1-18.男の子はメカが好き(2)
本日の2話目です。
魔道具と魔鉱石、それに金融ギルドと通貨に関する説明を含みます。
第5話「待ち伏せ」のタイトルを「襲撃」に変更しました。よく考えるとアルベルトは待ち伏せされたわけではないので。
そのほかに室内装飾も兼ねる魔術灯や砂振り子などの備え付けの小物魔道具や、魔力発生器を仕込んだ空調などの快適設備や内装の仕様に関して話を聞き、最後に冷蔵器の話になった。
冷蔵器とは、扉を付けた木製や陶器製の箱の内装に薄いガラス材を塗り固めて[冷却]の術式を付与した魔道具のことである。魔力発生器を動力に仕込むことで箱内が常に一定の冷温に保たれ、中に食材や飲み物を入れて保存するのに用いられる。家庭用冷蔵器は中型から大型のものが多く、たいていは二室から三室備えていて、うち一室には[冷却]ではなく[凍結]が付与されているのが一般的だ。
アルベルトが提案したのはこの[凍結]を付与した箱室を複数備えている特別製だった。大きく四室に分け、うち二室に[凍結]を仕込み、片方はレギーナたち人間の食材を入れてもう片方には肉食種の餌を保存する。二つの[凍結]室は最下部に横に二室並べて、餌用の一室は車内からではなく車外から開けられるようにする。
その餌用[凍結]室にはギミックを仕込んで、御者台からも直接餌を取り出せるようにしたい、というのがアルベルトの要望だった。そうすることで脚竜車を止めずとも肉食種に餌を与えることができるためだ。
そういう形にしたため、餌用[凍結]室はアルベルトの寝室の下を御者台まで延びる形になっていて、横から見るとL字型に見える。そして[凍結]用の魔力発生器は二つの[凍結]室の間に設置することで凍結効率を上げられるように考えられていた。
ただし、これは大型の魔道具になるため専門の魔道具職人が製作にかかっていて、今この場にはないという。
「しっかしまあ、ようこげんと考え付くばいね。ばってんこれ、おいちゃん寝とったら寒うないね?」
「これから暑くなるし大丈夫でしょ。それにこの作りだから俺の寝室には空調入れなかったし」
それにアルベルトは冷却が必要な道具も持ち込みたいという。何を持ち込むつもりなのかミカエラが聞いても、曖昧に笑うだけで彼は答えなかった。
魔道具というのは魔力で動く道具の総称である。小さいものは砂振り子や魔術灯など、大きいものになると魔力発生器を備えた冷蔵器や空調まで様々なものが実用化されていて、人々の生活利便性の向上に大きく寄与している。
魔力発生器というのは、地中から採掘される魔力を含んだ鉱石“魔鉱石”を用いて魔力を自動的に発生させる装置のことで、これを使うことで使用者がいちいち魔力を流さなくても魔術が使えるようになるというものだ。魔鉱石自体は蓄えた魔力を使い切ると使えなくなってしまうが、陽光に当てたり人間が霊力を流すなどして、何らかの形で魔力を浴びせることで再び魔力を蓄えられる。
魔力発生器は魔鉱石の含有魔力を使って魔力を発生させつつ、発生させた魔力を増幅させ、その一部を魔鉱石に還流させることで半永久的に魔力を生成することを可能にした一大発明品である。具体的にどういう仕組みになっているのかというのは高度な魔術力学の理解が必要で、学者でもなければ詳しくは説明できないが、とにかく魔力発生器は魔鉱石に蓄えられた魔力を数倍から十数倍にまで増幅させることができ、魔鉱石に蓄えられた魔力を枯渇させることなく魔力を発生させ続けることができるのだという。
この魔力発生器の発明によって、魔道具の製作と使用が本格化したと言っても過言ではない。
通常、魔力発生器に用いられるのは“無色”の魔鉱石だ。無色とは複数の色(魔力元素)が混ざった状態を言い、採掘される魔鉱石の大半は無色である。だが稀に五大元素それぞれの単色の魔鉱石が採掘されることがあり、そういうものは魔術師たちの研究材料になったり、属性魔術を付与した魔道具、主に攻撃用となる指輪や腕輪、頭冠などに用いられる。貴重な魔鉱石の中でも特に稀少性が高く、なかなかお目にかかれない。
魔力によってスイッチひとつで灯りをつけたり消したりできる“魔術灯”や、色砂が落ちきったら自動でひっくり返る“砂振り子”なども魔道具である。ただこれらの簡易な魔道具は魔力発生器を使わずに魔鉱石を直接仕込むので、使用者が定期的に魔力を流すなどして魔鉱石に魔力を補充してやらなければならない。
それにしても、改めて思えば今回の特注脚竜車は相当な高級車である。
最初の発注交渉の際にレギーナが「金に糸目は付けない」と言い切り、具体的にいくら使えるのか分からないアルベルトがミカエラをチラリと見やると、彼女は財布から“白金”カードを出してニカッと笑ってみせたので、それでアルベルトも安心して思う存分要望したのだが。勇者パーティとはいえ彼女たちは随分貯め込んでいるようだ。
エトルリアのフローレンティアには金融ギルドがあり、そこで定められた通貨の単位が今や西方世界全体の基軸通貨になっている。
元は古代ロマヌム帝国時代からある通貨単位、銅貨、白銅貨、銀貨の3種が帝国滅亡後も広く用いられていた。だが時代が下るにつれて各地で独自の通貨を定める動きが出始め、それで各国で多様な通貨が乱立する事態になっていった。
そのため商人たち、特に国境をまたいで活動する隊商たちは行く先々で両替を余儀なくされ、為替の違いで損をする事も多く、次第に帝国時代の3種の硬貨に回帰していったという。
そんな中で独自の通貨単位の存続に成功したのがフローレンティア市である。帝国滅亡後に東方世界から貴金属の輸入が増えたこともあってフローレンティアでは金貨の鋳造が実現していて、それでフローレンティアの商人たちは何とか金貨を世界通貨にしようと試みた。
フローレンティアの貨幣単位は銅貨、銀貨、そして金貨の3種である。このうちポレンは価値を上げて金貨とし、ペタルムは新たに開発した紙幣、フィオーラはさらに価値を上げて白金貨とした。
紙幣は当初は偽造も多く、それを防止するために多くの技術革新が成されて偽造そのものはほぼ防げるようにはなったが、今度は偽造防止技術を持つフローレンティアの商人、ひいてはフローレンティアを抱えるエトルリア連邦王国に金融市場が支配される懸念が各国より噴出し、それで金融関連業務全般を業務とする金融ギルドが創設されてエトルリアの支配から独立することになった経緯があった。
なおレートは、
1銀貨=5白銅貨=200銅貨
である。これは重量単位がそのまま貨幣単位にも応用されたものでもある。
そして金貨は5銀貨、紙幣は10金貨、そして白金貨は10紙幣である。
(白金貨=10紙幣=100金貨=500銀貨)
ちなみに1銅貨は日本円換算で約10円である。つまり白金貨は約100万円の超高額貨幣ということになり、大きな商談以外では滅多に目にすることはない。
ついでに言えば、重量単位としては1グレンが約5gである。元々は黒麦1000粒を平均した1粒の重量を指すのがグレンという単位だったのだが、時代とともに変化して現在は黒麦1000粒の重量が1グレンということになっている。
リブラとは重量を計測する秤のこと、ポーンドとはその秤に使う錘のことで、秤は元々は手で吊り下げて使う小さなものが主流であった。古代帝国時代にはひとつの錘は5グレンに釣り合うように作られていて、つまり1ポーンドは5グレンであり、それがそのまま1リブラとしても通用していたという。
だが古代帝国の滅亡後、次第に秤は40錘まで計れる据え置き型が主流になっていき、それとともに重量単位も変化して、現在は1リブラ=40ポーンドと認識されている。グレンの重量は5gなので、つまり1リブラは約1kgに相当する。
(1リブラ=40ポーンド=200グレン)
現在は秤も据え置き型のものが主流になっており、家庭用の40リブラまで計れるものや200リブラまで計れる大型のもの、さらにその倍の2000リブラまで計れる業務用の超大型のものもある。
で、ミカエラの見せてきた“白金”カードである。金融ギルドが発行する高額預金者カードであり、中でも“白金”は最高級だ。アルベルトは具体的には知らなかったが、預金額100白金貨以上の顧客に発行される。
つまり蒼薔薇騎士団の活動資金は、少なく見積っても100白金貨以上あるということになるわけだ。
そして蒼薔薇騎士団の経理担当でもあるミカエラも、商工ギルドの職員も誰にも明かすことはなかったが、今回のこの特注脚竜車のお値段は総額で10白金貨ほどかかっている。普通の長距離旅行用脚竜車と比べても10倍以上かかっていて、蒼薔薇騎士団でなければ簡単には払えそうにない額であった。
金融ギルドは西方世界全体の統一組織のひとつで、預貯金業務も請け負っている。だから金融ギルドに資金を預けておけば西方世界のどこへ行っても好きな時に好きなだけ自分の預金を引き出せる。ラグにも当然金融ギルドの支部があり、だからレギーナも金に糸目は付けないと言えたわけだ。
ちなみに預金カードのグレードは冒険者認識票に準じている。これは明日をもしれない日々を送る冒険者たちがせめてもの安心のためにと多く利用したがるためであり、高ランク冒険者になるほど顧客としての信用度も上がるためである。通常は自分の冒険者ランク以上の預金カードは発行されないものだが、レギーナたちは勇者であるため“金”だけでなく“白金”の審査も通ったのだろう。
預金業務自体は冒険者ギルドでも取り扱っているが、こちらは冒険者向け限定のサービスであり、アルベルトも利用していていくらかの預金があったりする。ただし金融ギルドのそれとは違って「金利」が付かないので、単純に預かってもらうだけのサービスでしかない。しかも冒険者ギルドは世界統一組織ではないので、よその土地へ行ってしまえば預金を引き出すこともできないのが難点だ。
「いやしかし、こらぁ完成が楽しみになってきたばいね♪」
当初は「レギーナが言い出したから仕方なく」といった雰囲気だったミカエラがニコニコしている。
「二段ベッド、見たかったのに…」
対してレギーナはやや不満そう。
「そらぁ艤装の最後の仕上げになるっちゃけん仕方なかよ。出来上がりの楽しみに取っとこうや」
それを上機嫌のミカエラがレギーナを慰めている。
「じゃあ俺はギルドに顔出してくるから、ぼちぼちお暇するよ」
「そうですか。ほんなら、また」
「うん。じゃあまた何かあったら呼んでもらえれば」
そう言って手を振り別れてゆくアルベルトとレギーナたち。
その姿を、道行く多くの市民や冒険者たちが嫉妬と羨望の眼差しで見ていることに彼らは気付かない。
(くっ…、あんなに勇者様と親しげに…!)
(くそう、ナニモンだあいつ…羨ましい!)
(ああ…私もあんな風に勇者様とお話したいわ…!)
(ていうかレギーナ様マジでお美しい…ミカエラ様もなんと可憐で…)
蒼薔薇騎士団もラグ滞在が長くなってきて最初の頃のように黒山の人だかりに追い回されることこそなくなっていたが、その実こうして多くの人の注目を集めているのは何も変わっていなかったのだった。レギーナたちはそもそも注目を集めることに慣れていて気にも留めないだけだが、アルベルトが気付かないのはただ鈍感なだけである。
まあアルベルトだって今までも違う意味で視線を集めていたのだから、そういう意味では「いつもと変わっていない」のかも知れないが。
ああ、だからクレアが出歩きたがらないのかも知れない。
なるほど、そういうことか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アルベルトが〈黄金の杯〉亭に戻ったのはまだ昼前だったので、彼はミックとアリアを誘って昼食を共にする。ふたりもあれからすっかりアルベルトに対して怯えてしまっていたが、ようやくそれも落ち着いてきた頃合いである。
冒険者というのは戦う職業で、時にはああして敵と命のやり取りをすること、それを怖がっていては冒険になど出られないこと、あの時は相手が人間だったからショッキングに思えたかも知れないが、冒険に出れば時には野盗や山賊などの人間相手にも戦う日がやってくるということ、そういった事をこんこんと説明して、それでふたりもやっと落ち着いたのであった。
ミックは男の子なのである程度覚悟を固めたようだったが、アリアは自身の身に起きた体験もあってなかなか恐怖が拭えないようだった。それでも、「冒険者というのはそういうもの」だというのは理解してくれたようだった。
それはそれとして、アルベルトが特注脚竜車の話をしてやるとミックは目を輝かせながら聞き入っていた。そして、それをアリアが若干引きながら見ていることに彼は気付いていなかった。
まあそれを見て何も言わずにニコニコしているアルベルトだって、先ほどレギーナやミカエラが同じような目をしていたのに気付いていなかったわけだが。
昼食を取ってからアルベルトとミックは遅めの薬草採取に出て、採れるだけの依頼分だけ達成して夕暮れに帰ってきた。途中ミックには[感知]の練習をさせることもアルベルトは忘れなかった。
アリアは今日はついて来なかった。
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