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2-1.まず最初は胃袋を掴め

お待たせしましたここから二章、旅の道中のあれやこれやのエピソードが続きます。

この章は特に大きな事件とかもないんで冗長に感じる方もいらっしゃるかと思いますが、まあ旅行記みたいなもんだと思って貰えれば。


とりあえずこの回はグルメ回です。見た目や味などを想像しながら食べた気分でお楽しみ下さい。




「次のブルナムまでは陽神が高いうちに着けると思う。ただそれでも出発の時間が遅かったから、今日のところはブルナムで宿を取るべきだね。

けど、ブルナムは今は寂れた宿場町だから、宿の質はあんまり期待しない方がいいと思う」


 地図を広げて眺めている蒼薔薇騎士団の面々にアルベルトが言う。それを四人はじっと聞いている。

 場所はラグからそう離れていない竜骨回廊のただ中。一行は昼食のために一旦車を停めている。


「まあウチらも冒険者やっとるわけやし、雨風凌げるちゃんとした寝床と旨かメシのあるとやったら文句ないばい。

なあ姫ちゃん?」

「いや、最低限は要求したいんだけど?」


 宿の質は問わないと気安く同意を求めるミカエラに、全面的には同意しかねる態勢のレギーナ。

 だが大国であるエトルリア連邦の王姫たるレギーナの「最低限」となると、一体どれほどハードルが上がるものか。


「できたての新鮮なディナーが食べられて、隙間風の入らない部屋に清潔なベッド。そこは譲れないわ!」

「ウチの言うたこと、まんまやんそれ」


 ずいぶんとハードルの低い姫様もいたもんである。

 でもまあ、二段ベッドで大喜びするぐらいだし推して知るべし、か。


「うーんまあ、ブルナムも宿場町だからそのくらいは大丈夫だと思うけど…」


 思わず苦笑するアルベルト。彼の言っているのは『〈虹鳥の渓谷〉亭のような高級宿がない』という程度の意味であって、普通の旅人や隊商たちが使う宿程度なら問題なく探せるはずである。ブルナムだって曲がりなりにも竜骨回廊沿いの宿場町なのだから、往来は多いしある程度の上流階級の客筋にも対応できるのだ。

 ただラグほど賑わっていないのも事実で、だからラグにはルテティアやロンディネス、フローレンティアやウィンボナといった大国の首都クラスの大都市にあるような高級宿に匹敵するレベルの宿が〈虹鳥の渓谷〉亭をはじめ数軒あるが、ブルナムでは望み薄だ。


「あ、なんだそういう意味だったの。大丈夫よ私たちだって時には野営するんだし、そういう心配なら無用よ」

虹鳥の渓谷亭(あそこ)は確かに快適やったねえ。スイートルーム使わせてもろとった(貰わせていた)し」

「プライバシー確保は完璧だったわね」

「おふとん…ふかふかだった…」


 今朝まで泊まっていた高級宿を思い出したのか、各々が遠い目をし始める。〈虹鳥の渓谷〉亭の亭主が聞いたら涙を流して喜びそうだ。

 まあ、アルベルトには全く面識ない人なんですけどね。


「ということで、はい。『五色(ごしき)の炒飯』できたよ。地図片付けてくれるかな」


 先ほどから調理場に立っていたアルベルトが、出来上がった料理を持ってきた。特注の脚竜車の居室内には調理場と冷蔵器のほか、重厚な黒檜のテーブルと四人掛けの上質のL字型ソファが据え付けて固定してあり、蒼薔薇騎士団の面々が思い思いに座っている。

 居室の天井は高く広々としていて、直立して手を伸ばしても届かないほど。壁は白塗り、床はふかふかの絨毯が敷き詰められていて、脚竜車の車内なのにも関わらず、まるでちょっとした屋敷の豪華なリビングのようですらある。


 聞き慣れない料理名に蒼薔薇騎士団の面々がアルベルトの持つ片手持ちの炒め鍋を覗き込む。中には色とりどりの粒が混ざった(リゾ)の料理が香ばしい薫りとともに湯気を立てていた。

 アルベルトはそれを、一緒に持ってきた深皿に手際よく盛り分けてゆく。そしてその皿を四人の前に銀の匙とともに並べて、自分の分も取り分けてから、調理場側に据え付けてある椅子に座る。


「五色、っちゅうことは」

「うん。青豆(ソイ)赤芋(バタタ)黄黍(メイズ)を入れた、白米(リゾ)黒麦(ウィート)の炒め料理だよ」

「あら欲張り。全部入りなのね」



 この世界は全てのものが五色の加護に分類され、それは食材であっても変わりはない。中でもそれぞれの加護を代表する中心的食材があって、人はそれを主食として食べている。


 黒の加護は黒麦(ウィート)。主に西方世界でも北部の方で主流の作物で、乾燥させ粉砕して「黒麦粉」にし、それを使ってパンを焼くのが主流だ。その他にも水で炊いて粥にしたものがよく食べられており、他には麦酒の原料にもなる。

 青の加護は青豆(ソイ)。穀物であるにも関わらず肉とほとんど変わらぬ豊富な栄養素を持ち、様々な料理に用いられる。青いのは未成熟な収穫時の話で、一般的には収穫後に乾燥させて黄色くなったものが食材として売られている。

 赤の加護は赤芋(バタタ)。値段が安く甘く栄養価が高く腹に溜まるので貧困層の味方と言われる。地上ではなく地中に茎を伸ばしてそこに芋が()るのを収穫し、蒸したり焼いたりして食べる。また甘いので菓子の材料としても重宝される。

 黄の加護は黄黍(メイズ)。葉に包まれた芯茎に小さな黄色い粒を無数につけ、その粒を茹でたり、乾燥させて粉にした上でそれに水を加えて練ったものを焼いて食べる。こちらも値段が安く大量に売られていて貧困層の味方になっている。

 そして白の加護は白米(リゾ)。オリュザという穀物の実で、黒麦と比べても作付面積における収穫量が桁違いに多く、西方世界では南部のエトルリアやイヴェリアスなどで比較的よく食べられるだけだが、東方世界ではこちらが一般的な主食であるという。生のままでは固くて食べられたものではないが、水を含ませて煮炊きすると柔らかく甘く美味になる。


 なお自分と同じ加護の食材しか食べられないなどということはなく、むしろ全ての加護の食材をバランス良く摂取するのが推奨される。だから好き嫌いの多い子供などはよく親から怒られていたりする。

 そういうとこは、どこの世界でもあまり変わらないのだ。



 で、アルベルトの作ったのは白米に黒麦を混ぜたものを炊いた「飯」に、乾燥させた青豆と小さくカットした赤芋、乾燥させていない黄黍の粒を混ぜ、さらに細切れの野菜や肉なども合わせた上で溶いた朝鳴鳥の卵で閉じつつ油で炒めた料理だ。

 それが五人分、木製の深皿に盛り分けられ銀の匙を添えられてテーブルに並んでいる。色とりどりの粒が混じり合って見た目から楽しませてくれ、それだけでなく油の香ばしさと調味料の旨味が湯気とともに匂いとなって立ち上り、食欲をそそる。


「チャーハン、とはまた聞き慣れない料理名ね」

スープ炊き(リゾット)、とはちょっと違うわね。炊き込みご飯(ピラフ)……でもないか」

「まあなんかなし(とにかく)、食べりゃあ分かろうもん」

「ミカの、そういう大雑把なとこ…良くないと思う…」

なしな(なんで)!?」


「まあまあ。とりあえず熱いうちが美味しいからさ、火傷しないよう気を付けて食べてよ」


 そう言われて皆それぞれ銀の匙を手に取る。初めて目にする料理に、一抹の不安と一握りの期待が混じりあって、そこに香ばしい薫りが鼻孔をくすぐった。

 ひと口ぶん、掬って口に運ぶ。


 まず口に広がるのは赤芋のまろやかな甘みと黄黍のほのかな甘み。その二種類の甘みを油の香ばしさと卵の旨味が包み込み、さらに噛むたびに白米の甘みが広がってゆく。

 青豆はあらかじめ炒ってあったのだろう、こちらも香ばしく程よい歯ごたえをもたらし、白米のひと粒ひと粒がパラパラになるまで炒められた中には黒麦の粒もしっかり存在感を発揮する。

 三種の甘みと旨味、香ばしさ、それら全体の味を(サール)と、おそらく胡椒(ピペル)、それに擂り潰した胡麻(セサムン)で調えてある。

 それだけでなく、玉葱(ウニオン)人参(キャロタ)岩芋(ポタタ)大蒜(ガリク)などの野菜や香辛料も一口大やみじん切りにして合わせられており、トドメに少しだけ入れられた里猪(スース)の干し肉の細切れが旨味を提供し味を引き締めていた。


 甘く、甘すぎず、脂っこく、それでいてくど過ぎず。極上の料理人の精緻な手腕による絶妙な調和とまではいかないが、個人で作って仲間と食う程度なら絶賛してお釣りが来るレベルに仕上がっている。少なくとも素人が片手間に作ったようなレベルではない。


「なにこれ、美味し!」

「甘かぁ!そして旨かぁ!」

「…!?」

「まさしく『大地の恵み』ね、これは」


 それぞれが一言だけ衝撃を口にして、あとは無言で。

 それを満足そうに見ながら、アルベルトも匙を手に取り食べ始めた。


 四枚の皿が空になるまで、そう時間はかからなかった。

 そしてアルベルトもきちんと完食する。


「ま、まあ、美味しかったわ」

「いや〜主食ばっかってどうなん?て思ったばってん、意外と調和の取れるもんばいね」

「五色の主食は大地の恵み。考えてみれば合わないわけはないのよね」

「卵も美味しかった…お肉も…」


「お気に召したようで良かったよ」


 全員の満足そうな顔を見てアルベルトもホッとする。調理役というのも契約内容に含まれているのだから、最初の一品でまずは胃袋を掴むことができてひと安心である。


「おいちゃんこげな(こんな)料理ばどこで覚えたとね?」

「これは東方世界に行ったときに向こうで習ったやつだね。こっちに帰ってきてからも作ってて、多少はアレンジも加えたから元の料理とは結構別物になってるけど」


 東方世界への旅の最初の食事、だからこそ彼はこれを選んだのだ。自分が知っている中でもっとも作り慣れた東方の料理だからこそ、『最初の一品』としてはこれ以上の適役はなかった。

 そしてアルベルトの調理の腕前を見るために、蒼薔薇騎士団は敢えて出発に昼前の時間帯を選んだのだ。ある程度作れるのはあの森について行った日の経験から分かってはいたが、『ちゃんとした料理』を見せてもらう必要があったのだ。


「ああ、それで。道理で作り慣れてると思ったわ」

「ということは、これは東方(あちら)の料理ってことね?」

「そうだね。ただこれはリ・カルンの料理ってわけじゃなくて、何でも竜骨回廊の果てにある『華国』って国の料理らしい。俺が習ったのがその国出身の料理人だったんだよね」


「……やっぱおいちゃんば雇うて正解やった」

「ええ、本当に」

「そ、そうね……」


 改めて、アルベルトの知識と経験の豊富さを再確認するミカエラたちであった。レギーナだけ心なしか顔を俯かせて表情を隠しているが、まあ気にしないでおいてあげよう。


「じゃ、俺はスズに餌あげてくるから。少し腹休めして、それから出発しようか」


 空になった食器を調理場に片付けてから、そう言ってアルベルトは車外に出てゆく。


 彼の姿が見えなくなってから、ホッと気を抜いたようにソファにしなだれかかる蒼薔薇騎士団の面々。やはり異性といるのは緊張するのか。


「はぁ……。おかわり欲しい……」


 いやもう無いよ?全部君らが食べちゃったじゃん!





お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。


もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、ぜひ評価・ブックマークをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!


少しずつではありますがブックマーク頂けているようで本当に嬉しいです。これからも更新頑張りますのでよろしくお願いします!




●五色の主食に関する補足●

要するに地球上でも主食として数えられている穀物や豆類です。白米はそのままですが黒麦は小麦、青豆は大豆、赤芋はサツマイモ、黄黍(ききび)はトウモロコシを指しています。

麦が黒なのは加護の都合です(笑)。

あと岩芋というのはジャガイモのことです。散々迷った挙句に加護の主食から外しましたが、主食なみに全世界で食べられています。


他の野菜や果物類、肉類やハーブの類なども一通り設定はあるのですが、上手く出せるかどうかは定かではなく…。まあそのうちどこかで出せるでしょう、多分。

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