1-19.特注脚竜車の最終確認
本日も2話投稿。
タイトルは変わりますが前後編になります。
今日は阪神淡路大震災から27年。
被災された皆様へ、改めて哀悼の意を表します。
それからさらに10日ほど経った。
今日は特注脚竜車の仕上げ前の最終確認のため、蒼薔薇騎士団は朝から商工ギルドに出向くことになっている。商工ギルドとしてはここで勇者パーティに見せてリテイクが出なければ、そのまま最終仕上げにかかって完成となるわけだ。
なので今日は蒼薔薇騎士団が勢揃いする予定で、そこにアルベルトも呼ばれていた。本来はアルベルトには決定権限がないので呼ばれる必要はないのだが、中間進捗に呼ばれたことと主な仕様に関してアルベルトの意見を採用したことで、この日も呼ばれることになったわけだ。
というか、
『おいちゃーん!明日来るっちゃろ?』
「来るって、どこに?」
『どこにて。そげなん脚竜車の最終確認に決まっとろうもん!』
「え、今度もお邪魔していいのかい?」
『なんば言いよっとよ!仕様の半分以上はおいちゃんの発案なんっちゃけん居らなつまらんめーもん!
そやけん明日!朝三やけんね!遅れたらつまらんばい!』
(以上、通信鏡での通話記録より)
…てな具合である。
ちなみに「朝三」とは、特大砂振り子の夜明けから三回目の経時の約1時間のことである。この世界ではほとんどの人が陽神が姿を現すと、つまり夜明けと同時に鳴く“朝鳴鳥”の鳴き声で目を覚まし、それと同時に計時を開始する特大砂振り子の一回目(朝一)のうちに簡単な朝食と朝の支度を済ませて、朝二のうちには家を出る。
「朝三で待ち合わせ」というと、通常は「朝三に入る時間に待ち合わせる」という意味になる。
この世界の人々は子供の頃から小砂振り子に合わせて数を300数える練習をして、時間感覚を身につける訓練をする。小砂振り子の落ちきる時間が身につくと、同様に中砂振り子、大砂振り子と順に落ちきる時間を体感として身につけていく。
なので大人であれば手元に砂振り子がなくとも、砂振り子を見ずとも今がどの時間なのかおおよそ把握ができているのが普通だ。
なのにその当日。
もうとっくに待ち合わせ時間など過ぎている。
アルベルトは〈虹鳥の渓谷〉亭の正面玄関前で、ひとり待ちぼうけを食らっていた。
と、そこへ出てきたのはクレアである。
いつもの漆黒の外衣を纏って、今時古めかしいつば広の三角帽子を被り、その下の杏色の鮮やかなショートボブの髪を揺らしながら出てきた少女はアルベルトを見つけると近付いてきて、これまたいつものボソボソした小声で言ったのだ。
「ミカが…寝坊したから、待ってて…」
「えっ?」
思わず聞き返す。
少なくともアルベルトの中にはミカエラに時間にルーズな印象はない。
「ミカ…朝弱いの…」
「そ、そうなのかい…?」
「そう。だからもう少し…待ってて…」
そう言ってクレアはまた宿の中に入ってしまった。そしてアルベルトは、そのまま大一くらいはたっぷり待たされたのだった。
「おはよぉ〜」
「おはよぉ、じゃないでしょ、もう。もうそろそろ朝四なんだから、遅刻もいいところよ!?」
「彼もギルドも待たせてるんだから、いい加減シャキッとしなさいな」
ようやく出てきた蒼薔薇騎士団。ミカエラの目はまだ半分閉じていて、法衣も無理やり着せられたのかあちこち着崩れてやや不恰好になっている。こないだの中間進捗の時は待ち合わせが朝四だったからもう少し経てば彼女もスッキリ目覚めるのかも知れないが、それにしてもずいぶん朝に弱そうだ。
「いやぁ、月末も近かけん帳簿ば確認しよって…そやけん寝るとが遅うなってからくさ…ふあぁ…」
ああ、なるほど、そういうパーティの裏方仕事は彼女が全部やってそうだよな、と得心するアルベルトである。
ちなみに月末は決算があるので、ツケの支払いや貸し借りの清算などでお金が大きく動くことが多い。
「と、とりあえず行こうか」
「…そうね。もう遅刻確定だけど、今さらジタバタしたって始まらないし、とりあえず歩きましょ」
アルベルトにそう答えて、レギーナはミカエラの手を引っ張りながら歩き出すのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お待ちしておりました勇者様。なかなかお着きになりませんので何かあったのかと心配申し上げておりました」
「私たちだってそんなに暇じゃないの。朝から色々立て込んでるのよ」
揉み手しかねないほど露骨な愛想笑いを浮かべて、商工ギルドの支部長が出迎える。それにレギーナが素っ気なさを通り越してやや冷淡な返事をする。
いや、その言い訳は社会人としてかなりダメなやつだと思うんですけど。
まあ、立て込んでたのは間違いないけれど。
「…これは大変失礼致しました。
ささ、こちらでございます」
ちょっとだけ目を細めた支部長は、だが何も言わずに脚竜車の元へ一行を案内する。さすがに人の上に立つだけあって大人の対応である。
そうして案内された先にあったのは、真っ白に塗装された大型の脚竜車。低床ロングタイプの箱型の、前部と後部がゆるくラウンドしていて側壁に華美な装飾の施された、見たこともないような立派な車体だった。
「んー、まあまあね」
レギーナは素っ気ないが、これでもかなり気に入った旨の発言である。
「あー、見るからに高級そうなんはちょっとどげんやろか」
「そうねえ、お目立ち度は抜群だけれどね」
ギルドまでの道中でようやく七割方目覚めたミカエラはやや不満そう。確かにこれではいかにも金持ちが乗ってそうである。ヴィオレも同意見のようだ。
「なによ、これじゃ不満なわけ?」
「いやそういう訳やないばってんが、特に夜中やら、なんも知らん賊やらが群がって来そうやない?そげんといちいち追い払うとも面倒くさかろ?」
「…そう言われれば、そうねえ…」
「そうですか。では塗り直させましょう」
内心どう思っているかは分からないが、支部長は眉一つ動かさずにリテイクに応じる。
色をどうするかでアルベルトも交えてひとしきり議論した結果、車体の下半分を黒くして窓まわりを白く、そして屋根は蒼く、ということで落ち着いた。
下半分を黒、というのは弾樹脂製の特別な車輪が黒かったからで、それに合わせたほうが落ち着きと重厚感が出るということ、一方で窓まわりは白いままで開放感と清潔感を求めたわけだ。ついでに御者台と室内の連絡ドアや車体左前部のメイン乗降口ドアも白くし、車体後部の荷物室周りと最後部の荷物搬入口は黒にして目立たないようにもした。
屋根の蒼は「空が青いから青にしましょ」とレギーナが言い出して、「ほんなら姫ちゃんの髪の色にしてもらおうや」とミカエラが言ってそのまま決定された。その流れでついでに全員の瞳の色をどこかに使おう、ということになり、窓枠にはレギーナの黄色を、ドアノブにはクレアの赤みの強いピンクを、四本の角柱にはミカエラの青紫が採用された。ヴィオレの瞳は黒なので採用済みだ。
支部長と一緒に立ち会っている職長たちが絵図面にザッと調合した色を乗せていき、それを見て彼女たちはそれぞれイメージを膨らませて満足したようである。
ただまあ実際に色を塗らされる職人たちには災難だったろう。車体の大部分は木製で、それに色を乗せるだけでもひと仕事なのに、使ったこともない色を調合指定されるわけだから。しかもそれぞれクライアントの思い入れの強い色だから、発色を間違ったりすると大問題だ。
装飾に関して、すでに変更の利かなそうな側壁面の彫刻はそのまま仕上げるしかなさそうだが、後付で取り付ける立体彫像のタイプのものは全て撤去させることにした。魔術で防護措置を取るにしても取り付けるのならば取り外せるわけで、下手に盗難されても面倒だというミカエラの主張がそのまま容れられた。
ただ彫刻の図案として採用されていたのはパーティ名にもなっている薔薇の花で、これはレギーナが気に入ったので職長たちもホッとしていた。そのホッとしていたところに「本物と同じ色に塗りましょ♪私たち4人の髪色と同じ色の花を並べたら映えるわよ♪」とレギーナが言い出したものだから、どうやら職人たちは今夜から徹夜仕事になりそうである。
なお4人の髪色はレギーナが蒼、ミカエラが緋色、クレアが杏色、そしてヴィオレが銀紫である。
ちなみに、この世界にも「薔薇」はある。というか細かいところの違いこそあれ、基本的な生態系は不思議なことに地球とよく似ていたりする。主な動植物はもちろん虫や細菌などに至るまで何故かそうであった。
薔薇に関して言えば、青い花色が長らく存在しないと考えられていたのも地球と同じで、近年になって、それこそレギーナが生まれたあたりで初めて「青い薔薇」が見つかって話題になったものだ。ゆえに青い薔薇の花には「奇跡」「不可能を成し遂げる」などの意味があったりする。
ついでに言えば薔薇は観賞用として人気が高い花で、品種改良が盛んに行われており無数と言っていいほどの種類がある。彼女たち四人の髪色の薔薇はそれぞれ全部きちんとあるのだ。
車内への入り口は計3ヶ所。御者台からと最後尾の荷物搬入口と、あとはメインとなる左前部の乗降口だ。左前部乗降口は低床タイプということもあってステップは一段、ドアの開閉とともに格納されるようになっている。
低床とはいえ床面は人の膝くらいの高さで、乗降口のステップは必須である。ちなみに一般的な旅客用脚竜車だと床面は腰くらいの高さになる。
ということで閉まっている時はステップが格納されていて、地面に立った状態でも開けられるようにドアの低い位置にドアノブが付いている。
「あら?これ開かんっちゃけど?」
「まずは鍵をお開けになりませんと」
「鍵かかると!?」
ミカエラが驚くのも無理はない。一般的な移動用脚竜車の入り口に鍵なんて普通は付かないのだから。
「長距離旅行用の脚竜車は就寝時の賊の侵入なども警戒して、施錠できるのが一般的でございますよ」
「へー、そうなん。でもそらぁ魔術でやるけん必要なさそうばってん」
「ところが魔術は術式を解除されればそれで終わりですのでね、物理的な鍵のほうがセキュリティとして案外有効になるんですよ」
職長の言うところによれば、魔術による施錠は術式も固定されており、わざわざ新規に術式を組んでまで使うことはないため解除もされやすいが、物理的な鍵ならば種類も豊富で解錠の手順も様々、まずその仕組みを解き明かさないと熟練の探索者でも解けなかったりするのだそうだ。
「そうねえ、面倒な鍵はとことん面倒なものよ」
本職の探索者が同意したのでこれは採用。
中に入ると、まずは正面に壁のやや狭いスペース。左の壁には御者台との連絡用の覗き窓があり、覗き窓の下には各種防御魔術や空調設備などをコントロールする結界器という魔道具の操作パネルが据え付けてある。防御魔術に関しては戦場で用いられる竜戦車にそうした防御機構があるということで、それをそのまま採用したとのこと。
入って右、つまり覗き窓と操作パネルの反対側を見れば奥に広い空間が広がっているのが見える。そちらに行くと豪奢で居心地のいい空間が…………
ない。がらんどうである。
「内装に関しては本日の最終確認を受けて施工に入りますので、今はまだ何もございません」
とはいえ、壁の塗装や床や天井はすでに仕上がっている。天井には大型の魔術灯が据え付けられていて、御者台側に向かって右の壁面には例の大型冷蔵器もすでに取り付けてある。床は完成時には絨毯を敷き詰めるとのこと。
大型冷蔵器の隣はいわゆるキッチンスペースで、小さいながらも流し台と、一般家庭にあるのと同じような着火器が据え付けで備えてあった。これもまた魔力発生器を用いた魔道具の一種で、魔術あるいは燐棒で火を点ければあとはスイッチひとつで「沸騰」「加熱」「保温」など様々に火加減を調節してくれる。消火も簡単だ。
これらは魔術で普通に全部やれるのだが、魔術でやろうとすれば術者がずっと発動させていなければならないので、その必要がなくなるこの手の魔道具は地味に便利なのだ。それもこれも全部魔力発生器の発明のおかげである。ありがとう発明王イージソン。
冷蔵器は扉が3つ、真ん中の扉が一番大きくて、それが[冷却]室である。下が[凍結]室で、上が[低温]室。それぞれの魔術の術式が付与されていて、これも魔力発生器で終日稼働できる。ちなみに低温室は野菜を入れておけば鮮度がある程度長持ちする。
なお冷蔵器の扉には通常、弾樹脂で作られた密閉加工が施してあるため、中の冷気が外に漏れたり箱室内の気温が上がったりすることはない。
冷蔵器と着火器の据え付けてある居室空間は間取りも広く天井も高く居心地が良さそうである。着火器の上の壁面と反対側の壁面には大きな窓があり、採光性も通気性も抜群だ。あとはソファやテーブルなど家具類を持ち込めば、それで寛げるリビングになるだろう。
着火器の隣には小さく仕切られた小部屋があり、ここがトイレだ。居室に隣接しているのは少し据わりが悪かったが、これはレイアウト上難しかったので仕方ない。なおトイレは脚竜車では珍しい水洗式で、汚物は洗浄した水と一緒に車体底部の穴から路上に排出される。
これはどの旅行用脚竜車でも基本的に同じ仕様で、なので脚竜車は道路左右の端を走ってトイレはその外側の端に来るように配置しなくてはならないと定められている。街中を走る際はトイレは使用禁止である。
居室から直接トイレに出入りするのに対してレギーナが難色を示したため、トイレのドアの前にも廊下が増設されることになった。その分居室が狭くなってしまうが、これは仕方ないだろう。
「…待って?あの入り口からソファとか入れられるの?」
「いえいえ。脚竜車の内装家具類は移動中に使うのが前提でございますので、この中で作って据え付けるのでございますよ」
「あ、そうなのね」
そのあたりの知識は[車両作成]スキルを持ってないと分からないので、レギーナが知らなくても無理はなかったりする。
居室の左後方にはドアがあって、それを開けると人ひとりが通れる廊下が現れる。廊下の中央壁面にもドアがあり、ここがレギーナたちの寝室になる。そこに入ってみると、すでに二段ベッドが壁に寄せて二基四床据え付けてあった。いわゆるセミダブルサイズでゆったり寝られそうだ。
外壁面の窓にはカーテンもつけられていてプライバシー確保も万全だ。なんなら外の防護壁を下ろして窓を塞ぐこともできる。
そのほか、窓側の壁の隅には4人それぞれの手荷物を入れられる簡易なロッカーも取り付けてあり、ドア側の壁の両サイドには化粧台も備えられている。
「おお〜二段ベッドやねえ」
「わあ…!」
これを見たかったレギーナのテンションが爆上がりである。
「マットレスの搬入はこれからでございますが、最高級のものをご用意致しまして最上の寝心地をご提供致しま⸺」
「え、何言ってるの?」
「…………は?」
意外なレギーナの反応に職長が戸惑う。
「二段ベッドって言ったら狭くて固くて寝心地悪いものでしょ!?」
「いやいや姫ちゃん、そこまで寮ば再現せんでちゃよかやん…」
二段ベッドに変な拘りを持っているレギーナに、さすがにミカエラのツッコミが入った。
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