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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第一章】運命の出会い
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1-4.トラブル

 食べて、飲んで、笑って。

 久々に楽しい晩食を堪能したアルベルトは上機嫌で帰路につく。

 もうすっかり陽神も沈み、辺りは夜闇に包まれている。大通りこそ街灯が点在していて暗がりもほとんどないが、路地に入ればそうもいかないだろう。


 ちなみに“陽神”というのは太陽のことである。この世界では太陽も神だと考えられていて、その名を「陽神」というのだ。ついでに言えば月も神であり、こちらは“陰神”と呼ばれている。

 今夜の陰神はその身の半分以上が闇空に隠れていて、地上へ届く光もそう多くはない。夜闇に暗躍する盗賊たちには好都合だろう。


「待ちな」


 路地に入ったアルベルトに誰かが声をかけた。彼が振り返ると、そこにガンヅが立っている。


「誰かと思えばガンヅじゃないか。何か用かい?君の家はこっちじゃないはずだよな?」


 やや場違いな反応のアルベルト。

 その態度にガンヅは明らかに苛ついた。


「テメエ、いつまで冒険者なんざやってるつもりだ?」


 ガンヅは苛つきを隠そうともしない。

 だが彼が何を言いたいのか、アルベルトには分からない。


「そうだなあ、身体が動かなくなるまではやるつもりだけど、そんな事を聞いてどうするんだい?」

「そうかい。なら俺様が引導を渡してやる」


 そう言い放つやいなや、ガンヅの身体から殺気が放たれる。冒険者でもない一般人なら、それだけで身が竦んで動けなくなりそうだ。


「おいおい、こんな所で何を考えているんだい?まさか“掟”を忘れたわけじゃないだろう?」


 だがアルベルトも冒険者のはしくれだ。気圧されることもなく、慌てず冷静に彼を宥めにかかる。



 冒険者にはいくつか“掟”がある。街中でも武器の携行が認められ魔術も使える彼らは、一歩間違えば街の治安を脅かす重大な脅威になりかねない。だからその身と力を縛るルールがあるのだ。


一つ、街中でみだりに武器を抜いてはならない。

一つ、街中でみだりに攻撃魔術を用いてはならない。

一つ、街中で盗みを働いてはならない。

一つ、冒険者同士の私闘は、いかなる場合でもこれを禁ずる。


 もちろん、これらの“掟”の遵守は正規の冒険者ギルドに所属して、身分証となる冒険者認識票(タグ)を発行してもらった上での話になる。

 これもまた、冒険者のランク制度と同じく西方世界全体で統一されたルールだった。これを破るものは、いかなる理由であれ無法者と見做され捕縛・処罰される。これはランクを問わずそうであり、仮に勇者であっても事と次第によってはその地位を剥奪されるほど重いものだった。

 というか最後の一つ以外はそのまま一般人でも違法行為である。あまりにも当然の、最低限のルールと言えた。



 それなのに、どうやらガンヅはその掟を破ろうとしている。見知ったギルドの仲間でもあり、さすがにそんな短慮はしないだろうと思いつつも、アルベルトは少しだけ身構える。

 ガンヅは最近実力を付けてきていて、もう少しで腕利き(エクセレント)に上がれるのではないかと噂されていた。それだけにこんな所でそれを棒に振るとも思えないが。

 だが彼の発する殺気は明らかにアルベルトに向けられたものだ。まさか本当にやるつもりなのか…?


「俺ァな、テメエみたいに目的も向上心もなく、ただ毎日を生きているだけの腑抜けた野郎を見てるのが我慢ならねえんだよ」


 どうやら彼は勝手な理由でアルベルトに憎しみを抱いているらしい。

 だが確かに「向上心がない」と言われればアルベルトには何も言い返せない。アルベルトはもう、アナスタシアの墓を守って死ぬまで過ごせればそれで良かったのだから。


「だからよ、辞める気がねえってんなら俺様が辞めさせてやらァ…!」


 ガンヅの殺気が濃くなる。

 その腰の双刀に指先がかかる。


 が、その時。


「何やってるの、ガンヅ!」


 不意にガンヅのさらに後ろから声がした。

 見ると、青ざめた顔のアヴリーがそこに立っている。


 路地のやや奥にアルベルト、彼と大通りのちょうど中間地点にガンヅ、そして路地の入り口に、アヴリー。 

 舌打ちの音が、小さく響いた。


「何でもねェよ引っ込んでろ」

「何でもないわけないじゃない!様子がおかしいから気になってついてきてみれば、アンタ今何をしようとしてたのよ!」


 どうやらガンヅは店にいて、アルベルトが帰るのに合わせてこっそり後をつけてきていたようだ。そしてそれをアヴリーに見られていたのだ。

 冒険者でもないアヴリーが気付いたぐらいだから、もしかすると店を出る前後からある程度の殺気を放っていたのかも知れない。まあ久々に飲んで上機嫌のアルベルトは全く気付いていなかったのだが。


「なあに。ただ“先輩”と“お話”してただけだ」


 ガンヅはそう言って笑みを作る。

 その顔が“騒ぎ立てたらお前も殺すぞ”と無言で脅していた。


 だがガンヅはそれ以上何もしなかった。ツカツカとアルベルトに歩み寄ると「命拾いしたな」と一言吐き捨てて、路地の角を曲がって暗がりに消えていった。


 ガンヅが姿を消して気が抜けたのだろう、アヴリーがへなへなと座り込む。

 彼女は冒険者ギルド〈黄金の杯〉亭の一番の古株で、だから受付嬢とはいえ待遇はサブマスター格であり、現在は新任の若いギルドマスターに代わって事実上ギルドを仕切る立場にあった。しかしながら彼女自身は冒険者上がりではなく、これといって戦う術を持っていない。この世界では魔術は比較的誰にでも扱えるから彼女にも少し心得があるが、さすがに本職の冒険者に抗し得るほどではなかった。


「アヴリー、大丈夫かい?」


 アルベルトが駆け寄って彼女の前に跪き、気遣わしげに声をかけて左肩に触れる。その肩が恐怖に震えているのがはっきりと分かった。


「アイツ、アイツ…今、」


 震える声でアヴリーが問い質そうとする。

 だからアルベルトは抱き寄せてその背を撫でてやった。


「大丈夫だよ、何もなかったんだから」

「ウソよ!今、今アイツ…!」


 それ以上アヴリーは口にできない。口にしてしまったら、ギルドマスター代行として彼女はガンヅを処分しなくてはならなくなるのだ。 

 だから抱きしめて、アルベルトはそれ以上言わせない。未遂で終わったことを、大袈裟に表沙汰にすることもないんだよと、彼女の背中を撫でながら無言で訴えかける。


「…ごめん、アルさん。ありがとう」


 しばらくして、ようやく彼女も落ち着いてきたようだ。おずおずと上目遣いに礼を言ってくる。

 だから促して、アルベルトは彼女を立たせてやった。


「いいって。お互い無事なのが一番だよ」


「あのね、あの、お願いだからガンヅには気を付けて!」


 思い詰めたように彼女が懇願する。


「ガンヅのやつ、最近“大地の顎”に入ったらしいの!」

「大地の顎?」

「そうよ!アイツ、セルペンスの手下になったのよ!」


 大地の顎、とは〈黄金の杯〉亭に所属する冒険者パーティである。リーダーはセルペンスというスキンヘッドの探索者(スカウト)で、元々は真面目に冒険者として活動していたのだが、一昨年あたりからきな臭い噂が目立つようになっていた。

 それと前後してメンバーを増やし始め、今では10人を超える大きなグループになっているようだ。そうなるともう単なる冒険者パーティとは呼べない。

 おまけに彼らは所属する〈黄金の杯〉亭ではない、どこか別の所から勝手に依頼を見つけてきているようで、さらにはそのメンバーから強盗や恐喝に遭ったなどという話も出てきてしまい、次第に統制が取れなくなっていくのを亡き先代ギルドマスターも危惧していたという。


 だが表向きは相変わらず〈黄金の杯〉亭に所属したままで、たまにそちらからも依頼を受けてこなしてはいたため、先代も決定的な証拠を掴めないままだったようだ。それでも先代は、ランク昇格要件の「品位」の項目に疑義があるということで、メンバーの昇格試験の無期限停止までは踏み切ったのだという。

 しかしその先代も去年の暮れに急な病であっけなく亡くなってしまった。元々冒険者として“達人(マスター)”だった先代は実力でも大地の顎を抑えつけられていたのだが、先代が亡くなって以降は再び統制が取れなくなってきているのだという。


「私じゃアイツらを抑えきれなくて…ステファンはもっとダメだし…だから、だから本当に気を付けて…」


 目に涙を浮かべてアヴリーがアルベルトに懇願する。もしも本当にガンヅ達がアルベルトに手を出してしまったらと思うと彼女は気が気でない。本当に犯罪行為に走れば彼ら自体は守衛隊でも防衛隊でも駆けつけてきて逮捕してくれるだろうが、おそらくその時にはアルベルトは生きてはいないだろう。

 そんな事になったら彼女にはとても耐えられなかったし、そんな未来を想像しただけで震えが収まらなくなり涙が止まらなくなる。


 ちなみに、ステファンというのが現在のギルドマスターである。先代のひとり娘だが、アヴリーと同じく冒険者でさえない17歳の小娘だ。父親に溺愛され大事に育てられ、ギルドの冒険者たちからも幼い頃からマスコットのように可愛がられてきたが、それだけだ。

 そんな風だからマスター就任も周りみんなに止められたのだが、彼女は頑として父親の跡を継ぐと言って聞かなかったのだ。相続の権利問題もあるため結局は誰もステファンを止められず、だが彼女はギルドの仕事も何もまだ分かっていないため、アヴリーが空いた時間に業務内容をレクチャーしてやっている。


「そうか、分かったよ。俺も気を付けておくから、だから心配しないで」


 涙ながらに懇願する彼女を安心させようとして、アルベルトはことさらに優しい声をかける。


「本当に?本当に大丈夫…?」

「ああ、何ならザンディスさんやファーナや他のみんなにもそれとなく声をかけておくから。だから大丈夫だよ。心配いらない」


「そっか…それなら…」


 普段からアルベルトが仲良くしている冒険者達の名を出して、それとなく相談すると約束したことで、ようやくアヴリーも納得してくれたようだった。


「さ、店まで戻ろう。あまり長く空けてると、きっとニースだけじゃ回せないだろ?送ってくよ」

「う、うん、ありがと…」


 そうしてアルベルトはもと来た道を店まで戻って彼女を送り届け、ついでにまだ飲んでいたザンディスにアヴリーのこととガンヅのことをそれとなく話して注意するように頼むと、改めて帰って行った。

 ニースは案の定回せなくて半狂乱になっていた。



 ガンヅもセルペンスも、もう店には居なかった。

 そして彼らはそのまま、二度と〈黄金の杯〉亭に戻ることはなかった。





お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。


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