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2-17.アプローズ号、改装完了

アプローズ号の改装がようやく終了し、いよいよ旅の再開が近付いてきました。


ただまあもう少しだけ、ラグシウムでのエピソードが続きます。




 ラグシウム滞在4日目。

 今日は改装の進捗確認のため、朝から蒼薔薇騎士団はアルベルトとともに商工ギルドを訪れている。

 まあそれだけでなく、他にも色々理由があってアルベルトがアプローズ号を見たがったので、それで連れ立って出向いたわけだ。

 連れ立って、という意味で言えば今日はスズも一緒である。彼女の鞍もできているはずなので、それのサイズ合わせや試乗もしなければならない。


 なお今日は朝から再び雨模様である。雨季というのはこういう風に、晴れたり雨だったりの繰り返しで全般的に雨がちになる季節なのだ。

 ちなみにアルベルトがスズの手綱を曳いているため、彼だけが単独で雨具を被っていて、今日はミカエラが例の仕込杖を頭上に掲げて蒼薔薇騎士団を雨から守っている。


ばってん(でも)、足の早()食材のあったんやったら、なし(なんで)最初にコテージに入れとかんやったん?」


 ミカエラがひとり離れて歩くアルベルトに問いかける。彼の目的のひとつは「足の早い食材が悪くなる前に引き上げて消費すること」である。彼は食材のうち使う予定があるものはあらかじめコテージの冷蔵器に移していたが、移さなかった食材の中に日持ちしないものがあったことに気付いたのである。


「いやあ、最初は結界器だけの改装の予定だったし大丈夫かなと思ったんだけどね。それが予定外に工期が延びちゃったもんだから、ちょっとそろそろ片付けた方がいいなと」


 食材の管理はアルベルトの仕事で、だから彼は全ての食材の消費期限を把握している。とは言ってもこの世界には厳密に法律で決められた期限の表示があるわけではないので、だいたいは目算、というか経験則による推測がメインである。

 その推測で、明日以降はちょっと鮮度が怪しくなりそうなものを今日コテージに持って帰るつもりである。


「あとはスズの鞍を確かめたいからスズを連れて行くし、連れて行くからには朝食の分までギルドで買って食べさせてしまおうかと思って」

「まあ、それは合理的な考えではあるわね」

「そのあとは改装の進捗を見させてもらって、あと大丈夫だと思うんだけど置きっぱなしにしてる道具類の確認もしたくてね」


「でもあなたの寝室も私たちの寝室も、荷物室も鍵かかるじゃない」

「うん、だから念のためだよ。そもそもラグシウムの商工ギルドがそんな泥棒紛いのことをするとも思えないけど、一応ね」


 念のため、と言いつつ、各地の各ギルド関係者による窃盗事件は毎年のようにどこかの国で起きている事案でもあるので、確認は大事である。気付いた時にはもう街を発っていて泣き寝入りするしかない、なんて話も情報ギルド発行の『西方通信』紙にたまに載っていたりするのだ。

 まあそれでも、天下の勇者パーティの脚竜車で窃盗をやらかすなんて事になればギルド存続にも関わる重大事件となりかねないので、まさかそこまでのリスクは犯さないだろう、というのがミカエラやレギーナの見立てだった。



 そうこうしているうちに一行は商工ギルドへと辿り着く。あらかじめ宿を通じて連絡を入れてあったため早速職員に出迎えられ、ギルドの工房へと通される。


「ようこそおいで下さいました。結界器と、それに騎竜用の鞍はすでに完成しておりますぞ」


 商工ギルドのラグシウム支部長と魔導具ギルドの支部長が揃って出迎えてくれる。アルベルトは鞍を見せてもらい、レギーナたちは結界器を見に車内へと入ってゆく。


 まず試乗用の木馬で座り心地を確かめ、次いでスズの胴体に合わせて調整して装着してもらい、騎乗法を教えてもらって直接乗ってみる。その上で周辺を歩かせてみて、それでアルベルトはOKを出した。その後はスズの朝食タイムだ。

 商工ギルドの肉屋に用意させた肉を食べさせるためスズの口輪を外して許可を出す。すると彼女はいつものように豪快に食べ始めるのだが、さすがにこれは見る者全てに恐慌をもたらした。


「ほ、本当に大丈夫なんですかこれ!?」

「ええ、まあ。今までも人を襲った事はありませんし、ラグの隊商ギルドでは拾い主の青年を親みたいに慕っていたそうですから」


バリン、ボリン、グチャッ、バキッ。


「し…しかし、聞きしに勝る凄まじい食べっぷりで…」

「そうなんですよ。元々この脚竜車の貯蔵庫はアロサウル種の1日分の分量を想定してたんですけど、下手するとそれを一食で食べちゃいますからね」


ガブッ、ビチャッ、グチュッ、ゴクン。


「も、もし暴れた場合などはど、どうすれば…」

「暴れたことはないですし、もし万が一暴れても勇者パーティがついてますからね」

「ま、まあ、それはそうですが…」

「先日も餌を長時間忘れてた事がありましたけど、不貞腐れて拗ねてただけで暴れはしなかったですからね」

「わ、忘れたりしたんですか!?」


 あくまでも涼しい顔のアルベルトと、蒼白な顔面が並ぶほか関係者一同。ちょっとアルベルトが慣れすぎてる感がなくもない。



 ひとしきりスズは朝食を堪能し、満足した様子で餌に顔を背けて蹲ってしまったので、再び口輪を嵌めた上で彼女を繋留してアルベルトも車内に入る。

 ちなみにこの口輪、スズの口に合わせた巨大で頑丈な金属製なのだが非常に軽くてアルベルトが片手で持ち運びできる。ものの重さをコントロールできる白属性の[操重]の術式が施された魔道具の一種で、これに限らず脚竜の装具はだいたいどれも魔道具である。

 脚竜は一番小さなイグノドン種でも体長がおよそ2ニフ(3.2m)、アロサウル種で5ニフ(8.0m)ディレクス種(スズ)に至っては6ニフ(9.6m)あるので、装具も魔術の助けがなければまともに装着できないのだ。


「そっちはどんな感じ?」

「あ、帰って()んしゃった。スズは満足したかいね?」

「うん。今日もいい食べっぷりだったよ」

「鞍の方はどげん(どう)?」

「そっちも問題ないね。もう付けてもらったから、帰りは俺が乗って帰るよ」

「そら良かった。こっちも見ちゃり()


 そう言ってミカエラは結界器を操作して御者台へと出ていく。

 御者台は一見すると何も変わらないように見えた。[水膜]の時のような水のカーテンもなければ視界を遮る揺らぎもない。もちろん匂いや風も感じないし、庇の下に手を伸ばしても何もない。


「クレア」

「分かった…」


 彼女に呼ばれて魔術師の少女がトコトコと車外に出て行く。彼女は御者台の正面まで出てくると、なんの断りもなしに[火球]を発動しアルベルトに向かって無造作に投げつけた。

 だが唸るように飛んできた[火球]は、御者台に到達する寸前で何かの干渉を受けたように掻き消えてしまう。その瞬間にだけ、御者台の前の空気が[火球]の当たった箇所を中心に波紋を生じ、[火球]を打ち消したあとはまた何もない状態に戻る。

 [感知]をかけると、御者台の前面の広範囲に確かに魔力の反応があった。


「こんなもんでどげんかいね(どうかな)?」

「これはすごいね。視界も全然変わらないし、でもちゃんと[気膜]で覆われてて安心だ」

「ほんなら、これで良かね?」

「うん、ここまでしてもらったら言うことないよ」


 [気膜]は黄属性の防御魔術で、青属性の[水膜]とほぼ同様の性質を持つ。違いは壁として用いるのが空気の層か水の層かという違い程度だ。

 水だとどうしてもそこに滞留したり水流として流れたりする(水の特性としては“上”から“下”に流れる)ので、ミカエラが張った[水流]は庇の突端から地面に向かって滝のように水が流れていた。その流れがあった分だけ前方視界に影響があったのだが、[気膜]は空気の層がそこにあるだけなので視界を悪化させることもなく、[感知]をかけなければ存在にさえ気付かない。

 ちなみに他の属性にも似たような防御魔術はあって、例えば赤属性だと[煙幕]という熱と煙の遮断壁が作れるし、黒属性だと[暗幕]という視界ごと覆い隠す暗闇の壁を作り出せる。[煙幕]にしろ[暗幕]にしろ視界から遮るので御者台に施す防御魔術としては向かない。


 ミカエラが[気膜]ではなく[水膜]を使ったのは、単に[気膜]を覚えていなかったからに過ぎない。同系統の魔術を重ねて覚える必要性は薄いし、彼女は青属性なので[水膜]の方が効果も高くなる。

 なお[気膜]は黄属性だがレギーナは覚えていなかった。


「え、防御魔術なんて無属性のやつだけで充分じゃない?」


 とまあ、こんな具合である。

 無属性の防御魔術って基本的に術者にしか効果ないんですけどね。



 スズの餌の保管庫の増設はまだ終わってはいなかった。とはいえ増設そのものはもう終えてあって、今は車内側の内装仕上げと魔力発生器の設置や調整をやっているところだという。メイン乗降口の改修もまだ途中で、だから車内への出入りは御者台の連絡用ドアを使っていた。

 アルベルトは車内に戻り、自分の寝室に入る。持ち込んだ様々な道具類を収納した家具の引き出しや扉を次々に開けて中身を確認していく。


「良かった、全部あるね」


 全部あって当然なのだが、それでもちゃんと確認できてホッと胸を撫で下ろす。使い慣れた道具類だけではなく、この先に必要になると思われるものを思いつく限り持ってきていて、中にはそれなりに高価なものもあったりするので、自分の目で確かめるまでは何となく不安だったのだ。

 何しろ彼は普段質素な暮らしをしている低ランク冒険者なのだ。持ち込んだ道具類はそれまでの長いキャリアでコツコツと貯めて増やした、いわば彼の全財産なので、紛失したり盗まれたりしたら大損なのだ。


「その顔は、ちゃんと全部確認できたみたいね?」


 寝室から出てきたのをレギーナが目ざとく見つけて、茶化したように声をかけてくる。


「うん。なくなってるものは無かったからホッとしたよ」

「そんな道具の有無なんて気にしなくたって、なくなってればそのくらい買ってあげるけど?」


 実際にお金を出すのはレギーナでなくてミカエラなのだが、彼女は気安く断言する。まあミカエラの出す資金はパーティの資金なのでレギーナのものと言えなくもないが。


「いやあ、中には冒険で得たお金に替えられないものもあるからね」

「なァん?おいちゃん巻物(ウォルメン)でも持っとるん?」

「巻物もあるけど、まあ他にも色々ね」


 巻物、とは戦闘用の魔道具で特定の術式を書き記した魔道書の一種だ。中にはひとつの術式しか書かれておらず、書かれている魔術は詠唱するだけで発動する。自分がその術式を覚えていなくとも書かれていれば使える、というか自分に使える霊力さえあれば巻物が使えるため、使いどころさえ間違わなければ非常に有用な魔道具である。

 ただし巻物は一度使うと白紙になって使えなくなる。使えなくなるが新たに術式を書き込めばまた使えるようになるので、そういう意味では利便性が高い優秀な魔道具である。

 なお複数の術式が記された“魔道書(グリモワール)”という魔道具もある。こちらは本のように複数のページが綴じられていて、記載されている魔術も多岐にわたり、しかも複数回使える代物だ。ただし規定されている使用回数よりも多くの魔術が記されているのが普通で、しかも規定回数を使い切ればこちらは消滅してしまう。


 アルベルトは巻物だけでなく魔道書も持ち込んでいた。巻物はともかく魔道書の方は買おうとしても買えない事の方が多いので、もしも盗まれでもしたら真剣に大損である。


「ところで、そっちはどうだったんだい?」

「紛失や盗難どころか入られた形跡さえなかったわよ。当然、中の私服や化粧品なんかも全部あったわ」


 なんのかんの言って自分もちゃっかりチェックしていたレギーナである。

 私服の多くはコテージに移してはいたものの全部ではなく、特にこの時季に使わない厚手の衣類なんかは全部置いてあったし、アルベルトほどではないが彼女たちも様々な道具を持っていて車内に置きっぱなしにしていた。それらの大半は鍵のかかる寝室と荷物室に収められていて、扉に触られた形跡さえなかった。


「じゃ、あとは保管庫かな」


 調理台周りを確認して、調理器具や調味料などもきちんと確認してから、アルベルトは再び車外へと出て行く。


「これ、元の保管庫より少し小さくしました?」


 車体左側に増設された保管庫は、右側のアルベルトの寝床の下にあるものより一回り小型のものだった。容量にして5分の1ほど少なめであろうか。とはいえこの量ならスズの一食分としては充分で、左右の保管庫を合わせて三食程度は確保できそうである。


「さよう。重量バランスの問題がありましてな」


 商工ギルドの脚竜車製作の職人によれば、元の設計だと右前部の保管庫と左後部の荷物室天井部の水タンクとで重量バランスを取ってあったのだという。それでも水タンクの中身はトイレの流し水や調理台の洗い水で使われるため、基本的に右側ばかりが重い状態になっていたのだそうだ。

 だから例えば急な左旋回などすれば、遠心力に煽られて最悪転倒する恐れもあったのだという。

 それを解消するのが左側保管庫の目的のひとつでもあったが、右と同じサイズのものを取り付けてしまうと、今度は水タンクの分だけ左側が重くなってしまう。それで左側を小さくすることで重量配分に配慮したのだそうだ。


「ですので、脚竜に餌を与える際は片方の保管庫を先に使い切るのではなく、左右交互に取り出して双方の残量をなるべく合わせるようにして頂けますかな」

「なるほど、分かりました」


「……で?結局それって何か変わるの?」


 アルベルトの後をついて出てきたレギーナがなんの気なしに質問する。


「左右のバランスが取りやすくなって走るときの安定性が増した、ってことだよ」

「ふーん、じゃあいいことなのね」


 分かったのか分かってないのか、よく分からない感じのレギーナ。でも彼女はこう見えて、何となくの大雑把な理解でも割と正確に把握していたりする。


「相変わらず、姫ちゃんは大雑把やなあ」

「なによ、そんなにいちいち全部事細かに把握しなきゃいけないわけ?」

「まあそこまでは言わんばってん(けど)


 元々頭脳明晰で、ふわりとした雑な説明でもかなり正確に理解できるんだから、もっと怜悧な雰囲気が出せないものか。一見して考えなしのおバカにしか見えないのがこの娘の欠点なんよねえ、と苦笑するばかりのミカエラである。




正直、この話は端折っても良かったんですけど、後々の微妙な伏線がいくつか仕込まれているのでそのままアップしました。


ミカエラの「ばってん」に違うルビ(意訳)をつけていますが間違いではありません。博多……じゃないファガータ弁の「ばってん」は用途が多岐にわたる便利な言葉で、「でも」「だけど」「しかし」など全部この一言で済みます。

○✕問題の「バツ」も「ばってん(バツ点)」です。ただこちらは「バッテン」と表記することが多いですね。人によっては「ペケ」とも言います。今の若い人は「ペケ」とは言わないですかね〜(笑)。





お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。


もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!



同じ世界、同じ時代の別の国の物語『わたくしの望みはただひとつ!』を公開しました。こちらの作品と直接の繋がりはないですし個別に楽しめるよう書いてはいますが、併せてお読みになると世界観がより補完できて楽しめるかと思います。

もしよろしければご一読下さいませ。



【追記(23/08/30)】

グリモワールの表記について、「魔導書」としていたのを「魔道書」に変更しました。自分で覚えている箇所は手直ししましたがおそらく抜けがあるかと思いますので、これ以後、あるいは以前に「魔導書」とあるのは全て誤字になります。見かけた場合は誤字報告をお願いします。


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