2-18.蒼薔薇騎士団、完全敗北
まあなんとなくお気付きの方もおられるかも知れませんが、グルメ回です。
例によって想像しながらお楽しみ下さい。
「で?これいつ完成するの?」
「はい、早ければ本日中に、遅くとも明日の朝のうちには」
左側保管庫の蓋をパカパカ開けたり閉めたりしながらレギーナが質問し、職人たちが畏まって受け答えする。
「そう。じゃあ明日の昼には車両を受け取って出発できるわね」
「それじゃ、この後お昼を食べてからチェックアウトと宿替えだね」
「宿替え?なんで?」
「あらレギーナ忘れたのかしら?〈人魚の涙〉亭にも泊まるって決めたじゃない」
「あ、そっか。そうだったわね」
「ひめ…忘れちゃダメ…」
「ところで支部長さん。契約書の書面は準備できたとかいな?」
「はい、正確な費用も算出致しまして準備を整えております。事務所の方へご案内致しましょう」
そうしてミカエラは商工ギルド支部長について事務所へと向かい、アルベルトはあらかじめ商工ギルドに購入依頼していた冷蔵箱を担いで使いたい食材を回収するため車内へと戻っていく。ヴィオレは再び車内各所の鍵を確認して回る。
そしてレギーナとクレアはみんなが戻ってくるのを暇そうに待つのであった。
商工ギルドを退出した時には雨は一旦止んでいて、でも空模様は怪しいままだ。再び降り出す前にさっさと〈女神の真珠〉亭に戻った方がいいだろう。
ということでレギーナ、ミカエラ、ヴィオレは徒歩、アルベルトはスズの背の鞍上の人である。
そしてアルベルトの後ろに何故かクレアがちょこんと座ってその背に抱きついている。いやまあ何故かって言うまでもなさそうな気はするし、誂えた鞍は二人乗り可能な作りになっていたから全然問題ないのだが。
……問題ないか?ホントに?
クレア以外の全員の顔がそう言ってないぞ?
ちなみにレギーナは「私も乗りたい」と駄々をこねなかった。彼女だけでなくミカエラもヴィオレも。
だって三人ともお腹周りが気になるのだ。今はまだ目に見える影響はないが、アルベルトの作る飯を食い続けたら絶対ヤバいと全員が既に理解していて、少しでも運動しなければという焦燥感に駆られていたのだった。
これが旅の途中でなければいくらでも鍛練の時間は取れるし、そもそも勇者パーティなんだから討伐の仕事もいくらでも回ってくるから身体を動かしてエネルギーを消費する手段には事欠かないのだが、今は移動を優先しなくてはならず鍛練もままならない。
街から街までの移動距離が短ければ鍛練の時間も作れるが、街に入ってしまえば人目があるのでそれも難しく、何よりブルナム〜サライボスナ間のように一日かけて長距離を移動する場合にはそもそも不可能である。
というわけで真剣な表情でスズに負けないようにズンズン歩いていく三人に、アルベルトは不思議そうな顔を向けていたが、彼女たちにはそれにツッコむ余裕もない。そして文句を言う根拠も正当性も薄弱なのであった。
ともあれ雨が再び降り出す前に一行は宿まで帰り着いて、今日はアルベルトの手料理で昼食である。
食べたい、でも食べたくない。けど食材を無駄にしたくないとわざわざアプローズ号から持ってきたのだからそもそもアルベルトが作るしかない。そしてそれを食べるのはレギーナたちしかいないのだ。
「ちょっとあなた、作り過ぎないでよね!作り過ぎて私たちがおかわりしたいって言っても絶対渡しちゃダメだからね!」
ということでさすがに学習したレギーナが早速アルベルトに釘を刺す。
「えっでも、美味しかったらもっと食べたくなるでしょ?」
「なるけど!なるからダメなの!」
「でっでも、美味しいものをお腹いっぱい食べられたら幸せになるでしょ?」
「なるけど!!なるからダメなの!!」
レギーナの決意は固い。
頑として、断固拒否の姿勢である。
「そうかぁ…。でも痛みそうな食材はデザートにしようと思ってたんだけど……」
「「「「……デザート!? 」」」」
乙女心に刺さりすぎるワードが出てきてしまいました。
「おいちゃん今デザートて言うた?」
「ちょっと待って聞き捨てならないわね」
「デザート…食べたい…」
「い、一応念のために仕方なく聞いてあげるけど、何のデザート作るつもりなのよ?」
問われたのでアルベルトは既に仕込み始めている手元のボウルを見せた。てかもう作り始めとるんかいっ。
「「「「食べる!! 」」」」
そして見せられた乙女たちは、いともあっさりと陥落したのであった。
アルベルトが昼食に出したのは先日食べて覚えたばかりのシーフードピッツァである。具材に自由度が利いて鮮度のいい材料が揃えられて簡単に作れてしかも美味いということで、ラグシウム滞在中に覚えたからには出てきて当然の料理だった。それもエトルリア料理なので彼女たちにも馴染みの味である。
〈女神の真珠〉亭のコテージにはオーブンはないが、移動式のピッツァ窯が借りられたのでアルベルトはそれを借りてきている。またオーブン自体はフロントに行けば宿の厨房のものを借りられる。ついでに言うとアプローズ号には調理台の下にオーブンが備え付けられているのでピッツァもバッチリ焼ける。
なおこの料理はピッツァである。ブロイスやガリオンやアルヴァイオンなどではピザと呼ばれる方が一般的だが、本場のエトルリアやマグナ・グラエキアでは断じてピッツァである。ピザなどと呼ぼうものなら必ず訂正されるので覚えておいた方がいい。
「くっ……相変わらず料理上手ね……」
「こらいかん。油断しとったら二枚目頼んでしまいそうやん」
「そもそもピッツァなんて、一枚で足りるわけないわ……」
「足らないよぅ…もっと欲しい…」
「足らない分はデザートでどうかな?」
苦しみ悶えている4人娘の元へフロントの厨房へ行っていたアルベルトが帰ってくる。その手にある大皿を見て全員が思わず悲鳴を上げた。
彼が持ってきたのはケーキだったのだ。
それもたっぷりの生クリームを使った、上に旬の果物である苺を並べた、堂々たるサイズ感の純白のホールケーキだ。
作りかけのボウルの中身を見せられた時に何となく予想はしていたが、まさかここまで美味しそうなモノが出てくるとは!
「ちょっとあんた、なんてものを……!」
「おいちゃんまさか持ってきた食材て……!?」
「えっ?卵とクリームと苺だけど?」
「では、放っておいてもいつかコレがデザートで出てきたっていうの!?」
「えっ、まあ……そうだね。ていうか今までデザートのひとつも出してなかったから、ちょっと申し訳なくてさ」
そう、今までは普通に昼食としての料理しかアルベルトは出していない。だがデザートを作れないなんて一言も言ってないのだ。
というか考えればすぐ分かることである。[調理]と[下拵え]をともにレベル5で持っていて、デザートを作れないわけがないのだ。
「えーっと、もしかして要らなかったかな?要らないのならお礼も兼ねて宿の従業員さんたちに食べてもらうけど…」
「「「「食べるわよ!! 」」」」
天下無敵の勇者パーティが一介のおっさん冒険者に完全敗北した瞬間であった。
しかもこのケーキ、切ってみてからがまた凶悪であった。一見するとなんの飾りもないただの苺のショートケーキだったのに、切り分けてみるとスポンジケーキと生クリーム+カット苺の詰まった層が交互に折り重なる重層仕立てである。
そして食べてみて初めて分かったことだが、中のカット苺はあらかじめ砂糖水で煮込んであって、スポンジケーキの生地にはチーズが練りこめられている。それが2層×3層の5層にも及ぶ手の込んだ作りで、こんなんもう美味しくないわけがない。
「「「「美味しいけど!! 」」」」
心なしか全員が泣いてる気がする。
いやもちろんアルベルトは泣いてないが。
「「「「太る!! 」」」」
蒼薔薇騎士団、ダイエット開始決定。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「くっ……食べ尽くしてしまったわ……」
悔しそうにレギーナが唸る。
「デザートまで込みで満腹になる計算なんて、なんて憎らしい……」
ヴィオレも白旗を上げている。
「美味しかった…また食べたい…」
育ち盛りの食べ盛りはまだまだ満足できないようだ。
普段は少食、のはずなのだが。
「東方の料理にエトルリア料理、このケーキに至っちゃアルヴァイオンの伝統的デザートやし。こらぁまだまだ隠し玉のあるごたるばい」
底知れぬ実力にミカエラが戦慄する。
「まさか、まだこれからも色々出てくるっていうの!?」
「だってこの分やとイヴェリアスやらブロイスやらの料理まで知っとってもおかしくなかろ?」
「それは……確かに……」
「そのうち出てくると思っておいた方がいいわね……」
実際、彼はそれらの国の料理も知っているし作れる。まだこの旅では作ってないだけなので、ほぼ確実に出てくるだろう。
ちなみにイヴェリアス王国は西方十王国のひとつ、竜頭半島の過半を占める海洋国家で、同じ西方十王国のアルヴァイオン大公国と並ぶ精強な海軍戦力を誇る国である。北海と南海のふたつの外海に面しており、海の幸の伝統料理が多い。
ブロイス帝国は北方にある軍事大国で質実剛健かつ勤勉な国民性で知られ、好まれる料理も合理的かつしっかりと加工調理されたものが好まれる傾向にある。ただそれはそれとしてブロイス国民は酒好きが多く、黒麦の変種である金麦を原料にした発酵酒を大量に飲むことでも知られている。
「楽しみ…」
「楽しんどる場合やなかろうもんて!」
「いやいや、レパートリー自体はそんなに多くはないよ?」
などと犯人は供述しているが、もちろん誰ひとりとして信じない。まあ冷静になって考えればピッツァのレパートリーが無かった時点で分かりそうなものではあるのだが。
実際問題、アルベルトは各国料理を一通り覚えてはいる。種類をたくさん覚えていないだけで、あとは覚えた料理を中心にアレンジを加えてバリエーションを増やしているだけなのだった。
「とっとにかく!チェックアウトして宿替えよ!みんな荷物をまとめなさい!」
これ以上犯人と料理の話をしても食べたくなるだけだ。そうと気付いて被害者Rことレギーナが振り切るように強引に立ち上がる。食後の休憩など挟むつもりはなさそうだ。
いや被害者っていうか、この状況を作り出したのは雇い主の貴女なんですがね。
被害者Rに続いて、被害者Mも被害者Vも被害者Cも立ち上がってそそくさと寝室に戻ってしまい、それを苦笑しつつ見送ったアルベルトはチェックアウト手続きのためにフロントへと歩いて行ったのだった。
お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。
もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!
新たに公開した『わたくしの望みはただひとつ!』がわずか1日で7000以上のPVを記録してちょっと震えています。こちらの低空飛行とは雲泥の差で、やっぱりみんな異世界恋愛もの好きなんだなあ、と今さらながら実感しているところです。年間ランキング上位も過半を占めてますしね。
まあでも作者としてはこっちをよりたくさん読んで欲しいところですけどね!




