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a-1.勇者様御一行のお仕事(1)

旅の日々の前に、レギーナたちが“瘴脈”を討伐してきた時の話を投稿します。バトル成分少ないなーと思って書いちゃったので。


全5話、終わったら2章に入ります。




 ラグ辺境伯、先々代勇者ロイからのほのめかしを受けて蛇王の情報を持つというアルベルトという冒険者を救い、そのまま彼を雇うことにしたレギーナたち蒼薔薇騎士団。彼の人となりや実力のほどを確かめるためその仕事に1日付きまとい、信用できると判断して翌日に辺境伯へと報告し、彼を連れて行くのなら黒一点になるがと指摘されてすったもんだしたさらに翌日。

 蒼薔薇騎士団はまたしてもラグ辺境伯に呼ばれて、辺境伯公邸を訪れていた。


「すまないね、何度も呼び立てして」

「いえ、予定などございませんので」


 新調する脚竜車の完成までおよそ1ヶ月ほどかかるということで、その間彼女たちはラグに逗留することになっている。完成を待つまでの間何もしないというわけにもいかないので、どこか冒険者ギルドに顔を出して適当に依頼でもこなそうかと思っていたところだ。


「暇つぶし、というわけではないのだが、ひとつ仕事を依頼しようと思っていてね」


 だが冒険者ギルドを経由するまでもなく、辺境伯が仕事を持ちかけてきた。


「ラグの北に中規模の瘴脈があるのだが、君たちは知っているだろうか」

「“レファ渓谷”ですね。この辺りではもっとも活発な瘴脈と聞いていますが」


 レファ渓谷の瘴脈は竜骨回廊沿いではもっとも規模の大きな瘴脈だ。大地の下を流れる瘴気が地表に吹き出す瘴脈、それがちょうど渓谷の最深部にあるせいで地形的にも瘴気が溜まりやすく、魔物の棲息密度もかなり高く危険な瘴脈だと言われている。

 ただ、至近にある都市がラグで、歴代勇者を多数輩出している〈竜の泉〉亭と〈黄金の杯〉亭という西方世界でも名の知れたギルドが本拠を構えており、その所属冒険者たちの定期巡回を受けているため、渓谷の外まで危険が広がることは滅多にない。


「そろそろ定期巡回の時期でね。今回は私が行こうと思っていたのだが、君たちが空いているのならば頼もうかと思ってね」

「なるほど。そういう事でしたらお請けいたします」


 レギーナは即答だった。勇者としての一般的な業務なのだから当然だ。

 ただ正式な依頼となると契約が発生する。報酬に関してはもちろん、どこまでやるか(・・・・・・・)など細かく決めなくてはならない。


「それで、今回は具体的にどう処理すればよろしいでしょうか」

「そうだね、単純に棲息密度を下げてもらえればそれで構わないよ。魔獣もだが、特に魔物を間引いてくれればいい。

谷の外に逃げ出した個体については追わなくてもよろしい。あまり逃がすと良くはないが、多少ならば地域のギルドの仕事になるからね」

「畏まりました。現在の『強度』はいかほどで?」

「うむ、今は『熟練者(エキスパート)』といったところか。まだ『凄腕(アデプト)』までは行っておらんだろう」


 つまり、熟練者に匹敵するような個体はいるが凄腕に伍するほどの個体はいなさそうだ、というのが辺境伯の見立てである。


「なるほど、その程度でしたら問題ありません。期間については?」

「それは君たちに任せるよ。というか数次第だろうからね」


 つまり討伐数も討伐期間も明確に定めないというわけだ。敵の強度を考えても、レギーナにとっては片手間で終えられる緩い仕事と言えた。


「君たちが戻ったあと、情報部から人員を派遣して棲息数を確認する。それをもって報酬額を算定し振り込むとしよう。それでいいかね?」

「はい、結構です。では明日にでも出立いたします」

「よろしく頼む。現地の拠点としてはレファ山に見張り小屋を設けてあるから、そこを使うといい」

「ありがとうございます。そうさせて頂きます」


 こうして、レギーナたち蒼薔薇騎士団は瘴脈の討伐へと向かうことになった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ラグ市から見て真北にあるのがラグ山である。そのラグ山を大きく迂回するように川が流れていて、これをレファ川という。レファ川はラグ山よりさらに北から、ラグ山の東寄りを流れてラグ市の南東をかすめて海に向かう。海はラグの南西側にある。

 そのレファ川沿いを遡っていけばラグ山の北東側の山地帯に入ってゆく。これが竜翼山脈の一端で、山間部をしばらく登っていけば山間の渓谷に出る。

 ここが“レファ渓谷”だ。


 ラグの市街がレファ川から少し離れているのには理由がある。この川は竜尾平野でも比較的大きな河川のひとつに数えられるが、かつては治水も利水もままならぬ暴れ川で、毎年のように氾濫を繰り返したため沿岸部に定住できなかったのだ。

 だが今は竜骨回廊周辺を中心に治水がなされ、ラグ市内にも運河が引かれて人々の生活用水を提供している。この利水運河を安全に利用するためにも、渓谷の瘴脈を抑えることが必要なのだ。


「…で、この村に脚竜車ば預けとけばよかっちゃね?」


 御者台に座っているミカエラが確認する。

 彼女の操る脚竜車は蒼薔薇騎士団が普段から移動用に使っているもので、今回もパーティを乗せて来ている。今回はラグ山の北、レファ川が竜尾平野に流れ出てきたあたりにある小さな集落までやって来ていた。

 ここがレファ渓谷にもっとも近い集落で、普段から瘴脈の定期巡回のベースキャンプとして利用されている集落だ。


「ええ。村長が責任持って預かってくれるそうよ」


 集落に話を通してきたヴィオレがそれに答える。一行はここで脚竜車を預け、ここからは徒歩で竜翼山脈に分け入っていくのだ。


 今回ここまで御者を務めてきたのはミカエラだった。普段はヴィオレと分担して御者を務めていて、だから帰りはヴィオレが御者になる。

 ミカエラは村長宅の前に脚竜車を横付けしてレギーナたちを降ろし、自分はそのまま脚竜車を裏手に回していった。

 降り立ったレギーナたちはすっかり装備も整っていて、今にでも瘴脈に向かえそうに準備万端だ。


「ようこそおいで下さいました勇者様。歓迎の準備ができておりますので、ささ、中へどうぞ」


 玄関前で待ち構えていた村長が満面の笑みで出迎えて、レギーナたちを中へ案内しようとする。


「要らないわ。あらかじめ要請してあった物資だけ出して頂戴。すぐに渓谷へ向かうから」


 だがレギーナはにべもない。

 物資の拠出要請は昨日の依頼を受けて辺境伯からこの集落に出されている。昨日の今日ですぐ揃えられるのはこの集落が拠点として活用されているからで、普段から物資が集積されているのだ。


「い、今から向かわれるのですか?」

「そうよ。今なら日暮れまでには見張り小屋にたどり着けるでしょう?」


 朝の間にラグを出たため時刻はまだ昼下がり、ちょうど貴族たちがお茶をするくらいの時間帯である。まあこんな山村には貴族なんていないが。


「いや…しかし、お疲れになってはいけませんから今日のところは村へ泊まって頂いて…」

「大丈夫よ鍛えてるもの。半日遊ぶよりもさっさと現地へ乗り込んだ方がいいわ」

「そ………そうですか…」


 何とか歓待して歓心を買いたかった村長の思惑は、そんな誘いに一切乗らないレギーナ相手には何の効果も及ぼさなかった。

 渋々、といった態で村長が用意した物資を村人たちに出させると、ミカエラとヴィオレが持参した荷物袋に手早く分類して収め、車両を牽かせていた脚竜(サウロフス)の背中に括りつける。

 ちなみに用意させたのは食料と水、それに山中で狩りをする場合に備えた狩猟道具一式だ。


「要請した物資はちゃんとあった?」

「きっちり揃っとったばい」

「じゃ、行きましょっか」


 そうして彼女たちは、唖然とする村長以下集落の人々を後目に川沿いを渓谷に向かって歩き出した。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 しばらくは川沿いを進む。獣や魔獣がちらほら出るが多いという程ではないし、川の中にも特に見当たらないのでまだ大量発生とまではいかないのだろう。

 本来の定期巡回は花季(はる)の終わり頃の予定だったというから、今回の討伐は10日以上前倒しされている計算になる。それもあって、棲息数はさほど多くないと予想された。


 ヴィオレが探索者(スカウト)たちの独自の目印を的確に読んで一行を先導していき、その後ろにレギーナ、次いでクレア、最後尾にミカエラが脚竜の手綱を引くという隊列で森深い山道を進んでいく。

 山道と言っても獣道に毛が生えた程度で、整備されているわけではない。こんな危険な山中に用がある者などいやしないから、瘴脈の定期巡回でこの先の見張り小屋に向かう冒険者以外に通る者もないのだ。


「黒狼のおるよ」


 最後尾からミカエラが声をかける。[感知]はこの中で彼女がもっとも得意なので、ヴィオレの索敵と並行して展開しているのだ。


「何匹?」

「20。まだ“牙狼(ファングウルフ)”にはなっとらんね」


 黒狼はただの獣だが、群れで組織的に獲物を追い詰めて狩りをする厄介な相手だ。それが瘴気で魔獣化すれば体躯が倍以上に膨れ上がり、牙が長く歪に伸びた禍々しい見た目の「牙狼」になる。組織的に狩りをする習性は変わらないので脅威度だけが上がる。

 ただ、レギーナたちにとっては物の数ではない。


「クレア」

「分かってる」


 レギーナとクレアは一言ずつしか交わさない。それだけで意思疎通がかなうのは、それがもう何度繰り返したか分からないやり取りだからだ。

 そこから少し進むと、[感知]を使わずとも気配が漂ってくるのが分かるようになる。囲まれている…と思うそばから2、3頭が目の前に飛び出した。黒狼は獲物が複数いる場合、こうして囮を出して相手を分断しようとする。


「[光矢(こうし)]⸺」


 飛び出してきた黒狼に向かってクレアが掌を向けながら呟く。その掌に光が集まったかと思うと光の矢が現れる。3本出現したそれは、それぞれ出てきた黒狼に向かって一直線に飛んでいき、瞬時に頭を貫いて全て絶命させた。

 直後に森の中から倍以上の個体が躍り出るが、出てきたその位置にはレギーナが待ち構えている。彼女が“ドゥリンダナ”を抜き、それを軽く振るうとそれだけで黒狼の首が飛ぶ。逆襲され混乱した黒狼が慌てて散開しようとするが、残念ながら彼女のスピードの方が上だ。すぐに追いつかれ、ひと振りごとに黒狼たちは絶命していく。

 ほどなくして全ての黒狼が屍を晒した。クレアはあの後もう一発[光矢]を放っただけで、あとは全てレギーナが斬り飛ばした。


「準備運動ぐらいにはなったかいね?」

「ぜーんぜん。“爪刃熊(サーベルベア)”ぐらいじゃないと」

「爪刃熊ではないけれど、“鎧熊(アーマーベア)”が近付いて来てるわね」

「あ、じゃあそれでもいいわ」


 この辺りに出てくる獣の中でもっとも恐れられるのが“灰熊”である。文字通り灰色の毛並みの巨大な熊で、これ単体でも中級ランクの冒険者パーティが命がけで討伐するような難敵だ。それが魔獣化したのが“爪刃熊”で、前脚の4本の爪が左右とも片刃の剣のように鋭く伸び、器用に立ち上がってそれを振るうようになる。ただでさえ脅威となる獣が武器を装備するわけで、並の冒険者では太刀打ちさえ難しいだろう。

 ちなみに“鎧熊”も灰熊の魔獣で、こちらは全身の毛が硬化して頑丈な鎧を纏ったような姿になる。攻撃力は灰熊のまま、防御力が何倍にも跳ね上がるのでこれも大変な脅威だ。


「要するに、黒狼(さっきの)は狩られよったわけたい」


 ミカエラの言うとおりだろう。黒狼の群れは魔獣に襲われて逃げてきただけなのだ。


 鎧熊はすぐに現れた。通常見かける個体よりも一回り大きな個体で、明らかに瘴脈の影響を受けていると見える。

 鎧熊がレギーナに気付いて立ち上がった。その上背がレギーナの倍以上あるが、彼女は特に恐れた風もない。


 咆哮を上げながら鎧熊が振り上げた前脚を振り下ろす。レギーナはひらりと身を躱すとその脇腹にドゥリンダナを叩き込んだ。


「あ、()った」


 硬いと言いながらも、ドゥリンダナは鎧熊の胴体を真っ二つにしていた。


「ぼちぼち渓谷が近くなってきた感じ?」

「このまま真っ直ぐにしばらく進めば渓谷に入るわ。言われた小屋はこの少し先から曲がって、山をしばらく登ったところにあるわね」


 まるで興味を失ったかのように崩れ落ちる鎧熊から目を逸らし、レギーナがヴィオレに質問する。それにヴィオレも落ち着き払って答えている。

 ふたりとも、鎧熊の絶命を疑っていない態度だ。


ほな(じゃあ)、どげんする?」


 確認するかのようなミカエラの質問。陽神は西に傾き始めていて、空が茜色に色付き始めている。

 このまま渓谷に突入して夜間に活発になる魔物たちを間引くか、それとも今日のところは小屋に入って一休みするか。


「私はどっちでもいいけど」

「まあサウロフス種(この子)もいることだし、ひとまず小屋に向かうべきかしらね」

「歩くの…やだ…」


「ほんなら小屋さい行こっかね」


 ミカエラのその一言で次の行動が決まった。

 決定するのはあくまでもリーダーであるレギーナだが、彼女が特に意思を見せない場合はたいていミカエラが決定することになる。この時も彼女たちはそう(・・)だった。





お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。


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