3-11.クレアの見たもの
【警告】
R15回です。
人の死を強く想起させる生々しい描写があります。苦手な方はお読みにならないようお願いします。
仮に読み飛ばしても物語の理解に支障はありません。もちろん、必要と判断しての描写ですのでお読み頂く前提で書いてはいますが、無理にとは申しません。
次回の前書きにて今回の粗筋も付記しますので、重ねて申し上げますが読み飛ばしても問題ありません。
なお、口数の少ないクレアの視点ですので今回だけかなり短い(約3300字)です。
放った[光線]が、狙い過たずに彼女の胸を貫いた。
やったよおとうさん、かたきを討ったよ。
だが、誇らしげにそう考えつつ崩れ落ちる敵の姿を改めて見たクレアは、ある違和感に気が付いた。
緋色の髪、青みの強い紫の瞳、神教青派の法衣。
どこかで見たことがある。いや、よく見慣れた姿の気がする。
それはいつもすぐ傍にいて、何かと世話を焼いていてくれた、歳上の、大切な⸺。
「ミカ……………?」
ドサリと倒れ込み、床に頭が当たるゴトッという音がして、その拍子にそれは口から血を吐いた。
[光線]が穿った胸の穴から吹き出した血が、あっという間に法衣を真っ赤に染めていく。
そうなって初めて、クレアはその姿をはっきりと認識した。
そこに倒れていたのは大事なパーティの仲間で、姉代わりに自分をいつも可愛がっていてくれた、ミカエラだった。
「うそ………なんで………?」
なんで、なんでミカがおとうさんを攻撃するの?
なんで、わたしはミカを攻撃したの?
なんで?
どうして?
ねえ、教えて、答えておとうさん。
だが首を巡らした先にあるのは、力なく倒れ伏した黒焦げの人の姿。さっき自分で見て、もうこれは助からないと、そう思ったことも思い出す。
……………あれ?
でもこの“おとうさん”、そう言えばにおいが、違う?
混乱する頭で考えをまとめようとするが、上手くいかない。部屋のあちこちに視線を彷徨わせて見えたのは、“おとうさん”と同じように焼かれて動かなくなった人たちの姿。
そういえばミカは、赤属性の炎系の術式はあまり好んで使わないような。
赤属性をよく使うのは…………わたし?
足から力が抜け、クレアはへたり込むようにその場に座り込んでしまう。立てなくなって、両手と両膝を使って動かないミカエラににじり寄る。
やがてその傍に辿り着き、恐る恐る肩に手をかけ、揺さぶる。
「ミカ…………?」
返事はない。
代わりに、ゴボリと血を吐いた。
「ミカ………ねえミカ………」
返事はない。
完全に閉じきってはいない目が、青みの強い紫の瞳が、澱んで光を失っている。
「どうして…………どうして…………?」
誰も答えない。
誰も答えてくれなかった。
唯一その場で言葉を発していた男は、ただひたすらに誰に向けたのか分からない謝罪と弁明を繰り返していた。
「イヤ…………イヤだよ…………ミカ…………」
クレアの頬を涙が伝う。
そのまま、彼女は両手で顔を覆って泣きだしてしまった。
「ミカエラ!」
瓦礫と化した、入り口だった壁の向こうから女が飛び込んできたのはその時だった。
「ミカエラ!クレアも、ぶ…」
部屋に飛び込んできて状況を目の当たりにしたのだろう、女の言葉が途切れる。
「じ…………」
ああ、この声、ひめ。
そう思って顔を上げると、そこには確かにレギーナの姿。
涙で視界が滲んでいるが、見間違えようがない。わたしを誘ってくれて、広い世界へ連れ出してくれて、ミカエラとともにたくさん可愛がってくれた、大切な、姉代わりの、ひめ。
「うそ……………」
だけどその彼女は、目の前の光景が信じられないといった様子で絶句していた。
こちらを向いてはいたが、その目に映っているのはきっと倒れているミカだ。わたしを見ているわけじゃない。
ああ、わたし、ひめにも取り返しのつかないことをして⸺
「れ、レギーナさん、ちょっ、苦し、首絞まってるから………!」
その時、また違う声がして、思わず声のしたほう、ひめの足元を見る。
そこには襟首を掴まれた男の人が転がっていた。顔を青白くして、それでも彼女が立ち止まったから彼はようやく立ち上がる。
あれ。このにおい……、
「おとう、さん………?」
「クレアちゃん!」
わたしの呟きに、彼が反応した。
ああ。この声、このにおい。
おとうさんだ。
「良かった、無事だったんだね」
無事だったのはおとうさんだ。死んじゃったと思ったのに、元気で今、目の前にいて。
彼が駆け寄ってきて、その手がわたしの肩に触れる。
優しくて、大きくて、温かい、手。
ああ、間違いない。やっぱりおとうさんだ。
「おとうさ……」
言い終わる前に抱きしめられた。
初めておとうさんに抱きしめられた。
「本当に、無事で良かった」
無事で良かったのはおとうさんのほう。
わたしは最初からなんともない。
あっ、でも、
「ミカが…………」
ミカのことを思い出して、腕の中からおとうさんを見上げた。見慣れた優しい顔が見えて、その顔がミカの方を見て、いっぺんに厳しい顔になる。
「ミカ………、エラ………?」
ミカのそばにひめが座り込んでいて、その震える手がミカに伸びていって、力なくその肩を揺する。
ミカから返事はない。
もう血も吐かない。
倒れた身体の下には、真っ赤な血だまりができていた。
「ウソでしょ、ミカエラ………返事して?」
ひめの声が涙に濡れているのが分かった。
いつでも元気で明るくて、自信満々で、泣いてるのなんて見たこともないのに。
そのひめが、泣いている。
「死なないでって言ったじゃない………」
ひめはその場にお尻をつけて座り込んで、ミカの身体から恐る恐る手を離して。
「私が……戻ってくるのが遅かった……?もっと早く戻ってれば……?」
「レギーナさん……」
「嫌よ、ウソよ!こんなの嫌!
ねえミカエラ返事して!目を開けてよ!ねえ!」
ひめがミカに縋りつこうとして、慌てたおとうさんに止められる。
ひめはああ見えて力が強いから、おとうさんは羽交い締めにして何とか抵抗していた。
「レギーナさん待って!気持ちは分かるけど待って!今ミカエラさんを揺すったら絶対傷に響くから!」
「だって!だってミカエラが!!離して!!」
「今ならまだ助かるかも知れないんだ!今すぐに集められるだけの法術師や青の術師を呼んでくれば、まだ⸺」
無理だよう。わたし、心臓を狙っちゃったもん。
ああ、そうだ。心臓を狙っちゃったんだ。
なんでそんなこと、しちゃったんだろう。ミカは私に攻撃なんてしてこなかったのに。
ごめんなさい、ミカ。ごめんなさい、ひめ。
ごめんなさい………
「ごめん、なさい………」
わたしの呟きに、ひめがこちらを向いた。
そしてすぐに立ち上がって駆け寄ってきて、わたしはひめに抱き締められた。
「クレア!大丈夫、怪我はない?」
「どうして……、」
どうして、わたしの心配をするの?
ミカを傷つけたのはわたしなのに、どうしてわたしの心配をするの?
わたしを、怒らないの?
「クレア。いい?あなたは暗示で操られていたの。だから悪いのはあなたじゃない、あなたを操っていた奴らが悪いのよ」
暗示?操られていた………?
あれ、でもそういえば、なんでわたしはあの黒焦げの人を“おとうさん”だと思ってたの、かな……?
「………っ本当は、全員無事で………」
「レギーナさん、話は後だよ!すぐに治療しないと!君は通信鏡でヴィオレさんを呼んで!俺も人を呼びに上に戻るから!」
涙声になりかけるひめの声におとうさんが言葉を被せて、返事を待たずに瓦礫の向こうに駆け出して行く。
どうして?どうしておとうさんは諦めないの?
どうしてそんなに一生懸命なの?
どうしてそんなに優しいの?
おとうさんもひめも、わたしを責めなかった。
ただ優しい言葉をかけて、無事を喜んでくれて。
わたしはミカをこんなにしたのに、ふたりとも怒らない。
どうして?
もうミカは助からないのに、どうして諦めないの?
どうして?が頭の中でぐるんぐるんして、わたしはおとうさんが駆けていった瓦礫の向こうに顔を向けた。
その時だった。
「みぃつけたぁ━━━━!!」
「のおぅわぁあ!!」
知らない誰かがおとうさんの腰にタックルして、吹っ飛ばすのが見えたのは。
警告をお読みの上で、理解と覚悟を持って読まれた方で、それでもなおご気分を害された方に対して作者としてお詫びを申し上げます。
必要と思っての描写ではありますが、ご批判やご苦情などございましたらどうぞクレームをお寄せ下さい。感想欄でも近況報告へのレスでも構いません。真摯に対応させて頂きます。
お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。
もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!




