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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第三章】イリュリア事変
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3-5.封魔の鈴鐘

 翌朝。

 ティルカンの最南部に聳えるイリュリアの王城の、謁見の間に蒼薔薇騎士団の姿はあった。それぞれ正装して謁見するに相応しい装いと堂々たる態度で、勇者の名に恥じない立ち居振る舞いではあったが、彼女たちの顔にはよく見ればまだ色濃く疲労が残り、ミカエラに至っては明らかに本調子には程遠い。

 だがそこに、本来いるはずの魔術師の少女の姿はない。昨晩に連れ去られてから行方不明のままである。


「ようこそおいで下された勇者どの。そして、我が息子を危ういところで救って頂いたこと、誠にかたじけない」


 壇上の玉座には深く腰を下ろした初老の男が、脇に三人の若者を従えている。イリュリア王とその王子たちである。王は壇下を見下ろし、そこに立ったままのレギーナたちに声をかけると、わざわざ立ち上がって頭を下げた。


 それは異例の対応であった。勇者とそのパーティといえば立場としては各国の王と建前上は対等の地位にあり、どちらかが相手方に従属するような関係ではない。だがそれでも国や都市を統べる王や領主に対して、その支配地においては勇者のほうが敬意を表するために跪いて謁見に臨むのが通例である。

 だがイリュリア王、壇上のジェルジュ・カストリオ・イリュリアはすでに昨夜の詳細な報告を受けており、謁見に先立って勇者パーティに対して拝跪礼は無用と伝えていた。その上で壇上からとはいえ立礼に及んだのだ。


「堅苦しい話はナシにしましょ、閣下」


 その異例の対応に対し、レギーナは何も触れなかった。通常は二度ほど固辞してみせるのが礼儀とされるところを、王の誠意を拒否することなくそのまま受け入れた。そしてその上で言い放ったのだ。


「私たちは一刻も早くクレアを助け出さないといけないの。貴方の可愛い末息子の代わりに拐われた、蒼薔薇騎士団(うち)の可愛い末妹(クレア)をね」


 そう。昨夜の押し込みが狙ったのはティルカン王子だったのだ。奴らは魔術灯が消えたその一瞬を突いて突入したまではよかったが、一行の中で比較的背格好が似ていたクレアを薄暗がりの中取り違えたのである。

 クレアがすでに部屋着に着替えていて、しかもそれがトゥシャツにホットパンツという一見して庶民の少年のようなラフな恰好であったこと、さらに髪も後頭部で縛っていてシルエット上は少年のように見えたこと、そのあたりが取り違えの原因だったのだろう。おそらくは窓越しに後ろ姿のシルエットだけ見て狙いを定めたのだろうが、優秀な探索者さえいれば絶対に犯さないミスとしか言いようがなかった。


 クレアがティグランと取り違えられたと判明したのは、王都ティルカンの中央広場に聳える高鐘楼の入り口扉にナイフで文が刺し止められていたことによる。その文はいわゆる犯行声明で、第三王子は預かった、無事に返して欲しくば要求を受け入れるように、という内容の脅迫が書かれていたのだ。

 それに気付いたのは早朝の鐘楼番の交代の時である。夜間の鐘楼番は押し入った何者かに護衛の警備兵ともども惨殺されており、夜の間に高鐘楼は何者かに占拠されていたことも合わせて判明したという。

 つまり賊は〈雄鷹の王冠〉亭だけでなく高鐘楼も襲っていて、あの時鳴り響いた鐘楼の音は犯行の決行の合図でもあったのだった。


 その犯行声明文は直ちに王城に届けられ、王はすぐさま蒼薔薇騎士団の助力を得るべく彼女たちの宿泊していた〈雄鷹の王冠〉亭に急使を送った。そこで急使は勇者とともに出てきたティグランに気付いて急ぎ登城を促すとともに、大慌てで王子の無事を報せに戻ることとなる。

 そして、そこでようやくティグランの代わりに間違ってクレアが拐われたのだという結論に至ったのだった。


「その、クレア嬢のことは本当に申し訳なく思っておっての。今朝報告を受けてから我が騎士団の総力を挙げて捜索に当たらせておる。逸る気持ちは痛いほど分かるが、今しばらく⸺」

「閣下は」


 ジェルジュ王の言葉をレギーナが遮る。本来の彼女ならば絶対にしない非礼である。


「この私に、虚仮にされた上に、手をこまねいていろと?」


「いっいや、決してそのような事を申すつもりはなく⸺」

「閣下の次代の後継争いに関わるつもりなんてないけれど、この私がやられっ放しで終わるなんてあり得ないわ!クレアを拐った奴らがどこの陣営だろうと、そいつらだけは私たちの獲物ですから手出し無用に願います」


 顔を上げて胸を張って傲然と、レギーナは言い放つ。顔はまだ青白く、なんなら目の下に少し隈ができてはいるものの、その目に強い怒りが漲っていてジェルジュ王は思わず気圧された。

 その周りに立つ三人の王子たちも一様に怯んだ様子を見せるが、レギーナはそれには一瞥もしない。


「う、うむ……」


「ちゅうことで、出すモン出してもらいますけん」


 普段は謁見の場ではレギーナの後ろでほとんど発言しないミカエラまでが、一歩前へ出て王に非礼を働く。その全身から言い表しようもない怒気だか邪気だかよくわからんものを感じ取って、今度こそ王は小さく悲鳴を上げた。


「ぅわ、分かった。できる限りの協力は致す。なんならこの者らに好きなだけ尋問頂いても構わんゆえ⸺」

「それと宰相閣下に軍務大臣閣下も。他に関係者のおるとやったら全員呼んでもらえますかいね?洗いざらい聞かな(聞かないと)ならん(いけない)けんが(から)

「ももも勿論じゃとも!のうお前たち!」

「「「はっはい喜んで!」」」


 いくらミカエラが恐ろしげだとはいえ、ちょっとビビりすぎではないかと思えなくもない王と王子たち。

 なおイリュリアは地位としては連邦国であるイリシャの一構成国に過ぎず、ジェルジュ王も立場としてはイリシャの貴族の扱いになるので敬称は「閣下」である。


 ということで王太子ダビットは慌てて関係者を呼び集めにその場を辞去していき、蒼薔薇騎士団も形ばかりの礼のあと謁見の間を後にして行った。


「………………お前たち」

「「はい」」

「くれぐれも、勇者様だけは怒らせんようにな」

「肝に銘じます」

「皆様、あの瞬間まではとてもお優しい方々でしたけどね……」


 残されたジェルジュ王とペトロス第二王子、ティグラン第三王子は互いに顔を見合わせて、死地を逃れたかのようにホッと息をつくのであった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「まず聞きたいのは、あの霊遺物(アーティファクト)についてよ」


 集まった面々を前にして、会議室の丸テーブルに片手をついてやや前のめりになりながらレギーナはそう切り出した。


「あんなもの、個人や多少の組織で用意できたとは思えない。国宝級だと思うんだけど?」


「いかにも、あれは我がイリュリアの誇る防衛機構にござる」


 レギーナの正面、椅子に座ったまま宰相が重い口を開いた。


「防衛機構ですって?」

「さよう。しかしながらあれは国家機密でしてな……」


 王城の会議室に集められたのは宰相、騎士団長、戦士団長、親衛隊長、それに軍務大臣とティルカン市長。それら国家の重臣たちが蒼薔薇騎士団と向かい合う形でテーブルを挟んで相対している。

 宰相の口ぶりは重い。自分の一存で明かしていいものやら迷っているようだ。


「それは余の方から説明させて頂こうか」


 扉が開くと同時に声がして、その場の全員が声のした方を振り返ると、ジェルジュ王が入ってきたところだった。



 例の霊遺物は『封魔の鈴鐘(りんしょう)』というらしい。魔力を流しつつ鳴らすことで、音の響く範囲内の全ての魔力を無効化する効果があるという。ある程度離れていれば魔術を封じられるだけで済むのだが、近付けば近付くほど霊力を含めた全ての魔力を封じられてしまい、至近にいれば生命に関わることさえある。しかもその影響は霊力の高い者ほど顕著になるという。

 そして、封魔の鈴鐘があるのは街の中央広場にそびえ立つ高鐘楼の上であり、〈雄鷹の王冠〉亭もまた中央広場に面した位置にあった。つまりレギーナたちは鈴鐘のほぼ真下でモロに影響を受けてしまったわけである。

 ちなみに鈴鐘は、普段は単に夜明けと昼の入りと日没を報せる時報としてしか使われていないという。魔力さえ流さなければ普通の鈴鐘と変わりなく、だから一般的には霊遺物ではなく、ただの鈴鐘として周知されている、ということだった。


「魔力を流さなければ発動しないのに、発動させたら魔力を停められるわけ?」

「さよう。ゆえに発動させる者は霊力なき者に限られる」

「でもそれじゃ発動できないんじゃ」

「魔力の発生源は問わぬゆえ、魔鉱石でも持っておればそれで良いのです」


「……なるほど。霊力ナシの人間なら影響も最小限やから鳴らし続けることもできる、ちゅうわけや」

「その通りじゃミカエラ殿。まあさすがに霊力のない者でも戦闘行動までは難しかろうが、身体を動かす程度なら、の」


 つまり、霊力の高いレギーナやミカエラのような者たちは鈴鐘の影響下では気絶したり生命の危機に晒されるが、霊力のない、つまり魔術を使えない者ならば気も失わないし身体もある程度動かせる。そうジェルジュ王は言っているわけだ。

 確かにあの時、最初に動けたのは一行でもっとも霊力の少ないアルベルトだった。その次に霊力の低いヴィオレは気絶もせず倒れることもなかった。ふたりとも多少なりとも霊力があるから苦しみはしたものの、それでも瞬間的に気絶したレギーナや昏倒したミカエラほど重篤ではなかった。


「音響の範囲はいかほどかしら、閣下」

「そうさな、このティルカン市街の大半は包み込めるであろうの」

「範囲内では魔術が使えんごと(ように)なって……」

「範囲外からの魔術投射も影響範囲に入った時点で無効化される、ということね」

「そういう事なら対魔術防御としては完璧、やけど……」

「でもそれじゃこの国の騎士も魔術師も全部役立たずよね?」

「いかにも。それゆえ、この国には霊力のない者を集めた“戦士団”が別途組織されておりまする」


 国王とレギーナ、ミカエラのやり取りを最後は軍務大臣が引き取った。

 つまりイリュリア側には封魔の鈴鐘を発動させても用いることができる戦力がある、ということ。そして戦士団として組織している以上、魔力の停滞下でもある程度動けるように訓練もしていることだろう。

 もしもそれを知らずにイリュリアへ、このティルカンに攻め込んだ勢力があったとしても、戦士団さえ健在ならば首都の防衛は容易だろう。市民への影響は鈴鐘の至近から避難させるだけで済むわけで、確かにそれは鉄壁の防御だと言えた。


 だが、今回そんな国家機密の国宝を賊に奪われてしまったわけで。


「それが今回幸いじゃったのは、鈴鐘は奪われてはおらなんだ」


 どこか安堵するように王が告げた。

 そう。賊は警護の騎士や鈴鐘番の担当職員たちを殺して高鐘楼を占拠したものの、鈴鐘を鳴らして発動させただけで奪うことをしなかったのだ。

 おそらく賊は高鐘楼と〈雄鷹の王冠〉亭の二手に別れて、まず高鐘楼を占拠、鈴鐘を鳴らして発動させた時点で宿のレギーナたちを襲撃、ティグラン王子を素早く確保したのち撤収した。その手はずだったから鐘楼襲撃グループが鐘楼の入口扉に犯行声明文を残せたわけだ。

 ただ、犯人たちはよく確認せずにティグラン王子とクレアを取り違えてしまった。そのため王子は無事で王宮におり、賊は目的を達成できていないということになる。


 そしてわざわざ鐘楼を占拠して鈴鐘を発動させた意味を考えれば、ティグラン王子を保護した冒険者パーティの無力化にあることは明白だ。それが蒼薔薇騎士団だと分かっていたかは定かではないが、安全かつ確実に目的を遂行するためにわざわざそこまで手を打ったのだろう。

 だとすれば、本来の目的を達成するために賊が再び鐘楼を襲ってくることも充分考えられる。


「そう。じゃあ高鐘楼さえ守りきればもうアレ(・・)を食らうことはないってわけね」


 あの厄介な霊遺物さえ発動しないのならばいくらでもやりようはある。魔力さえ奪われなければ勇者パーティの絶対的優位は揺らがない。鐘楼を再び襲うことが予測されるのであれば、今度こそ充分な戦力で守ればいいだけだ。


「鐘楼の防衛には、しばらく戦士団を重点的に当たらせるとお約束いたそう。今度は必ずや守り切ってみせまするぞ」


 戦士団長が胸を叩いて自信満々に請け負う。


「ほんならあとは、奴らがどこさい潜んどるか、やな」


 拳を掌で包み込みつつ、ゴキリと鳴らしてミカエラが呟く。

 いやお怒りはごもっともですが抑えましょう。国王はじめ目の前の皆さんが怯えてますんで。


「ヴィオレ」

「ええ、任されたわ」


 レギーナが一言言えば、彼女は心得ているとばかりに一言返して、そのまま部屋を出て行った。あとは彼女が賊の規模やアジトなどきっちり調べ上げてくるだろう。




「鈴鐘」というのはよく教会などにあるような、ベルの大きなやつだと思ってもらって構いません。下から紐などで引っ張って鳴らすアレです。

最初は「梵鐘」にしてたんですが、西洋風世界でそれはなんかちょっと違うな、と思いまして。



お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。


もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!



【追記】

会議室に集められた首脳部に戦士団長を追加しました。それに伴い騎士団長の台詞にしていた「鐘楼の防衛に戦士団を配置する」の言葉を戦士団長の台詞に変更しました。

(2022.4.23)

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