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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第六章】人の奇縁がつなぐもの
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6-20.天眼の理解を深める

「レギーナどのには、まず“天眼(てんげん)”の理解を深めるところから始めてもらおうか」


「…………えっ」


 レギーナが約1ヶ月ぶりに手にした宝剣ドゥリンダナで“開放”の演武を見せたあと、それを見ていた朧華(ロウファ)の口から出た一言に、思わず呆気に取られてしまったレギーナである。

 レギーナばかりではなく、ミカエラもヴィオレもクレアも驚きを隠せない。だって“開放”は天眼を会得していなければ発動できないとされているのだから、宝剣を開放してみせたレギーナはすでに天眼を自分のものにできているはずなのだ。

 だのに朧華は、まずその天眼の理解を深めよと言う。まさか彼女は、レギーナが出来ていない(・・・・・・)とでも言うつもりなのか。


「あの、天眼ではなく“慧眼(えげん)”を……」

「言いたいことは分かるよレギーナどの。でも貴女は天眼を体得できていても、心得(しんとく)ができていないように見受けられるんだよね」

「……?」


 やはり朧華はレギーナの天眼に何かしらの不備を見て取ったようである。だがそれがどういうことなのか、レギーナ自身にすら分からない。


「つまり朧華さんは、レギーナさんがちゃんと(・・・・)修得(・・)できてない(・・・・・)、と言いたいんだね」


 補足するようなアルベルトの言葉に朧華が頷く。


「勇者殿は宝剣の継承時点で“開放”もできていた、と仰っておられましたな」

「あー、じゃあやっぱり心得がまだだね」


 ロスタムも補足し、朧華はますます確信を深めたようである。

 彼女は改めてレギーナに顔を向けた。


「レギーナどの、貴女は“天眼”とはどういうものだと理解している?」


 問われたレギーナは淀み無く答えた。


「天眼とは、遠近・前後・内外・昼夜・上下に妨げなく見通せる眼のこと。ただし因縁によって成り立つ仮象(かしょう)のみを見て実相までは見通せない。——だったかしら?」


 言い終えてレギーナはロスタムに目を向ける。それに彼が頷きで応えるのを見て、彼女は満足そうに目を細めた。


「それはロスタム卿に説明された通りに答えただけだろう?御身の言葉で説明してもらえるかな?」


 だが重ねて朧華にそう言われ、レギーナは一瞬言葉に詰まる。


「自分の言葉で……」

「そう、御身の言葉で」


 やや考えて、レギーナは口を開いた。


「物事、事象を一面で捉えるのではなく、そのものの正確な実態を正しく認識する力、かしら。遠近も前後も昼夜も上下も関係なく、動いていようと止まっていようと、形状から重心から弱点まで、見れば(・・・)分かる(・・・)。それが天眼だと理解しているわ」


 そのレギーナの答えに、朧華はニッコリと笑う。

 そして彼女は、隣に立つ自分の娘を指し示した。


「ではこれ(・・)は、レギーナどのの天眼ではどう(・・)視える(・・・)かな?」

「えっ」


 今度はさすがに、言葉に詰まった。どう、と言われても、銀麗(インリー)は銀麗にしか見えない。

 だが朧華は天眼では(・・・・)と言った。そのことを思い出して今一度レギーナは彼女を見た(・・)


 ただ見ただけでは、いつもと変わらぬ銀麗の姿がそこにあるだけだ。だが。


(遠近・前後・内外・昼夜・上下に妨げなく……)


 それはつまり、ドゥリンダナを“開放”した際の視界。どこにいてもどこから見ても、それが何であるかしっかりと見定める、能力。

 ドゥリンダナの開放中、レギーナは人類には到底届き得ないほどのスピードで動く。そんな状態でも視界が明瞭に確保されていて普段と変わらぬ戦いができているのは、視界の端にさえ捉えればそれが何であるか、どう斬ればいいのか、ひと目で分かってしまうからだ。彼女が普段から言っている「斬れば終わる」という言葉もまた、実のところこの天眼によるものであった。

 だが、ドゥリンダナを継承した直後はそうではなかった。ひとたび“開放”してしまえば、何を斬っているかも分からぬままに当たるに任せて全てを薙ぎ払ってしまうため、彼女が止まるまでは誰も彼女の視界に入れないほどだった。修練を積んで体得したからこそ、自在に“開放”して戦えているのだ。


 その“開放”時の視点で、レギーナは銀麗を見た。普段と変わらぬ姿だが、しばらく注視していると、何故かみるみる巨大化してゆく。あっという間にその姿は見上げるほどに大きくなった。


「…………巨大な、力……?」


 迷いながらも答えたレギーナに、朧華はますます破顔した。


「すごいねえレギーナどの!心得していない(・・・・・・・)のに、少しばかりヒントを与えただけでそこまで理解できるとは!」


「理解しているのかしていないのか、わたしには何とも言えません。ただ、そう見えた(・・・・・)というだけのこと」

「体得しても心得はしていない、というのはそういうことだよレギーナどの。本当に心得できていたなら、貴女のその疑念や迷いはなかったはずだ」


 つまり、銀麗の姿が巨大な力に見えたのは、朧華の言葉を受けてレギーナが天眼をより理解しようとした結果ということなのだろう。


「そして貴女がもし“慧眼”を修得できていたなら、この子の姿はこう視えていた(・・・・・・・)はずだよ」


 上機嫌の朧華は銀麗に「見せてあげなさい。もうできるだろう?」と話しかけ、銀麗は一瞬だけ嫌がる素振りをしたものの、ひとつため息をついてから母の指示に従った。

 腰を折り膝を曲げ、前のめりになった銀麗が両手を地につく。頭を下げ、その背が丸く膨らんだと思った次の瞬間、銀の毛並みが膨れ上がった。

 背が盛り上がり、腰が膨らみ、体格が膨張する。その前肢(・・)がみるみる太く力強くなり、爪も鋭く伸びてゆく。後肢(・・)はさらに太く漲り、大地をしっかりと踏みしめてこゆるぎもしない。顔も腹もすっかり銀の毛並みに覆われて、鼻が伸び口が裂けてゆく。その口の中から覗くのは、太く長く大きな牙と真っ赤な舌だ。


 さすがに唖然と見守るしかないレギーナや蒼薔薇騎士団の面々を前に、銀麗が前肢(まえあし)を踏ん張り頭を上げ、そして雄叫びのような咆哮を上げた。

 そこにいたのは、一頭の大きな虎であった。だが西方世界には生息していない獣なので、レギーナたちにはそれがなんと呼ばれるのか分からない。


「これが霊獣。いわゆる“四霊獣”のひとつ、白虎(びゃっこ)と呼ばれるものだ。まあこの子はまだ力が足らないから、毛並みが白くないけれどね」

「白虎……」

「四霊獣が一、白虎。五行の金、五方の西、五徳の義、四季の秋を司りし道と風の守護者。それが我ら銀虎(インフー)の宿星ってやつさ」


 華国には古来より四霊獣と呼ばれる存在がある。青龍、白虎、玄武、朱雀がそれで、いずれも伝説上の存在とされるがその末裔と言われる種族が存在していて、それを「霊獣」と総称する。中でもその血を色濃く引く者のうち相応に実力のある者は、今見たように先祖返り(・・・・)するのだという。

 レギーナが銀麗を見て勇者級の実力者だと感じたのも当然のことであった。


「ま、それはそれとしてだ。天眼と慧眼、そして法眼は連動しているんだ。天眼はものの仮象を見通せど実相までは見抜けない。実相まで見通せるようになればそれが慧眼の境地だ。そして法眼は、慧眼で見通した実相を他者に(・・・)()()()教え(・・)導く(・・)力だ」


 そう。だからこそ朧華はレギーナに対して、天眼の理解を深めるように言ったのだ。まず天眼を完璧に理解しないことには、慧眼の境地には到れないのだから。


「…………そう言えば、ドゥリンダナにも『理解度が足らない』って言われたわ」

「ドゥリンダナ、——ああ、その宝剣のことかい?やっぱりそれ、喋ってたんだ」

「ええ、そう。……ってドゥリンダナの声が聞こえていたのですか!?」

「我は宝剣を扱わないから、何を喋っているかまでは分からないけどね。でも視れば分かる(・・・・・・)よ、自我を持っていることくらい」


 40歳くらいの壮年の男性だよね、と言われてまたもやレギーナは絶句した。“きらめく兜の大英雄”ヘカトルの享年は『イーリオス』には記されてはいないため分からないが、記述の内容や他の史料と照らし合わせた彼の事績から考えても、40歳の少し手前で亡くなったことはほぼ確定的である。


「……そんな事まで分かるのですか」

「分かるさ。慧眼で視ればね」


 つまり、慧眼で視れば実相が見える(・・・・・・)というのはそういうことである。レギーナの目にはドゥリンダナは剣にしか見えないが、朧華にはその本質である英雄ヘカトルの姿が視えているのだ。そして同じく慧眼で視れば、銀麗もその本来の姿(・・・・)である虎の姿が見通せたはずであった。


「って、まさか朧華さまは」

「うん?」

「法眼に到っておられるの、ですか!?」


「あー、今度の旅で開いちゃった(・・・・・・)ねえ」


 事も無げに笑う朧華だが、定命(じょうみょう)の身で法眼に到ったとなれば、世界屈指どころか世界最強を名乗れるのではないだろうか。だって法眼に到ったと判明している者など、歴史上でも数えるほどしか存在しないのだ。存命の人物に限っては、もしかすると彼女ひとりだけの可能性すらあり得る。


「法眼に到って初めて分かったんだけどさ、今までの我は人に教えているつもりで、その実何も教えられていなかったみたいでさ。それに気付いた時にはさすがに参っちゃったよね」


 法眼は慧眼で理解したものの実相を他者に教え導く境地。そこに到って初めて、それまで行ってきた他者への指導が、実は単なるアドバイス程度にしかなっていなかったことに気付けたのだと、朧華はあっけらかんと笑う。


「だから法眼が開いてから人に教えるのは貴女が初めてということになるんだよ、レギーナどの」


 それは、レギーナにとってはこれ以上ない僥倖と言えよう。法眼とはすなわち仏の目(・・・)、東方で広く信仰される曼荼羅教において、神仏が衆生を教え導くために求められるとされるのが法眼なのだ。つまりレギーナは神々に直接教えを授かるのと同じレベルでの導きを得られたことになるわけだ。

 この得難い縁を得られたのも、アルベルトのおかげである。彼が若い時に朧華と出会い、そしてこの旅の途中で彼女の娘である銀麗に出会ってその命を救わなければ、この縁は繋げなかったのだから。


「…………アル、ありがとう」

「えっ、なんで俺?」

「…………ふふ、何でもないわ」


 思わず口をついた感謝に、理解が追いつかずポカンとするアルベルト。その顔がおかしくて、ついとぼけてしまったレギーナであった。


「……で、いつまでそんな姿でいるつもりなんだい娘々。もう戻ってもいいよ?」


 レギーナとアルベルトのやり取りを微笑ましく見ていた朧華が、虎の姿で座り込んでいる銀麗に声をかけた。

 それに対して銀麗は、虎の口で器用にため息をつきつつ答えたものである。


『せめて服を持ってきてくだされ母者。裸のまま戻るなどできるわけがありませぬ』


 見ると、銀麗の足元に布切れがたくさん散らばっていた。

 なるほど、これでは確かに姿を戻せないはずである。真の姿を見せろと言われて銀麗が嫌そうにしたのも、実はこうなると分かっていたからなのだった。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は13日の予定です。

3週くらい前からストック無しで書いています。落とさないよう必死です(爆)。



【四霊獣】

現実世界(テラ)では“四聖獣”ですけど、こちらの世界(アリウステラ)では少し呼び名が変わっています。決して誤字ではないので誤字報告しないでね(・∀・`)


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