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2-10.アプローズ号改装計画

二章8話でちょこっと出てきた雨よけの改装の話です。



 ラグシウムの西門を抜けると、そこには一面に広がる青褐色の海。そしてそれを見下ろす急斜面に立ち並ぶ白い街並み。家々はどれも白一色というわけではなく、窓枠や扉、壁の基礎まわりなど様々な色に彩られていて目を楽しませる。道路はどこも綺麗に均された石畳で、その上を雨粒が弾けて踊る。

 どの景色を切り取っても一架(いっか)の絵画のようで美しい。心なしか道行く人や脚竜車でさえ絵画から抜け出てきたように錯覚してしまう。


「ホント、綺麗な街ね」

「素敵やねえ。ヴェネーシアとは趣が(ちご)うて、また良かねぇ」

「よく晴れていればもっと美しいのでしょうね、きっと」

「でも雨も…綺麗…」


 蒼薔薇騎士団の面々がそれぞれ思い思いに窓から外を眺めては、うっとりとため息を吐いている。


 アプローズ号の走る大通りは街の最下部、波打ち際すぐの低い崖の上を伸びていて、そこかしこに上方に延びる道や階段が見て取れる。だが斜面が急すぎて、この街では脚竜車は却って不便になりそうである。

 通りの海側はさほど高さのない崖だが、もう少し奥まった場所には小さなビーチも開けていて、暑季(なつ)はさぞ海水浴客で賑わうことだろう。気の早い客は花季(はる)の終わりから海遊びに来るそうなので、もしかするともう来ているかも知れない。

 そしてアプローズ号は、今そのビーチに向かって走っている。西門の守衛に「この街一番の絶景宿」だと教えられた〈人魚の涙〉亭を目指しているのだ。


「それにしても、この街って城壁に囲まれてないのね」

「まあこれだけ急斜面だと城壁を建てづらいってのもあるけど、周りの山稜が天然の城壁なんだよね」

「そういや元は海からしか来られんやったって言いよんしゃったね」

「そう。だから今も東西の正門を閉じてしまったらラグシウムは孤立するんだ」


 ラグシウムの西門には橋が接続されていて、近くの無人島を経由して本土へと繋がっている。最近開通したというのがこの橋で、これが完成するまでは陸路でラグシウム入りするには東門からしか入れなかった。竜骨回廊はラグシウム東門の手前で大きく内陸部に迂回するコースを取っていて、ラグシウムは宿泊予定でもなければ迂回されることの方が多かったのだ。

 だがこの西門と橋ができたおかげで、迂回する旧道よりもラグシウムを経由する旅人が大幅に増えている。それでラグシウムの知名度も一気に広まったわけだ。


「でも次は、海から来てみたいわねえ」

「この近海の小島を回る遊覧船があるそうだから、それに乗れば海からのラグシウムは見られるんじゃないかな」


 ヴィオレがぽつりと呟いて、それに御者台のアルベルトが反応する。


「「「「遊覧船!? 」」」」


「う、うん。『パールシークルージング』とか言ったかな。このあたりにたくさんある無人島の小島を縫うように周遊する観光遊覧船があるんだよ」

「「「「乗りた()!! 」」」」


 相変わらずの食いつきっぷり。

 ほんと、女子だねえみなさん。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「……で、どうする?」

こら(これは)迷うばい()

「確かに甲乙付けがたいわね」

「どっちも、泊まりたい…」


 程なくして〈人魚の涙〉亭に到着した一行は、けれどチェックインせずに協議を続けていた。それというのも、予約も取らずにいきなり現れた勇者一行に対して、慌てて出迎えた支配人がプライベートビーチのある別の宿を勧めてきたからである。


「もちろん当宿もご宿泊頂けますし、勇者様方に相応しい一等室(スイートルーム)もご用意できます。しかし数日逗留なさるのでしたら〈女神の真珠〉亭の方がお楽しみ頂けるかと存じます」

「商売敵ば勧めるやら、損するとやないと?」

「いえいえ、当ラグシウムの宿はどこも外からのお客様をお迎えする仲間でございまして。それに当宿はおかげ様で名前も知られておりまして、他にもお泊りになりたいと仰るお客様が多くいらっしゃいます。しかしながら〈女神の真珠〉亭はまだまだ『知る人ぞ知る』といった感じでございまして、のんびりお寛ぎになるのでしたら最適かと存じますよ」


 聞けば〈女神の真珠〉亭はコテージ造りになっているそうで、宿泊中は他の客とほとんど顔を合わせずに済むという。


「とりあえず、そっちのお宿も見てみたいわね」

「そんならちと(ちょっと)行ってみるかね」


 ということで一行は改めて、岬の向こうにあるという〈女神の真珠〉亭に向かう。

 〈人魚の涙〉亭の支配人が通信鏡で話を通してくれていたようで、慌てることもなく出迎えてくれた女将が特等のコテージに案内してくれて、一行は一も二もなく宿泊を決めた。


 何しろ安かったのである。

 一番高いという、案内された特等コテージでさえ〈人魚の涙〉亭の一等室の半額以下で、しかも二階建てで寝室三室の他に居室(リビング)とバストイレ、それに調理台まで備わっていてアルベルトの手料理も堪能できる。食材は宿で買っても市内で買っても持ち込みしてもよく、なんなら海で自分で獲っても構わないという。それでいてフロントへの連絡ひとつでベッドメイクや食事の提供などの各種サービスが受けられ、逆に連絡しなければ寄り付かずそっとしておいてくれるという。

 しかもそれでなおかつプライベートビーチ付きなのだ。脚竜車の改装のために何泊かする予定だったので、これは検討の余地さえなかった。

 もっとも、さすがにプライベートビーチはコテージごとではなく宿全体でのものということだった。ただし今日の宿泊客は蒼薔薇騎士団だけという話だったので、事実上独占だ。


「まあばってん(でも)、今日は雨やけんねえ」


 そう。さすがに雨の中海に入ろうとは誰も思わない。明日以降に晴れの日があって、なおかつ宿泊客が他に誰もいなければ、その時こそビーチは蒼薔薇騎士団専用になるだろう。


「こんないい宿を紹介してもらって、人魚の涙亭(あそこ)の支配人にも何か御礼をしなくてはいけないわね」

「そうねえ、じゃあ最終日は向こうに一泊しましょうか」

「賛成…!」


 ということで、図らずも両方泊まりたいと言ったクレアの希望まで叶いそうである。



 チェックインを済ませて、晩食にはまだ間がある時間帯だったので一行は散歩がてら魔道具工房を訪ねることにした。女将に話を聞けば、この街でもっとも腕のいいのは〈ロブリッジ工房〉とのことだったので、そこまでの道順を教えてもらい連れ立って宿を出る。

 雨はすっかり小降りになっており、雨具がなくとも大丈夫そうではあったが、距離が分からないので着く頃にずぶ濡れになっていても良くない。そこでミカエラがステッキを持ってきてアルベルトに渡す。


「おいちゃんこれ持っとって」

「これ、なんだい?」

「仕込杖なんよ。ちょっと開いちゃり」


 言われるままにアルベルトがステッキを引き抜いてみる。ミカエラの説明に従って操作すると、何やら細い金属の骨組みが展開する。

 アルベルトに頭上に掲げさせ、それにミカエラが詠唱して[水膜]をかけると、骨組みを中心に水膜の花が頭上に開く。それは五人の頭上をすっぽり覆って、その下は全く雨がかからない。


「おお、これは便利だなあ」

「そやろ。これがある限りは雨には濡れんし、雨降っとる限りは持続時間が尽きることもないけん[固定]も要らんとって。雨が止みゃあ解除して杖に戻せばかさばり(・・・・)もせんし」

「でも確か、空間にも[付与]はできたよね?」

「空間に[付与]したらその場から動かんごとなる(ようになる)とよね。ウチらの動きに合わせて動いてもらわないかんけん、それで骨組みさい[付与]したと」


 なるほど、考えたものである。

 というかあらかじめ骨組みの仕込杖が作ってあったということは、おそらく以前から彼女はこういう風に[水膜]を利用しているのだろう。


 そうして一行は景色を愛でつつ、道行く人から物珍しそうな視線を浴びつつ工房までたどり着き、商談を開始する。〈ロブリッジ工房〉の方では突然の勇者の来訪に大慌てとなり、ラグシウムの商工ギルドや魔道具ギルドまで呼んで大騒ぎになった。


「それで、どういった結界器をご所望で?」

「御者台()覆うげな(ような)[水膜]ば張りたいとよね。移動中ずっと張らしときたいとよ」


 持ってきた図面を示しながらミカエラが説明するが、コントロールパネルの説明の段になってはたと困った顔になる。


「ああ、そうか。車両を見せた方が早いよね」

「そやったね。乗ってくりゃあ良かったばい」

「じゃあちょっと、俺が戻って取ってくるよ」


 そう言ってアルベルトはひとり宿に戻る。大一(30分)ほどかけて歩いて戻ると、女将に断ってコテージ脇に駐車していた脚竜車とスズを動かし、そして再び〈ロブリッジ工房〉へと取って返した。

 それから改めてミカエラとアルベルトが職人たちに説明して、そういうことなら2日もあれば作れるだろうという話になった。


「単なる雨避けが主目的ならば、[水膜]よりも[気膜]の方が宜しかろうて」

「確かに、それならば前方視界も悪化しませんし、防御効果も[水膜]と遜色ないですな」

結界器(オブリーチェ)の本体は……ああ、こちらに納めればよろしいのですな」

「なるほど、こちらのパネルで集中的にコントロールを……いやこれはよく考えられてある」


 車内に案内された職人たちが庇や御者台、コントロールパネルを見回して、口々に改善案を述べながらどんどんと話が決まってゆく。その外ではアルベルトが別件で餌の保管庫の増設を相談している。

 なお、ミカエラのキツいファガータ訛はその都度レギーナやアルベルトが通訳してやっていたりする。決してどこでも当たり前に通じるわけではなく、むしろ通じないことの方が多かったりするのだ。


「図面を拝見致す限りですと、やや重量バランスに問題があろうかと」

「確かに。では増設の保管庫はやはり左舷ですな」

「しかしそうなると、居室がその分狭くなりますが」

「そこは仕方ないわ。なんかいい具合に考えてちょうだい」

「畏まりました。では……」


 餌の保管庫は左舷中央、ちょうど冷蔵器と調理台の反対側に、アルベルトの寝床の下と同じサイズのものを作ることになった。しかしそうなると、外装に施された薔薇の彫刻を少し損なうことになる。そのため外装板は切り取った上で蓋として再利用することとし、魔力発生器(ジェネレータ)も専用のものを増設することにした。

 保管庫の居室側はどうしても四角く出っ張りができてしまうが、これは内装をいじってソファにしてくれるそうだ。

 そして、それならばいっそメイン乗降口を広げて雨具置き場を設けよう、という話も出てきて、新設する保管庫と乗降口の間にロッカー式の縦長の雨具収納スペースが作られることになった。これで雨の日に出入りする際にも乗降口で雨具を着脱できて、車内をあまり濡らさずに済むようになる。

 なお、こちらの改装には4日ほど欲しいとのこと。


「すごいね、アイデアがどんどん出てくる」

「さすが、職人さんは違うばい」

「使い勝手が良くなる分には歓迎よ♪」

「我らラグシウム商工ギルドの総力を挙げて、必ずやご満足頂けるものに仕上げますので、どうか安心してお任せ下さい」


 ということで、アプローズ号はしばし商工ギルドに預けられることになった。そのまま概算で見積もりを出して、レギーナが了承してミカエラがサインして、詳細は契約書が整う後日ということにして。

 だが、アルベルトがスズの手綱を引いて帰ろうとした、その時。


「そういえば、そちらの脚竜はよく調教してございますな」


 商工ギルドのラグシウム支部長が声をかけてきたのだ。


 スズはいつも通り、街に入る前に噛み付き防止用の口輪を嵌められてアルベルトに、レギーナに大人しく従っている。だから最初はその大きさと迫力に度肝を抜かれた工房や商工ギルド、魔道具ギルドの面々も、今やすっかり慣れて安心していた。


「ああ、これはラグの隊商ギルドで生まれたばかりの幼竜の頃から飼われていたそうで、それで人によく懐いてるんです」

「そうですか。ティレクス種は人には馴れぬと思っておりましたが……これほど従順ならば、鞍を置いてもようございますな」


「鞍?」


 支部長は、これだけ従順ならば脚竜車を牽かせるだけでなく騎竜としても使えるだろうというのだ。


「鞍ねえ」

「要るかいね?」

「まあ、あれば何かの際には役に立つ事もあるかも知れないわね」

「スズの、背中に…乗る?」


「そうだなあ、スズの背中に人が乗っていれば、道中で放して狩りをやらせても人に見られて騒がれることがなくなる、かな?」

「「「「あー、確かに」」」」


「もしよろしければ、そちらもお作り致しましょうか」

「そうね。じゃ、お願いしようかしら」

「ほんなら費用の相談はウチが」


 支部長の提案にレギーナが了承し、ミカエラは早速値段交渉に入る。

 こうして、スズの鞍も発注されることになった。




「架」というのは洋画を数える時の数え方です。絵画なら和洋問わず「幅」で済むんですが、雰囲気を出したかったので敢えてこちらを使いました。

絵画から抜け出てきたようなオシャレな洋風の街並みの雰囲気が、上手くイメージしてもらえるといいのですが。



お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。


もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!

少しずつですがブックマークが増えてきて、作者としてありがたい限りです。できれば評価も押して頂けたらなあ、と………(←贅沢)

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