2-4.温泉の街サライボスナ(2)
一応、温泉回です。
まあ入浴シーンそのものは出てきませんが。
風呂上がりの浴衣美女を想像しながらお楽しみ下さい。
第8話『動き始める運命』に前書きと、本文末尾に一文を追加しています。大した内容でもありませんが、未読の方は一度目を通されておいて下さい。
ともあれ、入市してまずは領主公邸へ直行し、門衛に来意を告げて領主への面会を求め、レギーナたちは型通りの挨拶を済ませて来たようだ。その間アルベルトは御者なのでアプローズ号で待機し、ヴィオレは例によって街中に姿を消している。
レギーナたちが戻ってくるのと前後してヴィオレもアプローズ号に帰って来て、彼女の案内で〈渓谷のせせらぎ〉亭にチェックインした。
「私たちは浴場に行くけど、あなたはどうするの?」
「今日は長く走らせたからね、まずはスズを労ってやろうかと思ってるよ。浴場に行くのは晩食の後かな」
「ほんじゃ、ウチらはお先に浴びてきますわ」
「うん、行ってらっしゃい。
⸺ああでも、確か湯着を買わないと」
そう言えば伝え忘れていたと思ってアルベルトが言うと、案の定怪訝な顔をされる。
「湯着?なにそれ?」
「ここの温泉は公衆浴場だからね。家庭や宿の風呂と違って見知らぬ人と入り合わせるから、裸じゃダメなんだ」
「あー、それでその湯着っちゅうんを着て肌ば隠さんといけんとですか」
「え、じゃあ身体洗えないじゃない!」
お風呂なのに素肌が晒せないと知ってレギーナが不満を露わにする。まあ温泉に入り慣れていないなら普通の反応だろう。
「手足と髪は洗わないと逆にマナー違反だけどね。それに公衆浴場はそれぞれ場所によって効能が違うはずだから、入り比べる楽しみもあるよ」
「効能、って?」
「温泉っていうのはただのお湯じゃなくて、薬効成分が湯に含まれてるんだ。だから怪我や病気を治すのに効果があったり、腰痛や筋肉痛をほぐしたり、後は美容に効果があったり…」
「「「「美容!? 」」」」
全員揃って今日イチの食いつき。
やはりそこは女子であった。
「どこ!?美容に効く浴場ってどこなのよ!?」
「フロントに浴場マップのあったけん貰ってきたばい!」
「探すのよ!一番近い美容の浴場はどこ!?」
そんなに焦らなくても浴場は逃げないのだが。
まああまり遅くなると浴場も閉まってしまうが、それならそれで宿の風呂を使えばいいだけである。何しろヴィオレが見つけてきたのはこのサライボスナでもっとも格式の高い宿で、レギーナたちのチェックインした一等客室には専用の露天風呂すら付いている。
にも関わらず彼女たちが公衆浴場に拘るのは、それが他の街にはないこの街独自のものだからだ。つまりサライボスナに来なければ公衆浴場には入れず、サライボスナに来たからには公衆浴場を使わない選択肢はないのだ。
「あったわ。ここね」
「よし、じゃあ行くわよ!」
「でも、湯着は…?」
「湯着はそれぞれの公衆浴場で売ってるはずだよ。あと宿のフロントでも言えば多分買えると思う」
というかそれ以外では湯着は買えない。用途が限定されるので一般の商会では取り扱っていないのだ。
ちなみにここの女性用湯着は胸部と腹部それに腰部まで覆うワンピースタイプの、平たく言えば水着である。脱ぎ着しやすいように背中の部分に大きく切れ込みが入っていて、そこに通された紐で絞って体型に合わせ、その紐を脇の下で前に回して胸の前か、紐が長い場合には胸元で交差させてうなじで結んで留める。布製であるため濡れて透けないように、紺色ないし黒色であるのが一般的だ。
はいそこ。「ス○水」とか言わないように。
なお男性用の湯着は腰部だけ覆う、こちらもいわゆる海パンタイプになる。腰部に通した紐で縛って落ちないようにはするが、それ以外は割とフリーである。ポロリがあってはマズいのでサイズは大きめだ。
「それから、入浴用のセットも買うことになるからそのつもりで。あと入湯のしきたりみたいなのが最初にレクチャーされるから⸺」
「もういいわよ!分かったから!ちゃんとやるから!」
焦れていたレギーナの堪忍袋の緒が切れた。
そして彼女たちは慌ただしく準備して宿を出て行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿に戻ってきた彼女たちの肌はツヤツヤと輝いていて、さすがのアルベルトも驚いたものである。ただでさえ彼女たちはみんな瑞々しい若さと美しさに溢れていて、ともすれば凝視してしまいかねなくて普段から気を付けているのだが、さすがにこの時ばかりは見つめたまま固まってしまった。
なお彼女たちは全員がガウンのようなゆったりと羽織って前で合わせ、腰紐で結んで留めるだけの丈の長い白い服を纏っている。道行く他の観光客たちも男女とも同じものを着ている人が多いところを見ると、風呂上がりに羽織るのが定番なのだろう。
「なあに?私たちの顔、なんかついてるのかしら?」
ニコニコと上機嫌のレギーナはまじまじと見られたことを咎めるでもなく、それどころか「ついてるんでしょ」とでも言いたげに満足そうである。よほど“美容の湯”がお気に召したようだ。
そんな彼女の上気した肌にかすかに浮かぶ汗が艷やかで、その汗ばんだ頬やうなじにしっとりとまとわり付く蒼髪が何とも艶めかしい。普段からレギーナの美しさは色っぽさというよりも造形美や躍動美と表現する方が相応しいが、今こうしてはんなりと微笑う彼女は色気までも手に入れていて、もはや暴力的だ。
「いやあ、良かもん教えてもらいましたわアルベルトさん」
普段は「おいちゃん」としか呼ばないミカエラが、アルベルトをわざわざ名前で呼んでいる。依頼交渉の席などある程度公式な場でこそ名前呼びするもののそれ以外は極めてフレンドリーな彼女なのだが、お礼がわりに敬意でも表しているのだろうか。
もっとも、彼女に「おいちゃん」と呼ばれるのは親しみが込められていてアルベルトは嫌いではないのだが。
そんなフレンドリーで普段は美しさよりも親しみやすさが上回る彼女だが、今この時ばかりはレギーナに匹敵する美貌と艶やかさが遺憾なく発揮されていて、おまけにフレンドリーさはそのままだから却って困る。
「5歳は若返った気がするわあ」
ひとりだけ年齢が高いヴィオレまでその言葉通りにキラキラ輝いていて、どこで買ってきたのか折りたたみ式の扇を手に、口許を隠しつつはんなりと煽いでいるのがまた様になっている。聞けば彼女は今年29歳になるそうで、本人は頑なに年齢を明かそうとしなかったがミカエラがこっそり教えてくれた。
なおそのミカエラは今年19歳で、レギーナと同い年だという。20歳前後といえば女性がもっとも美しくなる年代であるから彼女やレギーナの美しさもある意味で当然と言えたが、今のヴィオレはそれに迫るものがある。もしかすると彼女が19歳だった頃には、今のミカエラやレギーナが足元にも及ばないほどの恐るべき美貌を誇っていたのではないだろうか。
そう思わせるほど、今の彼女は若々しく瑞々しかった。いやもちろん普段の彼女も充分美しいのだが。
「気持ち…良かった…」
そして最年少のクレアである。
ただでさえ13歳という若さ、瑞々しさを通り越して青い果実のような彼女までその輝きを増しているではないか。というかほんのり上気した肌と潤んだ瞳、それにほう、とため息をつくその様まで、普段はほとんど感じない色気を帯びていて逆に大人っぽくなった気さえする。
しかも今の彼女はレギーナたちと同様の白ガウン姿ではなく私服のワンピース姿である。それも純白のノースリーブで丈が短めで、ただでさえ絹のように真っ白な手足もうなじも外気に、そしてアルベルトの目に晒されていた。しかもそれがほんのりピンクに染まっていて、普段よりも明らかに生気に溢れている。
温泉で上気した肌とその年齢と、持ち前の年齢不相応に発育した肢体が合わされば、そこにあるのはもはや破壊兵器である。とても「数年後が楽しみだ」などと言ってはいられない。それどころか今抱きついて来られたら我慢できる自信がアルベルトにはない。
「い、いやあ、喜んでもらえたようで良かったよ」
内心の焦りと動悸を必死に隠しつつ愛想笑いのアルベルト。美女四人はそんな男ひとりの狼狽など気付きもしないで、次はどの湯を試すかマップを囲んできゃいきゃいやっている。そしてその姿がまた輝いているのだから始末に負えない。
「あ、そうそう。ウチらここでもう一泊しますけん」
振り返ったミカエラが、ヒョイっと気安いいつもの感じで爆弾を放り投げてきた。
ということは何か、明日は一日中この責め苦に耐えねばならんのか、と今から憔悴するアルベルトである。黒一点の辛さももう少し解ってもらえないだろうか。
まあ無理だよね。うん分かってる。
分かってるけども、ねえ?
結局、晩食の後でひとり外出したアルベルトは、公衆浴場を使うだけでなく娼館にも行ってきてしまった。思えばただでさえここ一年ほど利用してなくて精気が溜まっていたのだから、女性四人と旅をすると決まった時点で行っておくべきだったのだ。
この先の旅の長さを考えれば、今行っておかないと後々取り返しがつかなくなる気がするので、多分これで正解である。
なお晩食の際の彼女たちは、入浴から時間が経って汗が引いている分だけ若い女性特有の香気が増していて、目のやり場だけでなく鼻のやり場にも困ったことを追記しておく。
それを宿備え付けの食堂ではなく彼女たちの泊まっているスイートルームで同席して、独り集中砲火を浴びまくったのだから、娼館で発散するぐらいは勘弁して欲しいと真剣に言い訳するアルベルトである。
一体誰に言い訳してるんだかよく分からないが、まあそういうもんである。
「おいちゃんえらい長湯やったねえ。もしかしてハシゴしてきたん?」
遅くに戻ってきたアルベルトを見て、彼が自分たちと違う意味でツヤツヤしているのをミカエラは勘違いしているようだが、別に訂正する必要性を全く感じないのでアルベルトは曖昧に笑って誤魔化しておいた。
そしてそのまま自分の部屋に戻って早々に寝てしまったのだった。
そして次の日。
彼女たちは朝食もそこそこに連れ立って浴場へと出かけて行った。浴場の方も観光客や湯治客目当てに朝から開いている所が多く、また少しでも多くの浴場を巡ってお金を落としてほしいのか「浴場パスポート」なる手形を用意していて、彼女たちがそれを手にウキウキしながら出かけていくのをただ見送るしかないアルベルトであった。
ちなみに浴場パスポートは、三場回ると各一割引き、六場回ると一ヶ所無料というサービスで、浴場ごとにスタンプを台紙に押してもらって、最後にそれを温泉ギルドの事務局に持っていけば精算されるらしい。アルベルトは一度にそんなに入った事もなかったので知らなかった。
というわけで彼女たちは朝の間に二場、昼食に戻ってきてから昼に三場回り、昨夜のと合わせて見事六場達成してホクホク顔のツヤツヤ肌で帰ってきた。
「いや〜、あっこの“炭酸泉”ちゅうとは良かったねえ。シュワシュワして泡が肌にひっついて。あげん気持ちの良かお湯は初めてばい!」
「私はあの乳白色の、お湯の中に花が舞っているようなあれが良かったわ。美しくて華やかで」
「真っ赤なの…鉄の匂いのとこ…」
いやそんなにバラエティ豊かなんですかここのお湯。
「私はやっぱり最初の“美容の湯”ね!もう見た目で分かるくらいしっとりモチモチのツヤツヤになって!もう毎日通いたいくらい!」
いやお役目あるんで。毎日は勘弁してやって下さい。
「そういえば、あなたも昨日ハシゴしたんでしょ?どこのお湯に浸かってきたの?」
あ、ハシゴしたって誤解されたままだ。
「うん?いや、手近な所で済ませただけだけど。確か『慢性疲労に効果がある』って書いてあったかな」
「慢性疲労って……」
「さすがにそこは“おいちゃん”やったばいね……」
若いレギーナやミカエラはアルベルトの答えにドン引いている。そりゃあなた方みたいな若い子にはまだ分からんでしょうね。むしろ分かられちゃ困ります、ええ。
(……私もそろそろ気を付けないとダメかしら……)
あのヴィオレさん?考えてることが顔に出てますよ?
「おとうさん…肩、揉む?」
そしてクレアの若すぎるがゆえの気遣いが一番痛い!
温泉の泉質やシステムなどに関しては湯布院、黒川、別府などの九州の温泉地を参考に書いています。本州の方の温泉は行ったことがないので、もしかすると読者様の思い浮かべる温泉とはそぐわないかも知れません。
なお水着を着て温泉に入るのは、現実のヨーロッパでは一般的に当然のマナーとされています。
お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。
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