3-12.そして現る救世主
【前回のあらすじ】
※前回をお読みにならなかった方向け
妨害されずに魔術を発動させたクレアは“敵”を倒した。
だがその時になって初めて、それまで自分が戦っていたのが大事な仲間のミカエラだったことに気付く。
倒れ伏して動かないミカエラ。彼女を殺してしまったと思い込むクレアは絶望に混乱し、そこへアルベルトを連れて戻ってきたレギーナもやはり目の前の光景が信じられずに取り乱す。
だがふたりはクレアのことを責めなかった。それどころか優しい言葉をかけ無事を喜んでくれて、操られていたのだからあなたは悪くない、と言ってくれる。
ともかく一刻を争う事態だ。少しでも早く、ひとりでも多くの法術師や青加護の魔術師にミカエラを治癒してもらうべく、アルベルトは地上へ戻ろうとクーデター犯のアジトを出ていく。
混乱したままその彼の姿を目で追ったクレアは、知らない人が駆け寄ってきてアルベルトにタックルして吹っ飛ばすのを目の当たりにしたのだった。
「みぃつけたぁ━━━━!!」
その声と同時に腰にタックルされて、抱きつかれたまま吹っ飛ばされる。
「のぉうわぁあ!!」
そしてアルベルトはタックルしてきた誰かもろとも瓦礫に突っ込んだ。
ゴンッ、という音とともに後頭部や背中、腰に衝撃が走り、目の前で火花が散る。頭を打った痛みと、腰を締め上げられる苦しさとで息が詰まる。
というか、今の声に聞き覚えがあった。
痛みをこらえて、彼女を見る。顔を見たのは久しぶりだが、昔の面影が色濃く残っていて、それが誰だかひと目で分かった。
「えっ、マリア………?」
「アル兄さん久しぶり━━━!!」
腰まである長い黒髪をうなじの後ろでゆるくまとめ、特徴的な濃い水色の瞳を喜色で一杯にして、彼女は腰に抱きついていた。
それはかつて“輝ける虹の風”でともに旅した法術師のマリア、アルベルトより3つ歳下の明るく元気な娘だった。もっとも20年近く経った今は美しく成長して、素晴らしい美女になっているが。
ただ、今の彼女は人間にあるはずのない尻尾をブンブン振り回しているかのごとく上機嫌で、喜色満面でギュウギュウ抱きついてくるものだから、せっかくの美人も形無しである。
でも、なんで彼女がここに?今は巫女になっていて、神教の巫女神殿から出てこれないはずなのに。
「えっちょっ、マリア?君なんでここにいるの!?」
「やだなぁ、私アル兄さんのいるところならどこでも行きますよ!」
いや行っちゃダメでしょお勤めあるんだから。まさか勝手に抜け出して来た?ていうか抜け出して来れるもんなの?
いや、でも今は彼女の存在が有り難い。
「マリア、早速で悪いけどお願いがあるんだ」
「なあに?兄さんの言う事なら何でも聞くよ?」
いや何でも聞いちゃマズいと思うけど。でもこの子は昔からこうだもんなあ。
「助けて欲しい人がいるんだ。こっちに来て」
アルベルトはマリアの手を取って一緒に立ち上がり、彼女をミカエラの元へ連れて行く。
「君なら癒せるはずなんだけど、どうかな」
「あら?ミカエラちゃん?」
倒れたまま、もはや生命の輝きもほぼ感じられなくなっているミカエラを見て、マリアが小首を傾げる。
「えっ誰?ていうかミカエラを知ってるの!?」
マリアの声に反応したレギーナが、出て行ったはずのアルベルトが知らない女の人を連れてすぐに戻って来たのを見て混乱している。ここは地下深くの下水の連絡通路の最奥部で、こんな女の人がひとりで出歩くような場所じゃなかったのだから。
だが、彼女が神教の巫女の法衣を纏っていることに気付いて、レギーナの顔色が変わる。
「ええ、よく知っていますよ勇者レギーナ。彼女とは何度も顔を合わせていますからね」
さっきのアルベルトに対する気安さはどこへやら、瞬時に慈愛に満ちた微笑みを浮かべてマリアが言った。
マリアは微笑んだままミカエラに近付き、血溜まりの中に膝をついて、彼女の身体を仰向けに横たえる。そして真っ赤に染まった胸に手を添えた。
その顔が、わずかに痛ましげに翳る。
「こんなになるまで……。頑張ったのね、ミカエラちゃん」
そしてマリアは、生命を司る神の名を呟いて、それから半開きになったままのミカエラの瞼にそっと触れ、その目を閉じさせる。
「マリア、癒せるかい?」
「えっ、マリア?………もしかして、巫女マリア、様?」
アルベルトの問いかけに、マリアではなくレギーナが反応した。
普段から巫女神殿に籠りきりのマリアには、レギーナたち蒼薔薇騎士団といえども簡単には目通りできない。だから今まで顔を合わせる機会がなく、ゆえに彼女はマリアの顔を知らないのだ。
そしてマリアは、そのどちらに反応するでもなく、そっと首を横に振る。
「彼女の霊炉は、たった今止まりました。ここからは癒やしではなく蘇生になります」
そして、そうきっぱりと告げた。
「ウソ………そんな………!」
「では蘇生を」
レギーナとアルベルトの声が被る。
マリアが悲しげな顔で、アルベルトを見返した。
「いくら兄さんの頼みといえど、私はお忍びで抜け出している身。外で術を使うには限度があります」
つまり彼女は、ここから先は神教神殿に運び込んで正規の手続きで蘇生を行うべきだと言っているのだ。
「そんな!助けてくれないの!?」
だがレギーナにだって分かる。霊炉つまり心臓を破壊された遺体の蘇生が極めて難しいことくらい。
確率はよくて半々、もしも魂と肉体の繋がりさえ破壊されていればその時点で蘇生は不可になる。そして、術を施すまでに時間がかかればかかるほど、蘇生に失敗する確率は高まっていくのだ。
だが、今目の前にいる女性が本当に巫女マリアなら、この状態でも彼女を呼び戻せるはずなのだ。
そう、今ならまだ。
「分かってる。代償は負うよ」
アルベルトが決然とした表情で言う。それが即答だったことに、かすかにマリアの表情に驚きの色が浮かぶ。
「兄さんが彼女たちとどんな関係なのか知りませんが、兄さんがそこまで負う必要があるんですか?」
「俺は今彼女たちに雇われて、共に旅をする仲間だからね。だからできるだけの事はしたいんだ。もう後悔はしたくないから」
またしても即答するアルベルトに、マリアの表情がふっと緩む。
「それに、俺自身が彼女を助けたいんだ」
そう、この人はいつだってそう。
全く、お人好しなんだから。
「おとうさん…」
だが、そう呟いた声が聞こえて、マリアの顔色がサッと変わった。
声の方をマリアが見ると、そこにいるのはクレアだ。アルベルトとは22歳の歳の差がある、魔術師の娘。
だが今の彼女はトゥシャツにホットパンツ姿で、ただの庶民の娘にしか見えなかった。
「お父さん、って………」
突然マリアが立ち上がり、アルベルトに駆け寄ってその肩をガシッと掴む。
「ちょっと兄さん!?一体いつの間に娘なんて作ったの!?」
「えっ?……あ、いや、それは」
「私の知らない間に!どこの誰に産ませたの!?」
「いやそうじゃなくて」
「悔しい〜〜〜!兄さんのお嫁さんは私なのに!!」
「「「…………は?」」」
レギーナとクレアとアルベルトの声が綺麗にハモった。だんだん息が合ってきましたねえ君らも。
「アナスタシア姉さんなら仕方ないけど、姉さんはあの時死んじゃったし計算が合わないし。ねえ誰!?誰との子なの!?」
「いやだから違うって」
「いーえ!私は誤魔化されませんからね!!」
「だから聞いて」
「言い訳なんて聞きたくありません!!」
説明を求めているはずなのに、何か言おうとすると拒否するマリア。いいから聞く耳を持ちなさい。ていうか勝手に嫁を名乗らないで。
「いやそれはクレアが勝手にそう呼んでるだけで」
「勇者には聞いてません!!」
えぇ……。
「おとうさんは、おとうさんだけど、おとうさんじゃなくて…」
「なんてこと!?こんな幼気な娘にまで嘘をつかせようだなんて!見損なったわ兄さん!!」
「いやどう言ったら信じてくれるの君は!?」
「本当のことを言ってくれたらです!!」
いや本当のことというか、自分の疑念を肯定して欲しいだけでしょ君は。
ひとつため息をついて、アルベルトはずいっと顔を寄せてくるマリアの顔面を左手でガシッと掴み、彼女が何か反応する前に額に添わせた中指を右手で反らせ、力任せに打ち付けた。
「いったぁ━━━!」
バチィン、と派手な音がして、あまりの痛みに思わずマリアは顔をしかめて両手で額を押さえ蹲る。
「兄さんのデコピン、相変わらずメチャメチャ痛いわね!」
「クレアちゃんはガルシア様のお孫さん。ご両親は彼女が生まれてすぐ亡くなっていて、今は俺に懐いてくれているだけなんだよ」
そしてその隙に、抗議の声を上げるマリアを無視してアルベルトは一気に言い切った。
「ガルシア、様………?」
さすがにその名前にはマリアも聞き覚えがある。放浪の大賢者こと、大地の賢者ガルシア・パスキュール。黒加護の大魔術師で、七賢人のひとり。
「彼女はクレア・パスキュール。蒼薔薇騎士団の魔術師で、今の俺の雇い主だよ」
「えっじゃあ“お父さん”って……」
「本当の親子じゃないよ」
「でも、クレアのおとうさん、だよ」
ちょっと肝心なところで混ぜっ返さないでクレアちゃん!
「要するに、君が俺を“兄さん”って呼ぶのと同じだよ」
「……………はあ、分かったわ。じゃあ血縁関係はないのね?」
それでようやくマリアも納得したようだ。彼女だって血縁的にはアルベルトとは何の関係もなく、ただ兄と呼んで懐いているだけなのだから、自分のことを引き合いに出されては納得しないわけにはいかなかった。
ひとつため息をついて、やれやれとマリアが立ち上がる。
「なんかもう気が抜けちゃったからネタばらし。
ミカエラちゃん、まだ“生きてる”わ」
そしてとんでもない事を言い出した。
実はマリアは先ほどミカエラの胸に手を置いた際、彼女の霊炉に霊力の灯がかすかに残っているのを確認していたのだ。
「「「…………………………は!? 」」」
「と言っても、もう今にも死にそうなんだけどね。でも今ならまだ何とかなるわ。
あーあ、無理難題を聞いてあげて、ちょーっと役に立つ女アピールしようと思っただけなのになあ。まさか“娘”までこしらえてるとは思わなかったし、なんか色々と拍子抜けしちゃった」
「「「…………………………はぁ!? 」」」
いや君たちさっきからハモりすぎね。
「なんかその息の合い方も、ちょっと嫉妬しちゃうなあ」
「えっいやちょっと待って、じゃあミカエラは助かるの!?」
「そうだよ!まだ何とかなるのなら彼女を助けてくれないか!?」
「ミカを………助けて………」
「ああもう、分かった、分かりました!」
口々に詰め寄られて、マリアがだんだんヤケクソ気味になっていく。彼女もシャレにならない状況下で瀕死の後輩をダシに使った負い目があるため、それ以上は断りきれなかった。
「教団としてもこの子を失うのは痛いから、まあ特例ってことで何とかなるでしょ」
そしてようやく、マリアはミカエラの傍に跪いて神に祈りを捧げ始めた。
まずは[解析]で破壊された体内の様子を詳細に把握する。先ほど仰向けにした時に損傷部位が心臓から外れているのは確認していたから、より正確に、他に致命部位がないか見ていく。それが終われば、修復箇所と修復の方法と手順を探っていく。
それから[治癒]をかけて致命傷の箇所を修復していく。これ以上霊力が逃げないように、肉体が死に向かわないように。
そしてある程度まで修復してから、マリアは両手を胸の前で組んで祈りを捧げる。彼女の魂を損なわせず、きちんと身体に留めてくれるように。祈る先は、生命を司る青加護の神と、運命を司る黄加護の神と、心の平穏を司る白加護の神と。
この祈りこそが法術の[請願]である。神に希い、その力を分けてもらうのだ。法術師自身が成すのは神に祈りを届かせるために霊力を消費することだけで、神に祈ることにかけては現役唯一の巫女であるマリアの右に出る者はいない。
そしてマリアが希ったとおり、神の力はミカエラの身に顕現した。
ミカエラの身体が淡く輝き、血に濡れた服の下で傷が塞がっていく。そして光に包まれて少しだけ浮き上がる。それまで蒼白を超えて白蠟のようになっていた顔色にみるみるうちに朱が差し、生気が戻っていく。
マリアはミカエラの身体をそっと押して、血溜まりから離れた位置まで誘導していった。そしてその場で、軽く押さえて床に寝かせる。
「ふう。こんなところかな」
全て終えて、安堵の息をつく。ようやく気を緩めた時には、真ん中に一本の赤い筋がくっきり付いたままのマリアの額が汗でびっしょりと濡れていた。
ということで、ここへ来ての新キャラ登場でした。
マリアさん、この話を書くまではこんなクセの強い人じゃなかったはずなんですけどねえ…(汗)。『あの日見た、憧れを追いかけて』で少しだけ出てきた“聖女みたいな少女”がマリアです。
ていうかそもそも本来のプロットではミカエラはこんな怪我を負う予定ではなかったし、マリアもこんな破天荒な感じではなかったんですけど。何故こうなったのか…。
お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。
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