2-16.蒼薔薇騎士団の“敗北”
若干タイトル詐欺の気配ありですが。
前回あれだけ強さを説明した彼女たちがあっさり敗けるお話です。
一応ビーチ回です。
まあ海で泳ぐにはまだ全然早い(地球上で言えばGWぐらいの時期)ですけどね。
「ちゅうことで3日目ばってん、今日はどげんするね?」
朝起きて、それぞれリビングに集まって、注文した朝食を囲みながらミカエラが言う。
「今日の予定、んぐ、なにかあるかしら?」
手に持った銀のスプーンをせっせと口に運びながらレギーナが問う。
「予定していたものは特にないかなあ。強いて言えば改装の進捗を確認しておきたいくらい、かな」
料理を取り分けてクレアに渡しながらアルベルトが応える。
今朝の朝食は海鮮たっぷりのパエリアが鍋ごと出てきた。それをアルベルトが取り分けて全員に配って、それで全員が食べている。
というか全員が彼に取り分けさせるものだから、彼だけがあまり食べられていないが。
「それはまあ、ギルドさい任しとっても良かっちゃないとかいな」
「今日仕上がるのって結界器だけよね?」
「保管庫と乗降口のほうはきっとまだでしょうね」
アルベルトとしては進捗の他に車内に置いたままの道具類や荷物なども確認しておきたいところだが、ふたつの寝室と荷物室にはそれぞれ別に鍵がかかるようにもなっていたから、さほど気にすることもないかも知れない。
かも知れないが、気になるものは気になるのだ。
「それはそれとして、今日もよく晴れたわね」
窓から外を眺めつつヴィオレが言う。確かに雨季とは思えぬほど雲ひとつない青空で、外に出れば気持ちよさそうだ。
「じゃ、決まりね」
レギーナがスプーンを置いて立ち上がる。目の前の皿は米粒ひとつなく綺麗に完食されていた。
「今日はビーチでバカンスよ!」
それぞれ一旦寝室に戻り、出てきた時には全員が水着姿だ。ただしアルベルトだけは水着の他に、貫頭衣の腰までしかない、柄物の綿の襟なし半袖シャツを身に着けている。
トゥニカと呼ばれるシャツで、元来は無地で男性用の上半身肌着として着られていたものだが、最近では染色した柄物や刺繍を施したデザイン性の高いものも増えてきて、そういったものは暑季の男性用外出着や男女問わない部屋着としても広まりつつある。
男性用肌着も元のままトゥニカと呼ばれるので、外出着や部屋着として用いるものは最近では「トゥニカのシャツ」略してトゥシャツとも呼ばれ始めている。
これは水着を買った際に一緒に買ったものだ。何度もダメ出しをされて弱り果てるアルベルトを見かねて店員さんが選ぶのを手伝ってくれて、その時に一緒にオススメされたものをそのまま何着か買ってきたわけだ。
アルベルトとしても、いくら水着とはいえ妙齢の女性たちに肌をじろじろ見られるのは気恥ずかしかったので、それで水着の上衣として着てみたわけである。
ちょっとあなたなんでトゥシャツなんて着てるのよ、と言いかけてレギーナは言葉を飲み込んだ。だって彼がトゥシャツを脱いだらその下は裸なのだ。男性用の水着は腰回りしか覆わないのだから、レギーナとしては正直な話目のやり場に困る。
服選びの時に彼の身体に触った感じだと、筋肉質でよく引き締まっていて見た目で醜いということはないはずだが、弛んでようと締まってようと男性の裸身なんて直接目にしないに越したことはない。だから彼が自主的にトゥシャツを着てきたのはむしろ有り難かった。
アルベルトとレギーナの目が合い、どちらからともなく妙な笑みがこぼれる。
「あら、あなたトゥシャツも一緒に買ったのね」
「そ、そうなんだよ。せっかく買ったから着てみようかなと」
(アンタたちゃ恋愛下手のコドモか)
(ふたりして同じこと考えてるのが丸わかりよね)
そんなふたりを見て、ミカエラがジト目で心中ツッコんでいて、その横でヴィオレが頬に手を当てて生暖かく見守っている。
だがふたりはそれに全く気付きもしないのだった。
「おとうさん、ビーチいこ」
そして空気を全く読まない水着姿のクレアが、後ろからアルベルトの左腕に抱きついた。
ふにっ。
「わああああっ!?」
「ちょっ、クレア離れなさいよあんた!」
「つまらんて!クレアそらつまらんて!」
「ふやぁ〜!なんで〜!?」
「クレア貴女ね、そう殿方に密着するものではなくてよ」
大慌てで全員でクレアを引き剥がす。
ホント誰かこの娘に、自分の身体がどれほどの凶器なのかちゃんと教えてあげた方がいいと思います。いやマジで。
「と、とりあえずさ、クレアちゃんにはこれ貸してあげるから」
「おとうさんのトゥシャツ…着る…!」
“おとうさんのトゥシャツ”を借りて、クレアは満足してそれ以上密着しようとはしなくなり、トゥシャツを着せたおかげで凶悪な胸も少しはマイルドに隠されて、これはアルベルトのファインプレーである。ついでに言うと貸したトゥシャツはまだ袖を通してない新品なので、おとうさん成分は微塵も含まれていないがクレアは気付いていない。
まあ小柄なクレアにはアルベルトのトゥシャツはやや大きすぎて、腰下までしかない超ミニの半袖ワンピースみたいになっていて、それはそれで妙にエロかったりするのだが。
「とっとりあえず、ビーチへ降りましょ!」
「そっそやね!もうパラソルやら準備してもろうとるハズやけん!」
何とか場を誤魔化したいレギーナが慌てたように言って、同じくミカエラがすかさず乗ってくる。それでようやく全員で崖を降りてビーチへと向かった。
ビーチにはあらかじめフロントに連絡しておいた通り、ビーチパラソルとテーブル、それにチェアが四脚据えてあって、他には誰の姿もない。蒼薔薇騎士団がチェックインして以降、まだ他の宿泊客はないという事だったので、今日のビーチは文字通り彼女たち専用である。
「陽射しが気持ちいいわね!」
「やっぱ暑季はこうやなからんと!」
いやまだ暑季じゃなくて雨季なんですけどね。
まだ本格的なシーズンではないせいか、陽射しは照りつけるほどではなく柔らかで、海から吹いてくる潮風も穏やかだ。寒くはなく、それでいて暑くもなく、ちょうどいい陽気だった。
レギーナが、ミカエラが、腰に巻いたパレオを脱ぎ捨てて海へと駆けていく。そして水際へと走り込み……
無言のまま何故か上がってきた。
「冷っった!」
「こらぁやっぱまだちぃと早かったごたる」
そりゃそうでしょうね、だってまだ雨季に入ったばかりですから。
ていうかレギーナさんは海に片手突っ込んだんだから分かりそうなものですけどね?
「やっぱりまだ冷たいのね」
ヴィオレがやや残念そうに言う。
「向こうのビーチは、人泳いでたよ…」
クレアが羨ましそうに言う。彼女は昨日の遊覧船に乗る際に見かけたビーチで、すでに何人か泳いでいたのを目ざとく見ていたのだ。
「嘘だと思うんなら、あんたも足つけてきてみなさいよ」
レギーナにそう言われて、クレアは素直にそれに従って波打ち際に足を踏み入れて、そして案の定そのまま戻ってきてしゃがみこんでしまう。
「冷たかった…」
まあ確認するまでもないんですけどね。
結局、それ以降誰も海には入ろうとせず、全員がビーチチェアに寝そべって日向ぼっこに終止した。なのに陽射しが柔らかいせいで日焼けすらしない始末である。
(宿の人、バカだなあって思っただろうな…)
アルベルトは苦笑しつつ、彼女たちにそれぞれグラスを用意してやって飲み物を注いで回る。宿のスタッフがどんな気持ちでパラソルやチェアを用意してたのか想像するだけでちょっと辛い。
まあ宿としてはこの時期に敢えて泳ぎたがる客も結構いるので全く気にも留めてないのだが、そんなことまで分かろうはずもない。
ただ、水が冷たいだけでそれ以外は満足のいくビーチである。その水だって、少しずつ身体を慣らせば入れなくもない。
まあしばらく泳いでれば唇が紫になること間違い無しだが。
「これじゃ物足りないわね……」
「そうやねえ、なんかもひとつ欲しかとこやね」
やや不満そうなレギーナと、それに同意するミカエラ。
「じゃあ、昼はバーベキューでもやる?」
「「「「やる!! 」」」」
こうしてお昼のメニューは決まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼前にアルベルトとミカエラがフロントからバーベキューのセットを借りて食材を抱えて戻ってきて、アルベルトはバーベキューの準備に入る。炉を据えてその横にテーブルを並べて食材や食器類などを置いておき、炉の中に炭を置き着火剤代わりの干草を敷いて、そしてクレアに[点火]してもらう。
火はすぐに炭に燃え移り、燃料の薪を追加しつつじっくり燃やしていく。じわじわと火勢が強くなっていき、薪全体に火が移ったところで順次炉の中全体に広げるように並べていって炉の全体で具材が均一に焼けるように整える。
そうしていると何故か全員が火に寄ってきた。
いやあの、皆さん?まだ何も焼いてませんけど?
「意外とこれあったかいわね」
「ちょっと風がきつうなってきたけんね」
「もうここから離れたくないわね」
「クレアも…」
そんなに寒いんなら上衣着てくればいいのに。
そんな彼女たちの様子に苦笑しつつ、アルベルトは火勢が安定してきた頃合いを見て、炉に網をかけて食材を並べてゆく。
最初は脂身の多い里猪や斑牛の肉を置いて脂を落とさせ、次に脂の少ない朝鳴鳥や河竜などの肉を焼き始め、その周りに火の通りにくい野菜類を並べてゆく。肉と野菜の間には魚や貝類などの海鮮を置いて全体に塩を振り、頃合いをみてひっくり返すついでに肉類を次第に外に並べ換えていく。
「これ、なんかまたテクニック使ってるでしょ?」
「テクニックってほどじゃないけどね。最初は肉の脂を落として火を強めて、その脂で味の薄い食材から順に焼いて食べると美味いんだよ。
ということで、はい。そろそろ食べ頃のはずだよ」
レギーナの疑問に答えて、そのまま焼け頃の食材を皿に取り分けてアルベルトが手渡す。皿の中身は魚介と野菜ばかりで肉は入っていない。
「え、お肉入れてくれないわけ?」
「肉は味が濃いから最後に食べるんだよ」
「へぇ、順番やらあるったい」
「最初に肉みたいなガッツリしたもの食べちゃうとね、あとの野菜とかが味しなくなっちゃうんだ」
「ああ、それは何となく分かるわねえ」
「それに肉はしっかり火を通して、焼きすぎる寸前まで焼いたのが一番旨いと思うんだよね」
まあ、そればっかりは人の好みもあるけれど。しっかり焼くのはあくまでアルベルトの好みです。
ということで順次皿に取り分けてやって、全員が言われたとおりに野菜と海鮮から食べ始める。
「ああ〜こら塩の利いて旨かあ!」
「ホントだ、美味しい!」
「さすが、焼き加減が絶妙ね」
「おさかなも、お野菜も…美味しい…」
舌鼓を打つ4人娘の横でアルベルトは次の食材を並べつつ、一番外で香ばしい匂いを漂わせている肉たちに専用のソースをかけてゆく。すると一気に匂いが強まり、全員が喉を鳴らしてそちらを見て、そして手に持った木皿を差し出してきた。
その様子に笑いつつアルベルトが肉をよそってやり、そして彼女たちは次々と肉にフォークを突き刺してかぶりつき始めた。
「やっっば!何これうっっま!」
「なんなこら堪らんばい!」
「焼き方ひとつでここまで変わるのね!」
「あつい…けど美味しい…!」
だが中までしっかり焼かれて固くなった肉はなかなか噛みごたえがあって千切れない。それに悪戦苦闘する4人娘を尻目に、アルベルトは自分で今焼いた野菜や魚介を皿に取って食べ進める。
何とか食べ終えた子から順番にグラスに果実酒を注いやって飲むように言う。そうすることでソースをかけた濃い肉の味を中和して、また野菜などの味の薄い食材を美味しく食べられるようになるのだ。ただしクレアだけは未成年でアルコールを飲ませられないので、彼女だけは冷やしたミルクだ。
「あ、やっぱりお野菜美味しいわね!」
「こらぁなんぼでちゃくわれろうごたあ!」
「この果実酒自体も美味しいわね」
「でも、食べ過ぎたら…太るよね…」
そのクレアの一言に全員が凍りついた。
そう、危うくまたアルベルトの手管にかかって食べ過ぎるところだったのだ。
まあアルベルトとしては美味しく食べてもらえるだけで幸せだし、喜ぶ顔が見たいのでどんどん勧めてくるだけなのだが。彼としては他意は何もないし、彼女たちも美味しい食事を用意してもらってるだけなので怒るに怒れない。
「そ、そろそろ……私お腹いっぱい……かなあ」
「そ、そうやね、ウチももう入らんばい……」
「えっ、でも材料残ってるよ?まだ足らないんじゃない?」
残念ながら、ここ数日の昼食で彼女たちの胃袋の容量までほぼ把握しているアルベルトの目は誤魔化せなかった。何しろ彼は自分を含めた五人全員が満腹になるように計算して食材を揃えていたので、食材が残っているならまだ食べられるのだ。
そう、彼女たちは気付くのが遅すぎた。腹八分目で収めたいのなら最初から、食材を用意する前の時点で彼に言っておかなければならなかったのだ。
「え、ええと……。そ、そうね!残しちゃダメよね!」
「そっ、そやね!勿体なかもんね!」
「というかもう次を焼いてるわね貴方……」
「おかわり」
青ざめる乙女たち。
ひとり旺盛に食べる育ち盛り。
ぐうの音も出ないほどの敗北である。本当に何か対策しないと、東方世界に辿り着く頃にはおデブパーティになっていそうである。
お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。
もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!
新たに評価を入れて頂けてめちゃめちゃ喜んでおります。ありがとうございます!
作中のバーベキューの焼き方に関しては、作者が実際に試したわけではないので、あくまでも「作品中ではそう」だということで、ひとつよろしくお願いします。それ以外の作中登場メニューは大半が作者が実際に作ったことのあるものです。