2-19.ラグシウム最後の1日(1)
またまた前後編です。ラグシウムで最後のエピソードになります。まあ大した内容でもありませんが。
後編は明日。
一応ファッション回でもあるということで。
拙作『わたくしの望みはただひとつ!』と同一世界の物語ということで、シリーズ管理することにしました。よろしくお願いします。
〈女神の真珠〉亭から〈人魚の涙〉亭への宿替えは滞りなく完了した。
コテージ連泊ということで衣類や食材を始め結構な荷物をアプローズ号からコテージに移していて、しかも手元にアプローズ号がない状態ではあったが、そこは〈女神の真珠〉亭が運搬用に脚竜車を出してくれたので事なきを得た。
ただし蒼薔薇騎士団の乙女たちは全員が徒歩移動である。さすがにクレアさえもスズの背に乗るアルベルトにくっついて行かずに徒歩を選択し、ケーキの脅威がどれほどあったものか如実に見せつける結果となった。
なお〈女神の真珠〉亭は結局今日も蒼薔薇騎士団以外の宿泊客はなかったようで、彼女たちがチェックアウトしたので今後しばらくは暇になるらしい。
まあ、ラグシウムのシーズンはまだもう少し先である。雨季が明ける頃にはきっと宿泊客で連日賑わうことだろう。
「ようこそおいで下さいました。従業員一同、お待ち申し上げておりました」
〈人魚の涙〉亭の支配人が満面の笑みで出迎えてくれる。あらかじめ〈女神の真珠〉亭から連絡が行っていて、それで準備万端整えていてくれた。
チェックインを済ませ、脚竜車で荷物を運んでくれた〈女神の真珠〉亭の従業員と〈人魚の涙〉亭の従業員が協力して一等室に荷物を運び入れ、彼女たちも部屋に入って居間に腰を落ち着ける。「それでは、ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」と言い残して従業員が退去したあと、居間には沈黙が訪れた。
なおこの一等室は三階建ての最上階の半分を占めている。4人用寝室、2人用寝室のほか居間とバス、トイレ、専用の広いバルコニーとその一角には露天風呂まで付いていて、そのバルコニーからはラグシウムのビーチとその向こうの青海が一望できる。
宿自体が市街地の奥まった高台に位置していて、昼はビーチと青海を見下ろし、夜は晴れていれば露天風呂から満天の星空を独占できる。“ラグシウムで一番の絶景宿”の看板に偽りは無かった。
「……このあと、どうする?」
「どげんしょっかね」
「外は雨、なのよねえ……」
そうなのだ。彼女たちとしては特にやる事もなく、身体を動かしてカロリーを消費したいところなのだが、昼から雨が降り出してきていて外に出るのもままならない。せめて雨さえ止んでくれれば、坂の多いこの街を散策するだけでも結構な運動になろうかというところなのだが。
とはいえ時刻はまだ昼下がり。ラグシウム最終日の昼ともなれば部屋に籠ったままというのももったいない。
「こうしてたって仕方ないわ。雨でも外に出ましょ!」
意を決したように言ってレギーナが立ち上がる。黄加護なだけに1ヶ所にじっとしているのは苦手で、気の向くままにどこへでも行きたがるのが彼女の特徴だ。
「そらまあウチは構わんばってん」
そう言いつつミカエラも立ち上がる。青加護で、元々雨を苦にしない彼女は雨の中の散歩も好む。
「まあ、その方が多少なりとも運動にはなるかしらね」
黒加護で雨は好きでも嫌いでもないヴィオレは正直どちらでも良さそう。ただしアルベルトの手料理に一番危機感を持っているのは彼女であり、雨を押してでも外出することに否やはない。
「クレアは…いい…」
なのにクレアが渋っている。彼女は赤加護で、赤加護というのは本来は活発で活動的で考えるよりもまず動くタイプが多いのだが、彼女はどうもものぐさなインドア派で赤加護らしくない。
「なんでよ。若いからって舐めてると痛い目見るわよ?」
「うごいたら、お腹すくもん…」
「ぐっ……!」
ぐうの音も出ない正論である。
いやまあぐうの音なら今出たが。
「んーまあ、食べたらその分動けばいいんだけどね。そうしてお腹が空けばまた食べれば⸺」
「あんたの意見は聞いてないわよ!」
悪魔の甘言に耳を貸すつもりはないレギーナである。
まあ実際、アルベルトの言うとおりにしたところで身につくのは筋肉であって、彼女たちの求める理想のプロポーションではない。
「もういいから!出かけるわよ!」
もろもろ振り切ってレギーナは出かけようとする。
「いや姫ちゃんて。最低でもどこ行くかぐらい決めんと」
「そんなのは歩きながら決めればいいでしょ!」
「観光市街地までは少し距離があるから構わないけれど、貴女らしくないわよ、レギーナ」
「じゃあ俺もお供す…」
「あんたはついて来んな!」
やや言い争いみたいになりながらも、慌ただしく準備を整えて彼女たちは出て行った。すげなく振られて呆然とするアルベルトを残して。
「おとうさん、そっとしといてあげて…」
立ち尽くす彼の服の裾を、クレアが小さな手でくい、と引いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「とは言うものの、どこさい行こうかねえ」
「闇雲に歩くだけ、っていうのもねえ」
「……。」
「まあこういう気分の時は、ショッピングに限るわね」
「そやねえ。遊覧船はもう乗ったし、ビーチも雨やったら楽しめんし」
ミカエラの持つ[水膜]の傘で雨を避けつつ三人は歩く。
眼下に見下ろす坂道の先に見えるビーチには、ミカエラの言葉どおり人っ子ひとり見えない。ただでさえ寒い海に雨まで降っていては人がいるはずもない。
一方で右手に見える“真珠”の街並みには、この雨の中でもそれなりに人通りがあるのが見て取れる。
「ショッピング、ねえ……」
「まあ明日には発つわけやし、ショッピングで発散するとも良かっちゃない?」
正直レギーナとしては買いたいものも特にないのだが、ただ目的もなく歩き回るのは彼女としても辛いものがある。黄加護は一見するとあてもなくフラフラ出歩く印象があるが、その実本人にはきちんと目的や行き先があって計画に沿って動いている場合が多い。それを誰にも言わずいきなり行動に移すから突拍子もなく見えるだけなのだ。
「じゃあ、まあそれでいいけど。だったらどこ行くの?何買うの?」
「ウチは何となくやけど、服とかアクセサリーとか見たかねえ」
「だったらあちらの方に店が並んでたわよ」
レギーナの問いにミカエラが応え、それにヴィオレが選択肢を示す。この三人のいつものパターンである。ちなみにクレアは大抵の場合黙ってついて行くだけだ。
ということで、大雑把ながらも彼女たちの行動は決まった。そうして三人はヴィオレの示した観光街の方へと歩いて行った。
一方の居残り組。こちらはやる事もなく居間に残ったままアルベルトの淹れたお茶など飲んでいる。
クレアはだらしなくソファに寝そべり、アルベルトはその隣で所在なげに座っている。まあ彼としてもこの年頃の娘さんと二人きりのシチュエーションなんて経験した事がないので、何をどうしていいものやら分からずに迂闊に動けない。
「クレアちゃんは一緒に行かなくて良かったの?」
「いい…どうせショッピングで歩き回るだけだもん…」
お姉様方?最年少に行動パターン読まれてますよ?
「うーん、ショッピングもみんなで行けば楽しいんじゃないかな?」
普段ショッピングなんて行きもしない男が気を使って言ってみる。
「行く先々でどうせ買うから、今はいい…」
ものぐさな13歳はにべもない。
「それに、クレアはおとうさんと一緒がいい」
だからね、その人はあなたのお父さんじゃないんですってば。
「うーん…」
困り果てて思案顔のアルベルト。彼は自分がこういう突発的に何もすることがなくなった場合の暇つぶしの方法を考えてみた。
彼はもちろん服やアクセなどを買い回る趣味はない。武器や防具を見て回ったり手入れしたりするのは好きだが、それだと彼女をひとり取り残してしまうのでそれは良くないだろう。宿内を散策するのはおそらく外出組が帰ってきて晩食後や夜の入浴前にやるだろうから、それも却下。
「じゃあ……」
おずおずと彼は口を開く。
「本屋とか、魔道具工房とか見て回る?」
ソファにだらんとうつ伏せに寝そべっていた魔術師の少女が、勢い良く上体を起こした。
「行く!」
そして意外にも食いついたのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ。本日はどういったものをお探しで⸺」
「勝手に見てるからいいわ。ほっといて」
買い物に来といて店員を寄せ付けないレギーナである。まあ服を見に来て店員に付きまとわれるほどウザいものもないので気持ちは分からなくもないが。
「ですが、その、勇者様……」
だが店員も引き下がらない。
「なによ?」
「勇者様のご来店という栄誉を賜りました以上、私どもがお相手を致しませんと、その、世間様に何を言われるか……」
もっともな言い分である。レギーナたちも四泊目に入っていてラグシウム市民にも観光客にも勇者パーティが滞在しているのが知れ渡っており、彼女たちはどこに行っても必ず誰かの目に止まる。その勇者パーティがせっかく来店したというのに相手もしなかったなどと噂を立てられては、店の存続すら危うくなるのだ。
「店員さんもお仕事やけんねえ。まあ後ろで控えとってくれたらよかばい。聞きたいことのあったらこっちから声かけますけん」
「要らないって言ってるのに」
「あまりワガママを言うものでなくてよレギーナ。どうせ試着や在庫確認で呼ぶことになるのだし」
ワガママ姫様は二人がかりで説得されて、渋々折れた模様である。
というかまあ、レギーナ的にはあまり機嫌がよくないのを自覚しているので、うっかり八つ当たりしないよう遠ざけたかっただけなのだが。
本日のレギーナは淡い空色のワンピースに濃いめの水色のベストを合わせ、足元は紺のヒールの低いミュールを履いていて全体が青系で統一されている。足の爪に塗ったペディキュアまで青である。
外出の目的がショッピング、というかそもそも歩き回ってカロリーを消費したかっただけなので、今日はドゥリンダナもコルタールも持ち出していない。なので今日の彼女は清楚で瀟洒なお嬢様の装いである。
ミカエラは白のブラウスに亜麻色のスカートを合わせ、草色の麻の上衣を羽織っている。足元は雨模様に合わせて油脂を塗り込めた防水性の白い布靴を履いている。これは靴底に弾樹脂を用いた最新式の高価なもので、富裕層に人気のトレンド品でもある。
全体的にややフォーマルな出で立ちだが、靴と上衣でやや砕けた雰囲気を出していて彼女によく似合っている。
ヴィオレは今日は白のブラウスに黒い上衣、それに黒褐色の膝上丈スカートでいつも通りにカッチリとしたフォーマルな装い。スカートはややタイトな作りでサイドに浅くスリットが入っていて、一見するとスーツのように見えなくもない。それに合わせて足元も平底靴をチョイスしていて、しかもこれは蜜蝋を塗り込んだ雨仕様である。
今日のブラウスは女物を着ていて、胸元まで大きくボタンを開けていて何ともセクシーに決めている。ついでに言うと横に長い楕円形の伊達眼鏡も標準装備だ。
そんな彼女たちはさっそく市民や観光客に見つかっていて、あちらこちらから「はぁ……なんてお美しい」「さすが何をお召しになられてもよく似合う」「今日はあのおっさんは一緒じゃないのか?」「よく分からんがもう用済みになったんだろ」などと密やかな囁きが聞こえてくる。
いやまあ聞こえてくる時点で密やかもへったくれもないのだが。というか勝手な憶測も飛んでいる気がしないでもないが。
「ねえ、もっと仕立てのいい服ないの?」
「は、大変申し訳ありません。そちらに並んでおりますのが当店で一番上質な品揃えでして」
「じゃあいいわ。悪いけど他を当たるわね」
「すんまっせんな店員さん、なんか冷やかしただけで申し訳なかばってん」
取り巻きなど一切意に介さず、欲しい服がないと分かった時点でレギーナはさっさと店を出て行く。ミカエラもヴィオレも同意見だったようで彼女の後に続く。
そうして彼女たちは次々と店を回って、取り巻きたちもゾロゾロと後に続いて行く。見る人が見れば街のどこに彼女たちがいるのか一目瞭然である。
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