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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第一章】運命の出会い
21/189

1-21.出立の日

ようやく出発までこぎつけました。


季節と暦の説明を挟んでいます。


いくつか幕間を挟んで二章に移ります。

二章では温泉回と水着回があります。お楽しみに!

 そうしてさらに数日後。

 内装の仕上げも牽引支柱の取り付けも全て済ませた特注脚竜車はついに完成披露となった。


「いやー、月末までに何とか間に()うたばいね。良かった良かった」


 ひと安心、といった様子のミカエラ。

 その場ですぐに受け渡しと支払いのできないような大きな買い物の代金は、慣例として月末にまとめて支払いがなされる。脚竜車の完成が月内に間に合ったので、彼女たちは代金を支払った上でなんの後顧の憂いもなく旅立てるのだ。

 もしこれが完成が遅れて月頭までずれ込んでいたら、支払いは完成し受け取った月の月末までずれ込むことになる。そうなるとまさか出立を1ヶ月延ばすわけにもいかないので、東方へ出発した後に道中で誰か代理を立てて、支払いのためだけにラグの商工ギルドを訪ねさせなければならないところだった。

 そして安堵したのは商工ギルドも同様である。最新技術の粋を集めた高額な特注脚竜車の代金を翌月末まで受け取れないとなれば、1ヶ月だけとはいえ赤字に転落するところだったので、それを回避できただけで上出来であった。


 折しも季節は花季の終わり。明日からは雨季に入る。



 西方世界の季節は比較的はっきりしている。

 新年とともに迎えるのは「花季(かき)」。暖かくなり木々や草の花が咲き始め、虫たちや動物たちの活動も活発になってくる季節だ。

 おおむね2ヶ月間あり、上月(じょうげつ)下月(かげつ)とに分かれている。上月の下週は教育機関の進級や卒業のシーズンで、下月の上週にはより上級の教育機関への入学が待っている。進級や進学のための試験は一般的に上月の中週に行われることが多く、だから学生は年が明けるとしばらくは大忙しになる。


 ちなみに1ヶ月は30日と決まっていて、10日ごとに区切られてそれを「週」という。上週、中週、下週(げしゅう)と呼び習わしていて、大半の仕事では各週につき1日ないし2日の完全休養日がある。まあ冒険者に休みなどないが。


 花季の次に来るのは「雨季(うき)」だ。この時期はとにかく西方世界のほぼ全域で雨が多くなり、それを受けて野山も川も海も潤ってゆく。特に植物はこの時期に大きく成長し、新芽を出し青々とした葉を茂らせて生命力に満ち溢れてゆく。これもおおむね2ヶ月で、やはり上月と下月に分かれている。

 ただし、時には雨が降りすぎることもあり、それで川の氾濫などを招くこともある。そうなると流域に被害が出て、場合によっては多くの人命が失われる。


 雨季が過ぎると一気に気温が高くなり暑い季節がやってくる。「暑季(しょき)」と呼ばれて、これは約3ヶ月続く。陽神の活動がもっとも活発な時期で、つられるように動植物も全て活性化する。人類には暑さが辛い時期だが、雨季とは打って変わって湿気がほぼなくなるため意外と過ごしやすい。

 3ヶ月あるので上月、中月(ちゅうげつ)、下月と呼び習わされる。


 暑季が過ぎれば実りの季節、「稔季(ねんき)」だ。雨季に水分を、暑季に陽神の光と大地の養分をたっぷり蓄えた木々や農作物がいっせいに稔り始め、人はそれを慌ただしく収穫して回る。動物たちもそれらの野山の幸を食べて蓄え、きたる休眠に備えていく。

 稔季は約2ヶ月、上月と下月だ。


 そして稔季が過ぎれば世界は雪と寒さに閉ざされる。「寒季(かんき)」という一年の最後に訪れる季節は陽神の活動が衰え、気温が下がって草花は枯れ果て、動物たちは休眠して大半が姿を見せなくなる。人類でも北の方の住民たちの中には家から出てこなくなる地域もあるという。

 寒季は暑季と並んで長い季節で、暑季と同じく中月がある。


 これを総称して「五季」という。

 便宜上、各季節は2ヶ月ないし3ヶ月で区切られているが、体感的に季節と月がズレることがままある。そうしたズレがある程度酷くなると「閏月」が挟まれてその年だけ13ヶ月になる。

 閏月をいつどこで挟むかは神教の巫女に神託が降るため、人が決められるものではないという。が、今のところ概ね6年ごとに閏月が挟まれている。どの季節に挟まれるかはその時々でまちまちだ。

 そのほか、基本的に南に行けば行くほど体感として暑季が長く、北に行けば行くほど寒季が長くなる。東方世界は西方世界よりやや南に位置するようで、あちらは西方世界よりも暑季が長い。また西方世界ではほとんど交流がなく馴染みがないが、南方にも大陸があり、そちらは灼熱の大地であるという。


 そして繰り返すがこの日は花季下月の下週の最終日。明日からは雨季上月の上週に入る。



 完成した“蒼薔薇騎士団”専用車は、目隠し布を被せた状態でアロサウル種に牽かせて一旦東門から市外に出し、そこで布を取り払った上でティレクス種のスズにバトンタッチする。スズは育てられる傍ら隊商ギルドで馴致も調教も済ませてあって、牽引用の装具(ハーネス)や鎖なども嫌がらなかった。

 スズはさすがに車体よりは一回り小さかったものの、車体も脚竜(スズ)も通常サイズより明らかに大きくて迫力がある。おまけに車体の両サイドには見事に咲き誇る大小四輪の薔薇の彫刻が目を惹いて、これはあっという間に西方世界全体で話題を独占するだろう。

 結局のところ派手で高級感たっぷりなのは解消できなかったが、蒼薔薇騎士団の専用車だと知れ渡れば道中で襲われることもないだろう。問題なのは東方世界に入ってからだが、そんな先のことは今まだ誰も気にしていなかった。

 ちなみに彼女たちがラグまで乗ってきた脚竜車は、レギーナがあらかじめエトルリア王宮に連絡しておいたので引き取りの人員がやって来ている。


 アルベルトはあのあともスズに近付いては吹っ飛ばされてを繰り返し、見かねたレギーナが彼の肩に手を置いて「いい?この人は私の代わりにあなたの世話をするの。だからこの人の言うことは私の命令だと思って従いなさい!」とスズに言いつけて、それでスズはやっとアルベルトにも従順になった。

 なので今も御者台に座って手綱を引くアルベルトの指示に彼女は大人しく従っている。まあその後にアルベルトがいくつか肉片を与えたことで、「餌をくれる人=いい人」という認識になったようだったが。


 商工ギルドではあらかじめ商談して購入を済ませていた各種の備品や調度品、日用品のほか食料や水、寝具や衣類、化粧品などを積み込み、その間に特に買うものもないアルベルトは一旦自宅に戻って用意していた荷物を取ってくる。

 それがずいぶん大きめの背嚢(バックパック)と旅行鞄を持ってきたのでレギーナたちは驚いたが、全て私物だと言うし特にそれ以上追及はしなかった。

 

 隊商ギルドでスズを譲り受ける代金を、商工ギルドで積み込んだ物資や脚竜車の代金を支払い、最後に念のための噛み付き防止用口輪をスズに嵌めてから、スズに車体を牽かせて一行は〈虹鳥の渓谷〉亭に戻る。そこでチェックアウトを済ませて宿に置いていた荷物も引き取り、それから出立の挨拶のために領主公邸を訪れる。

 これはちょっとしたパレードみたいになって、ひと目見ようと黒山の人だかりが集まっていた。


 うん、いやだから皆さん仕事は?



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「君たちもようやく出立か。短いようで長かったな」


 ラグ辺境伯こと先々代の勇者ロイが公邸の前庭まで出てきて一行を出迎える。その両サイドを護衛の親衛隊が固めている。

 何だか辺境伯の言い回しが普通と逆のような気がしないでもないが、まあ気のせいだろう。


「はい。おかげさまで有為な準備を整えることができました。必ずや使命を果たして戻って参ります」


 普段の姿からは想像もできないほどしっかりとした丁寧口調で、蒼薔薇騎士団を従えた“姫騎士勇者”レギーナがロイに跪く。右手を胸に、左手を立てた左膝に置いて頭を垂れるエトルリア式の騎士礼で、さすがに大国の姫君だけあって礼儀作法がしっかりと身に付いていることを示す所作だった。


「それと、バーブラ先生にもよろしくお伝え下さいますよう」

「ははは。やはりバレていたかね」


 ロイが笑って誤魔化すが、レギーナはすでに歴代勇者たちがこぞって示し合わせて自分たちをこのラグに導いたこと、そしてアルベルトに会わせたのだということを確信していた。

 証拠もなく根拠もない、確信というよりは憶測だったが、きっと間違っていない。まだ若く経験も浅い自分たちに精一杯の助力の手を差し伸べてくれたのだと信じている。すでに勇者としての名声を得ている自分たちでは直接手助けできないからこそ、彼らはアルベルトという無名の存在まで引っ張り出して来てくれたのだ。

 であるならば、それに応えない訳にはいかない。


「それでは、行って参ります」

「うむ。其方(そなた)らの志が、母なる海に癒やされんことを願っているよ」


 立ち上がるレギーナと蒼薔薇騎士団に、辺境伯が青派に特有の祈りの文言を捧げてくれた。



 その辺境伯や蒼薔薇騎士団から少し離れた場所には〈黄金の杯〉亭のアヴリーや冒険者たちの姿も見える。


「アルさん…本当に勇者様に雇われたんだね…」

「まだ信じてなかったのかい、ファーナ」

「あるべるとー!いつ帰ってくるのー?」

「うーん、はっきりとは約束できないな。でも役目を果たしたらちゃんと戻るよ」

「じゃあお土産よろしくー!」


 いまだに半信半疑のファーナと、ちゃっかり土産をねだるフリージア。相変わらずと言えば相変わらずだ。


「やれやれ、土産をねだる前に言うことがあるじゃろうが。

…のう、アルベルト。お主の道行きに、流れる風の(さち)あらんことを想うておるよ」


「あはは。俺はいつも通りで安心するけどね。でもありがとう、ザンディスさん。そう言ってくれるのはとても嬉しいよ」

「そうかの?まあお主がそう言うなら構わんがの」


 黄派の祝詞を唱えるザンディスだが、アルベルトの方でも相変わらずなので拍子抜けしたようだ。


 ミックの姿は見えなかった。真面目な子だから、おそらく今日ももう薬草を採りに山に出かけていったのだろう。全部教えきれたわけではなかったから一抹の不安は残るが、一から十まで全て教えるのではなく彼自身が見つけて学ぶことも必要だから、きっとこれでいいし大丈夫だろう。

 武器の扱いや戦い方はザンディスやファーナ、それに他にも何人かに頼んでレクチャーしてもらう手はずになっている。そのうち実戦経験も積んでレベルアップしていくはずだ。


 …………うん、いや、決して勇者様やアルベルト『様』にビビって逃げたわけではないと思う。多分。そのはず……だよね?


「アルさん…」


 呼ばれて振り返ると泣きそうな顔のアヴリーが立っている。


「やあアヴリー。少しの間お別れだね」

「…………寂しくなっちゃうね」


 言葉だけでなく本当に寂しそうな表情を浮かべているアヴリーは、それでも気丈にアルベルトを送り出そうとしている。

 実は〈黄金の杯〉亭に就職して当時の先輩から『勇者パーティの元メンバー』だと聞いた時から、アヴリーにとってアルベルトはある種の憧れだった。そこから月日が経ち、付き合いも長くなって彼の人柄や優しさに触れるうちに、少しずつその感情が変化していったことを彼女は自分でも自覚していた。

 だがそれを本人に直接言ったことはなかった。だって彼の中にはずっとひとつの想いがあることを知っていたから。そして彼女はそれを告げぬまま、今こうして彼を送り出そうとしている。


「アナスタシアさんには、もうお話したの?」

「うん。今朝会ってきたよ」

「そう…」


 アヴリーは胸の前で小さく拳を握る。

 その顔はいつの間にか、もう寂しさも悲しみも浮かべてはいなかった。


「アナスタシアさんのお墓、私がちゃんと守っておくから」

「…うん。頼まれてくれれば有り難いな」

「ええ、任せておいて。貴方が帰ってくるのを、彼女と待ってるわ」



 御者台に座ったアルベルトが、手綱をしごいてスズを進ませる。彼女はそれに応えてゆっくりと歩き出す。蒼薔薇騎士団の面々は、それぞれ窓から顔を出し手を出して、居並ぶ見送りの人々に手を振っていく。

 そうして見送りの観衆たちを東門まで引き連れて行った蒼薔薇騎士団の専用車は、そのまま東門を出て道の彼方へと消えていった。


 それがフェル暦675年、花季(はる)の終わりの出来事であった。





お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。


もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、ぜひ評価・ブックマークをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!



●季節に関する補足●

この世界では新年を迎えるのと春(花季)が来るのが同時です。つまり暖かくなってくるのに合わせて新年を迎えるわけでして、地球の暦で言えば3月が正月ということになります。つまり、


3月 花季上月

4月 花季下月

5月 雨季上月

6月 雨季下月

7月 暑季上月

8月 暑季中月

9月 暑季下月

10月 稔季上月

11月 稔季下月

12月 寒季上月

1月 寒季中月

2月 寒季下月


という形になります。数字で○月と表記しないのはそれが理由です。

なので地球上のクリスマスやバレンタインに相当するイベントを作ろうとするとちょっと工夫が必要に…。まあ何とか書きたいと思ってますけど。

いやでもその前に、アルベルトとレギーナたちが甘い雰囲気に全くならないのが問題か(笑)。

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