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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第一章】運命の出会い
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1-2.いつもの日常(2)

 ラグの北門を出てしばらく道なりに進むと次第に登り坂になっていく。そのまま進めば森に入り、そこからはラグ山の山中だ。


 ラグ山は昔からなぜか「人を寄せ付けない山」と言われていて、先代のラグ辺境伯が鉱山の開発に成功するまでは人の気配もない森深い山だったという。だが今は山の中腹にラグ市が運営し採掘している銀鉱山があり、そこで働く鉱夫たちの村がある。

 その鉱夫村からもう少し登ったところに、やや小さいながらも静謐で神秘的な雰囲気を湛えた湖がある。昔から「竜の棲む泉」と言われていて、この湖のほとりで昔から営業していたのが〈竜の泉〉亭だった。だが自由都市になり冒険者が増えて、この湖の周りも喧騒に包まれるようになってしまい、それで〈竜の泉〉亭はやむなくラグ市内に店舗を移したのだという。

 それ以来、〈黄金の杯〉亭がほぼ独占していたラグ市内の冒険者のシェアは〈竜の泉〉亭と〈黄金の杯〉亭でほぼ二分する形になっている。〈黄金の杯〉亭としては大幅に業績を落とした恰好で、だから今年に入って就任した新ギルドマスターが躍起になってシェア奪い返しに奔走している。


 それはさておき、アルベルトの向かう先は鉱夫村でも竜の泉でもない。鉱夫村の手前の森の中で道から逸れて森の奥へと向かう。

 獣道を少し行くとぽっかり開けた森の中の広場に出た。近くに川が流れていて、薬草の群生地になっている。ここと、このほかにいくつかある群生地を回ってアルベルトは薬草を採取して回るのだ。



 群生地をいくつも周り、依頼書にある種類の薬草や香草、毒草を依頼された株数の分だけ採取し終えると、アルベルトは帰路につく。群生しているからといって決して採りすぎたりはしない。

 こうした薬草の群生地は西方世界各地で少しずつ数を減らしていて、ラグ山は今や貴重な山になりつつあった。幸い、アルベルトの他は駆け出しの新人冒険者が時折薬草採取を受ける事があるだけで、だからラグ山の群生地は事実上アルベルトが管理しているようなものだ。

 なので、彼が無理に採りすぎたりしない限りはラグ山の群生地はまだまだ安泰と言えるだろう。


 まだ陽も高く、帰るには少々早い時間だったが、そんなわけでアルベルトは山を下りて〈黄金の杯〉亭に戻ってきた。


「アルさんお帰り。今日は早かったね」

「ただいまアヴリー。今日は順調に採れたからね」


 客のいない店内でテーブルを拭いていたアヴリーが彼に気付いて声をかけてきた。

 〈黄金の杯〉亭は冒険者たちを送り出した昼前にはまず食堂として開店し、交易の隊商やその護衛、行商人たちに昼食を提供する。そして宵の口からは酒場として酒と料理を振る舞う店になる。

 今の時間はちょうどその合間で、だからアヴリーもややのんびりとしていた。


「アヴリーさぁん、あんま大声出さないで…」


 そのアヴリーから少し離れたテーブルに突っ伏している娘がいる。頭に手を当てて、かなり具合が悪そうだ。


「大声、って言うほど声張ってないでしょ。

てかニース、あんたね、まだ酒が抜けてないの?」


 その姿に、アヴリーが呆れたような声を上げる。


「だぁってぇ、昨夜のお客さんメッチャ飲ますんだもん…」

「だから飲み過ぎんなっていつも言ってるでしょう!そんなんで今夜仕事できんのアンタ⁉」

「だぁからぁ、大声出さないでってば…」


 この1ヶ月ですっかりお馴染みになった、新人とベテランのいつものやり取りである。


「そんな事だろうと思ってね、酔い覚ましも採ってきたよ」

「マジ!?やたっ!アルさんありがとう!マジ助かる〜!」


 苦笑しつつ、アルベルトが腰の薬草袋から薬草を一株取り出すと、喜色もあらわにニースが飛びついてくる。


「ハックマンさぁん!これで酔い覚まし作ってぇ〜!」


 そして半ばひったくるようにして薬草を受け取ると、彼女はお礼もそこそこに厨房の料理人の元へと駆けていった。


「あっ、こら!

…ったくもうあの子ったら。

ごめんねアルさん、酔い覚ましの代金、あの子の給金から抜いとくから」

「いやいや、そんなの可哀想だよ。どうせ大した手間でもないんだし、酒場の営業に穴を開けるよりマシでしょ?」


「ホントにもう。アルさんちょっと人が良すぎるわよ?」


 呆れたような口調ながらアヴリーはどこか嬉しそうだ。ニースだけでなくアヴリー自身もこうして助けられた事が何度もあって、彼の優しさは身に沁みているのだった。


「ところでさ、何度も言うようだけど、やっぱり受ける気ないの?昇格試験」

「そうだね、気持ちは有り難いけど、ランクを上げちゃうと薬草採取の仕事が受けられなくなるからね」

「…そっか」


 一転して落胆するアヴリーである。



 冒険者には経験と実績に応じた「ランク」というものがある。ランクが上がれば難易度の高い依頼も受けられるようになり、それに応じて名声も収入も上がっていくのだ。そしてランクは自動的に上がるものではなく、昇格審査と試験を経てギルドに認められなければ上がらない。

 この世界の冒険者ギルドは世界的な統一組織ではなく、都市単位あるいは〈黄金の杯〉亭のような店単位で個別に営業しているのだが、このランクのシステムだけはどのギルドにも共通していた。元は統一組織だったのだとか最初に制定したギルドのものを他のギルドが真似たのだとか言われるが、実際のところは定かではない。

 定かではないが、冒険者の利便性という意味ではメリットしかないので、誰もそこの整合性を気にすることもない。


 アルベルトのランクは“一人前(インディペンデンス)”だ。もっとも層が厚いランクで、ギルドに登録され支給される冒険者認識票(タグ)は緑色だ。

 だがアルベルトは冒険者としては15の歳からもう20年目の、言わば大ベテランと言っていいキャリアを持っている。こなしてきた依頼の数や実績、それに人格などを加味すれば、少なくとも“熟練者(エキスパート)”は堅いところで、もしかすると“凄腕(アデプト)”にさえ達するかも知れない。

 …というのはまあ、アヴリーの贔屓目も入ってはいるのだが、最低でも“腕利き(エクセレント)”は確定で、“熟練者(エキスパート)”も充分視野に入るはずだ。


 ただし、現在の〈黄金の杯〉亭で審査を担当するのは就任したばかりの若いギルドマスターではなく、一番の古株(ベテラン)であるアヴリーなのだから、贔屓目の通りに凄腕(アデプト)まで上げてしまうかも知れない。

 少なくともそんなえこひいきはしない、と断言できる自信はアヴリーにはなかったりする。



 冒険者のランクは大きく分けて8種類ある。

下から順に、

駆け出し(ビギナー)”(認識票は白)

見習い(アプレンティス)”(認識票は黄)

一人前(インディペンデンス)”(認識票は緑)

腕利き(エクセレント)”(認識票は青)

熟練者(エキスパート)”(認識票は赤)

凄腕(アデプト)”(認識票は黒)

達人(マスター)”(認識票は銀)

到達者(ハイエスト)”(認識票は金)

の8つである。


 基本的には達人(マスター)以上の存在は世界に数えるほどしかおらず、凄腕(アデプト)クラスも規模の大きな冒険者ギルドになら数名いるかいないか…という高ランク冒険者であり、他の冒険者たちの尊崇を集める存在である。もしもアルベルトがそのランクに達しているとなれば、少なくとも今みたいな不名誉な陰口を叩かれるような事もなくなるはずである。少なくともアヴリーはそう考えていた。

 ちなみに現在の〈黄金の杯〉亭に在籍しているのは熟練者までで凄腕はいない。いないからこそアルベルトに期待したい気持ちがアヴリーの中にはあるのだ。


 朝に騒いでいたフリージアは腕利き(エクセレント)、ザンディスは熟練者(エキスパート)である。腕利きは周りから一目置かれる有力な冒険者、熟練者になれば冒険者としては収入が安定してきて生活が楽になってゆき、そして凄腕(アデプト)ともなると後進の指導に当たったり他のギルドへの応援に出たりするようになる。実績によっては都市の領主から呼び出されて表彰されることさえある。

 そして達人(マスター)以上のランクは基本的には世界を救う勇者のような絶対的強者たちの世界だ。勇者と認められて何度も世界を救うような活躍をすると、到達者(ハイエスト)を超えて“頂点(ザ・トップ)”にまで至る事さえあるという。

 ちなみに“頂点”の認識票は白金(プラチナ)である。一応は冒険者として扱われはするものの、歴史上の勇者たち以外に“頂点”はおらず、そのため世間一般ではもはや冒険者としては認識されない。



「あーあ。アルさんが昇格試験受けてくれて凄腕(アデプト)ぐらいになってくれれば、少しは黄金の杯亭(ウチ)も有名になって冒険者が集まってくるのになぁ」


 思わず愚痴を漏らすアヴリーである。


「いやいや、何言ってるの。薬草を採ってるだけで凄腕(アデプト)とかなるわけないでしょ」


 対してアルベルトは若干引き気味である。


「分かんないわよ?その昔、ひたすらゴブリンばっかり狩って達人(マスター)までなった冒険者も居たって言うじゃない?」

「だってゴブリンはあれでも魔物だからね。討伐のシチュエーションが毎回変わるし数も多いし。

ゴブリンばかり狩り続けられるのってある種の才能なんだよ?」


「…そうなの?」

「そうだよ」


「そっかぁ…」


 何となく言いくるめられてしまった感のあるアヴリーであった。



 ちなみに、人類に害をなす存在としては野の(アニマル)が最低ランクで、それが“瘴気(ミアスマ)”と呼ばれる闇の魔力(マナ)で変質すると魔獣(ビースト)になる。魔物(モンスター)というのは最初から“瘴気”によって具現化した闇の眷属で、これが人類にとってもっとも大きな脅威となる。

 勇者たちでなければ対抗し得ない吸血魔(ヴァンパイア)悪魔(デーモン)魔王(デビル)といった存在も、大きな括りで言えば“魔物”である。

 ゴブリンは魔物としてはもっとも卑小な存在だが、それでも魔物には違いないのだ。



「ふっっっかーつ!」


 威勢のいい声が厨房の方から聞こえてきて、アルベルトとアヴリーが声のした方を見ると、満面の笑みでドヤ顔をかましたニースが立っていた。

 右拳を高々と天井に向かって突き上げて、左拳は腰に当て、胸を張ってふんぞり返っている。大仰な動作に鮮やかな赤髪が派手に揺れ、窓から差し込む夕陽を受けて煌めく。髪と同じ色の瞳はまるでヤル気に燃えているかのようだ。


「よっしゃ!これで今夜は飲まされてもだいじょーぶ!!」

「大丈夫なわけ無いでしょ、何言ってんのよアンタ。

てか飲まされないようにしろっつの!」


 ドヤ顔のニースと、呆れ顔のアヴリー。

これもここ最近の定番のやり取りだ。


「はは。まあ、ニースもほどほどにね。

それじゃ、俺は報酬貰って帰るとするよ」


 そして小うるさいニースが復活したところでアルベルトはそそくさと離脱にかかる。この小娘は元気が良すぎて、アルベルトのような中年には相手にするだけでも少々骨が折れるので、華麗にスルーするに限る。

 ちょうど報酬支払いのカウンターではギルド会計係のホワイトが準備を始めている所だった。


「はぁい。こちらが本日の依頼達成分ですねぇ。

本日もお疲れさまでしたぁ♪」


 しっとり濡れる艷やかな長い黒髪をふわりとなびかせて、独特の光沢のあるグレーの瞳でたおやかに微笑みかけながら、おっとりした口調で彼女はアルベルトに報酬を手渡す。

 彼女が動くたびに、着ているブラウス越しに暴力的なまでに存在を主張する巨大な双丘がたわわに揺れる。そして見るものの目を惹き付けて離さない。


「うん、ありがとうホワイト。じゃあまた」


 その色香たっぷりのホワイトの姿になんら動じることもなく、ささやかな報酬を受け取って、礼を言いながらアルベルトは帰って行った。


「…今さら思うけど、あの娘が会計専従で良かったわ…」

「ホントですよねえ。絶対あの人男ウケ凄そうですもん」


 水準的には充分美人だが嫁き遅れて三十路の大台に乗ってしまったアヴリーと、やはり水準以上の美人だが若すぎて色気の足りないニースは、そんな彼女が給仕娘として店に出てこないことに心から安堵するのであった。





お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。


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