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2-11.パールシークルージング、の前に(1)

風光明媚な観光都市ということでファッション回です。前後編です。

乏しい知識と拙いセンスで頑張ってコーディネートしましたのでご笑覧下さい。

多分、変な組み合わせにはなっていないはず。



 〈女神の真珠〉亭に戻った一行は、初日はそのまま何もせず旅の疲れを癒やすことにして、思い思いに過ごしたあと就寝した。


 戻る途中、脚竜車に繋がれもせず人力で引かれていくだけのティレクス種(スズ)に驚いた誰かが通報したようで衛兵がすっ飛んできたが、レギーナやアルベルトが自在に言うことを聞かせるのを見せ、さらにレギーナが勇者だと分かった段階で問題なく解放された。

 晩食は、アプローズ号を預けてきたこともあり宿の料理を頂くことにしてフロントに注文した。そうして運ばれてきた料理は海沿いの街らしく新鮮で美味い海産物(シーフード)のリゾットと、青海沿岸部でのみ食べられる生牡蠣(カメニツェ)の盛り合わせだった。生牡蠣はさすがに食材のストックにもなくアルベルトも調理の経験がないので、これは頼んで正解だった。


 夜になってからの海も、それはそれで幻想的だった。陰神(つき)の光に照らされつつ寄せては返す波、そして静寂のなか絶え間なく聞こえる波の音。いつしか誰もが話を止めて聞き入るほどには穏やかで心地よい、静かな時間だった。

 特に特等コテージは岬の突端の崖の上に建てられていて、フロントからも他のコテージからもやや離れている。テラスから庭に出れば崖に設けられた階段を使って直接ビーチへと降りることもでき、ロケーションとしてはまさしく特等と言えた。

 ただし、彼女たちもアルベルトもまだ誰も水着を買ってないので、浜辺には降りては行かない。雨は夜になって上がってはいたものの、雨上がりは海も波が荒くなるからという注意もフロントから受けていた。



 そして翌日。

 雨は止んでいるが空模様はまだやや怪しい。


「今日はどうしましょっか」

「そやねえ。やることのなかけん観光かねえ」

「水着を買わないといけないわね」


 朝から波の音に晒されつつリビングのソファに思い思いに寝そべって、世を救う勇者とも思えぬほどダレ切っている蒼薔薇騎士団。

 いやちょっと貴女たち、たった一晩でダレ過ぎでしょ。


「クルージング…」

「「「それ(たい)!」」」

      ()

 クレアの呟きに、語尾だけ変えた三人の声がハモる。相変わらずそういうトコは息ピッタリなんですね。


 注文した朝食が届いて、さすがに身を起こした四人とアルベルトは舌鼓を打ちつつ今日の予定を話し合う。


「とりあえずクルージングは行くとして」

「1日に何便出とるとやろか」

「午前一便、午後一便だって聞いたわね」

「じゃあどっちに乗る?両方?」

「天候の回復ば待って午後の方がよかっちゃない?」

「なら、午前中は散策かしらね」

「じゃあショッピング…水着買う…」

「よし、じゃあ決まりね!」


 相変わらず即断即決のレギーナ。さすがは黄加護である。



 そして朝食を終えてしばらく思い思いに寛いでから、店の開き始める朝四を頃合いに準備して、彼女たちは連れ立ってコテージを出発した。


 今日のレギーナは襟から胸元にかけて精緻なレースが施された浅黄色のブラウスに白の革ベスト、それに茶色いなめし革のズボンとロングブーツ。腰にはもちろん剣を佩くための腰当てとベルト、それにドゥリンダナとコルタールの二本の長剣。

 華やかさにはやや欠けるものの、いかにも活発で快活なレギーナによく似合っていて、そのまま戦闘にも入れそうだ。しかもそれでいてプロポーションが素晴らしいのできちんと女性らしい体型が映えていて魅力は一切損なわれていない。

 蒼髪はいつものポニーテールに髪留めで、これはもうトレードマークと言っていい。


 ミカエラは淡い水色のシンプルなブラウスにベージュのキュロットを合わせ、サスペンダーで留めている。頭には白のハンチングを被り、足元は生地の厚い布靴とニーソックスを合わせていて、胸の控えめな体型も相まってボーイッシュな雰囲気だ。

 髪型は今日はうなじのところで緩くひとつ結びにまとめていて、まるでその部分だけが女性を強調するかのよう。


 ヴィオレは光沢のある黒革のジャケットに同じ素材の革のパンツを合わせ、短髪とも相まってミステリアスな上に中性的な雰囲気。ジャケットの下のシャツもわざわざ男物を用意していて、長身の彼女によく似合う。

 ただし彼女はクレアに負けず劣らず胸が大きいので、大きめのサイズを用意したのだろうが胸元がややピッチリとして蠱惑的だ。しかもシャツのボタンを胸の谷間が見える位置まで開けていて、その部分だけが強烈に女性を意識させる。

 ちなみにアルベルトはシャツを貸していないので、これは彼女の自前である。


 クレアはというと、奇をてらわないオーソドックスな白のワンピース。いつもの外衣(ローブ)ではなく、その下に着ているような丈の短いノースリーブのものだ。それに赤色の細いベルトを合わせ、足元は朱色の軟革靴(ローファー)にくるぶし丈の白い靴下を合わせている。靴下は折り返しがフリルになっていて、可愛らしさとオシャレさをさり気なくアピールしている。

 ショートボブの杏色の頭髪はそのままに、白いつば広の婦人帽を被り、どこからどう見ても育ちのいいお嬢様である。なお帽子は海沿いの街特有の海風対策として、内側で目立たないようにピンで頭髪に留めてある。


 そして問題のアルベルトだが、着替えて出てくるたびに全員からダメ出しされ、挙げ句の果てには個室として与えられた寝室にまで押し入られて美女たちの厳しい目でコーディネートされた……


はずなのだが。


「はぁ。ちょっと、ここまで酷いとは思わなかったわ……」

「普段着しか、ないよ…?」

「おいちゃんなあ。『東方現地での折衝』ってのも契約に入れたやん?なし(なんで)礼服の一つも荷物に入っとらんと?」

「もうこれは、この街で買い揃えさせるしかないわね」

「「「「はぁ……。」」」」


「いやぁ、これでも持ってる服は全部持ってきたんだけどね」


「全部!?これで全部なの!?」

「ファッションに疎いんも程があろうもんて(あるでしょ)!」

「全部…着古したのばっかり…」

「道理で、今まで恋人もできず結婚もできないわけよね」


 料理の時とは一転しての酷評の嵐。特に“服飾都市”ことメディオラ出身のレギーナには我慢がならない。


「もう(あったま)きた!まず最初にコイツの服を買うわ!」

「賛成」

「異議なしよ」

「クレアが選んであげる…」


「お、お手柔らかに……」


 ということで、彼は手持ちの中で一番マシな麻のシャツと黒い布ズボン、それに普段使いの革ブーツという出で立ちでコテージを後にしたのであった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ラグシウムは市域がこぢんまりとまとまっていて、観光客向けのショッピングエリアも固まっている。その中でもメンズのファッションを取り扱う店の中に、五人の姿はあった。


「いらっしゃいませ。本日はどのような⸺」

「コイツ!コイツに合う服を見繕ってちょうだい!私達と連れ歩いても見劣りしない程度に仕上げないと、とてもじゃないけど一緒に歩けないわ!」


 とはいえラグシウムはメディオラではなく、品揃えも一通り押さえてあるだけで選択肢はそう多くはなさそうだ。海沿いの街で暖かくなっていく季節でもあり、暑季(なつ)に向けての薄手の物が中心に並んでいる。


「この花柄のシャツとかどげんやろ?」

「ええ!?それはちょっと派手じゃないかな?」

「スーツで上下固めてもいいわね」

「ちょっと堅苦しくないかい?」

「クレアは…軍服もいいと思う…」

「いや俺、軍隊にはあんまりいい思い出がなくてさ……」


「おいちゃん」

「あなたね」


「「「「口答え禁止!! 」」」」


「は、はい……」


「とりあえずくさ、買うとは一着だけやないっちゃけん、みんなでそれぞれ見繕って着させてみようや」

「そうね、そうしましょ。見繕った服を全部買えば、少しはコイツの見た目もマシになるでしょ」

「でもレギーナ、着回しとかコーディネートのことも考えなくてはダメよ」

「おとうさん…服合わせるの絶望的に下手だった…」

「ま、まあ、まずは選びましょ!」


 ということで即席のファッションショーである。アルベルトを使った着せ替え遊び、と言えなくもない。


 まずは店員(女性)のコーデ。オーソドックスにベージュのスラックスと綿のシャツ、それに明るい色の麻のジャケットを合わせて、足元は茶色の革靴。パリッとした大人カジュアルの雰囲気。

 アルベルトの容姿や年齢、それに目の前に揃っている勇者パーティの連れだというのも聞いているのでその点も加味されていて、さすがに慣れたものである。


 ミカエラが選んだのは、薄い綿の半袖シャツに草色のゆったりした麻のボトムスを合わせた暑季らしいコーデ。足元はサンダル、靴下はなしで頭には麦わら帽子を合わせている。

 シャツはさっきから気にしている花柄のシャツで、派手だがラグシウムで出歩く分には何の違和感もない。


 ヴィオレが合わせたのは紺のスラックスに麻のシャツと丈の短い黒革のジャケットを合わせた、ややフォーマルなコーデ。足元は黒の革靴をチョイスした。

 ジャケットはヴィオレが着ているような光沢のある素材ではなく艶のないもので、彼女たちの誰よりも背が高い割にやや細身のアルベルトによく合っている。


 クレアは迷彩柄のカーゴパンツにやや厚手の麻の半袖シャツを合わせた、これも暑季らしいコーデ。足元は白い布靴に靴下を合わせ、普段使いもできそうである。

 彼女は色違いも探してきていて、着回しまで考えていたようだ。まだ13歳なのになんとも心配りができている。


 そしてレギーナはというと。


「んー、そうねえ」


 アルベルトを頭から爪先までジロジロ見つめたかと思うと、彼女はいきなり彼の前に寄って両手で首筋に触れたではないか。


「えっと、レギーナさん?」

「ちょ、ちょい姫ちゃん!?」

「いーからいーから」


 ミカエラたちが驚く中、彼女は首筋から肩幅、二の腕、胸板、脇から腹、背中、さらに腰回りと遠慮なくベタベタ触れていく。

 アルベルトが赤面するのもお構いなしに腿から脛まで全身を“触診”したあと、「意外と筋肉質なのね。でもいいわ、ちょっと待ってなさい」と、何故か満足げに言って売り場へと消えていった。


 そして彼女が見繕ったのは。

 七分丈の紺の布パンツに薄手の白い綿の半袖シャツ、それに浅黄色の薄い麻のベストを合わせたコーデ。足元はミカエラと同じくサンダルをチョイスして、いかにも暑季らしいコーデに仕上がっている。

 しかも全身に触れた甲斐あってどれもサイズがバッチリ合っていて、ややだぶついているクレアのチョイスや少しキツめのヴィオレのチョイスと比べても、アルベルト自身が着やすそうにしている。


「ああ、これはとても着やすいね。色もそんなに派手じゃないし、涼しくていいな」

「でしょ?こう見えても服飾都市(メディオラ)の領主の娘ですからね。服のコーデには自信があるのよ!」


 喜ぶアルベルトを見てレギーナ自身も得意げである。

 エトルリアの国王家であるヴィスコット家は、本来はエトルリアの代表十二都市のひとつ、メディオラの領主家である。ヴィスコット家の前はフローレンティア領主のメンシッチ家が王家の地位を得ていて、エトルリアは昔からそのように時代時代で力を持っている代表都市領主が国王として君臨しているのだ。


「あんなぁ、姫ちゃん」

「なによ?」

「必要なんは分かるばってん、人前で男のカラダばあげんベタベタ触るんは、ちょっとどげんやろか」

「…………え?」


 ミカエラにそう指摘され、さっきの自分が何をやらかしたかようやく気付いた様子で、みるみるレギーナの顔が赤くなっていく。


「ちっ違うの!あれは……その、体型が分からないと正確なサイズが……!」

「そら分かるばい。ウチらは分かるばってん、よう知らん他の人が見たら誤解されてもしゃあない(仕方ない)やん?

現にほら、店員さんば見てん?」


 言われてレギーナが付き添いの店員を見ると、彼女は顔を赤らめて俯いている。


「そ、その、失礼しました。勇者さまの良人(カレシ)さまだとは露知らず……」


「えっ?」

「えっ?」

「ほらな?誤解されとう(てる)やん(でしょ)?」

「ちっ違うから!違うからね!?この人はただの雇いの道案内で……!」

「えっ、違うのですか?」


 まああれだけ親しげに身体を触れば間違われるのも無理はない。西方世界の一般的常識として、人目のある場所での男女間のボディタッチは基本的にNGである。許容されるのは握手、肩や背中を叩くこと、それからダンスの際に腰や背中や腕に触れること、その程度である。夫婦や恋人であっても過度なボディタッチは人前では控えるのが常識的で、しかし一方で同性ならばとやかく言われることもない。

 つまり、レギーナはここでもアルベルトを異性として意識していなかったということになるわけだ。


「それにくさ、涼しさ重視でゆったり目の服ば選ぶっちゃけん、体型(そこ)あんま拘らんでちゃ()良かっちゃない?」

「そ、そうだけど……そうだけど……」


 プシュー、と擬音付きで湯気を吹き出しそうなほど顔を真っ赤にするレギーナ。初心(うぶ)なくせにヘンなところで男女の区別に頓着しない困ったちゃんである。





お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。


もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!

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