3-16.キャンプ!
キャンプといえばカ○ーだよね!
ってことで久々のグルメ回です。
一行は予定通りサロニカに宿泊し、その夜は街へ繰り出して夜歩きとイリシャのグルメ、それに歴史ある街並みを堪能した。
人口10万人規模の中堅都市だがイリシャ国内では比較的人口の多い方で、そのためか街中は夜になっても賑わっていて、市も遅くまで多くの店が開いていたから買い物もそれなりに楽しめた。
まあそのせいでレギーナたちはあれやこれやと購入予定にないものまで買ってしまったが、ウインドウショッピングには衝動買いが付きものだ。後で思い返して「なんでこんなの買ったんだろ?」となることはあっても、その時は楽しいからそれでいいのだ。
「いやつまらんて。それで納得しとったら金やらいくらあっても足らんめーもん!」
若干一名無駄な抵抗をしているが、まあ気にしなくて結構。
そして翌朝。何事もなくチェックアウトしてサロニカを出発するアプローズ号。今日はいよいよアプローズ号でお泊まりということで、朝からレギーナがウッキウキである。
宿を取らずに街から離れた野外でアプローズ号での寝泊まり。つまり要するにキャンプだ。
「それにしても、あれから全っ然なんにも起こらないわね」
「うん、まあ、あんなのがそう何度も起こったらえらいことだけどね」
イリュリアのあれは本当に例外で参考記録にもなりません。あしからず。
というかイリシャ連邦は西方世界でも大国のひとつに数えられるので、治安はいいし国土は豊かで国民の生活水準も文化水準も高い。古代ロマヌム帝国以前から統一イリシャ帝国、古代グラエキア帝国などが栄えていた地で、西方世界では人類最古級の遺跡が多数発見されていることもあって、『人類発祥の地』などと言われたりするのがイリシャだ。
そしてイリュリアも国としては相当に古い歴史を持つ。エトルリアの主要民族であるエトルリア人やブロイス帝国の人口の過半を占めるゲール人などと同じくイリュリア人も古くから西方世界の各地に根付いているが、国として形を保っているのはイリュリア王国だけなのだ。
まあだからこそ、狙われたのかも知れないが。
ちなみに一行はサロニカの手前でテッサリア王国を抜けてマケダニア王国に入っている。そしてデデアーチからはトゥラケリア王国の領域で、ビュザンティオンはトゥラケリアの首都になる。それにイリュリア王国と南部のアカエイア王国を合わせた五ヶ国がイリシャ連邦の構成国だ。
サロニカからモルネツまでがおよそ755スタディオン、モルネツからデデアーチまでがおよそ745スタディオン、そしてデデアーチからロドストまでがおよそ780スタディオン。しめて2280スタディオンである。ちょうど半分つまりモルネツとデデアーチの中間地点あたりで野営するとして、スズの脚ならおよそ特大10といったところか。朝三の出発として昼食休憩を挟んだとしても、日没つまり昼七までには到達できる計算だ。
ということで、今夜キャンプするのはマケダニア王国とトゥラケリア王国の国境付近ということになる。国境と言っても同じ連邦内なので主要街道に簡単な検問所があるだけで、それ以外に何かあるわけではない。
道中は本当に何事もなく、陽神が西に傾く頃にはキャンプ予定地の国境地帯へとたどり着いた。もう少し走ればトゥラケリアの検問所が見えてくるだろう。
だがアプローズ号はそこで竜骨回廊を離れて北側の森に入る。ちょうど小さな小道があって、これをしばらく進めば森の中の川沿いに行き当たると、一行はあらかじめ地図で調べをつけていた。
つまりそこが今夜のキャンプ地だ。
車体の大きなアプローズ号と身体の大きなスズにとっては進むのに少々難儀するほど小さな道だったが、ひとまず何の問題もなく川のそばまでたどり着くことができた。おあつらえ向きに小さな広場のようになっている。
「ここをキャンプ地とする!」
「いや姫ちゃん、なしそげな分かりきった事言うたん?」
アプローズ号を颯爽と降り立ったレギーナが宣言し、すかさずミカエラのツッコミが入る。
「いや、何となく言わなきゃダメかな〜って」
どうやら特に意味があったわけではなさそうである。
早速、キャンプの設営にかかる。と言ってもやる事はアプローズ号の固定のための車輪止めとトイレ用の穴掘り、それに焚き火の準備とその周りに椅子代わりの木箱を設置することくらいだ。
なお担当するのは全てアルベルトである。レギーナは元よりキャンプの経験がないからやる事も手順も分かっていないし、ヴィオレは周囲の警戒のためにさっさと森の中へ消えていくし、クレアは非力なので手伝えない。唯一野宿の経験があるミカエラは、お手並み拝見とばかりに見学に回っている。
「いやーやっぱ手慣れとんしゃあねおいちゃん」
「少しくらい手伝ってくれてもいいんじゃないかな?」
「いやウチ今まで自己流で適当にやっとったけん、この機会にプロの技ば見てやり方ば覚えとこうかと思ってからくさ」
「ていうか俺プロとかじゃないからね?」
などと言いつつ虹の風時代にも、その後にユーリと何度か旅をした時にも野営の準備は全て担当してきたアルベルトである。プロとは言えずとも慣れているのは間違いなかった。
とは言いつつもミカエラはクレアと一緒に、これから調理する晩食のための食材の用意を手伝ってくれた。それを任せている間にアルベルトは手際よく火起こしの準備をして、あっという間に焚き火の炎が燃え上がる。
雨季の上月も下週に入って雨の日も多くはなっているが、この日は朝からよく晴れていて、それで火起こしもスムーズだったのが幸いだった。
焚き火のそばに食材を載せた調理台代わりのテーブルが備えられ、森から戻ってきたヴィオレも含めて全員が焚き火の周りに集まってくる。
ただレギーナだけは森の中に、周囲全方向に向かって威圧を放っていたため、集まるのが最後になった。これをやっておかないと、焚き火の熱や食材の匂いにつられて獣や魔獣が寄ってきてしまうのだ。
「レギーナさんの威圧、初めて見たけどさすがにクラクラするね」
「なんであなたが威圧されてるのよ」
無茶言わないで欲しい。たとえ勇者パーティの元メンバーでキャリア20年のベテランであっても、アルベルトはランクも上げず難易度の高い依頼もほぼ受けてこなかった「ただのおっさん冒険者」である。彼女の威圧で気絶しなかっただけでも褒めてほしいぐらいなのだ。
「姫ちゃんもなかなか無茶ば言うばいね」
ミカエラがそう言って笑ったので、その場は何となくそれだけで流れた。彼女は知っている。加入した当初の頃のクレアが、レギーナの威圧に当てられては怯えまくっていたことを。それを毎回こっそり[平静]で落ち着かせてやっていたのが彼女なのだ。
そしてレギーナはそのことをサッパリ気付いていなかった。無自覚なのも大概にして欲しいものだが、特に実害があったわけでもないのでまあいいか、と黙ったままのミカエラである。
なおクレア本人は、今ではすっかり慣れてしまって反応すらしない。アルベルトが今後慣れるかどうかは定かではない。
アルベルトは早速食事の用意に取り掛かり、折りたたみ式の簡易テーブルに持ち出したまな板を置いて、手早く食材を切り揃えてゆく。最初は野菜を何種類かカットし、次いで肉類も一口大に揃えて、それらを順次焚き火の上に設えた釣り鈎にかけた鍋の中に投入していく。鍋には水が張られていて、すでに程よく熱せられて沸騰間近だ。
と、アルベルトが茶色の粉末を取り出してきて計量匙で掬っては鍋の中に入れていくではないか。しかも入れるに従って立ち上る、独特のスパイシーな香り。
「ちょっと待って!?」
「おいちゃんそれなんば作りよっとね!?」
「えっ、カリーだけど?」
「ウソでしょなんでそれなのよ!?」
間違いであって欲しかったのに、間違いじゃなかった。匂いで即座に危機を覚えて、案の定の答えが返ってきてしまって女子たちから悲鳴が上がる。
蒼薔薇騎士団の全員が“悪魔の料理”と恐れる、食べ始めたら止まらなくなる女子の天敵、カリー再びである。
「作るなら作るで、なぜ事前に教えてくれなかったのかしら?」
「えっいや、ユーリと野営する時はいつもこれで……」
「なしな!?他にも色々あろうもん!」
「あるけど、ユーリはいつも『キャンプと言ったらカリーだよな』って言うんだよ」
「ユーリ様のバカぁ〜!」
「ちょっとこれは、正式な抗議文を送る必要がありそうね」
先代勇者への風評被害がえらいことに。正式な抗議はいくらなんでもやり過ぎですヴィオレさん。
ていうか彼の好物がカリーであることに罪はない、はず。ただ貴女たちが食べ過ぎなければいいだけなんですが。
「……でももうルー入れちゃったし。今から他の料理には変えられないけど……食べるでしょ?」
「「「……………まあ、食べるけど」」」
クレアも頷いているので、全会一致でカリー調理続行です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カリー鍋はいい具合にくつくつと煮立って、スパイシーな匂いをあたり一帯に漂わせている。それを嗅いでいるだけでもう我慢がならなくなりそうだ。たった一度だけ出されただけなのに、あの病みつきになる味が脳裏に蘇ってきて後から後から唾が出てくる。
「ねえ、まだ出来上がらないの?」
我慢しきれなくなってレギーナが聞いた。それに合わせて唾を飲み込んだのはミカエラで、目を輝かせたのはクレアだ。
ヴィオレは修行者みたいにキツく目を閉じて眉間にシワを寄せている。美人が台無しですよお姉さん。
「カリーはね、たくさん煮込んだ方がより美味しくなるんだよ」
カリー鍋を長ヘラでかき混ぜつつ、もうひとつの鍋の様子を伺いながらアルベルトが応える。閉じられた蓋の継ぎ目から白い泡をわずかに覗かせているその鍋では、今白米と黒麦が炊かれている真っ最中である。
「だってもう、こんなに………。あああ、もう我慢できないわよ!」
「それを我慢した先に『美味しい』はあるんだよ」
「え、なんねそのプロっぽいセリフは」
「それにまだご飯が炊けてないからね。炊きあがらないと食べられないし」
「いやスルーかおいちゃん」
「あとどれだけ待てば食べられるのよ!」
「そうだなあ、大一くらいかな?」
「そんなに!?」
そんなにと言われても、煮込み時間を計算に入れた上でご飯の方を後から炊き始めたのだから仕方ない。
しかもアルベルトはミカエラにカリー鍋のかき回しを頼んだ上で炊飯の準備にかかりきりになり、別に小さな焚き火を作って炊飯鍋を弱火で炊き始めるところから手間暇かけたので、すでに調理開始からかれこれ特大一以上かかっていた。
すでに陽はとっぷりと暮れて、焚き火の周囲以外は夜の帳に閉ざされている。腹ぺこ姫様はどうやらもう、ほんの少しも待てない様子である。
結局、炊飯鍋が激しく泡を吹き始めたところでアルベルトが火から下ろし、しばらく蒸らしてから丁寧にかき混ぜ、木皿に盛って煮込み上がったカリーをかけて全員に手渡した時には本当に大一近く経っていた。
だが彼が言うだけあって、手渡された木皿の中身は以前と比べても比較にならないほど美味しそうに輝いている。
「ばってこれ、また辛いっちゃろ……」
ミカエラが呟く。とても美味しそうなのに、待ち焦がれていたのに誰も最初のひと匙が出ないのは、全員が前回の辛さを憶えているからだ。
「いや今回は林檎を足したからそこまではないはずだよ」
苦笑しつつアルベルトが言う。確かに用意した具材に林檎が入っていたし、彼はそれをすり下ろしてルーに加えていた。
林檎は確かに甘い果実だが、それで本当に辛味が和らいでいるのか彼女たちには判別がつかない。だって匂いは前回と何も変わらないのだ。
「まあ、とにかく食べてみてよ」
そう言われて、おずおずと各自が最初のひと匙を口にする。
「……あ、あんまり辛くないわね」
「そうね、これなら無理なく食べられそうだわ」
「ちゅうかこれなら全然イケるやん!」
「美味しい…!」
一言で言うなら前回は辛口、今回は中辛といったところか。なので今度は全員が最初から美味しそうにカリーを頬張っていく。
「やばい、やっぱ止まんないわコレ」
「なんぼでちゃ食わるうばい」
「ユーリ様が言ってること、分かるわぁ」
「おかわり」
「あ、今回はもうないよ」
当たり前のように告げるアルベルトの声に、一斉に顔を上げて愕然とする食いしん坊乙女たち。
「なんで!?なんでもう無いのよ!?」
「おかわりナシとか冗談やろ!?」
「こんなもの、一杯だけで足りるわけないでしょう!?」
「………ひどい……!」
「いやだって本当にもう無いし」
そう言って彼が見せる炊飯鍋もカリー鍋も見事にすっからかんである。壁や底にいくらか残ってはいるが、そんなものかき集めたってせいぜいひとり分あるかないかだろう。
「なんでよ!?なんでもっとたくさん作っとかないの!?」
「こげな美味かもんば食わして食欲刺激されたところで打ち止めやら拷問にも程があろうもんて!」
「貴方本当、私達の空気読むの下手よね」
「いや食べさせ過ぎるなって言ったの君らじゃないか!」
腹いっぱい食べさせれば怒られて、腹八分目で抑えても怒られて。踏んだり蹴ったりのアルベルトであった。
「いいからもう一回作りなさいよ!」
「食うた分だけ動きゃよかとやろうもん!」
「そうよ!出来上がるまで山狩りでもやってればいいんでしょ!?」
「いやあ、さっきのレギーナさんの威圧でこの辺りに獣の気配なくなってるけどね?」
「…………あ。」
そう、身体を動かしたくても戦う相手がいないのだ。そしてそれは必要だったとはいえレギーナが自分でしたことだ。それを指摘されてぐうの音も出なくなるレギーナである。
「ちょっと遠目の獲物も、今スズが狩りに行ってるし」
「え?……………あ、居らん」
アプローズ号のそばで大人しく蹲ってるとばかり思っていたスズが、そういえば見当たらないと、言われて初めて気付いたミカエラである。
「えっいつの間に放したの?」
「ここに来てすぐだよ。たまには彼女にも新鮮な肉を食べさせてあげないとね」
「川の上流の方に行ったから、街道に出て行く心配はないと思うわよ」
さすが、ヴィオレさんは気付いていたみたいですね。
結局、カリーは今から作り直すとまた特大一以上待つハメになると言われて、食いしん坊乙女たちは渋々引き下がる他はなかったのだった。
お読みいただきありがとうございます。第三章完結までは毎日更新の予定です。
もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!
【追記】
イリシャ国内の地理的説明に誤りがあったので修正しました(2023/11/30)。最北のイリュリア王国を抜けるとテッサリア王国、そこから東へ向かってマケダニア王国、トゥラケリア王国からアナトリア皇国へと至ります。つまりレギーナたちは南部のアカエイア王国にだけ立ち寄っていないという事になります。