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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第六章】人の奇縁がつなぐもの
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6-21.必殺技を作ろう!

 レギーナのトレーニングは新たな段階に入った。ドゥリンダナを“開放”しつつ、天眼を磨きその理解を深めるようになったのだ。

 技量的なレベルダウンはもはや諦める他はない。落ちたレベルは上げればいいだけなのだから、地道で遠回りであっても再び腕を磨くだけだ。


(見える……!)


 “開放”のさなかのレギーナの視界には、無造作に配置された木偶人形の合間に紛れるように立っているアルベルトやミカエラ、侍女のニカやミナー、それに戻ってきたばかりのナンディーモの姿がしっかり捉えられている。

 木偶人形だけを斬り、彼らには一筋たりとも傷を負わせない。そういう訓練を、今彼女はやっている。


 一陣の風が過ぎたあと、周囲の木偶人形だけが両断されバタバタと落ちてゆく。


「ううう〜(えず)かあぁ!」


 ドゥリンダナの継承直後の、全くコントロールできていなかった頃のレギーナを知っているミカエラは、根源的な恐怖を拭えずにいる。


「信じとうけん付き合っとるばってん、やっぱ慣れんばい。おお(えず)か!」

「レギーナさんならきっと大丈夫だよ。今だって斬られなかったしね」


「もし万が一斬られた時のためにアルミタを待機させておりますので、皆様どうかご安心を」

「いや微塵も安心できないんですがねぇ!?」


 訓練を見守る侍女アルターフが冷静に発言して、それにナンディーモが震え声で噛み付いている。まあ彼はレギーナが実際に“開放”して戦っている場面を見たこともなければ、先の朧華(ロウファ)の教導の際も見ていなかったのだから、いくら口で大丈夫だと言われても信じきれるものでもないだろう。

 というか、斬られたが最後で即死するだけなのではなかろうか。


「心配せんでちゃ良かてナンディーさん。当たったら損ばってん、当たらんっちゃけん大丈夫て」

「いや()じゃ済まないでしょ絶対!あと僕ナンディーモですってば!」


「大丈夫よ、見えてるから」

「あっ、レギーナさんお疲れさま」

「まだ疲れてはないけど、ありがとうアル。でもそうね、次からは立ってるだけじゃなくてみんなにバラバラに動いてもらおうかしら?」

「ううう嘘でしょおおお!?」


「んー、天眼の理解は順調に深まっているけれど、さすがに人を相手にそこまでさせるのはちょっと()()早い(・・)かなあ」


 やはり訓練を注視していた師匠(・・)の朧華がそう発言して、ナンディーモはあからさまに安堵の表情を浮かべた。


「てか僕シャーム国から帰ってきたばっかりで、なんでこんな目に遭わないといけないのかなあ!?」

「そらナンディーさんが帰ってくるタイミングの()()()()けんやん」

「言ってる意味が!全っ然分からないんですけどねえ!?てかミカエラ様だって怖がってたでしょ今!」

「そうやったかね?憶えとらんばってん」

「うわこの人最低だ!」


 ちなみにナンディーモが仕入れて持ち帰ったシャーム鋼の金塊ならぬ鋼塊(こうかい)を受け取ったミカエラは、満足げに笑って礼を述べるとともに代金を支払い、早速それを梱包して国王ヴィスコット3世宛の信書とともにエトルリア王宮に[転送]済みである。鋼塊は別途に託した手紙や発注書とともにエトルリア国軍の手によって、エトルリアの北部国境地帯にあるドワーフの都『岩都(がんと)』にいる、七賢人のひとりでもある“岩窟の隠者”ゴルドニクに届けられる手はずである。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「ひめ、必殺技つくろう」


 レギーナが朧華の指導のもと天眼の訓練を開始してから3日目。晩食の席で唐突にクレアがそう発言して、レギーナはじめ全員の首を傾げさせた。


「……必殺技?」

「そう、必殺技。カッコイイやつ」


「…………私の?」

「そう、ひめの」


 クレアの中ではすでにイメージが出来上がっているのか、彼女の瞳はキラキラと輝いている。小さな握りこぶしを両手とも作って、まるでフンス!と擬音が聞こえてきそうだ。


「……クレア?」

「なに?」

「またなにか変なもの読んだでしょ」


 クレアは普段、部屋に籠って自分の魔道書や小説を読んでいる。たまに侍女と護衛を伴って離宮から出かけることがあるが、これはおそらく自己の鍛錬のために宮廷魔術師(マグーシュ)を訪ねて行っているのだと思われる。

 まだ13歳の未成年ではあるが幼い言動とは裏腹に考え方も危機管理もしっかりしているから、普段の彼女の行動をレギーナたちが掣肘することはない。彼女の方でも過不足なくきちんと報告してくれるので、普段あれほど可愛がっている割に意外と放置である。

 そんな彼女がここ最近、レギーナたちが蛇王のことを調べた王宮の書殿に足繁く通っているということは、付き添った侍女たちの報告からも分かっている。


「変じゃないよ。北西アードゥルバーダガーンのほうの、イベリア王国とかアルミナ王国とかのあたりの古い英雄譚だよ」


 イベリアもアルミナもリ・カルンの従属国のひとつで、レギーナたちが大河を渡ってたどり着いた最初の大きな街であるタウリスの、さらに北に位置する。地勢的には帝政ルーシに隣接していて、リ・カルンとルーシとの緩衝地域の役割も果たしている国々だ。

 そのあたりは伝統的にカフカース地方と呼ばれる地域で、リ・カルンの実効支配が及んでいるのは東西に連なるカフカース山脈以南である。その地に古来よりひとつの英雄叙事詩が伝わっていて、クレアは最近それを読んでいるのだそうだ。


「あのね、世界にまだ魔法があった時代の話なの。だからすごい剣とか魔法とか、たくさん出てくるんだよ」

「え、それを私に再現しろって言うわけ?」

「再現は無理だけど、似たようなものなら作れると思って」


 神々がまだ地上に在ったとされる太古の時代には、魔法もまた地上に存在したと言われている。だが神々が“どこにもない楽園(イェルゲイル)”に去ったあと、魔法も地上から失われた。魔術とは、まだ魔法が地上に在ったことを()る時代の人類が試行錯誤の末、部分的(・・・)()再現(・・)したものだとされているのだ。

 つまり魔法と魔術は似て非なるもの。そして魔術は魔法に及ばず、魔法を再現できない。現代において魔法は、法術師の[請願]や[招願]を発現させることでしか目にすることができないものである。


「クレアは具体的に、どげなんと(どんなの)を考えとるん?」

「えっとね、主人公がお父さんの神様からもらう剣があるんだけど、それを振るうと雷が落ちるの」

「「雷!?」」

「それが強くてカッコよくて」


 レギーナとミカエラは思わず顔を見合わせる。雷の再現は、さすがに現代の魔術ではなかなかに難しい。なんと言っても雷は自然界で最大級の魔力(マナ)の塊なのだ。真竜の一柱(ひとはしら)である黄竜の権能のひとつともされているため、迂闊に再現するだけで神々の不興を買いかねない。


そげなん(そんなの)どげんして(どうやって)作るとよ」

「雷そのものじゃなくて、黄属性の[電撃]ならいいかなって」


 つまりクレアは、黄属性の属性魔術である[電撃]をドゥリンダナに纏わせられるように術式を改良して、それで“雷の剣”を再現しようというのだ。


「でもそれ、そのまま握ったら私まで感電しちゃうんじゃない?」

「そうならないように、剣を握る手も魔力(マナ)で作るの。そうしたら纏わせる[電撃]もいくらでも大きくできるし、見た目が大きくできれば威力も上がって派手になるよ」


 なるほど、それは確かに格好良さそうである。


「けど、それ発動に時間(ヒマ)の要るっちゃない?」

「そこは術式の組み方次第かな。あと、ひめの詠唱スピード」

「要は練習しろって言いたいわけね」


「……ふむ。話は聞かせてもらっていたけど、その術式は剣本体を触媒みたいにして[雷撃]の術式で包み込み、一回り大きな“電撃の剣”を形成する、って理解でいいかい?」


 ここで、晩食の席に同席していた朧華が口を挟んだ。彼女はあの日アポ無しで押しかけてきて以来、極星宮に部屋を借りてレギーナたちと起居を共にしている。


「んと、そういう理解でもいい(・・・・)です」


 普段はほとんど敬語を使わないクレアだが、さすがに世界最強レベルの大英傑相手だと勝手が違うのか、ちゃんと敬語を使うよう心がけている。というよりはまあ、よく知らない人が相手だからという面が強いのだろうが。


「今ここで、模擬的に作れるかい?」

「それは、術式がまだ組めてないから…」

「じゃあ、まずは模擬術式を組んで見せてもらえるかな」

「朧華さまも見たいと仰っていることだし、クレアの考えている形で再現できるようなサンプルを組むだけ組んでみてくれる?」

「分かった」


 若干呆れつつも、レギーナは許可を出した。確かにこれまでの彼女の戦い方は基本的に剣技に依っている一方で、[飛斬(スラッシュ)]や[飛突(スタブ)]などの技は魔術の比重が大きく、剣技と連動させたものではなかった。そういう意味では剣身に[電撃]を纏わせるというクレアの提案は、これまでよりさらに踏み込んだ剣技と魔術の合わせ技になり得るかも知れない。


「あとね、」

「まだ何かあるの?」

「わたしやミカは自分の魔術を東方(こっち)の“相生(そうしょう)”に馴染ませるよう訓練してるけど、ひめにはそういうことさせてないなって思って」


 そう言えば大河渡河の直後に、クレアもミカエラも霊力的な不調に悩まされた事があった。それはすぐに回復したため、レギーナはもうすっかり忘れてしまっていたのだが、クレアはしっかり憶えていたらしい。

 まあ彼女は主たる戦闘手段が魔術しかないから、魔力の(ことわり)の違いによる威力低下は文字通り死活問題であり、そこに着目するのも当然のことである。だが主に剣技で戦うレギーナに関しては、ここまで誰もさほど気にしていなかった。

 クレアはそのレギーナも東方の魔力の理に馴染むべきだと言う。確かに今のレベルダウンした現状では、持てる実力を最大限に発揮するためにやれる事は全てやるべきであろう。


「って、ミカエラそんな訓練してたわけ?」

「えっ、あっうん、してたしてた」


 即答しつつもミカエラの目が泳いでいる。


「あなたずっと私のリハビリに付きっきりよね?」

「…………」


「ミカがわたしと一緒に訓練したのって、にか」

「さあそうと決まったら術式組むばいクレア!」

「あっ誤魔化した」

「ていうか姫ちゃん[電撃]は覚えとうとね(てるの)?」

「今誤魔化したよね」

「アルもそう思ったわよね?」

「誤魔化しとらんて!」


 なかなかに往生際の悪いファガータ娘である。ファガータ人は諦めがよく潔いのが特徴のはずなんですが。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は13日の予定です。



六章が前回で10万字超えてました(汗)。思ったより長くなったな……。区切りがつくまであとどのくらい掛かるやら。七章とのエピソード配分もきちんと出来てないしなあ……(−。−;)y−~~

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