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a-4.勇者様御一行のお仕事(4)

前回うっかりまだ説明を入れてない『河竜』を出してしまいました(汗)。一応、会話を見て頂ければお分かりになるかと思いますが、要するにワニです。

ていうか亜竜に関する説明自体がまだですよねっていう。


実はこの瘴脈討伐の話が執筆順としては最新話になるので、話に矛盾がないかとかは気をつけてましたが、そのあたりの前後の細かい部分が確認不足でした。申し訳ありません。


亜竜に関する説明は2章6話で出てきますので今しばらくお待ち下さい。ついでに魔術[水膜]は青属性の防御魔術です。こちらは2章5話で説明がありますが、これも失念していました。




「ご、ごめんなさい…………」


 砦小屋の、蒼薔薇騎士団が根城にしている食堂と続き間になっているリビングで。

 ようやく目覚めた勇者様が正座して小さくなって謝っていた。

 正座、とは西方十王国のひとつガリオン王国から西方世界各地に広まった独特の座り方で、椅子などの家具を何も使わず床に直接座るのが特徴だ。通常はそんな座り方はしないが、なんでも反省の意を示す意味合いがあるらしく、親が子供を叱る時などによく用いられる。


「まあ、結果的に大事(おおごと)ならんで済んだけん良かったばってんが、まあちぃと(もう少し)堪えて貰わなつまらん(ダメだ)ねえ」

「本当にスイマセンでした…………」


 いつもの快活で、少しだけ傍若無人なお姫様はどこへやら。平謝りで反省しきりのレギーナである。

 それというのも、彼女はあれから丸1日以上眠り続けたのだ。そして目覚めてからも霊力が戻りきっていなかったため、食っては寝てを繰り返すことさらに1日。

 ということで、今は渓谷に乗り込んだ日から数えて5日目の朝である。


 なのになぜ今さら彼女がミカエラに説教されているのか。それは彼女がうっかり「でも結果的にあの時いたのは全部殲滅できたんだからいいじゃない」と本音を述べてしまったからである。

 その殲滅にミカエラ(じぶん)とクレアまで巻き込みかねなかったこと、下手すると自身の命さえ危うくする状況だったこと、少なくともあの時まだ渓谷の最奥部に敵が残っていて「殲滅」になっていなかったことなど、くどくどくどくどミカエラに言われて、それで何も言い返せない状況に追い込まれているレギーナであった。


 そう、あの時あの状況でミカエラは見えない彼女の位置を探るために[感知]を発動させていたのだ。そして渓谷の最奥部、瘴脈の噴出口近辺に大型の魔力反応がいくつか残ったままなのをしっかり感知していたのだ。

 それなのにレギーナが暴走したせいで撤退せざるを得なくなり、しかも丸2日以上無駄な休息(インターバル)を取らされているのだ。ミカエラが小言を言いたくなるなるのも無理はない。というか同い年で地位関係なしの親友である彼女だからこそ言えるのだ。


「だいたい、ほんなこつ分っとうとかね?ホントなら今頃もう街さい(まで)帰り着いてロイ様に報告も終えられとうっちゃけどね!?」

「はい、ワタシノセイデス…………」


 いつもなら、もうそろそろ「もう分かったから!いいでしょ!」と逆ギレする頃合いだが、今回ばかりはそれが絶対逆効果と分かっているのでレギーナは大人しい。大人しいが、そろそろ耐えるのも限界そうである。


「まあ、その話はもう何度もしたからさすがにもういいのではなくて?それよりも、そろそろ『これから』の話をしましょう?」

「これからっちゅうか、最奥部のアレば片付けんとこの仕事終わりにならんとよね」


 レギーナの様子をしっかり察知しているヴィオレが助け舟を出して、ミカエラも素直にそれに乗る。お説教タイムは一応終了である。


「ロイ様は『凄腕(アデプト)はおらん』て言いよんしゃったばってん、残念ながら見立て違いやったごたるっちゃんね」

「え、そんな強いのいた?」

「魔力だけしか分からんばってん、こんまま放置しとったら多分魔王になるっちゃないとかいな(ないかな)

「あら。それは由々しき事態ねえ」

「それにくさ。多分アレ瘴脈の噴出口にどっかり座っとるとよね。出てくる瘴気(ミアスマ)ばほぼ独り占めしとっけん、成長も早かろうて思うばい」


 定期巡回間近なのに周辺の被害報告は軽微でそう強い魔物も観測できなかったのは、おそらくそれが瘴気を独占しているのが原因だろうとミカエラは言う。だが確認しようにもパーティの主戦力がダウンしていて動くに動けなかったのだ。

 そりゃ怒る。ミカエラでなくとも怒るよレギーナさん。もっと反省して下さい。


 ただそうして苦情を言いつつ、ミカエラはちゃっかり渓谷へ降りて河竜を一匹仕留めてきているので、何というかあんまり偉そうな事は言えない気がするのだが。しかもできるだけ革を傷つけないように、[氷刃]で作った氷の剣でミカエラ自身がわざわざ白兵戦してまで仕留め、しかも丁寧に革を剝がしていたのをしっかりヴィオレに見られている。

 まあその代わり、山ほど焼いたその肉はレギーナの胃袋に収まって霊力回復に役立てたから、一応の言い訳も立つのだが。


「まあとにかく、じゃあ少なくとも“凄腕(アデプト)”は居るってことね?」

「“凄腕(アデプト)”か、下手したらもう“達人(マスター)”かも知らんばってん」

「分かった。とにかく油断できないって事ね」


 話しているうちにレギーナの顔も引き締まってくる。この2日の完全休養で彼女の霊力もようやく全快してきたところだ。だからやっと、最奥部の探索に向かえるわけだ。

 そうしていよいよ彼女たちは、3日ぶりに討伐を再開する。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 3日前と違って、渓谷はすっかり静まり返って生き物の気配がなくなっていた。否、気配があるにはあるのだが、レギーナたちの気配を敏感に感じ取ってはザアッと潮が引くように逃げていく。

 完全にアンタッチャブルな扱いである。

 魔物に化け物扱いされる人外系勇者様爆誕だ。


「なーんか、あんまり嬉しくない」

「自業自得やん。諦め(なさい)


 ただ、そうやって逃げていくのは明らかに格下の弱い魔物や魔獣ばかりだ。渓谷を半ばも進んだあたりから逃げ出さないような強力な魔獣や魔物が出始め、ポツポツと戦闘が始まるようになっていった。

 だが無論、彼女たちの敵ではない。



 それ(・・)は確かに、渓谷の最奥部に鎮座していた。

 座り込む、というか蹲るというか。

 四肢を折りたたみ、背を丸め、首を曲げて地に這わし、その首を自らの尻尾で抱え込むようにして。


「うわー。“巨竜”がいるじゃない……」

「あいたぁ〜。しかもこら(これは)結構な大物やん」


 そこに居たのは“巨竜”だ。脚竜や翼竜などと同じ『亜竜』に分類されてはいるものの、その中で唯一魔獣認定されている、巨大な竜である。若竜のうちは巨体に物を言わせて暴れ回る厄介者であり、長じて老成すれば魔術すら操るようになるという。

 そうした老獪な個体は魔物として扱われた記録もあった。中でも実際に魔王にまで成長を遂げた個体が歴史上一体だけ記録されていて、その個体は『竜王』として歴史に名を残している。

 そして目の前にいる巨竜(それ)は見るからに通常よりも一回り以上は大型の個体だ。比較的歳を経た成竜だろう。


「りゅうおう、ふたたび…?」

「そういう訳にはいかないわね」

「なら、今日ここでウチらが倒さんならん(ないと)ね」


 だがその前に。


「ねえ、私の見間違いじゃなければアレって百手巨人(ヘカトンケイル)じゃない?」

「見間違いやなかねえ。百手巨人(センチマニ)やねえ」

「それ、わざわざ南部ラティン語に言い直す意味あった?」


 わざわざ軽口を叩くしかない。だって巨竜の隣(そこ)に座っていたのは10本の腕と5つの頭を持ち、武器や鎧を装備した、単眼巨人(キュクロプス)と比べても倍以上の巨体の巨人種魔族なのだから。

 とはいえ、神話で語られるそれと比べれば明らかに矮小版である。神話の通りなら百本の腕と50の頭を持っていなくてはならないのだから。


 百手巨人(ヘカトンケイル)に限らず、神話に登場する魔物(モンスター)の名を与えられた魔物や魔獣たちはみな、それに似た姿ということで命名されただけで『本物』ではない。だからそれ(・・)も名前こそ百手巨人(ヘカトンケイル)だが腕は10本しかない。

 だが、それでも充分過ぎるほどの脅威だ。とてもではないが“熟練者(エキスパート)”どころではなく、“凄腕(アデプト)”でさえなく“達人(マスター)”クラスの大物である。こんなもの長い年月を経た迷宮(ダンジョン)の最深部ぐらいでしかお目にかかれるものではない。


「あとは、ティターンがいれば…揃う?」

「「いやいや、それ巨神(かみ)だから(やし)」」


 そんなのが出てきてしまったら、人の身では対抗することさえ難しいはずだ。


 ちなみにこれらの神や魔物が登場するのはどこにもない楽園(イェルゲイル)の神話ではなく、現在のイリシャがある地域に古くから伝わる土着の神話である。これに限らず世界各地に様々な神話や伝承が残っていて、人々の心に、地域に深く根付いている。

 イェルゲイル神教はそのあたり非常に寛容で、各地の神話を否定せず受け入れて残している。元々イェルゲイルの神々が特定地域の土着神だったためだろうと言われているが、定かではない。


 レギーナたちの霊力に反応したのか、まず百手巨人が動き出した。緩慢な動作で立ち上がると、威嚇のつもりか咆哮を上げて彼女たちの方へと一歩踏み出す。一歩と言っても身長が彼女たちの約10倍、つまり歩幅も10倍あるから一気に距離を詰められる。

 それに対してクレアとミカエラがそれぞれ詠唱を開始する。


「姫ちゃん、百手巨人(こっち)はやっとくけん巨竜(アレ)任せていいかいな?」

「分かったわ。早いとこ終わらせましょ」



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「湧き上がれ、[強化]!」

「[炎砲]⸺」


 まず動いたのはミカエラ・クレアの魔術師組。ミカエラがクレアに[強化(バフ)]をかけ、その状態でクレアが炎の大砲を放つ。数日前放ったものより太く大きく強い炎の帯が百手巨人の頭部に伸びていき、そのまま丸ごと呑み込んだ。

 手応えありかと思われたが、炎の帯が消えたあとに見えたのは顔をしっかりガードする二本の腕。腕にはダメージを与えられたが、頭部はほぼ無傷だ。


「うわぁこれ[魔術防御(バリア)]使われとるばい」

「じゃあこれ。[光線]⸺」


 すぐさまクレアが貫通力の高い術式に切り替え放つと、今度は左腕の一本が持っている盾の角度を上手く調整され弾かれてしまった。


「むう」


 思うようにダメージを与えられずむくれるクレア。

 だが巨人が手近にあった大岩を抱え上げたのを見て、すかさず[光線]でそれを撃ち砕いた。巨人は一瞬で砕かれ足元に散らばってしまった岩の破片を見下ろしていたが、片足を上げて地面ごとミカエラたちの方に蹴り飛ばした。


そげなんと(そんなの)が効くか![水膜]!」


 だが所詮はただの石礫、いや岩礫だ。多少大きかろうとも、なんの術式の付与もない無機物は問題なく水の膜に防がれる。


 と、その時だ。レギーナと巨竜の方から膨大な魔力の余波が流れてきた。ミカエラが思わず彼女の向かった方を仰ぎ見ると、どうやら巨竜が[息吹(ブレス)]を放ったようだった。

 彼女は大丈夫なのか。心に不安がもたげかけるが、すぐに首を振ってそれを振り払う。彼女の強さは誰よりも自分がよく知っている。


「ばってん、こら(これは)あんま長引かせるとようない(よくない)たいな。

⸺クレア、大技行くばい!」

「分かった」


 クレアに一言声をかけてミカエラは詠唱を始める。クレアもレギーナのことは信頼しているのだろう、不安げな様子も見せずにミカエラに応える。

 いつもより少しだけ長く複雑な詠唱、それが進むにつれてミカエラの足元に光り輝く魔方陣が浮かび上がり、拡がってゆく。同じように詠唱を始めたクレアの足元にも似たものが展開されてゆく。


 魔方陣、とは魔術の術式を描き込んで紋章化した図形のことである。術の威力を強化する目的で使われることが多く、現代の魔方陣は術式に展開図を組み込むことで詠唱とともに発動・展開するようになっている。方陣とは言うが方形をしているわけではなく、むしろ形状は決まっておらず組んだ術式によって変わる。術者の好みやこだわりが反映されることもある。

 この時ミカエラの展開した魔方陣は青の六芒星、クレアのそれは赤の真円型だった。ミカエラはこだわるタイプ、クレアはこだわらないタイプだ。


 簡単な術式を展開する場合には大掛かりな魔方陣は用いない。霊炉内で発動用に展開するだけでいいので外に見せる(・・・)必要はないのだ。というか魔方陣の紋様には術式が反映されるので、見る人が見ればそれだけでなんの術かバレてしまう。

 だから体外に展開する時はバレるのを覚悟の上で大掛かりな強力な術式を組む時か、威嚇のためにわざわざ見せる(・・・・・・・)時くらいだ。


 大股に近付いてくる巨人が、ミカエラの魔方陣に阻まれたように動きが止まる。それとほぼ同時に彼女の詠唱が完了し、六芒星の魔方陣がひときわ光を発して空へ向かって伸びてゆくと、それはたちまち青い光の壁のようになる。

 最後にミカエラは、並行起動した[水膜]を離れて巨竜と交戦しているレギーナの霊力を探して、その周りにも展開した。


「呑み込め、[海嘯(かいしょう)]!」


 ミカエラを包む青い光の壁が、ぐにゃりと形を失って彼女の前方、巨人に向かってなだれ落ちて行く。壁はいつの間にか巨人よりも遥か高くまでそそり立っていて、それがあたかも大波のように波打ち拡がり、周りの全てを飲み込んで行く。飲み込まれないのは魔方陣の中心にいるミカエラと、彼女が[水膜]で保護したレギーナとクレアだけだ。

 それはさながら全てを呑み込み押し流す大津波⸺海嘯のようだった。近くに水源があることが発動条件のこの術式は、水源つまりレファ川の水を汲み上げ際限のない波の塊となって巨人に襲いかかる。

 巨人はだが、押し流されはしなかった。ただ懸命に抗ってはいるものの、さすがにその場から一歩も動けなくなった。少しでもバランスを崩せばあっという間に押し流され、呑まれて全身を砕かれて絶命するだろうが、腿まで波に呑まれながらもかろうじて耐えている。


「[鏖獄]⸺」


 だがそこに今度はクレアの組み上げた大技が襲いかかった。彼女の足元に展開した魔方陣が一際赤く輝いて天に向かって迸り、それが消えた辺りから炎の塊が身動きの取れない巨人めがけて落ちてくる。

 それはひとつだけではなかった。10か20か、あるいはもっと。そのどれもが直径50デジ(約1m)前後の巨大な塊で、それが巨人の全身に次々に降りかかる。炎塊はあっという間に巨人を丸ごと包み込み、ミカエラの海嘯をも蒸発させてゆく。


 炎塊が降り注ぐのがようやく止まった時、そこにあるのは巨人の形をした炎だった。腕をふるい身をよじり、何とか炎から逃れようとしているのだろうが、魔術の炎はそんな事では消えやしない。喉はすでに灼かれているのか、巨人の咆哮は聞こえなかった。

 地響きとともに巨人が倒れ込み、手足をばたつかせてもがき回る。だがそれも、しばらく待つと動かなくなっていった⸺。





お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。


もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、ぜひ評価・ブックマークをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!



久々に評価を頂けましたが、星ひとつは地味にダメージ食らいます…。まあ評価して頂けるだけありがたいのですが。

もっと良い評価を頂けるよう頑張りますので、どうかよろしくお願いします!

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