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2-7.渓谷都市ザムリフェの“名物”

 蒼薔薇騎士団は捕えた賊を引っ立ててザムリフェに向かった。

 先に西門に知らせに行ったヴィオレが守衛隊を引き連れて戻ってきて賊を引き渡したあと、アプローズ号は守衛隊の先導で西門に到着し、入城手続きと賊の討伐手続きを済ませて褒賞を受け取り、さらにザムリフェ辺境伯の公邸で簡単な挨拶を済ませ、そして今は〈ネレトヴァ川の水面の揺らめき〉亭にチェックインしたところだ。

 宿に着いて真っ先にやったことと言えば、濡れた服や装備のクリーニング依頼である。さすがに武器の手入れは使用者自らが行うべきものなので手元にあるが、鎧は職人にメンテナンスしてもらう方がいいし、濡れた服も洗わなくてはならない。


 アプローズ号には洗濯できる設備は備わっていない。脚竜車の発注の際にも当然、洗濯設備の話が出たのだが、蒼薔薇騎士団全員の強固な反対で設置を見送られたのだ。

 まあそれはそうだろう。車内で洗濯するとなると当然それはアルベルトの担当業務であり、洗う汚れ物は乙女たちの肌着(したぎ)を含む衣服なのだ。彼女たちからすればとんでもない話だし、アルベルトだってそんなのは扱いに困る。

 というわけで彼女たちはウォークインクローゼット内に大量に私服を準備していて、一週(10日)ぐらいなら洗濯なしでも平気で過ごせるようになっている。そして洗い物は宿に着くたびにクリーニングに出しているのだ。



 街道筋でレギーナたちを襲って退治された賊は、ここ最近増えている新手の手口だという。使わなくなった脚竜車をわざわざ壊したり燃やしたりして人目を引き、被害者が寄ってきたところを[転移]で奇襲して積み荷や命を奪っているのだという。

 ヴィオレが捕まえてきた魔術師はザムリフェ市内の隠れ家に潜んでいたようだ。だが奪った積み荷を市内に運び入れた形跡はなく、どこか郊外の森の中などに隠しているらしい。こちらはザムリフェの防衛隊が捜索隊を組織することになっている。


「ていうか、ヴィオレさんよくアジトを見つけられたよね」


 アルベルトの疑問はもっともだ。そもそも何を手がかりにすればあんなに即行でアジトを抑えられるのか。


「あら、簡単よ」


 それに対し彼女は事も無げに言う。


「最初の状況の怪しさから魔術犯罪、それも黄加護の転移系を使った犯罪なのはすぐ分かったから、敵は[感知]の届かない遠方にいるのが道理よね。だったらこの辺ならザムリフェにいると考えるのが自然でしょう?」

「はあ、まあ確かに」

「市内にいるとすれば、市内に入って[感知]をかけて、それらしい魔術を使ってる場所や人があればそこが当たりよ」


 さも当然のごとく言うヴィオレだが、術式によって異なる魔力量を正確に見極めるのは相当に困難だ。それでなくても都市部には冒険者がいて、各種魔道具が働いていて、一般市民でも生活に使う魔術ぐらいは当たり前に使えるのだ。

 そんな中で犯罪に使われるような[転移]や通信系の魔術だけを見極めるなど、普通は考えられる事じゃない。


 と、彼女が首元から銀の認識票を取り出す。

 ですよねー。


「でも、それにしてもどうやって移動したの?ありえないくらい速いんだけど」

「あら。だって私[飛空(ひくう)]を覚えてるもの」

「ああ、それで…」


 と納得するしかないアルベルトである。


 [飛空]は白の属性魔術で、文字通り空を飛べる。出せるスピードは術者の能力と術式のレベルによって変わるが、達人(マスター)のヴィオレなら相当な速度が出せるはずだ。彼女の加護は白ではなく黒なので、その分だけ術式の効果は薄れるが、それでも並の白加護持ちよりは使いこなしているのだろう。

 なお属性魔術とは言うが、自分の加護と同じ属性の魔術しか使えないという訳ではない。そういった属性限定の魔術は特に『加護魔術』として分類されていて、加護魔術以外ならば属性問わず習得が可能だ。だから人は誰もが自分の覚えたい魔術を選んで覚えることができる。

 加護魔術に分類されるのは青属性の[治癒]や黄属性の[転移]などであり、それゆえ冒険者のパーティなどはなるべく全ての加護を揃えることが望ましいとされている。


「そう言えば、レギーナさんたちの話し声って俺にも聞こえてたんだけど、あれは……」

「そんなの当たり前じゃない。あなたの座ってた御者台に何の魔術が[付与]されてると思ってるの?」


 言われてみればこれも自明の理であった。御者台にはもとより居室内と会話するための[通信]が[付与]されていて、彼女たちと普段から会話ができているのだ。[通信]の対象が居室ではなく彼女たち個人であったとすれば、居室を離れていても効果範囲なら声が届くわけだ。

 ちなみに魔術師の声まで聞こえたのは、縛ったロープを通じて間接的にヴィオレと接触していたからであり、もしも彼女がロープを手放していれば聞こえなかったことだろう。


「だからあなたの叫び声もちゃんと聞こえてたわ。むしろうるさかったわね」

「も、申し訳ない……」


 もはやアルベルトは恐縮するしかなかった。


「それで?この街はどんな名物があるの?」


 一転して期待に目を輝かせ始めるレギーナである。サライボスナの温泉がよほど気に入ったのだろう、この街(ザムリフェ)にも期待せずにいられないようだ。


「いやあ、この街はあまり面白いものはないかな。みんな川に飛び込んで遊んでるくらいで」


「……は?」

「川さい飛び込むと?」


 アルベルトの言葉に、レギーナもミカエラもポカンとしている。さすがに貴顕の家のお嬢様には想像もつかないことだろう。

 ヴィオレは知っているのかいないのか、表面上は平静を装っている。クレアは興味がなさそうで、そもそも話を聞いていない。


「まあ、実際に見に行ってみれば分かると思うよ。この街の名物と言えばそれだから」


「え、でも雨降ってるし」

「ちょうど小降りになってきたから、もうしばらくすれば止むんじゃないかな。時間的にもみんな集まってくる時間だし、多分やると思うよ」


 アルベルトの言葉に窓の外を見れば、確かに強かった雨足が弱くなっている。遠くの空が陽神の茜色に染まっているので雲も薄れているようだ。この分だと遠からず止むだろう。


 しばらく待っていると確かに雨が止んできた。飛び込みはいつもこのくらいの時間に行われるということで、全員で連立って見物に出かける。宿の従業員(スタッフ)に訊ねると、ちょうど一番有名な橋がすぐそこにあるらしく、ちょっと見物ぐらいなら、ということになったのだ。

 なおクレアは面倒くさそうだったが、アルベルトが直接誘ったので黙ってついて来ている。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ネレトヴァ川に懸かるその橋は、何というか、とても奇抜な見た目をしていた。

 川幅は充分に広い。聞けばこの地域では一番大きな川だそうで、橋や渡し船がなければ到底対岸までは辿りつけそうにない。なので街のあちこちに橋が渡されているのが見える。

 市街地から川面まではかなりの高さがあり、川は両岸を崖に覆われている。切り立った崖の両側に街があり、その中心を割るように延びる渓谷の底に川があるという形だ。ちなみに街そのものが谷底にあって、周囲を山に囲まれている。


 通常、橋というものは人や車両が川を渡るために設置するものであり、上部は水平にして凹凸などないようにするものだ。道路の延長線上と考えるべきものなのだから、そこに変な工夫は要らない。

 だがその橋は、中央部が高く盛り上がっていて、簡単に言えば山型になっていた。橋のどちらから入っても急な登り階段しか見当たらず、頂点のわずかな水平地点のあとは急な下り階段になる。これでは徒歩はともかく車両の通行は無理だろう。

 そして、その頂点の水平地点の欄干に、見たこともないものが付いている。


 橋と同じ材質の、石造りの柱。人の背丈の倍くらいあり、頂上部が小さな踊り場になっていて、川の水面に向かって少しだけ突き出ている。人がふたり立つのがやっとの狭いスペースだ。

 そしてその柱には人が登れるように梯子が据え付けてある。


 どう見てもそれは、その柱の頂点に登って川へと飛び込むための台だ。とすれば奇抜な橋のデザインは、飛び込む際の高さをさらに稼ぐために敢えて山型にしているのだということになる。

 そしてその柱、飛び込み台の周囲には、すでに人だかりができつつあった。それも若い男ばかりだ。


「「な()これ?」」


 レギーナとミカエラの声がまたしてもハモる。


「あれがザムリフェ名物、通称“飛び込み橋サリーレインポンティス”だよ」


「「飛び込み橋?」」

「あの飛び込み台の上に立って、下の川にダイブするんだ。そうして勇気を競い合うんだよ」


「なんそれ、頭おかしいと?」


 呆れたような表情になるミカエラ。


「躊躇なく飛び込めたら“勇者”って呼ばれるんだ」


「え、そんなことに“勇者”の二つ名使わないで欲しいんだけど」


 早くもドン引きのレギーナ。


「でもこの高さを飛び込むのは、確かに勇気がいるでしょうね」


 ヴィオレが水面を覗き込む。

 川は滔々と流れていて、雨上がりということもあり結構流れが早そうだ。おそらく水量も増していることだろう。深い碧色に染まる水面には波飛沫が踊っていて、川底は見えない。

 飛び込み台から水面まではかなりの高さがある。10ニフ(約16m)か、あるいはもっとあるかも知れない。水面から川底までの深さがどれだけあるか分からないが、浅い川なら飛び込めば怪我では済まないだろう。


「このへんは渓谷の一番谷間の部分だからね。川の流れが両岸の崖を削ってどんどん深くなっていったらしくて、それで水深もかなりあるって聞いてるよ」

「それならそれで、落ちたら助からないんじゃないかしら?」

「そこはほら」


 アルベルトが下方の水面を指差す。対岸の崖を伝って水面まで降りる階段がいくつも設けられていて、それぞれの最下部には小さな桟橋があって小舟が係留されている。

 まさか飛び込んだ馬鹿者を救助するために作ったとも思えないので、普段から漁などで使っているのだろう。きっとそのついでに、飛び込む命知らずも助けているのだろう。そしてその桟橋のいくつかには、すでに待機している男たちが何人も見える。

 なるほど、名物というだけあって安全管理は万全といったところか。


「よっしゃあ!一番飛びはこのリッキー・モルテン様が頂いたぜ!」


 急に大声が響きわたって、見れば飛び込み台を若い男がよじ登っている。その周りからは「おー、行け行け!」「第一挑戦者だぞしっかりやれ」などと野次が飛んでいる。

 呆気に取られて見ているレギーナたちの前で、リッキーと名乗ったその男は飛び込み台の頂点に立つ。彼は勇んで先端まで進み、そして水面を見て、


 後ずさった。


「なんね行かんとね」


 拍子抜けしたようなミカエラの声。


「怖いなら行かなきゃいいのに」


 呆れ返ったレギーナの声。


 今、蒼薔薇騎士団とアルベルトは橋のたもとから少し離れた川沿いの路上に立っている。ちょうど崖の真上で橋も飛び込み台も水面も対岸もよく見渡せる位置だ。周りには似たような見物客がちらほら集まってきていて、どうやら飛び込むだけでなくそれを見物するのも“名物”のようだ。

 というかむしろ、見物の方がメインなのだろう。よく見れば対岸にも同じような見物客がそこかしこに立っている。

 見物客たちが固まっているのは手すりに囲われた見物台のような場所で、それが対岸に何ヶ所か設置してあるようだ。レギーナたちがいる場所も似たような造りになっていて、これはこちら側の見物台のひとつなのだろう。


 水面までの高さに思わず尻込みしたリッキーだが、すでに飛び込み台の頂点に立っていて引っ込みがつかない。「何やってんだー」「まさか怖気づいたか?」などと橋の上の野次馬たち、もとい他の挑戦者たちに煽られている。

 しばらく逡巡していたが、彼は覚悟を決めたようだ。再び飛び込み台の先端へと恐る恐る歩を進める。


「こここ、これしきの高さが何だってんだオラァ!見てろよオメーら、俺様はやる!やれるんだ!」


 どう聞いても自分を騙して言い聞かせてるとしか思えないが、それでも彼は意を決して最後の一歩を踏み出した。


「うわ、うわわわわわ!ひいいぃぃぃ〜〜〜!!」


 何とも間抜けな悲鳴を残して彼は足から水面へと落ちていく。あっという間にその姿は水面に到達し、ドボォンという派手な音と盛大な水飛沫を上げて水面に呑まれた。


 水飛沫が収まり、水面には飛び込んだ跡の波紋が広がってゆく。

 だが彼は浮いてこない。

 橋の上から覗いていた挑戦者たちにも、川岸から見物している客たちにもざわめきが広がってゆく。

 桟橋から小舟が漕ぎ出した。


「これ、助けた方がいいとやろか」


 ミカエラが水面を見つめて呟く。焦っている風ではなくため息まじりだ。


 と、そこへ人影が浮いてきた。リッキーだ。

 だが浮いてきたのは背中で、手足も頭も水面下に沈んだままだ。

 つまり彼は水面に落ちた衝撃で気を失っているのだ。


 小舟がサッと漕ぎ寄って、鉤爪のついた長い棒を取り出して器用にリッキーの身体に引っ掛け引き寄せる。そうして手慣れた様子で彼を船の上に抱え上げた。

 助け上げられたのならひとまずは安心だろう。


「これ、浮いてこなきゃ助けられないわねえ」


 呆れたようなヴィオレの声。実際、この遊びは深い川に沈んだまま浮いてこない挑戦者が出ることがあり、時には死人も出ている危険な遊びだった。特に今日のような雨上がりは水の流れも速く、そのまま流される者さえいたりする。

 つまりこれは単なる度胸試しではなく、文字通り命をかけた「勇気ある挑戦」というわけだった。


「男ってホント、どうしてみんなこうバカなの?」


 レギーナも呆れている。

 まあ、この手のやつは男特有のバカさ加減だから、女の人には分からんでしょうねえ。


「ちょっと…面白そう…」

「「「はぁ!? 」」」


 だが、それまでずっと黙っていたクレアがポツリと呟いて、それで歳上の三人が揃って驚愕の声を上げる。見ればクレアの瞳がいつものように好奇心に輝いている。


「だ、ダメよクレア!あんな危ないことさせられるもんですか!」

「そうばい、何にでも興味持つとはよかばってん、大概しとかなつまらんばい」

「あの高さから落ちたら、いくら水面といえども下手したら骨折じゃ済まないわよ?」


「むー」


 三人から口々に止められて、クレアの頬が膨れる。


「気持ちは分かるけど、俺も止めた方がいいと思うな。危ないことはしちゃダメだよ」


 見物に誘った手前、アルベルトも責任を感じて止めに入ったので、それでクレアも渋々諦めたようだった。




ザムリフェ、それは勇気ある挑戦者(チャレンジャー)の集う街(笑)。



お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。


もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマークをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!



●用語に関するどうでもいい補足●


「防衛隊」と「守衛隊」の違いについて。

今さらな気もしますが、正しく理解されている読者様とそうでない読者様がおられるかと思いますので、はっきりさせておこうかと思います。別に書き間違えているわけでも、混同しているわけでもありません。


・防衛隊

スラヴィア各都市の防衛戦力、つまりは軍隊のこと。各都市は都市国家の体裁を取っていて厳密には「国」ではないため、防衛軍あるいは国軍という言い方をせずに防衛隊(戦力部隊)と称している。実際に複数の都市を支配する国家の戦力と比較すれば各都市の保有戦力は一部隊規模に過ぎないため、慣例的に軍とは呼称しない。

・守衛隊

各都市の城門の防衛及び都市内の治安維持を担当する部隊で、要するに警察組織。防衛隊とは指揮系統が異なり、有事には互いに連携したり個別に動いたりすることが可能。


このほか、各都市の領主家直属の戦力として「親衛隊」が組織されている場合が多い。

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