1-17.男の子はメカが好き(1)
本日2話投稿します。前後編です。
次は20時を予定しています。
新調する脚竜車に関して無駄に拘りすぎました。
後悔はしていません(笑)。
脚竜車と脚竜に関する話が4話続いて、それからいよいよ旅立ちになります。
「おいちゃん聞いたばい?脱獄して襲ってきた一味のひとりば返り討ちにしたっちゃろ?」
ニヤニヤしながらミカエラがツッコんでくる。
「ん、まあね。処刑は確定だって話だったし、それなら最期に望みを叶えてあげようかと思って」
「かー!言うばいこん人!ツヤつけとんしゃあ!」
あれからさらに数日。
特注脚竜車の製作状況確認のため、アルベルトとレギーナ、ミカエラの三人は朝から連れ立って商工ギルドへと向かっていた。今日は冒険に向かうわけではないので全員が私服だ。
レギーナは仕立ての良い白いブラウスと紺色のロングスカート、だがその下に見え隠れする足元は革のロングブーツなので、もしかするとスカートの中身はいつもの鎧着用時の革ズボンかも知れない。そしてその腰に革の腰当てを巻いて、佩いているのは彼女の持つ宝剣、“迅剣”ドゥリンダナである。
蒼髪はいつも通りに後頭部の上の方で豪奢な髪留めで留めていて、金の認識票を見えるように首にかけている。一見すると剣だけ浮いてしまいそうな感じだが、意外にもしっくりマッチしているのは彼女のセンスのゆえか、それとも鞘の華美な装飾のおかげか。
ミカエラは白いノースリーブのワンピースに淡い桃色のベストを合わせて朱色の平底靴を履いている。こちらはとても清楚な感じで、レギーナと並ぶと“お嬢様とその護衛騎士”みたいな雰囲気に見えなくもない。まあ彼女自身が大声でレギーナやアルベルトに話しかけているので雰囲気台無しだが。
そしてアルベルトはくたびれた麻のシャツに革ベスト、それに黒い布ズボン。ぶっちゃけて言えば“ダサジミ”で、とても美女2人と連れ立って歩くような恰好ではない。足元だってサンダルだし、冒険者のくせに愛用の片手剣さえ佩いていなかった。
余談だが、アルベルトのこの恰好を見たレギーナが、そのあまりの見目の無頓着さに文句を言おうとしてミカエラに連行される一幕があった。
戻ってきた時にはレギーナは膨れっ面だが何一つ文句を言わず、さりとてもちろん褒めもせず無言のままだった。ミカエラに何やら言いくるめられたのは明白だったが、当たり前のようにアルベルトは気付いていない。
ヴィオレは毎日のようにどこかに消えていくという。まあ彼女は探索者なので、情報収集を一手に担っていて忙しいのだろう。クレアは基本的にものぐさで必要な時にしか動きたがらないので今回は宿でお留守番だ。インドア派なのかも知れない。
ちなみにアルベルトが混ざっているのはミカエラが呼んでくれたおかげである。「レイアウト発案者が居らな確認がされんやん!」とレギーナを押し切ったのだそうだ。
だがどうにも、ガンヅの一件を根掘り葉掘り聞きたくて仕方なかっただけのようにしか思えない。
「ていうか、襲ってきたのってあの時の雑魚のひとりでしょ?そんなに自慢するような事でもないと思うけど?」
「そら姫ちゃんならそやろうばってくさ、こん人がなんて呼ばれとるか考えてんしゃい?」
「⸺ああ。薬草しか殺せない、ってやつ?」
「それたい!それなんに返り討ちにしたやら聞いたら、みんなしてビビリ上がったっちゃない?」
「ビビリ上がったっていうか、『本当はファーナが斬り殺した』って話になりかけて彼女が半狂乱で否定してたかな…」
そう。あまりに鮮やかな斬り口で、しかも目撃者がファーナと新人冒険者しかいなかったせいで、アルベルトがやったと信じない者が大勢いたのだ。
だがまあ無理もない。アルベルトの経歴を先輩から聞いて知っていたアヴリーでさえアルベルトの“現役時代”を直接には知らず、そのせいで彼女でさえ最初は信じなかったぐらいだったのだから。ミックとアリアに至ってはあまりに一瞬過ぎて詳細を把握していなかったし、それでなおのこと『ファーナが斬り殺した』『ファーナの作り話』ということにされかけたのだった。
「…こげん言うたらアレやけどくさ、どいつもこいつも節穴過ぎんかいな?」
「いや、それはいくら何でも。普段の俺しか知らないとやっぱり想像も出来ないと思うよ?」
それでなくとも研いだ爪を隠し続けていた自覚があるアルベルトである。そして隠しつつも日々の鍛練を怠っていない事さえ口外していないのだ。
そしてそんなアルベルトとプライベートで深い付き合いをしている者さえ今はほとんどいない。その状態でアルベルトの真の実力を見抜ける者などそうはいないだろう。せいぜい昔を知っているザンディスたち古株連中が「あいつならやれても不思議ではない」と思ってくれる程度なのだ。
「ファーナってあの子でしょ?あなたを助けたときに防衛隊を先導してきた子」
「そうだよ。あの子もかなり強いんだけど、人を殺した経験はまだなさそうでね」
「…あなた、殺しの経験あるんだ」
「ん、まあ、襲われたのを返り討ちにした事があるってだけだけどね」
とはいえアルベルトも人殺しの経験が豊富なわけもなく、過去に一度あるだけでガンヅは2人目だ。経験がないでもないからまだしも冷静にやれると思っていたが、それでも怖じけて踏み込みが足らず、袈裟斬りだけでは楽にしてやれなかった。
皆が言うほど鮮やかでも何でもなく、そう見えたのは単純にガンヅとの実力差が開いていただけだ。
ガンヅを殺した事は、またもやお咎め無しとなった。
最初、アルベルトは冒険者同士の私闘禁止違反を理由にザンディスの連れてきた防衛隊に自首を申し出て彼らを困らせた。結局その場では処分保留ということになり、後日またもや出ばってきた辺境伯から直々に『ガンヅ・アンドロ・ウゼスはすでに冒険者認識票を剥奪されており“冒険者”ではなく、脱獄し防衛隊士に傷を負わせた重罪人である。冒険者として治安維持に協力するのは義務であり、その義務を履行したまでで罪には当たらない』と宣告されたのだった。
「ところで、最近見かけなかったように思うんだけど、レギーナさんたちは何してたの?」
「私たち?んー、まあ、ちょっとね」
「ロイ様にちぃと頼まれて、近くの“瘴脈”ば確認してきたとよ」
瘴脈。
大地の下には魔力の流れる“川”がある。魔力とはそもそも森羅万象全てを形づくるものであるのだが、何の形も取っていない純粋なエネルギーの状態の魔力も当然ある。魔力の潤沢なこの世界では、そうした魔力そのものが川のように地中を流れているのだ。それを“地脈”という。
地脈は世界の大地の至るところに走っているとされ、そこかしこで滞留し地上に噴出することがある。そうした『魔力が滞留しもしくは噴出する場所』を特に“竜脈”という。竜脈の付近では魔術の威力も上がり、霊炉も活性化されるため、強い竜脈のある土地は高名な魔術貴族の家系の本拠地になっている事も多いという。
そして通常の魔力が大地の下を流れているのと同様に、暗黒の魔力つまり瘴気も大地の下を流れている。そしてやはり同様に滞留し地上に噴出する場所があるのだ。それを“瘴脈”という。
瘴脈の付近では獣が魔獣化しやすく、また魔物も発生しやすい。だからそのまま放置しておくとそれらの巣窟になって人の近付けない危険地帯になってしまうのだ。
ゆえに、そうした瘴脈付近を探索し増え続ける魔獣や魔物を討伐する必要がある。瘴脈そのものは塞げないため、自然に涸れるまでは定期的に巡回討伐することが必要になるが、何しろ魔獣や魔物の数が多いため、勇者とそのパーティに巡回依頼が出されることが多いのだ。
ちなみにラグにもっとも近い瘴脈はラグ山のさらに北の竜翼山脈に入った場所、山に囲まれた渓谷の一番深い底の部分にある。地形的にも瘴気が溜まりやすく大規模な瘴脈としてよく知られていた。
「ああ、それは大変だったねえ」
「ウチらがせんと中規模以上のギルドが総出で討伐せないかんごとなるけんね。まあこれも勇者のお仕事っちゅうやつですたい」
「でも魔王級とか居なかったし、まあ大したことなかったわ」
魔王級さえいなければ数の多さは問題ではない、と事もなげに言い切るレギーナの姿にアルベルトは内心で舌を巻く。
虹の風時代にアルベルトも経験したことがあったがそんな風にはとても思えなかったし、ユーリも他の仲間たちも苦労していたのを憶えている。おまけに蒼薔薇騎士団の前衛はレギーナだけなのだ。虹の風でさえユーリとアルベルトで二枚の前衛がいたというのに。
「…っと、商工ギルドが見えてきたね」
「どこまで進んどるっちゃろか。楽しみやねえ」
そう口にするミカエラよりも、無言のまま頬を紅潮させ始めるレギーナの方が期待に胸を膨らませているように見えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ようこそおいで下さいました。ささ、こちらへどうぞ姫様」
「“姫様”はやめなさい。私は今『エトルリアの姫』ではなくて一介の勇者なんだから」
「おお、これは失礼致しました」
商工ギルドのラグ支部長が平身低頭で出迎えるのをレギーナが改めさせている。一介の勇者、というのもなかなか聞かないフレーズなのだが、どうも本人にはおかしな事を言っている自覚はなさそうだ。
「で?どこまで出来てるの?」
「はい、作業は順調でございまして。予定より早く仕上がるかも知れません」
支部長、自分が製作担当ではないものだから、しれっと職人連中がぶちギレそうな事を言っている。この支部長は商人出身なので、そのあたりの職人の苦労というものが解らないのだろう。
「商工」ギルドは商人と職人のためのギルドである。元は別々のギルドだったのだが、作った品物を売る伝手が欲しい職人と、売るための商品が安定的に欲しい商人の利害が一致した結果、統合してひとつのギルドになったという経緯がある。商工ギルドを通せば職人は自分で売り先を探さずともよく、商人は仕入れる品を求めて駆けずり回る必要もないのだ。
その代わりと言っては何だが、少しでも利鞘を増やしたいがために仕入れ値を値切りたい商人と、品物の値段=技量への評価だと考える職人との間の認識の齟齬が甚だしいため、基本的に商人と職人は不仲である。商工ギルドはそうした両者の仲を取り持つことも業務のひとつであり、また一点物ではない大量生産品を増やして両者の軋轢を少しでも無くそうともしていた。
していたのだが、たまにこの支部長みたいなギルドの立場を解っていない人間がギルド側にいたりするものだから、末端の商人や職人はいつも苦労させられていたりする。
支部長が図面を持ってきて、ギルドの裏手に併設された工房へと案内する。勇者様の特注脚竜車ということで、製作は特定の職人や個人工房ではなくて商工ギルドがギルドの工房で製作させていた。当然、作業を担当する職人たちもギルドメンバーの中から腕利きを選りすぐってある。ラグ支部にとっては降って湧いた大型受注案件なのだから気合も入ろうというものだ。
支部長の言うとおり、作業は急ピッチで進められていた。車台と車体に分けられて、それぞれ作業者が何人も取り付いている。
その中で職長と思しき人物が近付いてきて、丁寧に挨拶を済ませたあと早速説明にかかってくれる。
「車体は一体型構造方式を採用致しまして最高級御料車に仕立てます。勇者様のご乗車ということですので耐久性と走行安定性それに乗り心地も考慮致しまして、一体型構造ではありますが車台部分のみを分割する車台分割懸架式一体型構造車体を採用致しました。車台は独立懸架式を採用しまして安定性と走行性能向上に配慮致しております。大型ということもありまして車輪は四軸八輪、独立懸架式採用によって全ての車輪で個別の挙動が可能で、しかも最新の弾樹脂車輪の採用で静粛性も抜群でございます」
「うん、何言ってるか分かんない」
専門用語を山ほど並べられたって、興味ない人にはひとつも響きません。はい。
「つまり…どういう事なんかいね?」
「要するに簡単に言うと、最新技術をたくさん詰め込んで、頑丈で乗り心地のいい最高級なやつを作ってます、ってさ」
「だったら最初からそう言えばいいのに」
と言われても、自慢の最新技術を事細かに説明したがるのは職人特有の職業病みたいなものなので、我慢して聞いといて欲しいものである。
「ていうかおいちゃん、今んと解ったと?」
「んー半分くらいはね。昔仕事のなかった時にこういう工房で臨時採用したことがあるからね」
「おいちゃん、何でもやっとんしゃあね…」
「ところで最後尾は荷物室なんですが、全輪独立懸架にするよりも最後輪だけ車軸懸架式にした方がいいんじゃないですかね?その分だけ費用も抑えられるんじゃないかと思いますが」
「おお、それはまさしく仰る通り。荷物の荷崩れも防げますな」
「なんねそげな事ならそげんしてもらわんと…っておいちゃんやっぱ詳しかね?」
男の子っていくつになってもこういう機械とか大好きなんですよ、ミカエラさん。そんなのアルベルトの顔を見れば分かるでしょ?
「あとリムジン式なら御者台が独立のタイプですよね?出入りは設計案で示した廊下からもできるようにして、あと居室との連絡用に小窓も欲しいんですが」
「それはもちろんそのように設計致しておりますとも」
「それから車体の強度に関してなんですが、防御魔術の応用ってできませんか?」
アルベルトが不思議なことを言い出した。普通は脚竜車本体の強度などというのは脚竜が牽いても壊れない、多少の悪路でもガタが来ないといった程度の話で終わるのだが。
「…と仰いますと?」
「いえ、勇者様の使命として東方世界まで行きますし、魔獣や魔物の巣窟にも乗り込む事があると思うんです。なのでそういったものに攻撃されても壊されない強度、もっと言えば多少の魔術攻撃にも耐えられるくらいの防御能力があった方がいいんじゃないかと思いまして」
アルベルトの念頭にあったのは先ほどの瘴脈の話だった。そして同時に、蛇封山には危険だからと脚竜車で登ることができずに徒歩で山登りをしたのを思い出したのだ。
つまり彼はこの脚竜車で蛇封山まで乗り込むことを想定したわけだ。
「なんなおいちゃん、蛇封山ってそげん魔獣やらウヨウヨおるとこなん?」
「少なくとも、前に行った時はそうだったね」
「ほんなら、そげな対策も必要かも知らんね」
「ふうむ。今まで脚竜車にそのような防護を取り付けた例というのは聞きませんが、そういう事でしたら魔道具職人と検討してみると致しましょう」
職長はそう言うと、早速配下の職人に連絡するよう指示を出し始めた。
「そうですか、ありがとうございます。
⸺で、車台の方なんですが」
「ああそれは、そちらの職長にご説明申し上げさせましょう」
そして入れ替わりにやってきた別の職長にもアルベルトはいくつか質問していくが、レギーナにもミカエラにももうサッパリ解らない。これはアルベルトを連れてきて正解だったとミカエラは胸を撫で下ろした。
とりあえずアルベルトが気にしていたのは悪路走破性とクッション性、それに力の強い肉食種を使うということで全体の強度に関してだった。
それに対して職長は、強度を増すためと重心安定性の面から車台部分のみ金属製で設計している旨を答えてアルベルトやミカエラを安心させた。
それから艤装の職長も呼んでもらい、一行は内外装に関する説明も受ける。細かい内装に関してはエトルリアのメディオラやタウリノルムから専門の職人と材料を呼び寄せているとのことで、大まかな部分の構造や強度に関して職長があれこれと説明していたが、レギーナはもう聞いていなかった。
「姫ちゃんはメディオラから職人ば呼んどるっちゅうだけでもう満足やろ」
「メディオラだったら一番はアルバーニかブッチかプレダでしょ」
「さすがお目が高い。アルバーニ工房から選りすぐりの職人を派遣してもらう手はずとなっております」
エトルリアのメディオラ市は服飾の工芸が盛んでファッション都市とも称される街だ。そしてレギーナの故郷でもある。そのことは有名なので、それで商工ギルドでもメディオラから職人を呼ぶことにしたのだろう。
お読みいただきありがとうございます。可能な限り毎日更新の予定です。
少しずつですがPVも増えてきて、作者が喜んでおります。
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