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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第六章】人の奇縁がつなぐもの
183/189

6-26.勇者レギーナ、転生者疑惑

「じゃあ、どうして私に、魔剣聖に殺された記憶(・・・・・・)があるのよ?」


 そのレギーナの問いに、答えられる者などいなかった。そんな有るはずのない記憶の話をされたところで、分かる訳がない。


「いや知らん(分かんない)ばい(けど)?」


 ミカエラでなくとも、そうとしか返せない。そもそも魔剣聖のような強大な魔王に挑むなど、勇者候補ごとき(・・・)には不可能とされていて、勇者選定会議でも遭遇したら全力で逃げろと推奨しているほどなのだ。


「そもそも、いつの話なん(なのよ)それ?」


「それは……、ちょっとよく思い出せないけど」

「なんや思い出されへんのかい」

「ちょっとナーンさんは黙っとこうか」

「でも、何度か戦ったわ」

「何度も戦ったん!?」

「全部惨敗だったけど」


 一度ならず戦ったなどと、それこそあり得ない。過去に魔剣聖と戦った勇者、あるいは勇者候補は全て一度でパーティもろとも全滅しているのだから。唯一の例外となったのが、勇者ロイのパーティである“竜を捜す者たち”なのだ。


「アイツ戦うたびに強くなってくし、本当に絶望しかなかったわ。それでも対抗できるのが唯一私だけだったから、戦うしかなかったんだけど」

「一応念のために聞くばってん、何回戦ったん?」


「…………確か、3回?」

「3回も!?」

「見逃されてきたのよ。『これでもアンタには敬意を表してるんだぜ?なんせ憧れの勇者様だったんだからな』って」

「待って姫ちゃん、いや待って」


 魔剣聖が憧れた勇者など存在するのだろうか。

 というか、魔剣聖こと勇者カイエン以前に存在した女性勇者(・・・・)など、歴史上ひとりしか(・・・・・)いない(・・・)のだが。


「勇者カイエン以前の女性勇者って、勇者レイナしかいないわよ?」


 ヴィオレに言われるまでもない。勇者カイエンの先代勇者こそが、史上初の女性勇者とされるレイナであり、歴史上彼女以前には女性勇者など存在しなかったとされている。


「まあ未確認情報として、勇者エストっちゅう人物が()ったって話もあるにはあるばってんが」


 勇者エストなる人物は、古代ロマヌム帝国中期に一度だけ現れた魔王“淫魔王”に挑んで全滅したとされる、冒険者パーティのリーダーである。

 事実であればこれも史上初だが、彼女は女性だけで構成されたパーティを率いて淫魔たちの王たる淫魔王に挑み、敗れて全員が魔に堕とされたとされている。当時の神聖ロマヌム帝国がそれを認めなかったことで、勇者エストとそのパーティは全ての記録から削除され、存在自体を無かったことにされたとも言われているのだ。

 なお、淫魔王はその後姿を消して、以後一度も顕現していない。だから一部の歴史家の間では、淫魔王と勇者エストは相討ちになったのではないかと考える者もいる。


「ばってん勇者エストは勇者レイナより百年以上前の人物やけんね。魔剣聖と戦ったやらあり得んとよね」


 だから、勇者エストが実在したかどうかにかかわらず、魔剣聖——勇者カイエンと戦ったことがあるのなら、それは勇者レイナしかいないということになるのだ。


「あ、姫ちゃんその時、男やったりせんやった?」

「そんな訳ないじゃない。ちゃんと自分の亜麻色(・・・)()長い髪(・・・)も確認しているわよ」


「亜麻色……」

「長い髪……」


 であれば、やはりレギーナが語っているのは、勇者レイナの記憶ということになるのだろう。現在まで伝わるレイナの髪色とも合致するし、そもそもレギーナの髪は蒼いのだから。


「ひめ、もしかして、勇者レイナの生まれ変わりってこと?」


 状況証拠だけで判断するなら、そしてレギーナの話を全て真実と仮定するなら、そういう事になる。だが、それは——


「いやあ、ちょっとそらぁ考えにくい(可能性が低い)とよね」

「ミカエラさん、それはどうして?」

「勇者レイナが魔剣聖と戦ったっちゅう記録やらないとよね。それに」


 ミカエラはそこで言葉を切って周囲を見回し、最後にレギーナを見た。


「勇者レイナの二つ名、姫ちゃんだって知っとう(てる)やろ?」

「…………史上最弱の勇者(・・・・・・・)、よね」



 勇者レイナ。

 彼女はもともと、若くして頭角を現してきていた冒険者だった。当時は今よりは女性冒険者の比率もずっと少なく、彼女への風当たりも相当に強かったと言われているが、それでも彼女は帝国内でも上位に数えられるほどの実力を有し、男たちを黙らせてきたと伝わっている。


 彼女が女性としては人類史上初めて、正式に勇者に任命されたのには訳がある。当時の皇帝が彼女の美貌に目をつけたのだ。

 皇帝は彼女に魔王を討たせて、魔王討伐の名声を得た勇者を妃にしようと目論んだのである。


 当時、近いうちの顕現が確実視されていた魔王の存在があり、それを討伐させるべく、皇帝は周囲の反対を押し切って彼女を勇者に任命した。当時は勇者選定会議など存在せず、勇者とは神聖ロマヌム帝国皇帝が任命して、皇帝と帝国のために力を揮う存在であり、レイナにも当然その働きが求められた。

 だが彼女は、帝国内の選りすぐりのメンバーを揃えたパーティとともに魔王討伐の旅に出たものの、魔王どころかその眷属にさえ歯が立たず、仲間たち全員を置き去りにして独りだけ逃げ戻ったのだ。


 勇者にあるまじき無様を晒したレイナは激怒した皇帝によって奴隷に落とされ、『史上最弱の勇者』『仲間を見捨てた卑怯者の恥知らず』と人々から散々に罵られた。そして獄に繋がれ、約1年にわたって暴行陵辱を含む拷問に晒されて、廃人同然になった挙げ句に奴隷オークションで売り払われたという。

 彼女の消息はその後、(よう)として知れない。一説にはオークションで落札した貴族の性玩具として悲惨な運命を辿った挙げ句に殺されたとも、その貴族の計らいで別人として穏やかな余生を送ったとも言われるが、定かではない。


「勇者レイナは魔王の眷属に惨敗した挙げ句、奴隷に落とされて歴史の表舞台から姿を消したとよ。その彼女が魔剣聖と戦うやら、そもそも無理なんよ」


 勇者レイナが無様に逃げ帰って奴隷に落とされた翌年、皇帝は新たに勇者を任命した。それが剣闘奴隷であった孤児のカイエンである。

 純粋に剣の腕だけで勇者に任命された彼は、だが勇者として尊重されることもなく、帝国のサポートもなく頼れるパーティを組まれることもなく、粗末な剣一本だけ持たされて、魔王討伐に送り出された。

 その彼が、レイナを倒した魔王の眷属はもちろん魔王まで含めて、高位魔族をひとりで壊滅させて生還したのだ。


 当然、帝国市民は手のひらを返して熱狂に湧き、皇帝も謁見を許して親しく声をかけ、カイエンの功績を称えた。

 だがその後、彼は、次々現れる魔物討伐に延々と駆り出されることになる。相変わらずサポートもなく、共に戦う仲間もなく、功績は称えられるも褒賞などは一切なかった。誰も彼もが口々に褒めそやすものの、内心では剣闘奴隷であった彼のことを誰もが軽んじ、ないがしろにしていたのだ。

 そうして最終的にカイエンは、魔物氾濫(スタンピード)の発生を受けて現場へと送られ、数万もの大群を独りで(・・・)殲滅(・・)した(・・)。だがそんな彼に人々が向けたのは、賞賛と敬意ではなく畏怖と罵倒だった。『化け物め!』『魔王より魔王らしい男だ!』『なんて汚らわしい!』口々にそう罵られ迫害されどこへ行っても追い払われて、そうしてついに彼は、本当に(・・・)魔王(・・)()成って(・・・)()まった(・・・)のだ。


 それこそが、魔王“魔剣聖”なのである。


 魔剣聖はまず手始めに、自分を勇者に任命しておきながら一切庇護しなかった皇帝を惨殺した。その後、自分を罵倒し石を投げた民を、街を滅ぼして回り、差し向けられた軍勢を殲滅し、新たに立った皇帝をも暗殺した。

 彼は帝国を滅ぼすと公言し、その後も即位する皇帝たちの元に現れては次々と殺して回った。最終的に誰も玉座に就こうとしなくなり、押し付けられるように即位した少年皇帝の生命を奪って、そして魔剣聖は姿を消した。皇帝の立たなくなった神聖ロマヌム帝国は崩壊し、各地で大諸侯が次々と独立して、そうして現在の西方世界が成立するに至る。

 神聖ロマヌム帝国の滅亡後、旧帝国諸侯が興した国々は協議を重ねた。人類を救ったはずの勇者を迫害し魔王に堕としてしまった事実を踏まえ、カイエンのような悲劇を二度と繰り返さないために勇者を中立の存在とし、確実に庇護するために主要国が調印して条約を成立させた。

 それがいわゆる勇者条約、『西方世界における勇者の選定と適正な運用に関する国際条約』なのである。



 魔剣聖の出現どころか、カイエンが魔王に堕ちる前に、勇者レイナは表舞台から姿を消したのだ。そんな彼女が、一体どういう経緯で魔剣聖と戦ったというのだろうか。

 レギーナが語る“記憶”は、歴史事実として伝えられていることとあまりにもかけ離れ過ぎていて、ミカエラたちには俄に信じられようはずもない。


「私もそう習ったんだけど、どっちが本当なのかよく分からないわ」

「いや分かれへんのかい」

「だからナーンさんは黙っとこうか」


 レギーナが思い出した(・・・・・)ことは、どうも曖昧で断片的に過ぎる。真偽の判断などつけられそうになかった。

 だが、彼女の顔色は回復し、全身の震えもいつしか止まっていた。

 それをアルベルトは見逃さなかった。


「……で、魔剣聖の恐怖と蛇王の恐怖と、どっちが怖かったんだい?」

「それは……」


 問われて答えようとしたレギーナの額に冷や汗がみるみる浮かんでくる。全身が小刻みに震え始め、そして——


「ああ、これは」


 それまで黙って話を聞いていた朧華(ロウファ)が、不意に一歩踏み出し、手を伸ばしてレギーナの胸部をひと突きした。


「ゔあ……っ!」

「これだ!」


 朧華の拳がレギーナの胸に吸い込まれ、周囲の全員が驚く間もなく彼女は何かを掴んで引きずり出した。


「…………瘴気!?」


 引き抜かれた朧華の拳が、黒い靄を確かに掴んでいる。


「蛇王もなかなかにえげつない事をするね。こんなものを仕込んでいたとは」

「朧華さん、それは?」

「太古の魔法(・・)の一種、かな。レギーナどのの霊核に打ち込まれていたよ。コレのせいで彼女は蛇王への恐怖を植え付けられていたんだ」


「私…………」


 呆然とレギーナが呟いて、全員が彼女を見た。

 朧華の拳が確かに突き刺さったはずの彼女の胸には、傷跡などどこにも見当たらなかった。代わりにレギーナの冷や汗も、身体の震えもすっかり収まっている。


「……どうして蛇王なんかをあんなに(・・・・)怖がって(・・・・)()()のかしら……?」

「姫ちゃん?」

「そうよ。あんな奴、魔剣聖に比べれば全然怖くなんてなかったじゃない。絶対に勝てないと分かってて、殺されるって確定してる状況でそれでも挑まなくちゃ、って思ってたあの時に比べれば、全然大したことないわ」


 レギーナの瞳にも全身にも、すっかりいつもの自信と力強さが戻ってきていた。


「かつて蛇王は、人々を恐怖と暴虐で縛りつけ、千年以上も支配していた」


 朧華が静かに語り始め、レギーナを含めて全員が彼女に目を向ける。


「おそらくはコレが、そのからくり(・・・・)だったんだろうね。人々の心に恐怖心を植え付け、自分に逆らえないようにしていたんだろう」

「つまり……?」

「森羅万象の根源元素である魔力(マナ)で構成された生物も、闇に侵された魔力である瘴気(ミアスマ)で構成された魔物も、すべからく霊核を持っている。霊核には魂が宿り、魂には真名が刻まれて、その全存在が規定される。——だったら、その霊核に“恐怖”を刻んでやれば?」


「魂そのものが、恐怖に汚染される(・・・・・)……」

「その通り」


 つまりレギーナは、後天的に蛇王に対する恐怖を植え付けられていたのだ。それが魂を縛りつけ汚染していたからこそ、彼女は死の恐怖に囚われ、それを植え付けた蛇王に二度と逆らえなくなる状態に陥っていたのである。

 だがそれを見抜いた朧華によって、レギーナの恐怖心は除去された。


「姫ちゃん、戦えそう?」

「誰に言ってるのよ。——この屈辱、絶対に晴らしてやるわ!」


 勇者レギーナ、完全復活である。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は24日です。



【閑話】

勇者レイナの話がやたら詳細なのは、長編一本書くつもりで設定作ってあるからです(爆)。もうプロットもほぼ出来上がっていて、設定をもう少し詰めれば連載始められる状態だったりします。

まあ今余裕ないので連載増やすのは無理ですけどね!


ちなみに勇者エストと仲間たちの話は、上げるならR18になります(笑)。



…………読みたい?(・∀・)



【お詫び】(2024/12/29)

今回の話に出てくる人類史上初の女性勇者ですが、名前を間違っておりました(汗)。正しくはレイラではなく、「レイナ(Reina)」です。

まだ未発表作品とはいえ、長編の主役級の人物の名前を間違うとかやっちゃダメだろ……!

ってことで、本編修正済みです。年内に気付けて良かった!


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― 新着の感想 ―
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