまった。
イリュリアでの一件以来、アルベルトはクレアの“おとうさん”の立場を事実上公認されてしまっていた。というのも、彼女が“おとうさん”の匂いと声で正気を取り戻したのだと語ったからである。
要はミカエラが見立てた通りであったわけだが、そのことによってクレアの中での彼の重要性がさすがに無視できなくなってしまい、結局それ以降彼女が彼を“おとうさん”と呼ぶのを誰も止められなくなってしまったのだ。
そして、当のアルベルト自身も苦笑しつつ受け入れるしかなく、受け入れてしまえばその気になるいつもの性格を発揮して、すっかり彼はクレアを本当の娘のように感じるようになってしまっている。
本当の子供なんかひとりもいないのに、父親気分になってしまっていることに虚しさを覚えないでもなかったが、ひとたび受け入れてしまえば懐いてくるクレアは思いの外可愛かったのだ。
というわけで、クレアには姉3人に加えて父ができた。いずれも現実には実在しない存在だが今この場には間違いなくいるのだ。
いやヴィオレはどちらかというと母のような気がしないでもないが、多分姉で合っている。少なくとも本人は姉で通したいだろう。
「うーんだけど、まだ討伐が無事に成功するかも分からないからね」
ただそれはそれとして、アルベルトは“娘”を諭すように言う。
君たちには大事な役目があるのだから、と。
「だからペットを飼うなら、蛇王の封印を終えてエトルリアに戻ってからにしようね」
「…………わかった」
だからクレアも、渋々頷くしかなかった。
お読みいただきありがとうございます。第三章完結までは毎日更新の予定です。
もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!
◆補足・この世界の主な獣人族◆
・鼠人族
ネズミというよりリスの獣人族。肩乗りサイズ。世界に数本存在する“世界樹”の幹のうろに住んでいる。
・牛人族
牛の獣人族。西方世界各地に居住し特定の国家を持たない。
・虎人族
東方世界、華国に居住する少数部族。強靭な身体能力を持つ獣人族最強の一角。
・兎人族
大河沿岸に居住する“一角兎”の獣人族。気性が荒く人間と敵対するため魔獣扱い。
・竜人族
亜竜によく似た獣人族。知能が非常に高く身体能力も高く、獣人族最強の一角。
・蛇人族
蛇の獣人族。サラミース島の太古の王であり神々に蛇に変えられたキュクレウス王の子孫と伝わる。
・馬人族
そのものケンタウロス。太古の大賢者ケイローンが著名。
・羊人族
南方世界に住むと言われる獣人族。ただし存在すると言われているだけで実際に会った者はいない。
・猿人族
東方世界、ヒンドスタン帝国に居住する少数部族。現地では神使として敬われる。
・鳥人族
人間の頭部を持つ鳥の姿。高い魔力を持ち、会話や歌にさえ魔力が乗る。
・犬人族
犬の獣人族。山岳地帯、特に鉱山周辺に居住することから鉱物の番人とも言われる。
・猪人族
東方世界、ヒンドスタン帝国に居住する獣人族。
・猫人族
西方世界各地に居住する獣人族。知能が高く計算高く商売ごとが得意で、エトルリアのニャンヴァに多く居住する。
・狼人族
体格がよく勇猛で戦闘能力の高い獣人族。西方世界各地に居住し、冒険者や護衛などで人間社会に混じって暮らす。
◆その他の獣人族◆
・竜乙女
竜人族とは異なる竜の獣人族。女性しかいないと言われ、見た目は人間女性となんら変わらないが、月に一度だけ竜の姿に戻らねばならない。
・魚人
海中や海底に棲むと言われる海棲人類で、伝承などでその存在のみが知られている。女性を特に人魚と呼び、西方世界の各地に人間の男との悲恋伝説が伝わっている。東方世界では人魚の肉を食べると不老不死を得られるとされている。




