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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第三章】イリュリア事変
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3-6.犯行グループ

「全員戻ったか?」


 暗がりの中、粗末だがしっかりした造りの小屋の木扉の前まで来て、ひとりの男が仲間を見回して確認する。

 ティルカン市内、下町よりもスラムに近い、低所得層の住むその場所にあるこの小屋は、ここ最近男たちが根城にしていた場所だった。

 正確には、小屋に隠された隠し扉のその先が、だが。


「ああ、ひとりの欠けもない。作戦は成功だ」


 別の男が満足そうに応える。

 最初の男もこの男も、暗褐色の服に黒革の革鎧、黒塗りの武器という出で立ちで、見るからに隠密作戦からの帰還直後といった雰囲気だ。

 だがその衣服や鎧にはあちこちに血糊が付いている。すでに半分乾きかけ、赤黒い染みに変わり始めていて、どう見ても荒事を終えて戻ってきたようにしか思えない。そしてそれは、その場の7人全員がそうだった。


「収奪班も戻ってきたぞ」


 また別のひとりが声を上げる。どうやら別働隊がいて、それが戻ってきたところのようだ。見れば白銀の陰神(つき)明かりの下、建物の影を縫うように数人の男たちがこちらへと音もなく駆けてくる。その一団も、やはりみな黒装束を身にまとっている。

 その別働隊の先頭を走ってくる男が黒布に包んだ大きな何かを担いでいるのを見て、彼らは作戦の成功を確信した。あとはこれを依頼主(クライアント)高く買って(・・・・・)もらえばそれで終わる。


 だが、その先頭の男の様子がおかしいことに彼らはすぐに気付く。何やら訝しげな顔で、しきりに首を傾げているのだ。


「そちらも戻ったか。………何か気になることでもあるのか?もしや欠けでも出たか?」

「いや作戦は成功し欠員もない。

ないんだが………」


「なら何を気にしている?」


 そう問われて、黒布の荷物を肩に担いだままの男は不思議なことを言い放ったのである。


「なあ、この王子(・・)胸がある(・・・・)んだが」


 それも、かなり立派なものが。


 見れば男が抱えている荷物(・・)は、男の肩を中心に身体の前後に折り曲っていて、ちょうど小柄な人間を担いでいるような感じだった。先に戻って出迎えた男たちから見て、人間ならばちょうど背中が見えている格好だ。もちろん黒布に包まれているからそれが人間とも、背中とも断定はできないが。

 ただ王子との発言からして人間の身体なのは間違いないだろう。事実、彼ら別働隊はとある宿を強襲して人をひとり拐ってきたところだった。


「なん、だと…?」


 だが、彼らが指示されていたのは『王子の身柄の確保』である。胸がある(・・・・)というのなら、それは王子ではないはずだ。


「確認しなかったのか」

「そんな暇もなければ余裕もあるわけないだろう。何しろ相手は勇者パーティ(・・・・・・)だぞ」

「と、とりあえず確認するぞ」


 そして男たちは周囲を警戒し、尾けられていないか確かめた上で慌ただしく木扉の鍵を開け、次々と中に滑り込んで行く。最後のひとりが油断なく辺りを見回して追手がないのを再確認し、それで扉は閉められた。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「………。」

「………。」

「………。」


 さして広くもない部屋の中は重苦しい空気で満ちていた。その場の男たちは例外なく黙り込み、ある者は椅子に座ってテーブルの上で頭を抱え、ある者は床に座り込み、またある者は石壁に寄りかかって天井を仰いでいる。


「……………どうしてこうなった」


 リーダーと思しき男、最初に拠点に戻ってきた一団を率いていた男が、ようやっと重い口を開く。


「どうもこうもない。作戦は失敗だろう」


 別のひとりが忌々しそうに応える。そして部屋の隅に置かれた粗末なソファに寝かされている少女(・・)を見やる。


 どうもこうも何も、宿への突入に際してほんの少しだけ冷静になって、王子(ターゲット)の正確な位置を探っていれば回避できた事態である。あるいは、王子が窓際に来るまで辛抱強く待っていれば。

 というか、突入のタイミングを高鐘楼襲撃グループの方に任せたのがそもそも間違いだった、と言えるかも知れない。


 そこに寝かされていたのはクレアだった。大きめのダボダボのトゥシャツにホットパンツというラフな格好をした彼女は意識を失ったままで、たわわに盛り上がった胸部がかろうじて上下しているから昏睡しているだけだと分かる。

 顔は蒼白くかすかに汗ばんで、呼吸がわずかに乱れていて、決して状態は良くはない。


「それで?どうすんだこれ?」

「死なせるわけにはいかんぞ。誰かステラリアの錠剤を持ってないか」

「待て待て、このまま目覚めさせるわけにもいかんだろ」

「だからといって放置というのも⸺」


 男たちは小声で議論する。小屋の隠し扉の先の長い石段を降りた先にある下水の点検通路、迷路のように入り組んだその点検通路の奥深くに密かに構えられた拠点(アジト)での会話だから誰かに盗み聞きされる恐れもないのだが、それでも彼らは声を落とさざるを得ない。

 何しろ彼らは誤って勇者パーティの少女魔術師を誘拐してしまったのだ。本当ならばイリュリア王国(この国)の第三王子を拐ってくるはずだったのに。

 もしも万が一このことが漏れでもしたら、まず確実に全員が極刑は免れない。事によると、いやほぼ確実に王子の誘拐よりも罪が重い。

 そして、傍らのその魔術師の少女がいつ目を覚ますかも知れないのだ。その眠りを妨げないように、かつ聞き咎められることのないように、思わず声を落とすのも無理からぬことであった。


「んぅ…」


 その時、クレアがかすかに呻いた。

 その声に一斉に男たちが反応する。


 クレアは額にかすかに汗を浮かべて、青ざめた顔に苦しげな表情を浮かべている。その顎がわずかに動いて、荒い息を吐く。少しだけ顔を左右に揺らしたところを見ると、どうやらうなされているようにも見えた。


「やはりステラリア錠剤を飲ませるべきだ」

「だが意識がないのに飲み込めるか?」

「水に溶かそう。少しずつ口に含ませればいい」

「そんな事をしていて、起きたらどうする?」

「ではあらかじめ縛って⸺」

「顔を見られるのはマズイぞ」

「なら目隠しも追加で」


「……いや、それはそれで絵面がヤバくならんか?」


 意識のないまま苦しむ少女を縛り上げ、目隠しをした上で無理やり液体を飲ませる。それもむさ苦しい、大の大人の男たちがよってたかって。


「……………。」

「……………。」

「……………。」


「いや考えたらダメだろう」

「いや考えないとダメだろう?」


 そして、男たちは少女を見下ろす。


「それにしても…………」


 デカイな。


 誰ひとり言葉にこそしなかったが、脳裏でキレイにハモっていた。そして縛ったら余計に強調されること請け合いだ。


「やっぱダメだ」

「目隠しだけにしよう」


「んん…」


 またしてもクレアが呻いて、男たちはビクリと身を震わせて押し黙る。

 騒いだつもりはなかったが、やはりうるさかっただろうか。今意識を取り戻されてしまったら、少々手荒なこともしなければならなくなってしまう。絵面がどうとか言っている場合ではなかった。


「おとうさん…」


 だが次にクレアの口から零れてきたのは、その場の誰も予想し得なかった一言だった。


「おとうさん…いやぁ…」


 どうやら夢でも見ているようだった。先ほどよりも苦悶の色合いが濃くなった顔を見れば、それが心地よい夢ではないとひと目で分かった。


「いやぁ…行かないで…」


 そこまで聞いて、男たちは顔を見合わせる。


 男たちがクレアに関して知っていることと言えば、勇者パーティの魔術師として一般的に公開されている程度の情報でしかない。

 大地の賢者の孫娘で、祖父とともに世界を旅していた少女。その祖父の推挙で勇者パーティに加入して、幼いながらも祖父譲りの高い能力と溢れんばかりの才能で将来を嘱望されている未完の大器、未来の大魔導師。


 だがそういえば、両親に関する話は聞いたことがなかった。今のうわ言からすれば、少なくとも父親に関してはあまり良い思い出を持っていなさそうだ。

 そして、この娘はそれを嫌がっている。


「ひとつ、思いついたことがある。試してもいいか」


 ひとりの男がそう切り出した。


「上手く行けば縛ることも目隠しも必要なくなる。それどころかこの娘を仲間にできる」


「なに?」

「そんな事が可能なわけないだろう?」

「寝言は寝ている時にだけ言うもんだぞ?」

「お前、いくら女好きだからって⸺」


 当然ながら誰からも賛同はなく、それどころか正気を疑われる始末だ。だが男は意に介さず「まあそう言わず聞け」と仲間たちを呼び集め、額を突き合わせて先ほどまでよりもいっそう声を小さくして、ゴニョゴニョと思いついた計画を披瀝した。


「…………本当にそんな事が可能なのか?」

「相手は幼いとはいえ魔術師だぞ?」

「そう、魔術師、それも天才だ。だが今なら魔力欠乏症で魔力抵抗(レジスト)は無いに等しい。だからこそ目があると踏んだわけだが」


「……なるほど、そういうことか」


 ようやく男たちは意図を察した。


「よし分かった、やってみろ」


 そしてリーダーの男が最終的にGOサインを出した。


「どうせダメ元だ。失敗したらしたで、それから拘束したって遅くはないだろう」


 魔力が尽きている今なら、少女ひとり制圧するなど造作もないことだ。絵面にさえ目を背ければ、だが。


 そうして言い出しっぺの男ひとりを置いて、残りの仲間たちは別室に移っていった。()の成功率を上げるためには選択肢(・・・)をひとつに絞った方がいい、という彼の言葉にリーダー以下全員が従ったわけだ。


「…………あいつ、ふたりっきりになって良からぬ事を企んだりしないだろうな?」


 ひとりがポツリと呟く。

 それにほぼ全員が驚愕の表情で応えた。


(しまった!)

(奴め、それが狙いか!)

(女癖の悪い奴だとは思っていたが、よもや人の道にまで外れようとは⸺!)

(だが、気持ちは分かる。あれほどのサイズを見せつけられてはな……)

(クッ……俺も触りたかっ)


「いや、さすがにそこは信じてやれ」


 だが、ただひとりリーダーだけは顔色ひとつ動かさず、彼の擁護をしてみせた。

 さすが人の上に立つ男、信じるべき時にはきちんと部下を信じられる出来た男であ⸺


「だがもし本当にそんな事をしでかしたりすれば、この誘拐は奴の単独犯ということにして勇者パーティに差し出してくれる」


 全っ然、信じてあげてなかった━━!!




お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。少なくとも三章終わるまでは毎日更新します。


もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!

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