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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第六章】人の奇縁がつなぐもの
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6-13.久々のアレ

 レギーナが王都の神教神殿の黄神殿で叔父王ヴィスコット3世との通信謁見に臨み、その直後に侍童のライと交易商人のナンディーモがやって来てから、10日が経った。

 極星宮サライェ・アバクスターにはすでにナーンとナンディーモの姿はなく、ライは相変わらずアルターフら侍女たちと張り合っていて、そして彼のレギーナへの夜這いは一度も成功していない。

 レギーナはといえば真面目に機能回復訓練(リハビリ)に取り組んでいて、日常生活くらいなら普通に送れる程度にまで回復していた。日々の食事も、もうすっかり一般食に戻っている。


「アル、私疲れちゃった。部屋まで抱いてって?」

「甘えんしゃんな!(わが)で歩き!」

「ちぇ、ミカエラのケチ」

「あはは……」


 ただ若干、アルベルトに対しての甘えに遠慮がなくなっているのが気がかりと言えなくもないが。


 ちなみにナンディーモはミカエラの依頼を受けてシャーム国に仕入れに向かったための不在であり、ナーンはといえば。


「そう言えばナーン様ってどこに行ったの?」

「多分、蛇神教の関連じゃないかな。南西の方角(フワルバーラーン)に行くとか言ってたけど」

「南西?じゃあ王都にもいないってこと?」

「だと思うよ。具体的に何やってるのかは、昔からあんまり教えてくれない人だから」

「そげん言いつつ、実はどっかで遊んどったりせん(しない)めえ(でしょう)ね?」


 弱みを握られている以上、そうそうサボるようなことはないと思いたいが、いまいちナーンはミカエラから信頼されていない。そのことにアルベルトは苦笑するしかない。

 ちなみに蛇神教が水面下で暗躍しているらしいことは、すでに副王(ビダクシャー)メフルナーズに相談済みである。その件ではすでにラフシャーン元帥の率いる北方面軍も動いているらしい。


「多分ナーンさんも、レギーナさんが完全に回復するまで時間がかかるって分かってるんだと思うよ。だから今のうちに情報収集をしっかりやるつもりなんじゃないかな」

「まあそれやって、あん人がこの10年で(わが)で言うた通りに仕事しときゃあ要らんやったっちゃろうばってんね?」

「そ、そうだね……あはは……」


 ど正論にも程があるので、アルベルトも一言も言い返せなかった。



 レギーナのリハビリは順調に見えるが、彼女はまだ模造剣を含めて武器には一切触れていない。日々ひたすら、身体を鍛えて感覚を取り戻すことに専念している。

 そんなわけで今日も彼女は、極星宮三階の大部屋を改装したトレーニングルームで、ミカエラやアルベルトのサポートを受けつつトレーニングに励んでいる。


「ねえ、まだ剣を握っちゃダメなの?」

「まぁだつまらんて(ダメだって)

「そろそろ剣の腕も確認しておきたいんだけど」

「今やったらレベルの(・・・・)落ちる(・・・)けんが、つまらんて」

「…………なんでよ?」


 ミカエラによれば、[治癒の請願]によってレギーナの全身を癒やしたことで、彼女の身体は新しく(・・・)()()変えられた(・・・・・)のだという。その際に、彼女がそれまでの年月で蓄えた鍛錬の成果や経験値など、いわゆる身体に沁み込ませ覚えさせてきた諸々が、全てリセットされたのだとか。


「なんでそんな事になるのよ!?」

「[請願]で元通りになるんはあくまでも構造だけ(・・・・)、っちゅうことになると。やけん姫ちゃんの鍛えた筋肉やら骨格やらは元に戻っとうばってん、その中身(・・・・)まで元通りにゃあならんとよ」


 例えて言うなら、長年使い込んだ道具を壊してしまって同じものを新しく買い直した状態に似ている。全く同じものだが、使い込んで馴染んだ部分はどうしたって戻ってこないということだ。

 筋肉や神経、骨格などは寸分違わず元通りになるため、当の本人にすら違和感がほぼ起こらないのがこの場合は厄介なのだという。そこらの一介の冒険者であれば「以前より(多少)腕が落ちた」で済ませてしまえて、あとはまた鍛え直せばいいだけだが、実力的に頂点付近に君臨する勇者級のようなレベルになると落ち幅も大きいため、簡単には取り返しがつかない。


「具合の悪か時の鍛錬てくさ、無意識に具合の悪い(・・・・・)()()にどっかしら庇おうてするやん?」

「それはまあ、そうね」

「そしたら技量やらスキルやらのレベルもそっち(・・・)さい揃ってしまうとよ」


 その時の体調や技量で扱えないスキルは結局のところ、持っていても無駄になるしかない。だからそういった状態に陥った時、人は無意識に現状に合わせて自己の持てるものをダウンサイジングしてしまう。技量や体格が追いつくまで高いレベルのまま保持しておけるわけではないのだ。


「まあウチの見立てっちゅうか推測ばってんが、姫ちゃんが今剣ば握ったら、いいとこ“凄腕(アデプト)”止まりになるっちゃないとかいな」


 “達人(マスター)”に留まれるかどうかも怪しい、とミカエラに言われてレギーナは絶句した。“到達者(ハイエスト)”から2ランクも落ちてしまっては、蛇王への再戦どころか勇者候補としてもほぼ絶望的である。

 もし本当にそうなれば再び蛇封山に向かったとしてもスルトに追い返されるだろうし、勇者選定会議に知られれば脱落候補として判定され、新たに勇者ヴォルフガングか勇者リチャードのどちらかが東方に派遣されることになるだろう。


「つまり……」

「今の姫ちゃんはとにかく身体ば鍛え直して、まずは勝負勘やら身体のキレやらをあらかた取り戻すトコまで頑張らんならん、っちゅうことやね」

「言われてみれば確かに、思ったように動けてない違和感はあったのよね……。そういうことだったのね」


 というわけで、今のレギーナは基礎鍛錬からやり直しの状態である。それまでに培ったものが完全に失われたわけではないが、元の状態から後退しているのは間違いないため、それを戻して、その上で()()より(・・)レベルアップ(・・・・・・)しなければ(・・・・・)ならない(・・・・)。蛇王への再挑戦はまだまだ相応に先のことになりそうだ。


「……あっ!」


 そしてレギーナは気付いてしまった。そんな状態の自分に、それでもアルベルトは付き合ってくれるのだろうか。

 だって彼との契約は、東方までの案内と現地での折衝である。つまりもうほぼ果たされたと言っていい。これ以上彼を引き留める正当性はどこにもないのだ。


「あ、あの、アルって……」

「うん?なにかな?」

「そ、その……この先って……」


 そこから先は怖くて言えなかった。契約は満了したからラグに戻ると言われれば、引き留められるものでもない。


「え、契約はまだだよね?」


 なのにアルベルトはいつも通り、のほほんとしていた。


「……えっ?」

「だって契約は『蛇王討伐を達成して封印を修正し終えるまでサポートすること』だったでしょ?」

「あー、ウチがそげん言うた覚えのあるね」

「じゃ……じゃあ」

「敗けちゃったのは残念だけど、再封印がまだなんだから俺も契約はきちんと果たすよ。この先も俺にやれることはまだあるはずだからね」


 事もなげにそう言われて、絶望に沈みそうだったレギーナの顔がみるみる生気を取り戻してゆく。


「わああああん!ありがとうアル〜!」


 感極まって思わず彼に抱きついてしまったレギーナであった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「アルベルト様、ご所望のものが届きましてございます」

「ああ、ありがとうジャワドさん」


 そんなとある日の食事室での晩食の席。珍しくアルベルトが宮殿秘書(ダビーレ・サラーイ)のジャワドから報告を受けて、労いの言葉を返していた。

 ちなみにこの場に今いるのは蒼薔薇騎士団の面々とアルベルトだけである。ナーンもナンディーモもまだ戻って来ておらず、ライは自分をレギーナの使用人と任じているため食事の同席はしない。そして銀麗(インリー)は銀麗でアルベルトの奴隷であるのでこちらも同席していなかった。

 まあ銀麗に関してはアナトリア以降の旅で同席していたのだし、今さら気にすることでもないと思うのだが。おそらくだが彼女はライの目を気にしているのかも知れない。


「代金はいくらになりました?」

「お代は結構でございます。勇者様とそのお仲間様には王宮から予算が付けられておりますゆえ、そちらで対応致しました」

「えっ……、それはちょっと」

「ご案じめされますな。この極星宮サライェ・アバクスターにご滞在の間は、よほどの奢侈でもなければ全て王宮予算から賄うよう厳命されておりますゆえ」


 どうやらアルベルトが何か購入したらしいのだが、その代金の支払いをジャワドがやんわりと断っている。


「アル、何か買ったの?」

「えっ?——ああ、うん。東方(こっち)でしか手に入らないものが色々あるからね」

「アルさん、なんか要るもんあるとやったら、まずウチに話しちゃりぃよ」

「ああいや、俺が個人的に欲しいだけだからね」


 どうやら購入した品は彼の私物のようである。それならミカエラたちに相談しないのも分からなくはないが。


「で?何を買ったわけ?」

「アルベルト様のご購入の品は、こちらでございます」


 ジャワドの後ろには侍女頭のサーラーが立っていて、彼女が捧げ持っている(トレー)の上には小ぶりな壺がふたつと、硝子(ガラス)の瓶に入った真っ黒な液体があった。


「ご確認下さいませ」


 サーラーにそう言われてアルベルトは席を立ち、彼女の持つ盆から壺をそれぞれ受け取っては中身を確かめ、瓶の方もコルク栓を抜いて匂いを嗅いでいる。その上で「うん、間違いないですね」と笑顔になって、壺と瓶を引き取りテーブルの上に置いた。

 それを確認してジャワドとサーラーはそれぞれ一礼し、食事室から退出していった。


「……で?結局それなんなわけ?」


 レギーナが立ち上がってアルベルトの元へ近寄ってくる。ミカエラも、ヴィオレもクレアも興味を惹かれたのかやって来た。


「その真っ黒な液体、なんに使うとよ?」

「これは調味料だよ」

「「「「調味料?」」」」


「ほら、一度話したことがあると思うんだけど。東方でしか手に入らない調味料があれば、もっと手の込んだ料理が作れるんだけど、って」


「そんな話したかしら?」

「あー、ラグば出てからすぐの頃、なんかそげな事言いよんしゃったね」

「ミソとかショウユーの話をしたのはラーメンを出した時だから……ええと、ラグを出てすぐじゃなくてイリュリア王国のティルカンに着く前かな」


 懐から取り出した手帳を見ながらそう言うアルベルトに、蒼薔薇騎士団の全員が首を傾げた。


「えっあなた、そんな事までメモしてるわけ?」

「そりゃそうだよ。いつ何の料理を出したか記録しておかないと、近いタイミングで同じ料理を出しちゃうかも知れないし。それに栄養バランスも考えないと献立を組み立てられないからね」


「やっぱりおとうさん、プロだよぅ…」

「今すぐにでも貴族家の専属料理人が務まりそうだわね」

「ねえアル、あなた私の専属料理人にならない?」

「うーん、俺これでも冒険者の仕事に誇りを持ってるからさ……」

「いやいや姫ちゃん、将来の旦那さんに料理人てあーた」

「そっか、それもそうね」


 いや結婚するかどうかまだ決まってないが。

 それはこの先頑張って口説き落とせるかにかかってるんですよレギーナさん。


「……ほんで?ならそれがその、ミソやらショウユーやらいうやつなん?」

「そうだね。瓶の液体がショウユーで、壺に入ってるのがミソと、カリーだよ」

「「「「カリー!? 」」」」


 そう、蒼薔薇騎士団が唯一恐れる“悪魔の料理”ことカリー。壺の中身はそのカリーのベースになる、数種類の香辛料を挽いて粉にしたものをブレンドした「ルー」であった。

 こっちがカリーだよ、とアルベルトが壺の蓋を開けると、途端に周囲にあのスパイシーな香りが立ち上る。それを嗅いだ食いしん坊乙女たちの喉が、はしたなくゴクリと鳴った。

 いやいや皆さん、今食べたばかりですよね?


「ああ〜こげなん嗅いだら、久しぶりに食いとうなったやんか!」

「だっダメよ!今食べたばっかりじゃない!」

「今度も林檎(マルム)入れて欲しい…」

「ていうか貴方ね!私たちが満腹の時にこんなもの嗅がせてどうしようというの!?」


「いやあ、今夜は間に合わなかったけど、明日の夜なら間に合うかなって」

「「「「作ってくれるの!? 」」」」


 というわけで、明日の晩食は久々にアルベルト手作りのカリーで決定です。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は25日です。


というわけで次回は、久々にカレー回ですよ〜!

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