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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第六章】人の奇縁がつなぐもの
169/189

6-12.それぞれのリスタート(2)

最後のエピソード書き足したら長くなっちゃった……( ̄∀ ̄;


「ほんなら、オレはこの部屋もらいますわ」


 ナーンが居室に選んだのは極星宮二階の真ん中付近、南階段から数えて5部屋目の個室であった。


「またずいぶん半端なとこを選んだね?」

「両隣誰も使(つこ)てへんのがええんやないか。私的空間の確保、ってやつや」


 なぜそんな位置の部屋を選んだのか解っていない様子のアルベルトに、ナーンはしたり顔でそんな事を言う。

 ちなみにアルベルトの部屋は南階段、つまり離宮正面玄関すぐ脇の階段を上がってきた最初の部屋である。一応彼はこれでも蒼薔薇騎士団(女性陣)の護衛役も自任しているので、万が一賊が離宮に押し入ったとしても南階段で即応できて三階に上がるのを阻止できるよう、この部屋をもらっていた。

 なお男性陣の中でアルベルトだけは蒼薔薇騎士団と一緒に極星宮に入ったため、ここが彼の部屋なのは確定である。なのでいつでもレギーナの側に行きたがるライがいくら文句を言おうとも覆ることはない。そもそもすでに部屋の中には彼が持ち込んだ大量の小道具や魔道具、霊遺物(アーティファクト)などが至るところに隠されているので、今さら部屋を譲れと言われても無理である。


「誰だか知らないけどズルいです!ひめさまのお部屋の真下にぼくが住みたかったのに!」


 そしてライは次点候補でレギーナの私室のちょうど真下にある部屋を選ぼうとして、たった今そこをナーンに取られたところである。ライが地団駄踏んでるうちにさっさとジャワドが承ってしまったので、これももう動かないだろう。

 ちなみに二階は個室二室ごとに大部屋を挟んだ構造で、個室が六室、大部屋が二室ある。大部屋は個室二室ぶんの広さがあるそうで、個室の定員が最大3名、大部屋なら8名まで1度に使えるという。複数人で使う場合にはカーテンで間仕切りを設けるのだそうだ。


「いや知らんのかい。これでもオレ、割と有名人やねんで?」

「知らないものは知らないんだから知りません!」

「……まあええけど。ジブン、あの端っこにしいや」

「…………えー!?ぼくをあんな隅に追いやろうだなんて、誰だか知らないけどひどいです!」


 ナーンがまだぐずぐずゴネるライに対して北階段の隣の部屋を指し示し、ライが口を尖らせる。


「ちゃうて。ほら、あそこやったら階段あるやろ、上の階にもすぐ行けんねんで?」

「あっホントですね!誰だか知らないけどありがとうございます!」

「いやホンマに知らんのんかい」


 そしてナーンに薦めた理由を言われて、パッとライが笑顔になる。

 ちなみにライにとっては一番がレギーナ、次いで主家たるヴィスコット家の人々が認識対象で、子供の時から祖父に連れられて何度もエトルリア王宮を訪問していたミカエラも認識できているがそこまでだ。面識の浅いヴィオレやクレアですら誰だか(・・・)知ら(・・)ない人(・・・)扱いであり、当然、この極星宮で初めて(・・・)顔を(・・)見た(・・)アルベルトら男性陣など彼の眼中にはない。


「この子、男性の顔なんて覚える気ないですからねえ。——じゃ、僕はここを使わせてもらいます」

「えっジブン、そこ選ぶんか」


 次いでナンディーモがそんなライに呆れつつもナーンの隣の4号室を選んで、ナーンに二度見された。


「個室が六室、男性が4人なんだから誰かが被るじゃないですか」

「そらまあそうやねんけど」

「そもそも天下のリ・カルン王宮の離宮で、隣室が気になって休めないとかあり得ないはずですから、気にする必要なんてないですよ」

「まあ、それも一理あんねんけどやな」

「それに極星宮(ここ)に来てまであの子のお守りとか勘弁願いたいので、僕はここで」


 げんなりして肩を落とすナンディーモに、アルベルトもナーンも何も言えなかった。察するに、中央大神殿から各地の神殿を経由して[転移]してくるだけでも、彼に散々振り回されてきたのだろう。


 というわけで二階は南側の1号室にアルベルト、4号室にナンディーモ、5号室にナーン、そして一番北側の8号室にライという部屋割りである。大部屋を含むその他の部屋は全て未使用だ。


 ちなみに三階は南階段そばの1号室にヴィオレとクレアが同居していて、大部屋の2号室はレギーナのリハビリ専用室に改装されている。3号室がミカエラの入居している妻室、4号室がレギーナが療養している主寝室、5号室はレギーナの私室になる予定の主室だ。

 妻室と主寝室、主寝室と主室の間にはそれぞれ直通の通路があり、その通路と中庭側の廊下からそれぞれ出入りできる使用人控室がある。妻室側の控室には主に侍女アルミタかミナーが詰めていて、主室側の控室は侍女アルターフかニカが詰めていることが多い。

 そのほか、主室と直通扉のある6号室は主室を使う人物が簡単な執務を行える執務室と書斎になっているが、今のところ使う予定はない。個室の7号室は空き部屋で、北階段そばの8号室は銀麗(インリー)の私室になっている。


 銀麗は最初、アルベルトの隣の二階2号室を選ぼうとして全員にダメ出しされた。ならばと別棟の使用人部屋に入れてもらおうとして、今度はジャワドに客人は客室へとやんわり拒まれ、苦笑するアルベルトから北階段の警戒を含めて三階8号室に入るよう指示されて、それに従っているのだったりする。

 つまり、もしもライが三階のレギーナの部屋に忍び込もうとしても、両階段そばの部屋を使うヴィオレと銀麗に阻まれるわけであり、彼は早速この日の深夜に地団駄を踏む羽目になった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 全員を追い出して独りきりになった寝室で、背もたれ代わりのクッションを押しのけて横になり、レギーナは上掛けを頭まで被って不貞腐れていた。


「もう……!みんな自分勝手なことばっかり!」


 いやまあ自分勝手と言うのなら、アルベルトへの恋心を自覚しておいてライのキスを拒みも咎めもしなかった自分だってそうなのだが。

 だが恋愛経験のない彼女は、それがどれほどヤバい状況なのか最初はいまいち解っていなかった。そしてこれまでは言い寄られるばかりだった彼女は、今の自分がアルベルトに恋慕して言い寄る立場になっていることにも自覚がなく、だから自分とライとの仲を見た彼がどう思うかにも理解が至っていなかった。

 それでも遅ればせながら、それがよろしくない状況なのには理解が及んだ。だから誤解しないようにと言ったのに、彼は誤解しきった顔で「気にしてない」と言うばかりだった。


「はあ……疲れちゃったわ」


 まだ療養中で体力が落ちていることに加え、精神的な気疲れもあって、レギーナはひと眠りすることにした。寝て起きれば解決している……なんてわけもないのだが、とりあえず精神的なものはいくらか回復するだろう。


 だが最初はなかなか寝付けなかった。直前まで多くの人に囲まれていて、レギーナ自身も興奮状態だったせいもあるだろう。それでも上掛けを被ってベッドに横になっていれば、やがて心身ともに落ち着いて、少しずつ眠りに誘われてゆく。

 寝室の扉がノックされたのは、そんな時である。


「…………だれ?」

「アルベルトです。レギーナさん、ちょっといいかな」

「アル!?えっ、いいけど……」


 許可を得て入ってきた彼は独りだった。普段の彼なら異性と個室でふたりきりになる状況は可能な限り避けていて、こういう場合にはたいていミカエラかヴィオレを連れてくるものだったが。

 その彼は先ほどまでのやや憮然とした表情ではなく、いつもの穏やかな雰囲気に戻っている。


 彼は室内にある文机から椅子を引き寄せて、ベッドの側に置いてそこに座った。レギーナが身を起こそうとするのを「ああ、いいよそのままで。楽にして」と押し留めるのも忘れない。

 そうして彼が話し出したのは、先ほどの彼女とライの関係についてだった。


「さっきの話だけど、誤解だけ解いておきたくて。本当に俺は気にしてないから安心して」

「……でも、あなた疑ってるでしょう?」

「俺は貴女が勇者で、エトルリアの王女殿下だってのも最初から知ってるよ。だからそんな貴女が長年仕えてくれているとはいえ、ただの使用人に軽々しく身を許すような人ではないということも分かってる」


 彼の声はあくまでも穏やかで、レギーナの心を少しずつ落ち着かせる。


「見た感じの印象でしかないけど、あのライくんの方はともかく、レギーナさんは彼に対してそういう感情はなさそうだった」

「…………そんなの、あるわけないわ。だけど物心つく前からずっと一緒だったのだもの、疑われても仕方ないわ」


 レギーナだって分かっているのだ。普通はただの使用人とキスなどしないということくらい。ただライとは幼い頃から挨拶代わりに気軽にそういう事をやっていて、彼女の中では今までずっとそれが当たり前になっていただけだ。


「多分だけど、それライくんから教えられたんじゃない?『ただの挨拶だから平気です』とかって言われてさ」

「…………え、誰から聞いたの?ミカエラ?」

「誰からも聞いてないよ。多分そうなんだろうなって思っただけ」


 ラグで雇われて以降ずっと行動を共にしてきたアルベルトの目に映るレギーナという人は、決して男性にだらしのない女性ではなかった。むしろ自分への当初の風当たりを見ても分かる通り、男性全般に慣れておらず、遠ざけようとすらしていたフシがある。

 そして王女として生きてきた彼女が、世間の一般常識に意外と疎いこともここまで見てきて明らかである。

 そんな彼女が、いくら生まれた時から側にいたとはいえ、ライだけを受け入れているというのはどうにも腑に落ちないことだった。だから彼との関係が恋愛絡みでないのなら、子供の頃から彼に言い含められていてそれを当然のことだと考えていただけではないかと、アルベルトはそう考えたのだ。


 そういう前提に立てば、色々と腑に落ちるのだ。そして王宮から、ライのそばから離れて数年経った今では、幼い頃から当たり前に受け入れていたそれが世間一般の常識とはかけ離れたものなのだということも、きっと彼女はもう分かっている。


「ライくんとの距離感が、本来はダメなことだって分かってるよね?」

「分かってる、けど……」

「でも彼との間ではそれがいつものことだったから、つい受け入れてしまった」

「…………うん」

「俺に求婚した以上、それももう止めないとダメだというのも、もう分かってるよね?」


「…………もう、誤解してない?」

「俺は最初から気にしてないって言ってるよ」


 ここまでの数ヶ月で見てきた彼女の姿とかけ離れていたから、ちょっと動揺しただけで。アルベルトは彼女から向けられた真っ直ぐな好意を、ちゃんと理解して受け止めていた。


「正直言えば、俺はまだ貴女の気持ちを受け入れる覚悟は出来ていない。貴女は祖国の王女で、おじいさまのお仕えしていた王家の一員で」


 時折り出てくる幼い語彙が、彼の時があの時点から止まったままであることを匂わせる。彼もまた、日々を迷いつつ手探りで生きているのだと、レギーナにも見て取れた。


「けれど貴女の想いが嘘だとも思えないし、無碍(むげ)にもしたくないんだ。——まあ俺のどこをそんなに好きになってくれたのか、そこは正直よく分からないけど」


「あなたは素敵な人よ。優しいし、頼りになるし、私のことをよく見てくれているし。それに、あなたは私の命を救ってくれただけじゃなく、勇者としてのプライドも守ってくれたわ。——あの時、私がドゥリンダナを落としたくなくて必死だったの、分かってくれていたでしょう?」


「……気付いていたんだね」

「気付かないはずないわ。ミカエラでさえ気付いてなかったのに、あなただけがちゃんと気付いて支えてくれたんだもの」


 横たわったまま、上掛けから顔だけを出したレギーナのその顔は、すっかり穏やかな笑みが戻っていて。その瞳に宿る感情が敬愛なのか恋慕なのかは、恋愛の機微に疎いアルベルトには解りかねるけれど。

 でも、これまでになかった好意を向けられていることだけはハッキリしていて。


「ねえ、これからも私のこと、支えてくれる?」


 彼女はきっとアルベルト(じぶん)の存在を受け入れて、これまでの自分を変えようとしている。

 だったらあとは、自分がそれを肯定してやればいいだけだ。アルベルトはそう考えた。


 懇願するような彼女の声に、彼女が顔を出した時に一緒に上掛けの上に出てきていた彼女の右手を、アルベルトはそっと手に取り引き寄せる。

 そうしてその指先に、軽く口付けを落とした。

 それは幼き日、父や母に教わった礼儀作法で。それを彼は生まれて初めて実践した。


「仰せのままに。姫様」

「ふふ。止めてよ、いつものようにして頂戴」

「そうだね、それが気楽でいいよね」


 そうしてふたりは、互いに見つめ合って微笑むのだった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 蒼薔薇騎士団の情報を情報ギルドに、具体的にはナーンに横流ししていたシアーマクは、本来なら処刑されるところを、ジャワドが予想した通り奴隷(セルヴォ)に落とされた。元々彼の身分は自由民(リーベリ)であったのだが、平民(パードラム)を飛び越えて最下層民となったわけだ。

 左胸に隷印を施され、社会的な身分も地位も財産も全て奪われた彼は王宮の奴隷部屋に連行されたとされているが、その後、その姿を見た者はないという。


「……で、いいんすかホントに」

「あら。何か不満でもあるのかしら?」


 王都アスパード・ダナにいく筋も延びる大通り(ヘイヤーバーン)のひとつ。人並みに紛れて歩く黒髪の若者が、隣を歩く亜麻色(・・・)の髪(・・)の長身の美女に向かって囁いた。


「だって俺……」

「選択肢などないのだから、言う通りになさいな」


 連れ立って歩いているのは奴隷に落ちたシアーマクと、その主人として登録されているヴィオレだ。黒髪は元々リ・カルンに多い髪色で、変装しているヴィオレの亜麻色の(ウィッグ)も同様だ。

 彼らの行く手に、乗り合いの脚竜車の停留所が見えてきた。


「まあ、やれって言われたらやるしかないんすけど」

「分かっているのなら、四の五の言わずに従いなさい。身分証は持っているわね?」

「それは、もちろん」


 奴隷に落とされたはずのシアーマクは、本来なら王都を出られない。だが彼はこれから、旧王都ハグマターナに向かうよう命じられている。旧王都に残るはずの“蛇神教”の痕跡、及び蛇王を信奉する者たちの手がかりを探るためだ。


「現地では、基本的には自由にしていいわ。裏切らなければね」

「それは約束するっす」


 犯した罪の贖罪だけでなく、妹の命を救ってもらった恩も返さねばならない彼には、主人(・・)に逆らう意義も必然性もありはしない。

 だから彼は素直に、都市間を繋ぐ旅客用乗り合い脚竜車の車中の人となった。これから旧王都で協力者を密かに募って、集めた情報を逐一ヴィオレに送るために。



 彼を乗せた脚竜車が動き出したのを見届けて、ヴィオレは踵を返す。


「では、よろしくお願いするわね」


 誰に言うともなく、彼女は独りごちた。

 そうして彼女は歩き始めて、あっという間に人混みに紛れてすぐに姿が見えなくなった。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は18日です。



ストック少なくなってきたから、ぼちぼち先を書かないとなあ(爆)。

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