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2-8.ネレトヴァ川に陽は暮れて

ネレトヴァ川に“勇者”が現れました(笑)。


この世界での「人類」に関する説明があります。

まだ出てない種族の紹介もあります。いつか出せるといいなあ。




メンテナンスでいいね機能が実装されましたね!早速受け付けるよう設定変更しましたのでよろしくお願いします!



 飛び込み台では、リッキーが救助されたのを受けて一人、また一人と飛び込んで行く。ある者は意識を保ったまま水面から顔を出し、ある者はリッキーと同様に浮いてきて救助されてゆく。

 そのたびに歓声と称賛、それに安堵の声や笑い声が見物客から聞こえてくる。


「ガハハハハ!どけどけ!」


 不意に挑戦者たちのいる橋の方から大きな嗤い声が響いてきて、それでその場の全員が顔を向けて、そして揃って唖然としてしまった。


 ひとりの男が挑戦者たちをかき分けて飛び込み台に近付いていく。だがその体格が異様に目を引いた。

 明らかに周りの人間たちの倍はありそうな長身に、筋骨隆々の盛り上がった肉体。大股で歩く歩幅も常人の倍近くあり、その巨躯と大声に気圧されて人の波が割れていく。それはどう見てもただの人間ではなかった。

 そう、巨人の男が嗤いながら飛び込み台に近付いていくのだ。


「ねえちょっと、まさかあの人も飛び込むつもりなのかしら」

「あーありゃ巨人族(フィルボルグ)やねえ。こげんとこさいおるやら珍しか」


 驚くレギーナとミカエラ。

 それもそのはずで、フィルボルグと言えば大抵は戦場傭兵で、たまに冒険者でも見かけるが普通は出会うこともない。大昔に故郷の地を追われたとかで、この西方世界のあちこちで単独あるいは家族単位で流浪の生活をしている種族だ。

 つまり、こんな平和な街で下らない遊びに顔を出すような種族ではないのだ。



 この世界で『人類』と言えば、大きく分けて5つの種族が挙げられる。

 もっとも繁栄し数が多いのが『人間(アースリング)』。アルベルトやユーリ、蒼薔薇騎士団、アヴリーなどの、いわゆる普通の人間たちである。人間たちはこの西方世界や東方世界、はたまた遥か南方に存在するという南方世界など、世界中で多くの街を作り国家を形成している。個体数つまり人口という意味で他種族と比べて桁違いに多く、そのためこの世界は「人間の世界」と言い切ってしまってもよい。

 頑健な身体と強靭な精神を持ち、肉体的戦闘も魔術も何でもそつなくこなすが、特化した能力を持たない。平均寿命はおよそ50〜60年ほどだが、災害や病気などで若くして亡くなる者が多い反面、息災ならば100歳近くまで生きる者もいる。神話上で“鉄の人類(フェッルム)”と呼ばれるのが現代の人間たちだという。


 神話上で“金の人類(アウルム)”と呼ばれるのが『土妖精(ドワーフ)』である。身体は強健、精神は壮健で、魔術を操る者も多いが、何より手先の器用さに優れる。体格は『人間』のおよそ3分の2程度、人間の子供ほどの身長しかないが、体重は人間よりやや重く、総じて男女とも筋肉質であることが多い。平均寿命はおよそ300年程度と言われるが、正確な統計がなく詳しくは分かっていない。

 彼らは岩山などに洞窟を掘ってその中に集落を作って住んでいることが多く、鉱物を用いた細工物、特に金細工や様々な道具を作ったり、山の木を伐って加工したりして様々な製品を作り、それで人間の街と交易して生活している。その流れで人間の街に出てきて暮らすものもそれなりにいて、人間社会の中ではもっとも多く見かける異種族である。


 神話上で“銀の人類(アルゲントゥム)”と呼ばれているのが『森妖精(エルフ)』である。華奢で優美な姿をしていて、細身で長身、長く伸びた耳が特徴的な美しい容姿であることが多い。何より神々の化身にも例えられるほどの高い魔術の才能を持っており、エルフは総じて魔術師である。平均寿命は約800年とも、不老不死とも言われ、外見で年齢が判断できない。

 彼らは森の奥深くに少数で集落を構えていて、基本的には他種族との関わりをほとんど持たない。増えすぎた人間たちと生活圏が重なることがままあり、それである程度の交流があるが、多くのエルフは森に無断で入ってきて好き勝手に荒らしていく人間たちをひどく嫌っている。ただ若いエルフには好奇心を膨らませ人間の社会に出てくる者が稀にいて、それで冒険者になっていたりする。有名なところでは“輝ける五色の風”の狩人ネフェルランリルがエルフである。


 『空妖精(スプライト)』はいわゆる一般的な意味での妖精族である。身長は人間の腕ほどしかなく、体重はほとんど感じないほど軽い。背中に(はね)が生えているのが大きな特徴で、その翅の形状でいくつかの翅族(しぞく)に分かれている。平均寿命は極めて短く約25年前後、30歳を過ぎれば老齢だという。ただエルフと同じく老化の兆候はほとんど見られない。

 基本的には閉鎖的な社会を築いている種族で、エルフを除く他種族との交流はほとんどない。そのため人間社会でもめったに会うことはないが、その珍しさのためか人間の商人たちに捕まって見世物にされていることが稀にある。優美で儚い姿から、愛玩用に「飼う」貴族などもいるという。


 そして『フィルボルグ』はいわゆる巨人族である。人類として認められる巨人族はほとんどフィルボルグだけなので、事実上巨人族と言えばフィルボルグ、と断定してもよい。身長は人間のおよそ倍以上、体重は人間のほぼ3倍に及び、しかも鋼のような筋肉を誇る。物理的な攻撃力では間違いなく人類最強と言える。

 特定の集落や国家を持たず、多くが流浪の旅をしていて、その性質上冒険者や傭兵として人間社会に紛れて暮らしている。本来の平均寿命はおよそ200歳前後と言われるが、そうした生活のためか100歳を超えて生きるものはほとんどいないという。


 この他、少数種族として多種多様な妖精族や獣人族などが存在するものの、絶対数が少なく人間社会でめったに見かけることはない。例外的なのはエトルリアのニャンヴァ市の人口の約8割を占めている獣人族の猫人族(ケットシー)ぐらいであろうか。その他、“輝ける五色の風”の魔術師マスタングが竜人族(ドラコニック)である。

 また、エルフと人間との間に生まれた子供を単独の種族として看做すことがある。人間社会で育てられたものを『ハーフエルフ』と呼び、エルフ社会で育てられたものは『ハーフリング』と呼ばれる。ただ、どちらも種族的差別感情により迫害されつつ成長することが多い。特に半生物(ハーフリング)はその呼び名の通り、人類どころか生き物として扱われないほど凄惨な目に遭うという。



 と、見ているうちに巨人の男は飛び込み台の真横まで到達する。


「お、おいあんた…まさか挑戦するのか?」


 近くの若い男が恐る恐る彼に問う。飛び込み台は巨人の頭より少し高い程度で、彼の胴体よりも細いのだ。巨人の体重に耐えられるようには見えなかったし、なんなら彼がその盛り上がった筋肉で力任せに引っこ抜けば抜けそうなほどだ。


「あァ?こんな棒ッきれによじ登る必要なんざねェよ」


 つまらない冗談を聞いたとでも言いたげに、巨人は髭面を歪ませる。どうやら嗤っているらしい。


「飛びこみゃいいんだろ?ならここからで充分だァ!」


 そう言うが早いか、彼は欄干を乗り越えた。

 それもヒョイっと、障害物でも跨ごすかのような気安さで。


「ほんじゃ行ってくらァ」


 そう言い残して、高笑いとともに彼は水面にダイブした。

 高笑いのまま巨人はあっという間に水面へと到達する。


 ドッバアァ━━━━ン!!


 あり得ないほど派手な水音と、飛び込み台にさえ届こうかという高さの水柱を残して、巨人は水面に消えた。その着水の衝撃で小舟が二艘ほど転覆してしまう。


 辺りはしぃんと静まり返った。

 橋の上の若者たちは欄干から身を乗り出して水面を凝視し、見物台の見物客たちも声を失って水面を見つめている。その水面ではかろうじて転覆を免れた小舟たちが転覆した仲間を救おうと、あるいは巨人を乗せられる大舟を探そうと右往左往している。

 レギーナたちもあまりの異様さに水面をじっと注視して動かない。その横で「何やってんだあの人…」とアルベルトが呟いたのにも気付かなかった。


 と、突如水面が盛り上がる。誰からともなく「ひ」とかすかな悲鳴が漏れる。

 その水面は大きく盛り上がり、ちょっとした水柱のようになったかと思ったらザバァ、と割れる。その中から出てきたのは例の巨人だ。


「なんでェ、大したこたァなかったな」


 巨人はつまらなそうにそう大声で呟いたかと思うと、救助に寄ってきた小舟を押しのけて川岸の桟橋まで泳ぎ始めた。ちょうどアルベルトたちがいる見物台の真下の桟橋に上がると、水をザバザバと滴らせながら登ってくるのが見える。


「……アレは、関わり合いにならない方が賢明かしらね」

「そやねえ、ウチもそう思うわ」

「ま、まあ、一通り見たから帰りましょうか」


「悪いけど、少し待ってもらえるかな」


 遠慮がちに言うアルベルトの声に全員が振り返る。


「あの人、知り合いなんだよね」


 そう言って苦笑するアルベルトの向こうで、「勇者だ………」「勇者だ!」「うぉーすげぇ勇者だぁ!」と歓声が沸き起こっていた。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「なにやってんのさザンディさん、こんな所で」


 川岸の道路まで上がってきた所で声をかけられ、巨人が声の方に向く。

 そして人並みの中に見知った顔を見つけ、ニィッと破顔する。


「なんでェ、誰かと思ったらアルベルトじゃねェか。おめェこそ何やってんだ」

「俺は、まあ雇われて道先案内の旅の途中でね」

「そうかい。俺も隊商の護衛で立ち寄った所だァ」

「ああ、なるほどね」


 巨人の名はザンディ・レールアックという。普段は戦場傭兵をしているが戦場ばかり渡り歩いているわけではなく、冒険者と兼業している男だ。そして冒険者としてはラグを拠点に動いている。

 ただ隊商の護衛というのは冒険者としても傭兵としても依頼される仕事なので、どちらで請けたのかまでは分からないが。


「ホントに知り合いだったのね……」

「まあね。この人は黄金の杯亭(うち)じゃなくて〈竜の泉〉亭の所属なんだけど、前に冒険で一緒になった事があってね」

「ふーん」


 聞くだけ聞いて興味なさそうなレギーナである。


「なんでェ。ちょっと見ねェうちにキレイどころ侍らせてんじゃねェか」


 レギーナがアルベルトに話しかけたのを見て、ザンディがニヤリと嗤う。


「いやいや、こちら俺の雇い主だよ。ザンディさんも知ってるでしょ、“蒼薔薇騎士団”」

「あー、女だけの勇者パーティって触れ込みのアレか。てこたァそっちが勇者サマかい」


 ザンディはそう言ってレギーナを見る。頭から爪先まで眺めているが、その目には下卑た色はなく、純粋に力量を値踏みする雰囲気がある。

 人間の倍ほどもある背丈の巨人(ザンディ)と、人間女性としては平均的な身長のレギーナが相対すると、大人と子供以上の圧倒的な体格差だ。

 だが。


「……女だてらに、ってのァ失礼に当たるな。相当お強いようだ。さすがは勇者サマってェとこかい」


「あら、分かるんだ?」


 ややあって、意外とアッサリと目に見えない白旗を挙げるザンディに、レギーナはちょっと意外そう。


「そりゃァあんた、相手の力量も見抜けねェようじゃァ戦場で生き残れやしねェよ」


 ニィッと嗤うザンディ。


「で、なんで飛び込みになんて参加してたのさ?」

「あァ?いやなに、ウチの雇い主が『飛び込んで見せたら報酬に銀貨(リブラ)上乗せしてやる』とか言うもんでよ」

「いやいや、そりゃちぃと安うないかいね?」

「安かァねえさ。日当たりで一枚追加だからな」


 何日の予定の護衛かにもよるが、確かにある程度の日数が見込めるなら結構な額にはなるだろう。ただ彼が飛び込んだのは、それ以前に純粋に面白がったからだというのはその顔を見ればすぐ分かる。

 どうにも見た目通りの豪放磊落さで、裏表のない気持ちのいい人物のようだった。


 遠くからザンディを呼ぶ声がして、そちらを向くと若い行商人風の男が手を振っているのが見えた。見えたというか、人並みに見え隠れしていてほぼ見えないが。


「アンタ本当に飛び込んだんスか!」

「あァ?おめェが飛び込んで見せろって言ったんだろうがよモノウリー!」

「モノウリーじゃなくてノウリー!ナンディーモ・ノウリーだって何回言ったら分かるんスかこの大巨人!」

「どっちでも大して変わんねえじゃねェか」

「大違いっスよ!雇い主の名前っスよ!?間違うとか失礼にも程があるっスよ!」


 ……どうやら、巨人と雇い主の関係は良好そうである。

 というか「大巨人」って悪口でも何でもない気がするのだが。


「さァてと。俺ァあの小うるせえ雇い主の奴と話つけてくるとすッかね。アンタらどこまで行くか知らんが、まァ達者でやれや」


 そう言ってザンディは一行に背を向けて、行商人風の若者の元へと歩き出す。


「うん、ザンディさんも気を付けて」


 そう言って送り出すアルベルトに彼は、後ろ手に手を振って人並みに消えて…………

 いや完全に周りと背丈が違うんで全然消えてかないですね、ええ。



「勇者て聞いても顔色ひとつ変えんしゃれんやったねえ」

「あれは相当に戦い慣れてるわね」

「でもまあ、熟練者(エキスパート)ぐらいな感じかしら?凄腕(アデプト)までは行ってないわね、多分」


 去っていったザンディを見送ってから好き勝手に批評する蒼薔薇騎士団の面々だが、彼女たちの彼への見立てもまた正確である。傭兵にはランクなどというものはないが、冒険者としての彼は確かに熟練者(エキスパート)だ。

 つまり彼の巨体と膂力をもってしても1対1ならレギーナには到底及ばないのだ。

 それを考えて、改めてアルベルトは彼女たちの実力の高さに目眩がする思いである。この若さでそれだけの実力を誇るというのは、やはりどう考えても『持って生まれたモノが違う』としか言いようがない。


 もしも自分が“輝ける虹の風”を脱退せずにいれば、今頃どこまで上がれていただろうか。それを考えるともはや嫉妬すら沸かない。

 自分はレギーナやユーリたちとは違う。あくまでも平均的な能力の一般的冒険者でしかない。やはりあの時辞めておいて正解だったのだろう、とひとり納得するアルベルトである。



「ところで、この街には魔道具屋やらおるとかいな?」


 宿への帰路でミカエラがアルベルトに訊ねる。御者台に[付与]した水膜を結界器つまり魔道具にして改装し、永続型にしてしまおうというのだ。


「この街にもいるとは思うけど、アプローズ号を改装するのなら人口規模から考えても次のラグシウムで探した方がいいと思うよ」

「そうかね。ほならそげんしょっか(そうしようか)ね」

「それに、できればスズの餌の保管庫も増設したいな」

「あー、それも必要そうね。いいわよ」


 歩きながら特に熟慮もせず簡単に決まっていく改装計画。その彼らの歩く道のはるか下では、暮れなずむ陽神の茜色に照らされたネレトヴァ川の雄大な流れが、ただ静かに滔々と広がっていた。




お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。


もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!



最初の方に出てきたドワーフの「ザンディス」と今回出たフィルボルグの「ザンディ」の名前がそっくりなんですが、実は両者は元々別の作品で登場するキャラでした。

ザンディは竜の泉亭を舞台にした作品で書いていたキャラで、ザンディスは昔ソードワールドRPGで作ったPCで、この作品はそうやって方々でかつて作者が造形したキャラがそこら中に散らばっています。名前がソックリなのに気付いたはいいもののふたりともン十年単位で存在していて、自分の中でキャラが固まってしまっていてどうにも名前が変えられません。なのでやむを得ずそのまま出しています。

まあ、名前がソックリの赤の他人とか現実でもいますからねえ…?(言い訳)

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