3-10.ピンチ!
今回、最後の方にショッキングな描写があります。次回に比べればまだしもという感じですが、一応R15回ということで、ご注意下さい。
「……………何故、分かった」
短剣を突き付けられて動きの止まった男は、振り返る事なく静かに問うてきた。
露見して動揺するでもなく、怯えるでもなく、取り繕うでもなく、反撃するでもなく。ただ純粋に、何故失敗したのか、どうしてバレたのか、それを知りたがっているようにアルベルトには思えた。
「単純に疑問だったんですよ」
だからアルベルトも落ち着いて声を返す。
「倍の人数相手とはいえ、正規の騎士3人がむざむざ命を奪われるなんて普通はあり得ない。だから、順番が違ったんじゃないかと、思ったんですよね」
高鐘楼が襲撃され鈴鐘を鳴らされたあの時、鐘楼を警備していたのはイリュリア王国の正規の騎士団員である“白騎士”の三名だった。そして襲撃犯グループは総勢で七名。これは足跡や目撃証言からほぼ確定していた。
だから、「騎士や職員を皆殺しにして鐘を鳴らした」のではなく、「鐘を鳴らされて無力化された騎士たちが討たれた」のだと、そういう結論に至ったのだ。
そして、攻防のさなかに先に鐘を鳴らすためには「職員の協力が必須」である。だから職員に内通者がいると、そうアルベルトや蒼薔薇騎士団は考えたのだ。
「だが、あの夜の担当職員も殺されていたんだろう?」
短剣を突きつけられた内通者の職員は、慌てることもなく反論しようとする。だがこれもアルベルトには想定の範囲内だ。
「それは、先にあなたが鐘楼を訪れて油断させ、あなたが代わりに鳴らしたか、あるいは」
「内通者のはずの職員ごと殺して口を封じた⸺か」
言おうとした言葉を先に言われてしまった。
「まあ、その先は取り調べで洗いざらい話してもらいますよ、盗賊ギルドさん」
盗賊ギルド。
地域によって闇ギルドとか裏ギルドとか呼び名は多々あるが、要は非合法の地下組織である。犯罪者たちの横の繋がりが年月を経て組織化したものと言ってよく、犯罪幇助や犯罪者の逃亡補助、盗品の横流しや資金洗浄など、組織的犯罪には多くの場合、彼ら地下組織の関与が疑われるものだ。
だが一方で無法者たちの世界にもそれなりのルールがあり、そうした地下組織にはそれをまとめ上げ完全な無法地帯と化すのを防いでいる側面もあるので、一概に撲滅すればよいというわけでもない。だからこそ扱いが難しく、どの国でも地域でも、半ば黙認されているような面があった。
だが今回のように、国家転覆に繋がりかねない壮大な陰謀に加担しているとなれば話は別だろう。
「ふふ、ふはは、ははははは」
突然、男が笑いだした。
「なるほど、すでに全て露見しているというわけか」
「まあ、勇者パーティが絡んだ時点で無理もないと思いますけどね」
「ははは、違いない」
「さて、ではどうする?」
ひとしきり笑った男は振り返らぬまま、不敵な声で問うてきた。
「今この場にては1対1。君が私を倒せなければ私は逃げおおせるわけだが」
「問題はそこなんですよね」
不敵に笑う盗賊ギルドの男と、困ったように笑うアルベルト。お互いが相手の技量を正確に推し量れるだけに、この場でどちらが優位かは覆りそうにない。
正直な話、アルベルトがこの男の背後を取れたのは幸運でしかない。物見櫓に残った者に気付かれるはずなどないと、気付かれる前に済ませてしまえると、男が油断していたからこそだった。
「だから、奥の手を使います」
だが、アルベルトは事も無げにそう言って、右手の短剣を動かさぬまま一歩踏み込んだ。
踏み込み、身を捩じり、左掌を男の背に添えると同時に気合を込める。
その動きは背を向けたままの男には察知されなかった。故に、男はそれをまともに喰らう形になった。
「が……っあ⸺!」
体幹を真後ろから貫かれる衝撃に、男の身体が文字通り浮き上がり、そして力なくうつ伏せに崩れ落ちた。素早く短剣を手放したアルベルトは腰に巻いていたロープを解いて男の手首を後ろ手に縛り、次いで足首も縛り上げる。
「“発勁”って言って、東方由来の独特な攻撃方法なんですが。どうです、なかなか効くでしょう?」
使ったのは久々だからちゃんとできるか不安でしたけどね、とアルベルトは心の中で呟いたが、まあそれは言わなくてもいいことだ。
だがどちらにしても男にはすでに聞こえていない。男にしてみれば想定外の今の一撃で意識を刈り取られ、完全に気絶していたのだった。
地表からは先ほどから剣戟の音が響いてきている。なかなか鐘が鳴らないので襲撃者たちが動揺しているのも伝わってきた。まあ、そうなるとあの漆黒騎士たちが遅れを取るはずもないため、後は任せて問題ないだろう。
「ちょっと!あなたどこにいるのよ!?」
その時、何とも場違いな声が鐘楼の上部まで響いてきた。すっかり聞き慣れてしまったよく通るその声だが、初めて聞く焦りまくった響きを伴っていた。
「げっ、勇者!?」
「マジか!?あいつらもう倒されたのか!?」
「クッソ、ここまでか⸺!」
彼女の声に続いて襲撃者たちの絶望する声も届いてきたが、とりあえずそれは今どうでも良かった。
アルベルトはすぐさま鐘楼の窓に駆け寄って地表を見下ろす。鈴鐘の音を遠くまで響かせられるように、この階は数本の石柱以外は空に向かって開放されている。
「レギーナさん!どうしたの!?」
「あっ、いた!あなた今すぐこっち来て!」
今すぐ来てと言われても、今いるのは高鐘楼の天辺だ。地表まで降りるにしたって時間がかかる。
「ちょっと待って、今降りるから⸺」
「ああもう、待ってらんないわ!」
言うが早いか、レギーナが[空舞]で駆け上がってきた。
「掴まって!早く!」
あっという間に目の前までやって来て、突き出された手を握り返すまでもなく掴まれる。次の瞬間には引っ張られ虚空へと駆け出されている。
「おわぁああ!どっどこ行くんだいぃぃ!?」
「クレアのとこよ!!」
いや説明になってません!なってませんけど、クレアちゃんは無事ってことでいいんですよね!?
そう聞きたいところだったが、物凄い勢いで引っ張られるし空中でそれをされると感覚がおかしくなってきて、下手に喋ろうものなら舌を噛みそうで喋れない。というか久々に気功を使った反動で体内で気が荒れていて、内臓がぐるんぐるんする。気を抜くと意識が飛びそうだ。
程なくして無事に地上へと降りてこれたのはいいものの、今度は「ちょっとあなたなんで丸腰なの!?鎧は!?武器は!?」と質問攻めに遭ってしまう。
「とっとにかく、クレアちゃんのことで俺ができる事があるんだよね!?」
「あっそう、そうよ!早くしないとミカエラが死んじゃう!」
「どういうこと!?」
次から次へと聞き捨てならない情報ばかり出てくる。一体どういう状況なんですか!
と聞く暇もなく、掴まれたままの手を再び引っ張られる。人類には到底出せないスピードで引きずり回され、今度こそアルベルトは意識を手放していった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「熔きゅ⸺」
「[禁足]うぅーー!!」
地下では相変わらず、クレアとミカエラのギリギリの攻防が続いていた。と言ってもクレアが一方的に攻めているだけでミカエラは防戦一方、しかもすでにグロッキー状態である。
「ぜ…っは、ぜは、は⸺」
(まだな!?まだ帰ってこんとな姫ちゃんは!?)
ここまで何度[禁足]を成功させたか分からない。すでに奇跡的なチャレンジの域に到達していた。この世界にもしもギネスブックに相当するものがあれば、間違いなく禁足連続成功回数として永遠不滅の世界記録を打ち立てている。
「………しつこい」
さすがにここまで完璧に抑え込まれているクレアが口を尖らせる。拗ねた様子が歳相応で可愛い。
ではなくて。
初めてクレアの攻撃の手が止まった。このチャンスを逃す手はなかった。
「クレア一旦ストップ!あんたの“おとうさん”、手当てせな死ぬばい!」
ミカエラは必死に語りかける。実際、最初の[業炎]で焼かれた男たちはその後ずっと放置され、全身に負った重度の火傷は刻々と彼らの体力生命力を奪っているのだ。なのにこの場でそれを唯一治療できるミカエラが、クレアにずっと釘付けにされていて身動きが取れないのだ。
「だまされないから」
だが案の定、クレアは聞く耳を持たなかった。
「嘘やないて!よう見てん!」
本当に嘘ではない。立っているのは呆然としたままの騎士団長だけで、座り込んでいたエンヴィルは体勢を維持できなかったのか倒れ伏している。もう本当に瀕死で、いつ死んでしまってもおかしくないのだ。他の男たちも全員崩れ落ちていて、もしかするとすでに何人か死んでしまっているおそれもあった。
もうこの際だ、クレアが暗示をかけられていようが関係ない。ハッタリだろうが嘘だろうが何だって構わない。今使える全てを時間稼ぎに使わなくてどうするのか。
「ウチが今から治療しちゃあけん!やけ少しだけ待ちぃて!」
治療、の言葉にクレアがかすかに逡巡した。
もう一息だ。
クレアがエンヴィルを見た。
気遣わしげに見やったその瞳が、だが瞬時に色を失くした。
「ぜったい、ゆるさない」
どうやらクレアは、エンヴィルがすでに死んでしまったと判断したようだ。改めて確認させたことが完全に逆効果になってしまった。
「待った!ほんとマジで待ったて!治せるけん!」
必死にミカエラは言葉を紡ぐ。正直な話、ここまでの重症を治せる自信はなかったが、治せないと確実にアウトだ。死ぬ気で治さないとマジで死ぬ。
「うるさい」
そして案の定クレアは聞かなかった。
そういうところは変なところで頑固な、いつものクレアのままだった。
ミカエラの必死の説得も虚しく、クレアが再び詠唱を開始する。やむなくミカエラも[禁足]の詠唱を始めた。
「⸺あ。」
思わずそんな呟きが、ミカエラの口から漏れた。
クレアの詠唱が白属性だったのだ。
ここまで彼女は全て赤属性の術式ばかり詠唱していたから、次もそうだとミカエラは我知らず思い込んでいた。だからそれに合わせて[禁足]の詠唱を始めたのだ。
なのに、ここに来ての白属性。それまでと発動タイミングがまるで違うから、ミカエラの[禁足]の方が先に発動してしまう。先に発動してしまえば[禁足]は不発になり術式は霧散するしかない。
発動遅延の方法は、ない。少なくとも最初から遅延させることを想定していなければ手の打ちようがない。
しかもミカエラはここまでと同じように[禁足]の二重詠唱を始めてしまっていた。今から唱え直したところで白属性魔術のタイミングに合わず、同時起動がどちらも[禁足]だから他の防御魔術への切り替えも間に合わない。[魔術防御]は最初から発動させてはいるが通常通りにかけているものでしかなく、クレアの魔術に対抗するためには発動強度の限界まで高めた魔術防御で行けるかどうかなのだから、まずもって防げない。
詰んだ。
ミカエラの心を絶望が支配する。
「[光線]⸺」
そしてクレアの詠唱が完了した。
ミカエラの胸に向けられた、クレアの細い指先。その先端が一瞬光る。
(いいやまだたい!止まんなウチ!)
クレアの使った魔術はそれまでのような広域殲滅魔術ではなく、単体攻撃魔術だ。だったら避けてしまえばまだワンチャンあるはず。
最悪、即死さえ免れれば⸺
指先の光が迸り、ミカエラの胸に、心臓をめがけて伸びてくる。それを極限状態のなか、ミカエラの目はしっかりと捉えた。
躱せ、身を捩れ。ほんの僅かでも、逸らせ⸺!
次の瞬間、展開したミカエラの魔術防御が音を立ててあっさりと砕けた。クレアの[光線]はなんら威力を衰えさせることなく、そのままミカエラの胸を貫く。
激しい痛み、というより熱いと感じた。光線は胸を貫通して後ろの石壁を溶かし穿っていたが、ミカエラにそんなものを確認する余裕はない。
身体の力が抜け、崩れ落ちる。息が詰まる。嘔吐感があり、喉の奥から何かがせり上がる。
ああ、これ、肺に穴が開いとる。
辛うじてそこに思考が辿り着いた。
だったら、心臓への直撃は避けられた。はず。
ああ、なら、うつ伏せにならんと。肺に溜まる血ば吐き出せんと、窒息して死ぬ。
途切れかける意識でそこまで考えて、実際にミカエラが取れたのは半身の姿勢までだった。つまり横寝の体勢だ。
そしてそのまま、彼女の意識は千切れた。
第三章のクライマックスというところですが、次回、かなりキツい描写が出てきます。R15指定回になりますので、苦手な方は次回は読み飛ばしを推奨しておきます。
一応、読み飛ばしても問題ないように構成しているつもりです。
お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。
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