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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第六章】人の奇縁がつなぐもの
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6-18.ようやく再会した彼女

 極星宮サライェ・アバクスターの一階にある、さほど広くはない応接室。

 そこに、7名の男女が集まっていた。


 広くはないとはいえ、リ・カルンを訪れる使節団の逗留のための施設であり、最大四組の使節団を収容できる離宮の応接室はそれなりに収容可能人数も考慮した造りになっている。四組が個別に使えるよう、応接室そのものも四室ある。

 今彼らがいるのは、そのうちの一室である。


 勇者レギーナと蒼薔薇騎士団、計4名。

 アルベルトとその契約奴隷である銀麗(インリー)

 そして残るひとりが、今回やって来た客人である。


 いやまあ当然ながら室内にいるのはその7名だけでなく、離宮の責任者としてジャワドが立ち会っており、侍女頭サーラーとその補佐アルターフ、それに侍従のフーマンも控えているわけだが、この場の主役は上記の7名ということになる。

 ちなみに蒼薔薇騎士団とアルベルトは応接テーブルを挟んで、上座から見て左側のソファに、上座側から順にアルベルト、ミカエラ、ヴィオレ、クレアと並んでいて、レギーナだけが上座の一人掛けソファに座っている。アルベルトは上座の後ろに立っているつもりだったのに、なぜかそれまでミカエラの定位置だった席を与えられている。

 なおライはと言えば、レギーナが同席を許可しなかったのでこの場にはいない。おそらくいじけて、自室でふて腐れていることだろう。


 そして銀麗はというと。何故か下座に椅子も置かずに正座(・・)させられていた。

 彼女の全身はレギーナたちが見たこともないほどに総毛立ち、それどころか細かくカタカタ震えている。大きな丸い耳はペシャリと伏せられ、顔面は蒼白、瞳孔は大きくまん丸に膨れ上がり、両頬の髭はピンと立ち、大きく太い尻尾は総毛立ちのまま背中にピシリと屹立している。

 その口はまるで迂闊なことを一切言うものかという強い意志を示すかのように、小さくすぼまり固まっている。まるで縫い付けられでもしたかのようだ。


「さて。まずは目通りを許可いただき感謝するよ。東方世界にようこそ、西方の勇者どの」


 そしてこの場に存在する最後のひとりが、おもむろに口を開いた。


(われ)は華国蓉州虎岈(こか)(こく)(うまれ)虎人族(レェン・フー)郷長(さとおさ)を代々務める銀虎一族(いちぞく)の当代当主を任されている。姓は(モン)、名は銀月(インユェ)(あざな)朧華(ロウファ)という。(かしこ)くも“英傑”の称名(しょうみょう)を戴いているが、まだまだ道も究められぬ未熟者だ。どうぞお見知りおきの程を」


 銀麗の後ろに立っていた彼女は淀みなくそう名乗り、そして上座のレギーナに向かって片膝をつくと頭を垂れ、額の前に右の拳を左の掌で包んで持ち上げた。華国独特の礼法である拱手(きょうしゅ)の礼である。


「お噂はかねがねお伺いしておりますわ、東方の英傑様。わたくしはレギーナ・ディ・ヴィスコット。西方エトルリア連邦王国の王族で、勇者としての務めを果たすべくこの地まで(まか)り越しました。未熟というならわたくしの方こそ経験も乏しく実力も伴わぬ弱輩なのですから、どうぞお立ちになって下さいな。御指導御鞭撻を賜れば幸甚に存じますわ」


 レギーナも立ち上がり、朧華に対して、右拳を左胸、霊炉(心臓)に添える騎士の立礼で応じた。本来ならば相手は同格の“英傑”であり、年若い分だけレギーナの方が格下に当たるのだから拝跪(はいき)すべきであるのだが、極星宮を貸し与えられてその主人として振る舞うべきなのはレギーナのほうなので、それで彼女の返礼は簡素なものになった。

 その代わりにレギーナはきちんと頭を下げ、そしてソファへの着座を勧めた。朧華もそれに応えて拝跪を解き、ミカエラたちとは反対側のソファに優雅に腰を下ろした。



 孟銀月と名乗ったのは、雄大な体躯の虎人族だ。ヴィオレとさほど変わらない程度に上背が高く、レギーナやミカエラよりもやや長身だ。体躯自体はやや細身に見えるが、毛並みに覆われた腕も肩も脚腰も、さらに地肌がむき出しの腹回りまでみっしりと筋肉が詰まっているのがひと目で見て取れる。

 その身体は銀麗と同じく、胸周りと腰周りだけを覆う丈の短い着衣を身につけているだけなので、体格も肉付きもよく分かる。銀麗と違うのは、袖がなく丈の短い黒革の上衣を羽織っていることくらいか。あとは傍らに大きなずだ袋を置いているので、おそらくこれは旅装のままなのだろう。

 彼女は骨格もがっしりしていて、まさしく大型肉食獣の獰猛かつしなやかな姿を彷彿とさせる、隙のない佇まいだ。彼女を見れば、銀麗の体格が小柄で子供(・・)()()()のだとよく分かる。


 豊かな頭髪が肩や背中で体毛と一体化しているのは娘の銀麗と同じだが、毛色が違っている。銀麗は銀と黄色のまだらの毛並みをしているが、朧華はそれが銀と黒の毛並みで、なんというか、娘よりも神秘さや荘厳さを感じさせる。丸く大きな耳も銀麗は黄毛だが朧華は銀毛なので、そこも影響しているのかも知れない。

 そして実力のほども、その隙のない立ち居振る舞いから如実に見て取れる。未熟者だと謙遜してはいるもののまず間違いなく世界屈指、東方と西方まで含めて探しても、彼女と互角に戦える者など数えるほども存在しないだろうと思われた。

 当然だが、レギーナもミカエラも戦って勝てるイメージがまるで沸かない。むしろ手玉にとられて弄ばれるイメージすら浮かんだほどである。


「さて、早速だけれど」


 そうして、まず口火を切ったのは朧華だ。


「うちの娘とどこでどう知り合って、そして何故奴隷に落としてこき使っているのか、じっくり聞かせてもらおうじゃないか、少年(・・)


 あっ、これめっちゃ怒ってる。

 蒼薔薇騎士団とアルベルトの心の声が、寸分違わずピタリとハモった。


(ヤバいこれアルさん死ぬやつやん)

(書き換えたの私たちだから、私たちも…死ぬ?)

(そんな事にはさせないわ…………と言いたいところだけれど、ねえ……)

(今の私だったら、多分瞬殺される自信があるわ)


 そんなネガティブな方向に自信持たないで下さい勇者様。


「ええと、朧華さん」

「何かな少年?」

「まずはその、お久しぶりです。また会えてとても嬉しいです」

「おお!あの時の礼儀も何も無かった少年が、少しは成長したじゃないか!」

「ええと、成長したかはともかくですね。俺もう少年じゃ」

「少年だ!」

「いやだから少ね」

「少年だろう!?」

「…………。」


 あっこれ多分、自分が歳取ったって認めたくないパターンのやつだ。

 絶句するアルベルトを除いた蒼薔薇騎士団全員の心の声がまたしてもハモった。


 だがまあ無理もない。“輝ける虹の風”のメンバーとしてアルベルトがこの国に滞在していた当時、彼の年齢は16歳から17歳だったのだ。そして彼を鍛えてやるついでに簡単な気功と華国語を教えてやっていた朧華は、当然ながら彼よりも歳上なのである。

 それなのに、その当時の歳下の少年だった男がすっかりおっさんになってしまったなどと、認められるはずがないではないか。そんなことを認めてしまえば(以下略)。


「…………はあ、まあいいけど」

「よくはないぞ、大事なことだ」

「それでね、今から事情を説明するけど、途中で口を挟んだり勝手に決めつけたりしないで、最後まで聞いて欲しいんだ」


((((うわあ、これ下手に口出し出来ないわ……))))


「む、我がまるで人の言うことを聞かないみたいな言い草だな少年?」

「だって朧華さん、昔から同朋を侮辱する奴らに容赦なかったじゃないか」

「そんなもの当たり前だろう!?」


「銀麗の件はそうじゃないって今から説明するから、だからきちんと聞いて欲しいんだよ」


「…………まあ良いだろう。そこまで言うなら、少年の言い分くらいは聞いてあげるとしようか」


(アル……)

(アルさん……)

(アルベルトさん)

(おとうさん…)


 固唾を飲んで見守る蒼薔薇騎士団の心はひとつ。


((((あとは任せた!))))


 生き延びたい。ただそれだけである。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「…………ふうん、なるほどね。事情は分かった」


 約束通り口を挟まずに聞いていた朧華がアルベルトの話をひと通り聞き終えて、ポツリと呟いた。

 その瞬間、正座したままやはり黙って話を聞いていた銀麗が全身をビクリと震わせ、そして目に見えてカタカタ震え出す。


「要するに、この愚娘(バカ)が全部悪い、と」


(インリー、強く生きて)

(いやもう死ぬやろうばってん)

(骨は拾ってあげたいけれど)

(モフモフできなくなるの、やだなあ)


 いやそこはせめて、彼女の身を案じてあげて下さいクレアさん。

 ていうかさすがに朧華さんにはモフモフできそうにないって分かってはいるのね。


「まあそんなに怒らないであげてくれないかな。彼女だってまだ若くて世間知らずだったわけだし」

「だからこそ、だろう?庇護されるべき嫚子(こむすめ)だったのだから、大人しく郷で待っていればよかったんだ。だというのに、こやつは」


 言いながら朧華が手を伸ばして、銀麗の頭を鷲掴みにする。その手が普段銀麗が戦闘する時みたいに膨れ上がって虎の手(・・・)になっている。

 銀麗の震えが目に見えて大きくなった。顔面は蒼白を通り越して土気色だ。


「——で?何か言い訳はあるかい?娘々(ニャンニャン)

「わわわわ(われ)は、……その。も、申し開きのしようもありません……」


「どうか許してあげてくれないかな、朧華さん。銀麗だって聞けば父親がいないって話だし、いつまでも帰ってこない朧華さんを心配して探しに出たくなるのは仕方ないと」

「だったら可愛い我が娘に早く会いたくて“縮地”を重ねてまで帰ってきた我の気持ちは?2年程度で戻るつもりが思いがけず5年もかかって、ようやく帰り着いたと思えば娘は居なくなっているし、郷の皆には止めたけれど全員()されて止めきれなかったと平身低頭詫びられて、責めるに責められず居たたまれなかった我の気持ちはどうなる?」

「…………えぇと」


 アルベルトと蒼薔薇騎士団の全員が、銀麗に目を向ける。銀麗はというと、冷や汗をダラダラ流しつつも目を逸らそうとする。

 確かこの娘は、郷の皆も喜んで送り出してくれたと言っていたはずだが。あの母の娘なのだからまだ未成年でも立派にやって行けるだろう、と背中を押してくれたと聞いていたのだが、あれはどうやら嘘だったらしい。


「銀麗、命令するよ。全部正直に話しなさい」


 主人たるアルベルトにそう命令されて、奴隷(インリー)は洗いざらい吐かされるハメになった。



「…………全く、この子は」


 朧華が胡乱げな目を向ける。


「まあ、この子の話を鵜呑みにした俺達にも非があるね、これは」


 普段は穏やかで温厚なアルベルトも、眉間を揉みつつ呆れの色を隠そうともしない。


「術式に記述されとう言語の全く分からんで今まで解除出来とらんやったとばってん、これもう奴隷のまんまで良かっちゃない?」

「み…………みぃ……」


 ミカエラにまで冷たく突き放されて、銀麗が掠れ声で小さく鳴いた。


 要するに銀麗は、まだ未成年なのだから成人するまで待てと諭した郷の虎人族(大人たち)を全員拳で黙らせ(・・・・・)()、勝手に郷を出て行ったのだ。そしてまだ13歳と幼く、旅の作法もその準備もロクに身につけずに郷を出た銀麗は、旅慣れていないものだから路銀もすぐに使い果たしてしまい、向かった先々で無銭飲食や窃盗、無賃泊を繰り返す形になった。それで腹に据えかねた現地の者達に薬を盛られて(・・・・・・)捕まり、そして奴隷商に売り飛ばされたのだ。

 なんで奴隷商なのかと言えば、いくら目に余るとはいえ希少種の虎人族、しかも“霊獣”としての力を持つ銀麗を物理でも説得でも従わせることができなかったからである。銀麗はすでに華国外に出ていたし、そこで虎人族である彼女を拘束することは、華国側に反抗的行為と受け取られる恐れもあった。だから秘密裏に処理して、土地とは無関係の奴隷商に引き渡してあとは知らんぷりを決め込んだわけである。


「あー、それなんだけど。これもう奴隷のままで解除しなくていいよ」

「み!?」

「死ぬまで好きなだけこき使ってくれていいから」

「いやでも朧華さん、それは……」

「構わないよ。我の娘はこの子だけだけど郷には他にも弟をはじめ銀虎一族はいるからね。——ってお前、叔父さんによく勝てたね?」

「お、叔父上は母者が居なくなった途端に鍛錬もサボって節制も止めておったし、郷の仕事を全部押し付けられておったから、その恨みとともに真っ先に伸してやった」


「……よし、帰ったらまず一番にアイツ締めるか」


 どうやら虎岈谷には、近々綱紀粛正の嵐が吹き荒れそうである。


「まあ、それはそれとして勇者どの」


 虎人族の郷の行く末を思い浮かべて他人事ながらぶるりと身を震わせるレギーナに、朧華が顔を向けた。


「見たところ、御身には修行が必要なように見受けられる。愚娘(バカ娘)が迷惑をかけたお詫びと言ってはなんだけど、修行を手伝わせてもらえないだろうか」


 そうして彼女の方から、願ってもない申し出をしてくれたのである。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は29日の予定です。



朧華さん、まだ若干キャラが固めきれていない部分があるので、もしかしたら後々口調とか変わるかも知れません(汗)。


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