2-15.無自覚人外系勇者パーティ
勇者パーティの面々がどれほど能力が高いか、という説明のためだけに一話分使いました(笑)。
身体能力の指標となる「能力値」に関する説明があります。
「スズには許してもろうたかいね?」
くたびれた表情でコテージの居間に戻ってきたアルベルトに、ミカエラが労うように声をかけた。
「うん、何とかね。でも商工ギルドまで使って閉店後の肉屋を何軒も働かせたから、ちょっと予算かかっちゃったんだけど」
「気にせんで良かよ。もうスズも蒼薔薇騎士団の一員なんやけん、かかった餌代は全部出すてさっきも言うた通りばい?」
「いやでも、俺が忘れてさえなければもっと安く抑えられたはずだからね……」
「忘れてたのは私たちみんなだもの。あなただけのせいじゃないわよ」
「そう言ってもらえると、少しは気が楽になるよ。ありがとう」
ミカエラとレギーナにそれぞれ宥められ、それでようやくアルベルトも笑顔になった。
「それにしても、今日は色々あったなあ」
「まあある意味“いつものこと”やばってんね」
「えっ、いつもこんな感じなのかい?」
「いつもじゃないわよ、時々よ」
「まあ、レギーナは何かとトラブルを引き寄せやすくはあるわね」
「えっ、何?私のせいなの?」
「ひめは、もうちょっと自覚して…」
「ホントに!?」
ヴィオレとクレアに口々に突っ込まれ、レギーナの顔が驚きに染まる。どうやらこれも自覚はなさそうだ。
さすがに子供の落水事故まで彼女のせいにしてしまうのは少々可哀想だが、そもそもの話、あの親子も含め多くの住民や観光客たちを引き連れて街中から遊覧船まで人々を惹き付けて回ったのは彼女なのだから、そのくらいは自覚しておいて欲しいものである。
ていうか貴女色々と自覚なさ過ぎです。
「ところで、レギーナさんのあの魔術なんだけど」
「私の?」
「うん。あれって何の術式なんだい?あんな風に宙を自在に駆ける魔術なんてあったかい?」
レギーナが海に落ちた子供を救うために使った、海の上の空中を疾走した姿。おそらくはザムリフェの手前で翼竜を斬った時にも使っていた、虚空を踏みしめて飛び上がる魔術の応用なのだろうが、あれほど自在に空中を動き回れる魔術というのはアルベルトの記憶には心当たりがない。
白属性の[飛空]は特定方向への移動がメインで小回りが利かないし、黄属性の[空歩]はよく似ているが、いちいち足場を作ってからそこに踏み出す必要があってあれほど素早くは動けない。
「ああ。あれはね、[空歩]をベースにして術式を組み替えた私のオリジナルよ。[空舞]って名付けてるわ」
「ええっ!?オリジナル魔術なんて作れるのかい!?」
魔術は基本的には術式を組んで効果や範囲を設定しておき、それをきちんと発動させられるように詠唱が規定されている。そこまで組み上げられているからこそ、詠唱さえすれば誰でも発動できるのだ。
分かりやすく言えば術式とはプログラムであり、プログラム通りに組めば同じ効果が発揮されるのは自明の理である。だからそれを組み替えると当然、効果などの内容が変えられるのだ。
だが今ある魔術の術式は過去の天才魔術師たちが組み上げ、時代とともに改良を重ねられて完成されたものばかりで、ひとつ手を入れるとどこかしら歪みが出るものばかりだ。だからそれを敢えてさらに改造しようとする者はそう多くはない。特にレギーナは勇者であって本職の魔術師ではないのだから、それが本職のように術式の書き換えまでやれるとなるととんでもないことだ。
「組み換えたのは、クレアだけど…」
「あっちょっとクレア!余計なことは言わなくていいの!」
あっ、やっぱり本職の天才の手を借りてましたか。さもありなん。
ていうかまだ未成年の身で術式の組み換えまでできるというのも、よく考えたら恐るべき事態ではあるんですが、それは。
黄属性の魔術の[空歩]は空中に魔力で見えない足場を作り固めることで、そこに足を踏み出せば乗ることができる。巨人が体重をかけても壊れない強度で設定されているので、それに乗れば落ちることはない。ただしあくまでも「作った足場に乗る」ため、一回一回作らねばならず、しかも不可視の魔力の足場のため踏み外せば当然落ちてしまう。
不可視にするのは敵に使われるのを防ぐためで、だから[空歩]を使う時はなるべく[感知]も併用することが望ましいとされている。
レギーナの[空舞]は、彼女が踏み出す足の下、もしくは身体の中でもっとも“下”になる部分のすぐ下に、自動的に不可視の足場が形成されるというものだ。自動だからいちいち作る手間が要らず、足を伸ばした先にどんどん作られるのだから地上と同じように空中を疾走することが可能になる。その代わり消費霊力は当然[空歩]の比ではなく、形成された足場は短時間で消えるため基本的にはその場に留まることができない。
なお「もっとも下」というのは地上つまり大地に一番近い部位という意味であり、例えば空中でV字バランスをすれば尻の下に足場が形成される。だからあの時、子供を掴むために海面に身を投げ出した際には身体の下、海面スレスレに足場が形成されていたから彼女は海に落ちなかったし、その後に海面に座っていられたのは尻の下に足場が断続的に形成され続けていたからであった。
そしてこの術式の効果範囲はあくまでも「空中」であり、だから海中に差し込んだ腕の先には足場は形成されず、しっかりと子供の腕を掴むこともできたわけだ。
「でもそれって、消費霊力がすごいことになりそうだよね?」
「まあね。だから多用は出来ないし長時間発動させ続けるのもちょっとキツいわね。戦闘中だと特に防御魔術を3種とも起動させっ放しになるから…」
「えっ、3種とも!?」
防御魔術3種とは、物理攻撃を防ぐ[物理防御]、魔術による直接攻撃を防ぐ[魔術防御]、魔術による間接攻撃や精神攻撃、毒や呪いなどに抵抗する[魔力抵抗]の3種である。
戦闘中はこれらを状況に応じて適宜使い分けることが防御の基本であり、どれをどんなタイミングで使うかは経験や戦術の差によって人それぞれ変わる。低レベルの術師だとひとつも使えないことも珍しくなく、高レベルであっても全て起動させ続けるのは至難の業である。
それをレギーナは「起動させっ放し」だと言ったのだ。
「レギーナさんって、霊力いくつあるの?」
「私?今は6あるわね」
「そんなに!?」
身体能力を示す“能力値”という指標がある。1から10までの10段階に分けられ、数値が高いほど能力が高いということになる。平均は4で、それ以上あれば優秀と言える。
霊力値6というのは本職の魔術師としても比較的高い方で、少なくとも前衛を務める剣士や騎士としてはかなり高レベルと言える。というのも魔術を使う際に霊力の値だけ同時起動が可能になるため、レギーナは同時に6つの魔術を行使することが可能なのだ。
とはいえ、霊力の全てを魔術の起動に回してしまうと自己の生命力を維持する分がなくなってしまうため、通常は霊力を最低でも1残さなくてはならず、だからレギーナの最大同時起動数は5ということになる。つまり彼女は防御魔術3種を当たり前のように並立起動でき、さらに2つ発動させる余力があるという事になる。
例えばこれが魔術を全く使えない者だと霊力値が1で、自己の生命維持に使う分しかないため魔術に回せないわけだ。
ちなみにアルベルトの霊力は3である。前衛を受け持つ戦士としては可もなく不可もなくといったところで、ただし防御魔術3種全ては並立起動できない。
「ウチは8あるばい」
「クレアも、8あるよ…」
クレアは本職だから分からなくもないが、ミカエラの霊力8というのも驚きである。何しろ彼女も法術師が本業であって職業魔術師ではないのだ。
スキルの説明でも触れたが数値10というのは“神の領域”であり、9も世界最高レベルの頂点に位置する伝説の人物のレベルである。だから霊力8というのはもうその時点で人類最高クラスに片手が届いていると言える。
それをミカエラはともかくクレアがまだ未成年の身でそこに到達しているという。これからさらに成長すると考えると、どこまで伸びるものか空恐ろしくなる。
改めて、彼女たちの能力の高さに目眩がする思いのアルベルトである。勇者パーティともなればこうまで能力が高いものなのか。
「なに?青い顔してどうしたのよ?」
「いや…………」
「レギーナ。貴女少しは自分がどれほど人間離れしているか自覚した方がいいわよ?」
「人間離れ、って失礼ね。私は至って普通ですけど!?」
いや普通じゃないから言われているのだが。
ちなみにツッコんでいるヴィオレの霊力は4で、こちらは常識的な範囲である。ただし彼女は彼女で敏捷と器用がどちらも8で、これも人外に片手をかけていたりする。つまり人のことは言えない。
「あ、あと、もうひとつ気になったんだけど」
どうにもならなくなってアルベルトが話題を変えにかかる。
「レギーナさん、あの水竜に斬りつけた時、わざと外したよね?」
「あら、気付いてたの?」
なんだそんな事か、とでも言いたげなレギーナである。むしろアルベルトがきちんと気付いていたことの方に驚いているようだ。
「だってあの子はただ単に餌を狩ろうと寄ってきただけだもの。野生動物の当たり前の習性なんだから、追い払えばそれで終わりよ」
事もなげに言っているが、それを言えば黒狼や灰熊などの野生の獣はみな同じである。というか魔獣の大半さえそうなのであって、ただの習性であっても一般的に人間たちへの脅威として認識されるものだ。
相手にとっては単なる習性でしかなくとも、そこに命のやり取りが含まれる以上、殺るか殺られるかの真剣勝負であって、「追い払えば終わり」とはとてもいかないのだ。
なのに彼女はそれを習性だからと殺すことなく追い払うだけで済ませて見せたのだ。しかも水中では最強を誇る水竜を相手に。もしもあのまま海中に引きずり込まれていたら、さすがの彼女でさえ少しばかりピンチに陥ったかも知れなかったのに。
「無益な殺生はなるべくしない主義なの。これは私が勇者として立った時に誓ったことよ」
「さっすが姫ちゃん。カッコ良かあ」
「あんたね!あんただって一緒に誓ったじゃない!」
胸を張って誇らしげにレギーナが高らかに宣言して、それをすかさずミカエラが茶化す。
どうもこのふたりは上下関係が全く感じられないというか、気のおけない親友同士といった雰囲気だ。レギーナは言わずと知れたエトルリアの姫であり、ミカエラの方は神教主祭司徒の孫娘とはいえ公的な関係性としては君臣関係に当たるはずなのだが。
それもそのはずで、ふたりは蒼薔薇騎士団を結成するよりずっと以前、〈賢者の学院〉に入学する直前の13歳の頃から、もう6年もの付き合いである。すでに人生の3分の1を一緒に過ごしており、ともに成長し互いに切磋琢磨してきた、同い年の親友であり仲間でありライバルなのだ。
だからふたりには身分の差など些細なことである。特にレギーナは父王が崩御した時から自分に王位継承権はないものと思い定めていて、実は姫様扱いされるのを嫌がるのもそれが理由なのだ。ミカエラに「姫ちゃん」と呼ばれるのを許しているのは、彼女がレギーナが本当に姫様だった頃からそう呼んでいたからであり、自分でも馴染んでしまって今さら変更できないだけなのだった。
「さ、もう遅いし寝ましょ!明日のことはまた朝になって考えればそれでいいわ!」
「ひめの、その無計画なのも…どうにかしたふぉぅわぁ…」
「欠伸しながら言ってんじゃないわよクレア!」
「はいはい。じゃあベッドに行きましょうねクレア」
「ふぁい…」
こうして、ラグシウム二日目の長い夜は更けていったのだった。
ちなみにオリジナルで組んだ術式というのは、ある程度能力の高い魔術師なら比較的誰でも持っています。誰でも使える一般的な魔術しか使えないのと、自分だけが使える魔術があるのとでは戦闘における有利不利が全然変わってきますから、当然のことですね。
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