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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第三章】イリュリア事変
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3-9.その頃の“おとうさん”

 宵闇も差し迫った王都ティルカン市内の中央広場。そこにそびえ立つのはイリュリア王国の誇る高鐘楼である。観光名所としても名が知られ、イリュリア国内各地はもとより、イリシャ連邦各国、果てはその外からも毎年多くの観光客が訪れる。

 何でも、日没の鐘と夜明けの鐘を共に聞いたカップルは末永く結ばれるのだとか。


 だがその高鐘楼は、ここ2日ばかり物々しい警備に囲われていて一般人は近付くことができない。普段は鐘楼下部の出入口に1名、鐘楼上部の鐘のすぐ下の控室に1名、最上部の物見櫓に1名、それぞれ警備の者がいるだけなのだが、この2日間は実に25名もの戦士団中隊が昼夜問わず常駐していた。

 王宮からは急な警備強化に関して一切の情報が市井にはもたらされず、直接の市民の窓口たるティルカン市役所からも何の広報もない。そのせいで市民には密やかに不安が広がっていた。


 ただ、警備強化の理由は市民にはおよそ察しがついている。つい先日、この高鐘楼は夜間に賊の襲撃を受け、警備兵も鐘を鳴らす担当職員も全員が惨殺されたばかりなのだ。だが何も知らない観光客にそんな事を説明するわけにもいかず、市民たちも口を噤むほかはなかった。


 そしてこの日、宵闇迫る高鐘楼に警備の交代要員がやって来た。

 だがその時は、いつものように一個中隊25名でゾロゾロ来たわけではなく、僅かに6名が連れだってやって来ただけであった。


 鐘楼出入口で立哨していた2名がまず交代を告げられる。その時点でまず彼らは訝しんだが、正式な命令書もあるとのことで念のため中隊長に話を通すことにして、出入口内部に控えていた別の者に伝えて中隊長のもとへ向かわせた。

 しばらくして高鐘楼から降りてきた中隊長は、外に出てきて交代要員と相対する。


「……これだけか?」


 中隊長が訝しむのも無理はない。当分の間一個中隊25名で警備するよう通達が出ているにも関わらず、交代にやってきたのは6名だけなのだ。しかもよく見れば初めて見る顔ばかりだ。ひとりだけフードまで被っていて顔さえ見えないが、きっとその者も見覚えがないだろう。

 身のこなしからはいずれも実力的に問題はなさそうだが、明らかに戦士団員ではない人員に警備を委ねてよいものか。


「というより、そもそも交代時間ではないはずだぞ?」


 そう、この体制になってからの警備は三交代制で、朝三(午前9時)昼五(午後5時)、そして深夜が交代時間なのだ。そして現在時刻は昼七(夜7時)に入ったところ。もう間もなく日没というところで、現在警備に当たっている中隊は昼五に到着したばかりである。

 そもそも宵闇迫るこの時間帯は視界も悪くなり、交代時の隙を突かれて襲撃される恐れがあるためわざわざ外したはずの時間帯だったのだ。


「急な命令にて、申し訳ありません」


 6名の隊長格と思しき男が頭を下げる。戦士団制式のマントを羽織ってこそいるが戦士団の隊員ではない。マントの下にチラリと見える黒塗りの鎧から見て、騎士団の裏方を担当する、通称“黒騎士”であろうか。


「ジェルジュ陛下直々の特命にて、急遽の交代と相成りました。こちらに命令書もございます」


 黒騎士と思しき男はそう言って、中隊長に命令書を手渡す。確認すると確かに告げられた内容通りの命令が記され、ジェルジュ王の御名と御璽もある。だがそれ以外、通常あるはずの宰相署名も担当大臣の押印もない。


「陛下の思し召しは賜っておるか」


 もうひと押し信用度の上積みが欲しかった中隊長は、敢えてそう聞いてみた。


「我ら臣下が陛下の御心を賜るなど」


 だが案の定、何も知らされていないようだった。黒騎士だけでなく、後ろに控える者たちも無言を貫いている。


「………念のためだ、所属をお聞かせ願おうか」


 これだけは中隊長にとって絶対に譲れない一線だった。どこの誰とも分からぬ者に警備を明け渡して、それで何か問題があった場合、罪に問われるのは中隊長(じぶん)なのだから。

 そう問われて、隊長格と思しき黒騎士は一段声を潜めた。


「失礼、自分は王室親衛隊、陛下直属の黒騎士団の者であります。後ろに控える者共も同様。ただし黒騎士は暗部の者にて、個人名の開示はご容赦願いたい」


 なんと陛下直属の暗部騎士だった。表沙汰にできない様々な極秘任務に従事するという暗部の者、噂こそあれど公式に存在が認められておらず、実際に見た者も皆無だった親衛隊内の通称“漆黒騎士”の実物が、今中隊長の目の前にいるというのだ。

 であればこの6名はひとりひとりが中隊長など歯牙にもかけぬほどの実力者揃いであるはずだ。6名合わせれば一個中隊25名にも充分に匹敵するだろう。

 だが、そもそも戦士団が警備している理由が理由だ。彼らは賊の侵入を許して万が一鈴鐘を鳴らされてしまった場合、果たして機能(・・)するのか。


「ああ、御心配には及びませぬ。戦士団が配置されておる理由も把握しておりますし、我らのうち四名までは戦士団の募兵に応じた者たちから選抜されて上がった者たちゆえ」

「なんと、そういう事でしたら」


 これで断る理由はほぼなくなってしまった。できれば陛下の真意をきちんと説明して欲しかったが、さすがにそこまでは望めないと中隊長は判断した。


「ああ、もうひとつ」


 思い出したように隊長格の漆黒騎士が口を開いた。


「我らの所属・人相などは他言無用に願います。それと御中隊には別途命令書がございます」


 彼はそう言って、懐から別の命令書を取り出して中隊長に手渡した。確認すると、中隊全員で直ちに王宮に参上して別途命令を待つよう指示されている。こちらにもやはり国王の御名御璽だけで、他には何もない。

 おそらくこの交代に関する箝口令と、残りの勤務時間で別に仕事をさせられるのだろう。今夜は早く帰れるなどと期待せぬ方がよさそうだ。


「承った」

「我らが持参した命令書はどちらも持ち帰って頂いて結構。むしろ我らが持っていては不都合になりましょう」


 それはつまり、この交代自体が秘密裏に行われるべきことを示していた。おそらくこの交代を目撃した市民たちにも密かに箝口令が敷かれるのだろう。


 中隊長は漆黒騎士たちにそのまましばし待つよう伝えると、控えていた部下に上階の人員を全員呼び集めるように指示する。程なく全員が出入口前に揃い、点呼にて確認した上で、中隊長はいつも通り(・・・・・)交代式を執り行う。

 そうして、必要な引き継ぎを全て終えてから中隊長は麾下の中隊全員を引き連れて王宮へと急いだ。



 中隊長はこの警備交代がなるべく多くの耳目に触れるよう、敢えて高鐘楼前の広場で小隊とやり取りしていた。通常の交代時間でもなく、秘密裏に行われるべき交代だと分かっていながら、敢えて目立つように動いたのだ。

 中隊長は温和な性格だったが決して愚鈍ではなかった。わざわざ戦士団小隊に偽装した漆黒騎士たちが警備に就いた本当の理由にも、ある程度の推測をつけていた。

 つまり王宮は、王は、警戒を緩め警備を薄くしたと襲撃犯(・・・)に思わせ、それを餌におびき寄せるつもりなのだ。でなければわざわざ手練の漆黒騎士を6名も派遣した意味がない。だとすれば、目立つ必要が(・・・・・・)ある(・・)

 さて、果たして見せたい者たちにきちんと見せることができただろうか。確認の術はないので、見せられていることを願うばかりだ。


「中隊長、いかがなされましたか」


 麾下の若い小隊長に声をかけられ、中隊長は我に返る。どうやら歩きながら物思いに耽っていたようだ。


「ああ、いや。考え事をしていただけだ。

さあ、王宮へ急ぐぞ。おそらく今夜は、きっとまだ何かある」


「あー、やっぱり俺ら、まだ帰れないんですね」


 中隊長の言葉に、若い小隊長ががっくりと肩を落とす。そう言えばこの男は最近結婚したばかりだったな、さては今夜は愛妻の元に早く帰れるものと、(そら)喜びさせてしまったか。


「まあ、規定の時間分はきっちり働いてもらうという事だろう。とにかく考えるのは後だ。我らはただ、主命を果たすのみ」


 若い部下を諭すようでいて、後段は自分に言い聞かせる意味合いも含んでいた。我ながらそれに気付いて、中隊長は周囲に気取られぬ程度に苦笑した。

 そして彼らの中隊は、隊列を組んで今度こそ王宮へと歩を進めたのだった。




「これで良かったですかな、アルベルト殿」


 本来の警備担当だった戦士団中隊が去っていったのを見送ってから、鐘楼最上部の物見櫓に上がってきた小隊長、漆黒騎士の男は自らが連れて来た部下(・・)のひとり(・・・・)に声をかけた。


「ええ。ここなら市内で何か異変があってもすぐに分かりますね」


 部下の男はそう言って被っていたフードを剥ぎ取り、戦士団制式のマントも脱ぎ捨てた。

 そこにいたのはアルベルトだ。

 彼は物見櫓から市内を見渡す。すでに陽神は地平に沈み、街は夜闇に閉ざされようとしている。そこかしこに明かりが点いて、炊事の煙が幾筋もたなびいていた。

 そこに暮らす多くの市民の姿をアルベルトは幻視する。何も知らない、善良な市民たちが今この場には多くいる。


 市井の人々を顧みず、国の頂点ばかり気にして争っている者たちがいる。そのことが単純にアルベルトは許せなかった。民あってこその為政者で、民のために全てを捧げるのが国の王のはずなのに、その王の地位を手中に収めるためならば犠牲も厭わない、そのやり方には虫唾が走る。

 だからこそ、こんな事は止めさせなくてはならない。レギーナたち蒼薔薇騎士団のサポートとは、これはまた別の話だ。

 だからレギーナがこの話を持ってきた時に、彼は一も二もなく賛成した。幸いなことにこの問題を解決すれば市民を守れ、拐われたクレアもきっと助け出せる。全てが丸く収まるのだ。


「では、後はご随意に」


 協力してくれた漆黒騎士はそう言って頭を下げ、階下へと降りてゆく。レギーナから協力を要請された国王の命令とはいえ、一介の冒険者に過ぎない自分に惜しみなく助力してくれる彼らに感謝と尊敬の念に堪えず、アルベルトは降りてゆく彼の背中に深く頭を下げた。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



ズウゥゥン……


 夜の帳が降り、市街が闇に包まれてからおよそ特大二(2時間)

 突如、地鳴りのような響きと振動が市街を襲った。


「なんだ、何事だ!?」

「敵襲か!?」

「慌てるな、警戒しろ!出入口の防備を固めろ!」


 戦士団小隊に扮した漆黒騎士たちが階下で慌ただしくなるのが分かる。だが物見櫓にいるアルベルトの目には、見渡しても敵影は見えない。


ズウウウゥゥゥン……


 そこへ再びの地鳴りと振動。先程のものより明らかに大きい。

 天井からパラパラと埃だか木屑だかが降ってくる。高鐘楼は市街のどの建物よりも高いので、その分上部では揺れも増幅されているのだ。


「………待て、これはもしや、噂に聞く『地震』というやつか?」

「そんなもの、我が国では一度も起こったことないだろう!?」

「分からんぞ、今までなかったからと言って、この先もあり得ないとは言い切れまい」


 連絡用の伝声管を伝って、階下から混乱する声が聞こえてくる。

 地震ならアルベルトは昔一度だけ経験したことがある。あの時は確か、下から強く突き上げられたあとに左右に大きく振られて⸺


「おそらく地震ではありません。敵影はまだ見えませんが、おそらくは地下、どこかで戦闘が始まっているのかも」


 アルベルトは伝声管に向かってそう声を上げた。

 ちょうどこの時、レギーナが襲撃犯のアジトへと突入し、クレアが[業炎]を放った頃である。つまり最初の地鳴りはレギーナの突入、二度目はクレアの魔術である。

 だが地上にいる身でそれを知る術はない。アルベルトも単に推測を言っただけで、それとてレギーナとミカエラが敵のアジトに突入すると知っているからでしかない。


 だがそれとは別に、アルベルトの[感知]が複数の魔力を捉えた。広場にはまだそれなりの数の市民がいたが、地震のような地鳴りに動揺し右往左往するそれらとは違って、統率された動きで真っ直ぐに高鐘楼を目指してくる、数人の一団。

 通常の人間よりも魔力が低いのか存在感がかなり薄い。それと意識しなければ[感知]で捉えることも難しかっただろう。


「それとは別に、敵影発見![感知]で捉えました!」


「………距離およそ1スタディオン、数は…7か。了解した、我らに任されよ」


 特に説明するまでもなく、階下から了解の返答が上がってきた。漆黒騎士たちの方でも[感知]を使ったのだろう。アルベルトには正確な人数まで把握できなかったが、返答した彼はそこまで把握していた。

 そして漆黒騎士たちの足音が地表へと降りてゆく。これで、階下には鈴鐘の担当職員しか残っていないはずだ。


 アルベルトは静かに鎧を脱ぎ始めた。偽装のためとはいえアルベルト用にわざわざ設えた戦士団制式鎧は素晴らしくよく馴染んでいたから少し惜しかったが、金属鎧だから普段から使い慣れた革鎧と違ってどうしても音が出る。脱がなくてはマズい。

 そして、短剣と冒険者認識票以外の金属を全て外した彼は、足音を殺して密かに階下への石段を降りてゆく。

 ひとつ下の階、鈴鐘を吊り下げている鐘楼の心臓部に、目当ての人物がいた。こちらに背を向けて作業をしているその後ろ姿に、アルベルトは足音を殺したまま近付いていく。隠密の技能はそこまで得意ではなかったが、苦手というほどでもない。


「動くな」


 そして気付かれぬまま背後を奪ったアルベルトは、その人物の首筋に短剣を突き付け、冷たい声で言い放ったのだった。




「日没の鐘と夜明けの鐘を共に聞いたカップル」つまり一夜を共にしたふたりということなので、末永く結ばれるのはむしろ当然と言いますか。

まあでも縁起ものの「縁起」なんてそんなものですよね!



お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。


もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!

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