a-3.勇者様御一行のお仕事(3)
ちょっと短気なレギーナがピンチに陥って失敗するお話。
一応、流血表現になるのかな?ご注意下さい。
「降り注げ、[雹雨]!」
ミカエラの掛け声とともに大粒の雹の雨が無数に落ちてきて、オルトロスの強靭な皮膚を次々と撃ち抜いて貫通する。痛みと苦しみに悶え吠えていた双頭の魔獣は、最後に頭をふたつとも撃ち貫かれて絶命した。
「[炎砲]⸺」
クレアの掌の先、少し離れた空中に出現した巨大な火球が、その太さのまま真っ直ぐに空へ向かって伸びていき、そこにいた翼竜を飲み込み蒸発させる。
「あんたの[炎砲]、相変わらずデタラメな威力しとんね」
「でも疲れるから、次はちっちゃくする…」
呆れたように言うミカエラと、少し疲れたようなクレア。言葉を交わしながらふたりはすぐに次の魔術を発動させる。
「吹きすさべ、[暴風]!」
「[斬空]⸺」
ミカエラの突き付けた指の先では風が集まり、たちまち小さな嵐のようになって魔獣たちを巻き込んでいく。一方のクレアの掌の向こうでは空中に亀裂が入ったかと思うと、そこにいた鹿鳥が空間ごと真っ二つになった。
「ふぅー」
周囲を見渡して、ミカエラが大きく息をつく。
戦闘が始まってはや数刻。彼女たちは次々と襲ってくる魔獣や魔物たちを蹴散らしつつ渓谷の中ほどまで進んでいた。
討伐は順調で、さすがにここまで来ると立ち向かってくる敵もまばらになってきている。雑魚はおおむね排除できたと言えようか。残っているのは⸺
「ふたりとも、あとは任せて!」
その声は確かに聞こえたが、声の主であるレギーナの姿が見えない。
「よ、っと」
遠くで声がして、今度は彼女が何もない所に現れる。さっきまでミカエラたちと変わらない位置にいたのに、その姿ははるか向こうに現れた。
彼女とミカエラたちの間にいた単眼巨人が3体、ビクリと身体を震わせたかと思うと四肢も胴も首もバラバラになってその場に崩れ落ちた。どの個体もレギーナの5倍はありそうな巨躯だったが、今やただの肉塊だ。
「姫ちゃーん、もう“開放”しとっとね?早よないかいね?」
「だーって、面倒だったんだもの!」
ミカエラが声を張り上げて、遠くから返事が返ってくる。
「分かってるわよ。あんまり飛ばすなって言いたいんでしょ?」
と、今度はミカエラのすぐ目の前に、声とともにレギーナが現れた。先ほど立っていた場所にはもう何もいない。
彼女は今、“迅剣”の能力で敏捷能力が倍加していて、それで瞬間移動したみたいに人の身ではあり得ない速度で動いているのだ。さすがに光速や音速とまではいかないが、それでも彼女の姿を捉えられるような速度を誇るものはこの場にはいなかった。
ゆえに彼女は縦横無尽に動き回りつつ、反撃を受けることもなく斬り放題である。なんかちょっとズルい。
「まあ今さら姫ちゃんがペース配分間違うとか思わんけどね」
いきなり目の前に出現されてもミカエラは動じることもない。もはや慣れっこになっている。
「でもあんまり調子に乗ってるとすーぐ霊力切れちゃうから、まあほどほどにしとくわ」
要するに彼女はキュクロプスの巨体を3つも同時に相手取るのが面倒だっただけである。
ただ迅剣の“開放”は恐るべき威力を秘めているが、今の彼女ではまだ十全に使いこなせていない。ゆえに“開放”したままだと短時間しか持続させられず、霊力を使い切れば動くことさえままならなくなる。
だから本来ならここぞという時のために取っておく“切り札”なのだ。
「というかまあ、ひと息ついたっちゃない?」
周囲を見渡してミカエラが言う。いつの間にか、彼女たちの周りには動くものの気配がなくなっている。
まだ魔獣になりきれない獣たちはとうに逃げ去っているし、魔獣でも強度の低い個体は同じく姿を消している。だから先ほどから彼女たちが相手にしていたのは、主に瘴脈近辺でしか見られない強大な魔獣や巨人種、魔族などだけだった。
そして、それらの敵も今倒してしまったため、一時的にせよ向かってくるものが周囲に居なくなっているのだ。
「あらホントね。じゃ、ひとまず終わりかしら?」
「なら、次は夜…?」
「そうね、お昼食べてひと眠りして、今度は夜行性のを片付けましょうか」
「………あ!確か河竜のおったやろ?あれどこ行った?もう逃げたかいな?」
突然ミカエラが思い出したように声を上げ、川面の方に駆けていく。何かを探しているようだが。
「あー、私、刻んだかも」
「は!?嘘やろ姫ちゃん!?」
「多分だけど。結構適当に斬ってたから」
「マジかー。あれ捌いて今日の食材にしようて思うとったとい…」
当たり前だが肉片となった河竜の姿などどこにもない。直近でレギーナたちが暴れていたとはいえ、それに立ち向かう気骨のない魔獣たちが逃げ去るついでに食い散らかしていったためだ。
河竜の肉は美味と言われており一部に根強いファンがいて、美食の街として知られるガリオン王国の首都ルテティアには河竜専門の料亭まであるほどだ。だが何分にも相手は亜竜の一種で狩るのもひと苦労のため、需要に供給が追いつかない。だから今のところはまだ富裕層を中心とした知る人ぞ知る食材、という扱いである。
「えーこんな瘴脈近くの個体をわざわざ食べるつもりだったの?」
「川にはまだ影響の出とらんけんが河竜も大丈夫のはずばい。
ていうか姫ちゃん、刻まんと残しとったら革剥いで売れたっちゃが!」
「え、わざわざそんな事しなくたって稼げるじゃない」
「河竜の革て高級品なんばい?一頭分丸ごとあったら金貨何枚分かぐらいにはなったと思うっちゃけど」
「え、そんな高いの!?」
「あんただって持っとうやん、プレダの鰐革のバッグ!あれ河竜の革なんばい!」
「ウソでしょ!?あれ白金貨(約100万円)したんだけど!?」
どうやら、失った獲物はかなり大きかったようである。
「ひめ、帰ろう…おなかすいた…」
そして頭を抱える年頃の娘ふたりの袖をくいと引っ張って、食べ盛りが呟くのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局のところ昼食は持参した食材で作るしかなく、例によってミカエラが適当に合わせたスープとパン、それに斑牛と里猪の肉を焼いて味付けして食べた。レギーナとヴィオレは斑牛、ミカエラとクレアは里猪を選んだ。
そしてひと眠りして、四人は日暮れ時にもぞもぞと起き出す。
「ふぁあ…もう時間かいね…」
「空が茜色だし、ぼちぼちかしらね…」
硬い床に寝袋だけで寝ていたせいか、ミカエラもレギーナもまだ眠そうに目を擦っている。まあ朝っぱらから派手に暴れまわったせいもあるのだろう。現にクレアなどまだ眠ったままだ。まあそれはミカエラが起こすので問題ないだろう。
「夜は夜で結構いそうよ」
物見台に上がっていたヴィオレが戻って来てそう言った。彼女だけは戦闘していないので元気なものだが、誰もそれを詰ったりはしない。なにせ彼女は戦闘以外に役割が多くあり、しかも他の三人が苦手な分野をまとめて受け持ってくれているので、彼女抜きではパーティが回らないと全員が理解しているからだ。
ゆえに、最近流行りの物語のようなことは蒼薔薇騎士団には起こらない。パーティメンバーの役割を仲間が理解してないなんてことも、間違った判断のもとに縁の下の力持ちを追放することもあり得ないのだ。レギーナに言わせれば「メンバーの役割を理解してないとかホントにリーダーなのかしら?バカじゃないのソイツこそが追放されるべきよ!」である。
まあ、物語の主題的にはそういう正論をぶっても意味がないのだが。
閑話休題。
昼の残りのスープとパンで軽く腹ごしらえして、準備を済ませるとレギーナたちは砦小屋を出た。陽の沈みかかった空は早くも茜色から宵闇の色に染まりかけていて、山に囲まれた渓谷は薄闇に支配されつつある。その闇の帳の中に、蠢くものたちの影がいくつも見える。
まず向かってきたのは近くにいた爪刃熊。次いで鎧熊と、二本の角を持つ馬“二角馬”も駆けてくる。二角馬は馬のくせに獣や人を襲って食らうし、動きが素早いので開放なしのレギーナの動きにも対応してきて面倒だ。
「[光線]⸺」
クレアの魔術が先頭にいた爪刃熊の顔面を撃ち抜き、爪刃熊は前のめりに崩れ落ちて動かなくなった。
「あっ、私の爪刃熊が!」
「はやいもの勝ち」
私のではないし、早い者勝ちでもないのだが。
「はいはい姫ちゃんには二角馬やるけん」
「ウソでしょ面倒なの押し付けないで!」
とか何とか言いながらミカエラは[氷棺]で鎧熊を氷漬けにしているし、レギーナは二角馬の首を斬り飛ばしている。
と、そこへ飛び込んだ影がある。小さな姿で目立たず、しかも異様に速いスピードで意識の外から飛んできたそれは、完全に奇襲の形になってレギーナの胸に飛び込んできた。
それは彼女の真銀製の鎧の胸当ての部分に直撃し、体当たりされた格好の彼女は思わず「きゃ!」と乙女らしい声を上げてバランスを崩す。
「姫ちゃん!?」
「あ、うさぎ」
そう、それは小さく可愛らしい兎だった。
ただし、その額から体長と変わらぬほど長く真っ直ぐで鋭く尖った角が生えていることを除けば、だが。
“一角兎”と呼ばれる魔獣である。
一角兎はその強靭な後肢で数十歩の距離でもひとっ跳びに距離を詰めてくる魔獣で、意識の外から目にも止まらぬ速さで跳んでくるから厄介だ。しかもその額には長く鋭い角があり、そのため意表を突かれると熟練の冒険者でさえ心臓をひと突きにされて即死する。
つまり本当ならば今の一撃で、レギーナは心臓を貫かれて死んでいたはずだった。それがバランスを崩しただけで済んだのは真銀製の魔術防御の付与された特別な鎧を着ていたことと、あらかじめ彼女自身が我が身に[物理防御]をかけていたためである。
彼女の物理防御はかなり高いレベルでかけられているため、ちょっとやそっとの物理ダメージなら跳ね返してしまえる。ただでさえ攻撃が当たらない上に当たったとしても硬いとか軽く反則だと思う。
とはいえ現況の問題はそこではない。戦いのさなかに彼女がよろめかされた事が問題なのだ。
小さな影が薄闇の中を跳んでくる。
それも3つ、4つ、5つ、6つと。
そう、一角兎は群れる魔獣なのだ。そして困ったことに、こいつらは肉食だ。
バランスを崩してよろめいたレギーナに一角兎が次々と体当たりしていく。体当たりとは言うが、兎たちが向けているのは鋭く尖った角なので、要は巨大な針を立て続けに何本も突き立てられているに等しかった。
そして彼女が倒れ込んでもそれは止まらない。心臓めがけてだけでなく、背中にも腰にも手足にも、もちろん顔にも鋭い角が迫る。
[物理防御]は鎧や盾のように身を守る術式ではなく、皮膚の上にダメージを吸収する薄い層を張るようなものだ。だからいくら物理ダメージがないからと言っても、尖ったもので突かれればそれなりに痛い。顔めがけて尖った角が跳んでくれば当然恐怖も感じる。
「ちょ、やめ、痛い痛い痛い痛い!」
だから必然、彼女は防戦一方になった。相手はどこから跳んでくるのか見えないから避けようがないし、見えたところで立ち上がれないから躱すこともできない。しかもこいつら、まだ仕留めてもないのに齧ろうとするからそれも振り払わなくてはならない。
そして的が小さい上に数が多いからミカエラもクレアも魔術で援護してやることが咄嗟にできない。すでにレギーナに纏わりついているから焼き払うわけにも、風で吹き飛ばすわけにもいかないし、そもそもこのあと何匹跳んでくるのか予測もつかない。それに彼女たちだってすでに新たに魔物に囲まれていて、自分の身を守らねばならない。
「ちょ、姫ちゃん!上!」
しかもそうやってもがいているうちに、大股で歩み寄ってきた新手の単眼巨人が巨岩のような拳を振り上げている。あれを打ち下ろされれば、いかにレギーナが高い防御力を持つとはいえ打ち砕かれてしまうかも知れない。物理防御はそれを上回るダメージを食らってしまえば砕けてしまうのだ。
「━━━ああもう!」
レギーナのその声とともにドゥリンダナが光を放ち、その次の瞬間には彼女の姿が消えていた。
そして、たった今まで彼女が転がっていた場所に単眼巨人が拳を振り下ろし、そこに残っていた一角兎たちをまとめて叩き潰した。
彼女がドゥリンダナを“開放”したのだとミカエラが認識した時には、すでに単眼巨人の首が後ろから斬り飛ばされた後である。
「もう頭きた!」
レギーナの声だけがした。
ミカエラの目の前にいた三首獣の頭が全部いっぺんに飛んだ。次の瞬間にはクレアが焼こうとしていた鶏蛇の胴が左右に斬り裂かれた。空を悠々と飛んでいる翼狼も真っ二つになった。
単眼巨人も、爪刃熊も、鎧熊も二角馬も、その場にいた全ての魔獣も魔物も、あっという間に斬り刻まれ血煙に呑まれて崩れ落ちる。頭に血が上って我を忘れたレギーナが、不可視の颶風となってその場の全ての生命を魔力に還してゆく。
「ちょ、姫ちゃん待った!ストップ!」
大慌てでクレアに駆け寄って、渾身の[水膜]を張って斬撃の流れ弾を防ぎつつ、ミカエラが叫ぶ。だが血の暴風は止まらない。
「落ち着きぃて!霊力切れ起こすばい!?」
今彼女が戦線離脱してしまったら、始めたばかりの今夜の討伐はそこで終わりだ。終わるだけならまだしも、彼女が力尽きて止まった時にまだ生き残っている敵がいたらあっという間に彼女がピンチに陥ってしまう。自分たちのそばで力尽きてくれるならいいが、見えないほど遠くでそうなったら多分きっと守りきれない。
だが心を沈める[平静]をかけようにも、彼女がどこにいるか分からない。だから聞こえていると信じて呼びかけ続けるしかミカエラにはできない。
やがて、ミカエラとクレア以外の全ての生命がその場から失われた。そうなってもまだレギーナは姿を現さなかったが、しばらく[水膜]を張ったまま周囲を警戒していると、後方やや離れた場所でドサリと音がした。
「姫ちゃん!」
慌てて[水膜]を解いて駆け寄ったが、レギーナはすでに完全に意識を失っていた。危惧していた通り、霊力が尽きるまで“開放”し尽くしてしまったのだ。
だがとにかく、最悪の事態だけは免れた。そのことに安堵のため息をつきながらミカエラは彼女を背負う。
「クレア、帰ろう。こらもう2、3日は無理ばい。あんたドゥリンダナ持ってきちゃり」
「えー。ドゥリンダナ重いからやだ…」
「そげん言わんで持ってきぃよ。なくしたら大事するっちゃけん」
そう言って有無を言わさずミカエラは歩き出す。渓谷を出て砦小屋に戻るために。
そしてその後を、ぶつぶつ文句を言いながらもクレアがドゥリンダナを引きずってついていった。
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