2-20.ラグシウム最後の1日(2)
ラグシウムでの最後のエピソード、アルベルトとクレアのデート(?)です。
まあ色っぽい感じにはなりませんけども。
魔道具に関する説明を挟みます。
「あの人だかりは、きっとレギーナさんたちだね」
「ひめたちみんな綺麗で目立つから、注目されるもの…」
そして一目瞭然の人だかりを眺めながら観光街ではなく中心街を目指している親子連れ……じゃなかったクレアとアルベルトである。ふたりは連れ立ってアプローズ号の改装でも世話になっている魔道具の工房を目指していた。
なお例の雨よけステッキはミカエラが持って行ったので、ふたりは雨具を着用している。西方世界で一般的なフード付きのポンチョタイプで、水が染み込まないように溶かした油脂をしっかり吸わせた撥水性抜群の布製の雨具だ。
まあステッキが残っていたところで、ふたりとも[水膜]が張れないから使えないのだが。
ちなみに今日のクレアは襟にフリルの付いた白いブラウスに赤いフレアスカートで、スカートは臑まであるやや長めのものを履いている。足元は雨に合わせて防水加工を施したレインブーツで、肩から紐の長い小さなポシェットを提げていた。
まあポシェットをたすき掛けにしているものだから、そんな清楚な出で立ちでも戦闘力が半端ないのだが。
しばらく歩いてふたりは目的の工房にたどり着き、店舗になっている表側から店に入る。
「おお、これはようこそいらっしゃいました。改装ならば既に終えましたので商工ギルドの工房の方へお越し頂ければ」
「ああ、いやいや。製品の魔道具を見せてもらおうと思いまして」
出迎えたのはアルベルトにも会っている工房の職人だった。工房の直売所なので店員などはおらずに職人が直接商いに立っているのだ。
「左様でございましたか。ではどのような物をお探しで」
「クレアちゃん、なんか見たいものある?」
「んーと、巻物か、魔道書…」
こんな街中の生活魔道具の工房にそんなもんがあると思ってるのかこの小娘は。
⸺訂正。そういう戦闘用の魔道具なら武器商会か魔術師ギルドを直接当たって下さい。
「えっと、じゃあ、装身具か…」
「相すいません、ですから戦闘系の魔道具はこちらではお取り扱いしておりませんで」
「だったら、何か小道具があったら…」
装身具、小道具というのも魔道具の一種である。巻物や魔道書が攻撃魔術の術式を記した戦闘用魔道具で、装身具は主に防御系の術式を付与されたものになる。
頭冠や腕輪、指輪などといったものの総称が装身具であり、指輪は攻撃系魔術を付与されていることが多いがその他は身を守る防具として扱われる。王侯貴族の姫君などが公の場で身につけている頭冠などはほぼ例外なく魔道具だと考えていいだろう。
ただしそういった戦闘用の魔道具は一般的には街中ではおいそれと買い求められるものではない。基本的には魔道具ギルドもしくは魔術師ギルドで取り扱うものであり、武器商会は持ち込みがあった場合にのみ取り扱う。持ち込まれても店頭に並べずに魔術師ギルドに持って行って換金することも多いのだ。
そして小道具というのがいわゆる「その他の魔道具」である。生活に役立つものから贈答用、あるいは玩具、はたまた実用性の薄い飾り物まで多種多様である。
一般的によく目にするのは砂振り子や魔術灯などの生活小道具だが、魔道具としての小道具と言われて思い浮かぶのは自鳴箱であろうか。規則的に穴を開けた金属製の円盤を中に挿入し、仕込まれた魔鉱石の魔力によって円盤を回転させることで自動的に音楽を奏でる小さな箱である。多くは小砂振り子を内蔵していて、小12回ごと、つまり特大1回ごとに時報も鳴らせる仕組みになっている。
高いものから安いものまで多くの種類があるが、あくまでも音楽を聴く用途がメインのため庶民で砂振り子代わりにこれを購入する人はほとんどおらず、たいていは富裕層の観賞用か男性が意中の女性への贈り物にする場合が多い。
「自鳴箱であれば当工房でも製作しておりますし、いくつか在庫もございますが」
「いらない…」
長々と説明したのに一言で却下ですかクレアさん。
「じゃあ、どんなのがあったら欲しいのかな?」
「んーとね、」
「うん」
「なんか、珍しいの」
いやだから、具体的に何かを聞いてるんですけどね?
「では、羅針盤などは……」
「持ってる」
「そ、それでは絹刺繍などは……」
「それはただの、お土産?」
「で、ではマーブル紙などは……」
「それもお土産だし、フローレンティアで買えるし…」
絹刺繍とは絹の布一面に精緻な刺繍を施した布地のことで、ここラグシウムの主要な特産工芸品である。ハンカチやスカーフなどに加工されて売られており、富裕層には人気の品だが魔道具ではない。
そしてマーブル紙とは本の装丁などに用いられる特殊な模様で染められた紙のことで、染める際には魔術が用いられるが魔道具という程ではない。というかマーブル紙単品で持っていても使いどころはなく、せいぜい鑑賞するしか用がない。
どちらも工芸品としてはよく知られているが、クレアのお眼鏡に適わないのも当然である。そもそもマーブル紙に至ってはラグシウムだけでなく各所で作られていて、本場はフローレンティアだったりする。
「もっとこう、他に『これだ!』っていうの、ありませんか?」
たまりかねてアルベルトが口を挟む。どんどんガッカリしていくクレアが少し可哀想で、目を白黒させる職人が哀れで、どちらも見ていられない。
「えーと、えーっと………………そうだ!」
一生懸命頭を悩ませている職人が、不意に何か思い出した顔をする。
「組木箱というのがありますよ!」
「「組木箱?」」
職人が言うには、最近開発された魔道具があるという。手に乗るサイズの寄木造りの小箱で、魔術の術式が組み込まれていて特殊な開け方をするのだそうだ。ただしこの工房では作っておらず、他所の工房に行かなければならないという。
クレアがそれに興味を示したので、アルベルトはそれを作っている工房を教えてもらって彼女と行ってみることにした。
そうして訪れた工房で出てきたのは、細長い木のブロックを幾重にも複雑に組み合わせて紋様を作り出してある小箱だった。
「こちらが、我がゴルニエ工房で開発致しました特製の“組木箱”でございます」
「これ、どうやって開けるんですか?」
アルベルトが応対に出た職人に問う。綺麗な模様の飾り箱なのは分かるが、どこを触っても全く開かない。まるで箱ではなく組木の塊としか思えない。
「かかっておるのは[施錠]の術式ですが、詠唱ではなく触れる手順がトリガーになっておりましてな。ほれ、このように」
職人は慣れた様子で細い組木の一本だけをスライドさせる。するとそれがずれ、そのずれて空いた少しの隙間にまた別の組木がスライドする。そうして何回もずらしていって、あるところで職人が上面全体を横にずらす。
「開いた…!」
組木の塊ではなく確かに“箱”であった。蓋がスライドして開いた中身はフェルトが裏打ちされた小さな空間。アクセサリーなどの小物を収納するのにピッタリな感じだ。解錠の手順を知っていなければ開けられないので隠したいものも入れておけ、しかも飾り組木なので閉めたままでも箱自体が目を楽しませる。
「今お見せしているのが“赤の組木箱”になります」
「…赤の?」
「お客様にお喜び頂けるよう、五属性それぞれに対応したものを作りましてね。こちらが“黒”、それから“青”、“黄”、そして“白”でございます」
なんと職人は次々と新しい箱を持ち出してきた。確かに最初の箱は組木の色合いが赤っぽく、後で出してきた箱はそれぞれの属性の色合いに合わせて染めてある。それに組木の形も模様もそれぞれ全く違う。
「すべて開け方の手順が違いましてな。文字通り『自分だけの箱』になるというわけです」
「へえ、これは面白いなあ。ねえクレアちゃ……」
同意を求めるまでもなく、彼女の目が好奇心に輝いている。
「そんなに気に入ったなら、買ってあげようか?」
「…いいの?」
「もちろん」
というわけでお買上げ。そしてプレゼントされたクレアは静かに、だが全身を喜びに震わせている。珍しいものが手に入ったというだけでなく、アルベルトからのプレゼントというのが効いているのだろう。
「ありがとう」
喜ぶだけでなく、きちんとお礼を言えるあたりが良い子であった。
そして彼女は早速開け方のレクチャーを受けている。これを覚えなければ買って帰っても開けられないため、一生懸命職人の説明に食いついていた。
「これ、各属性ごとにあるのなら、レギーナさんたちにもひとつずつ買って行った方がいいかな?」
「んと、喜ぶと思う…」
実はクレアの同意がなくとも買って行くつもりだったアルベルトである。ただ4つの箱の開け方を覚えるのが大変で、取扱説明書みたいなものはないのかと聞いてもないと言われてしまったので、やむなく自分で一生懸命メモに書き留めたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、いくつか本屋も巡ったがクレアの気に入るような本はなかなか見つからず、陽神が西に傾き始める時間帯になって早々に宿に戻ることにしたアルベルトとクレアである。
まあクレアが欲しがる本なんて魔術書の類なので、普通の本屋に置いてあるはずもないのだが。それでも道中の暇つぶしにでもなればと、ふたりは何冊かの物語や詩集などを買い込んでいた。
雨はいつの間にか上がっていたので、ふたりとももう雨具を身に着けてはいない。
観光街の方を見ると、さほど離れていない位置に人だかりができている。きっとレギーナたちも宿へ戻ろうとしているのだろう。
せっかくなので合流することにして、ふたりはそちらの方へと足を向けた。
案の定、人だかりの中心にいたのは彼女たちだった。
「あら、あなたたちも出かけてたの?」
「うん。実は魔道具の工房でちょっと面白いものを見つけてね」
そう言いつつアルベルトは例の組木箱を取り出して全員に配る。
「あら、綺麗な組木の小箱ねえ」
「なんこれ開かんやん」
黒い小箱を渡されたヴィオレが目を細め、青い小箱を渡されたミカエラがビクともしない小箱に訝しむ。
「ええとね、開けるための手順があってね」
「ああ、細工箱なのね」
「なんなんもう面倒くさかあ!」
「なにこれ意味分かんない。もっと簡単に開けられる方が楽じゃない」
口々に文句を言いながらも、レギーナとミカエラは開けるのに夢中になっている。だがヴィオレは以前にも似たようなものを見たことがあるのか、少し説明を聞いただけで開け方をマスターしてしまったようだ。それを見て若いふたりもアルベルトに手順を聞き直し、そして次々に箱を開けた。
「おー。中は良いごと綺麗か作りになっとるんやね」
「アクセサリーボックスにするのにちょうどいい感じね」
ミカエラの青い小箱の中は上下二段に分けられたトレーの仕様、ヴィオレの黒い小箱の中は小さく仕切られたピルケースになっている。どうやら箱の中仕切りも様々に種類があるようだ。
なるほど、外箱と中の仕切りが自由に組み合わせられるのなら、確かに『自分だけの小箱』が出来上がるだろう。
「レギーナさんのはどうだった?」
「……まあ、可もなく不可もなくってところね」
彼女の手の中の黄色い小箱は、長辺に沿って4つの細長い小部屋が並んでいた。ネックレスを収納する専用箱に出来そうだ。
「まあ、せっかく買ってきてくれたし、ありがたく頂いておくわね」
「こら嬉しかねえ。ちょうどアクセサリーば買い足してきたとこやけん、タイミングの良かったばい」
「見た目にも綺麗だし、眺めるだけでも楽しめるわね」
確かに彼女たちの手には各々小ぶりな紙袋が下がっている。服を買ったにしては小さすぎるし、上質紙の仕立てのいい紙袋なので宝飾品の店で買い物をしたのだとすぐ分かる。
組木箱はどうやら概ね好評のようで、ホッと胸をなでおろすアルベルトである。
そうして一行は揃って宿へ戻り、豪勢でなおかつ量控えめの海の幸を堪能し、雨が上がって星空の見え始めたバルコニーで露天風呂も堪能した。当然ながら彼女たちの入浴時はアルベルトは部屋を追い出されていて、彼はその時間を利用して宿の大浴場で自分も入浴を済ませた。
その後は風呂上がりの運動とばかりに彼女たちは広い宿内や庭園を散策して火照った身体を冷まし、部屋でひとしきり談笑したあとそれぞれの床につく。
こうして、ラグシウム最後の夜は更けていったのだった。
これにて二章完結とします。
二章は本来は東方世界にたどり着くまでを予定してましたが、旅はまだまだ長いしこのあと大きなエピソードが2つ入りますので、それぞれを章立てて独立させることにしました。
次回からまた幕間をいくつか挟んで、そして三章へ入ります。
三章では蒼薔薇騎士団が大きなトラブルに巻き込まれます。ちょっと気合い入れたんで、読み応えのあるエピソードになったと自負しています。よろしくお願いします。
お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。
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