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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第一章】運命の出会い
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1-22.【幕間】出立を見送った人々の話

ラグには多くの冒険者や街の住人たちがいます。そのお話を少しだけ。

本編に絡まないような脇役やチョイ役の人たちだって、それぞれの人生ではみんな主役なのです。

「どうやら、無事に送り出したようですね」


 蒼薔薇騎士団を見送り、公邸の執務室に戻ってきた辺境伯ロイに声をかけてきた者がいる。

 辺境伯の留守中に、その執務室に辺境伯以外の人物が先回りして入り込んでいるなど前代未聞である。一体この公邸のセキュリティはどうなっているのか。50人いる辺境伯親衛隊は一体何をやっていたのか。


「ああ。ようやく第一歩、といったところだな」


 だが事もあろうに辺境伯自身がその声に返事を返す。その声はとても落ち着いていて、侵入者に対する警戒など微塵も見せない。


 侵入者が姿を現す。

 驚いたことに、それはアンドレアス公爵、先代勇者のユーリ・ヴァン・レイモンドその人である。


 先々代勇者の執務室に、先代勇者が入り込んでいる。それは即ち、元々招き入れられて部屋の主の帰りを待っていただけのことであった。



 ユーリがラグに到着したのは前日の夜中のことである。その日の西門を警備する夜間警備担当の守衛隊長は辺境伯から直々に密命を受けていて、人気のない閉ざされた北門で待機していた。

 そこにユーリが現れたのだ。文字通りの身ひとつで。そしてあらかじめ決められた合図に応えて内側からこっそりと門を開けた守衛隊長に招き入れられ、彼は密かにラグ市内へと入城を果たしたのだ。

 その後は守衛隊長の先導で辺境伯私邸に案内され、一泊の宿を借りたのち、朝になって辺境伯とともに公邸へと移り、そして執務室で控えていたのだった。


 お忍びでの来訪ということで、ユーリの姿はごく普通の戦士の装束である。外を歩く際は面頬の付いた(ヘルム)を被っていてユーリだと分からないようにしていた。もっとも昨夜のラグ市内では誰にも会わず、ゆえに見咎められることもなかったのだが。


「卿も見送りに出れば良かったのではないか?顔を見せればさぞ驚いただろうし、悔しがっただろうに」

「さすがにそこまで底意地悪くはなれませんね。こう見えても後輩にはいい顔をしておきたいもので」

「……そうかね。まあ今更な感が無くもないがね」


 笑顔で言い合っているが、どうにも悪巧みにしか聞こえない。ふたりともまるで、イタズラを仕掛けて楽しんでいる悪ガキのようだ。


 ロイが手をひとつ叩いて人を呼ぶ。

 現れたのは初老の男性。身なりがよく背筋がしっかり伸びていて、ロイと変わらぬ年齢だがロイと同じく衰えなど微塵も見せない。その暗褐色の瞳には知性が宿り、意思の強さも伺える。

 現れたのは、ラグ市議会で議長を務めるフーバーという人物だ。


 ラグとその周辺は代々のラグ辺境伯が治める辺境伯の私領だが、何も辺境伯が独裁を敷いているわけではない。市民から選出された議員がいて議会があり、緊急でもない平時の案件は大半が議会の議決によって決められていた。辺境伯はそうして決められ報告に上がってくる書類に決済印を押すだけで済ますことが多いのだ。

 だがそんなラグ市でも、時には即断を要する緊急の案件が持ち上がることもある。そういう時には領主として辺境伯が議会の頭越しに全てを決定することもできる。悠長に議論させるよりも辺境伯の専権事項として扱った方が決定が早いのは自明の理であろう。


 当代の辺境伯は先々代の勇者でもあり、未だ勇者として「引退宣言」を出していないロイ・バートランド・ラグである。勇者である者、勇者であった者の務めとして、有事には世界の表舞台に、戦場の最前線に立たなければならない。そういった事態に備える意味でも、ロイが辺境伯を継いでからはラグ市議会の必要性はいや増していた。

 加えて言えばこの辺境伯(ロイ)、年に数度は領地の経営もラグ市の運営も放り出して未だに冒険の旅を楽しんでいる、などと噂される人物である。そういう意味でもラグ市議会、ことに議会運営を任される議長の責任は重大であった。事実上、辺境伯に匹敵するほどの権限を持たされているのだ。

 で、その市議会議長が呼ばれて辺境伯執務室に顔を出したわけである。


「フーバー卿。3日ほど留守にするのでな、後のことをいつも通りよろしく頼む」

「3日ということは“瘴脈”ですか。先日レギーナ様方に依頼されておられたように記憶しておりますが」

「ああ、彼女たちはきちんとやってくれたのだがね。逃げ散った魔獣が周辺で被害を出しているようでね」

「確かに、その手の報告が上がり始めておりますな」


 蒼薔薇騎士団がロイに依頼され巡回討伐したラグ近郊の瘴脈。討伐そのものは上手くいっていたのだが、なにぶん数が多かったものだから逃げ散った魔獣までは討てなかったのだ。だが瘴脈付近の魔獣の棲息密度を下げることが主目的であったため、レギーナは逃したことを問題にしなかったし、ロイもそれを責めなかった。

 そもそも逃げ散った魔獣は地域の冒険者ギルドの討伐依頼の受注案件であり、彼らの飯の種でもある。なのにそれをロイは討伐しに行くという。


「それにしてもユーリ様までお呼びになるとは。ギルドに仕事を与えぬおつもりで?」


先々代勇者と先代勇者が揃って動くとなると、魔獣や魔物はもちろん魔王級でさえも討伐できてしまうほどの過剰戦力である。言い方は悪いが、彼らが本気でかかれば草の根一本残らないだろう。


「いやいや。そうではないが、我らも少しばかり運動せんとな」

「私とロイ様とで、北東と南西で手分けするんですよ」


 要するに元勇者たちは身体がなまらないように実戦訓練するつもりなのだ。

 そしてロイは手をふたつ叩く。その音に呼ばれて現れたのは二人の親衛隊士、いずれも妙齢の女性だ。


「セシリアはユーリに付きなさい。レイチェルは私とともに」

「はっ」

「畏まりました」


 ふたりはあらかじめ話を聞いていたのだろう。委細も聞かずに拝跪する。


「“双輪”まで連れてゆきますか。全く、誤魔化す方の身にもなって頂きたいものだ」

「ははは。まあそう言うな」


 レイチェルとセシリアはともにロイの専属の護衛騎士であり、常にその身の傍を離れず従っていることで有名だった。レイチェルは剣技において親衛隊でも有数の能力を誇り、セシリアは騎士であると同時に青派の法術師でもある、いわゆる聖騎士だ。

 このふたりのいずれかがいる所には必ずロイがいると言ってよく、逆に言えばこのふたりの姿が見えないのならばロイもいないということになるのだ。

 辺境伯がいないとなれば、どこに行ったのか議長が問い詰められるのも自明の理だ。議長がそれを知らぬはずはないのだから。もしも知らなければ大事件になるのだから。


「ま、程々になさいますよう」

「分かっているよ。では行ってくる」


 ため息を漏らしつつフーバーは、執務室を出ていく四人を見送る。これも勇者としての務めとはいえ、死ぬまで働かされるとは難儀なものだと、そう思わずにはいられないフーバーであった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「行ってしもうたの」


 走り去る特注の脚竜車を見送り、その姿が見えなくなってから踵を返しつつ、ザンディスがポツリと呟く。


「行っちまったッスね」


 その隣に、いつの間にか細面の若い探索者(スカウト)が立っている。


 探索者、というのは冒険者の中でも斥候や情報収集、調査などを担当する職業だ。その担当する役割は幅広く、パーティの裏方や後方支援などで大いに活躍する。一方で戦闘ではほぼ役に立たないため、盗賊呼ばわりされて蔑まれることも多い。

 この若い探索者はどこか気だるげでやる気がなさそうで、いかにも怠け者といった雰囲気があるが、たった今ザンディスに声をかけるまで気配すら悟らせなかった事でも分かる通り、能力は非常に高い。“賽の目”の二つ名を持ち、乗るか()るかのギャンブル的な直感の判断力は神がかっているともっぱらの評判である。


「いやァしかし、こうして実際に見送ってみてもまだアルベルトさん(あの人)が勇者と関わり合いになるなんて信じられんッスわ」


 探索者の青年はそう言って首筋に手をやり、左右に首を傾げて首筋を伸ばす。こきり、くきり、と鈍い軟骨の音が小さく鳴った。


「まあ、普段のあやつを見ておればの」


 その気持ちは分からなくもない、とザンディスが首肯する。


「ていうか、勇者案件なんて〈竜の泉〉亭の専売っしょ」


 〈竜の泉〉亭は歴代勇者パーティがいくつも在籍していたことで有名な冒険者ギルドだ。現に今のギルドマスターも“竜を捜す者たち”のリーダーだったザラックが務めている。“竜を捜す者たち”の他にも“フィリックスと愉快な仲間たち”や“咲き乱れる百合の華”など、多くの勇者パーティが在籍していたのが〈竜の泉〉亭なのである。

 そんな『歴代勇者御用達』とも言える〈竜の泉〉亭と比べられては、さすがに〈黄金の杯〉亭と言えどもどうしても見劣りするのは否めない。だからそれが〈黄金の杯〉亭所属冒険者のある意味でのコンプレックスでもあった。


「何を言っとる“賽の目”よ。“輝ける五色の風”は黄金の杯亭(ウチ)じゃぞい」

「えっマジッスか」

「嘘なんぞついてどうする。儂ゃその当時から在籍しとるからの、ユーリもマリアもナーンもネフェルもみんな知っとるわい。アルベルト(あやつ)もメンバーのひとりじゃとアヴリーも言うとったじゃろ」


 ザンディスはそう言って“輝ける五色の風”のメンバーの名前を次々と挙げていく。“大斧”のザンディス、当年とって165歳。冒険者生活はぼちぼち100年に到達しようかというところで文字通りの大ベテランである。だが平均寿命が300歳に達するとも言われるドワーフにあってはまだまだ壮年とも言える年齢であった。


「…………やっべ、ここにも“生ける伝説”がいたッスわ」

「なんぞ言うたかの?」

「何でもねッスよ」


 そう言って“賽の目”こと探索者のレイノルズはそそくさとザンディスの傍を離れていった。


「まあレイノルズの奴の言い分は分からなくもねえがな」


 代わってザンディスの横に現れたのは大柄な戦士風の男。

 傷だらけの浅黒い顔の左頬に、こめかみから顎先まで達する大きな刀傷がある。その他にも露出している肌という肌に無数の傷痕が見えていて、それだけで歴戦の戦士だと分かる。


「俺だってユーリがあんなに立派になっちまう男だと知ってりゃ、あの時喧嘩してパーティを追い出すようなこともしなかったんだがな」

「『後悔した時にはもう遅い』というやつじゃな、“疵面(スカーフェイス)”よ」


 昔を思い出すように喉の奥に笑いを含ませてザンディスが男を見上げる。ザンディスはこの男がユーリとともに冒険者パーティを立ち上げて、後に喧嘩別れしたことを憶えている。


「全くだ、このロンメル唯一にして最大の失敗だったわ、ありゃ。

おまけにユーリの奴が坊主(アルベルト)嬢ちゃん(アナスタシア)を引き込んで新たにパーティ立ち上げた時なんざ、これでアイツも終わった…なんてほくそ笑んでたんだからな。今思い出しても当時の自分をぶん殴ってやりてぇわ」


 “疵面(スカーフェイス)”ロンメルはユーリが〈賢者の学院〉を卒業して冒険者になってから、最初にパーティを組んだ仲間のひとりだ。お互い同い年で、ともに冒険者として名を挙げることを夢見て、それでふたりは意気投合したものだった。

 だが当初から将来の勇者候補として期待され、あくまでもそれに応えようとするユーリと、早々と現実を見つめて堅実な方向性にシフトしようとするロンメルはいつしか意見を違えてしまい、それでパーティの他のメンバーを味方に引き入れたロンメルが孤立したユーリを追い出してしまったのだ。


 そのユーリが新人たちを集めて新たにパーティを組んだと知った時には、単純に自分に従う奴らを集めてお山の大将に成り下がったものだと軽蔑もしたものである。だがそのパーティで実績を挙げてユーリは本当に勇者になり、今またその時の新人の坊主だった男が当代の勇者パーティに雇われて旅立って行ったのだ。

 自分は一体どれだけ人を見る目がなかったのだろうか、と忸怩たる思いで一杯のロンメルである。そしてそんな彼のランクはいまだ熟練者(エキスパート)。ユーリとの差は歴然で、今回のことでもしかするとあの坊主にさえ抜かれるかも知れない。

 そろそろ潮時かもな、とロンメルは考えていた。何しろ二度も自身のパーティを全滅させた身であり、傷だらけの顔も身体もその「負の遺産」だ。冒険者人生はとても順風満帆と言えるものではなく、年齢はすでにベテランの域に達したが、これ以上は成長の見込みも薄い。


「なーにをしょぼくれとるんじゃ。悔しいんならお主も奮起せんかい」


 思考が顔に出ていたのか、ザンディスに力任せに背中を叩かれる。


「アルベルトがあの歳で再起を始めたのをお主も今しがた見たじゃろうが。あやつに出来てお主に出来んはずがなかろう?」


 その言葉にロンメルはハッとする。

 確かに、アルベルトは35歳にしてはるか東方世界にまで旅立って行ったのだ。あの時あれだけ馬鹿にしていた小僧にできた事が、自分には出来ないなどと認めたくない。認められるものか。


「そう、だな。

やってみなきゃあ、分かんねえよな」


 顔を上げる。

 視線が上を向く。

 その黒瞳に活力が漲っていくのをザンディスはしっかりと見届けた。


「そうじゃとも。やってもおらんうちから諦めるもんでもなかろう?『勝ちたいならまず勝負に挑め』と言うじゃろうが」


 そう言って、ザンディスはニヤリと笑った。





お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。


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ブックマークがなかなか増えません…せめて三桁、いや二桁ぐらいは何とか…!(懇願)

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