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落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる  作者: 杜野秋人
【第六章】人の奇縁がつなぐもの
168/189

6-11.それぞれのリスタート(1)

 レギーナに主寝室を追い出された面々は、自分の部屋や仕事に戻る者、心配げに立ち尽くす者、個別に声をかけ合い話の輪を作る者と、様々な様相を見せつつ思い思いに動いてゆく。

 もちろんハーフェズを始めとした護衛騎士たちは引き続き主寝室の扉の外で警護を再開するし、侍女たち、特にアルターフは扉の前から離れようとしない。彼ら彼女らは職務としてそこにいるのだから当然のことだ。


 そんな中、ナーンはひとりの美女の姿を目で追っていた。


(……どっかで見たことあるねんけどなあ)


 彼の視線の先にあるのは、蒼銀の前髪だけを伸ばし後ろ髪を刈り上げるほどに短くまとめた、長身でスタイル抜群の妖艶な美女。

 そう、ヴィオレである。


(あれだけのべっぴんさんや、一度見たら忘れへんねやけどなあ)


 自分で言うのもなんだが、ナーンは女遊びが派手な方である。西方世界にいた頃も、東方世界に来てからも、なんなら“輝ける五色の風”で活動していた頃でさえ、行く先々で多くの美女たちと繋がりを持っていた。

 もっともそれは様々な意味で実益を兼ね、明確に目的のある行動であって、純粋な恋愛的な意味での付き合い(・・・・)はほとんどなかったのだが。

 だがそれでも、ナーンは彼女たちのことを忘れた事などない。一度でも関わりを持った者たちとの繋がりを手放すような、そんな薄情な男になったつもりはなかった。その自分が思い出せない、ということは。


(少なくとも、オレが触らんとこて思ォたお人やろなあ)


 あれだけの美女で、しかも探索者(スカウト)である。利があるなら絶対に接触したはずである。それが顔を見ても思い出せないとなると、除外対象(・・・・)だったとしか思えない。


(……ま、調べりゃ分かるねんけどな)


 長年培った自分の情報網には絶対の自信を持っているナーンである。相手が王侯貴族だろうが裏社会の人間だろうが、その気になりさえすれば彼に調べられない事はほぼ無いと言っていい。


「せやけど、調べなアカンことは他にあるよってな」


 レギーナをサポートせねばならなくなった以上、彼がやるべきは味方の秘密を探ることではなく、()()調べること(・・・・・)である。

 中でも“邪神教”の動向を調査することは、ナーンでなければおそらく難しいだろう。視線に気づいていつつも振り返りもせず歩み去る件の美女にも調べられるだろうが、彼女と自分とでは最初に持つ手札が違いすぎる。ゆえに情報収集のスピードも桁が違ってくるはずだ。


(どっから始めるのがええやろか。ゴザール派ァどついてみるのが手っ取り早いやろけど。(ひぃ)さんしばらく動かれへんよって、メイン(・・・)ディッシュ(・・・・・)(つま)むんはまだの方がええか。ほな、南西(フワルバーラーン)からやな)


 脳内だけで結論を出したナーンは、主寝室の扉を見つめて立ち尽くすアルベルトにいつもの調子で声をかけた。


「アル坊アル坊、オレの部屋やねんけど」

「——ああ、ナーンさんの部屋は下の階だよ。二階は俺ひとりだったからちょっと寂しくってね」

「なんやもう寂しがりやなあアル坊は。ほなしゃあないからオレが一緒寝たるわ」

「当然、部屋は別だけどね?」

「そんなん当たり前やないか!なんが悲しゅうてオッサンふたりで同衾せなあかんねん!」

「いや今自分で言ったよね!?」

(かっる)冗談(ジョーク)やがな!しっかしアル坊のその口調慣れへんなあ!年取ったからゆうて気取りすぎやでほんま!」

「そりゃ俺だって、いつまでもガキじゃいられなかったしね」


 気安く肩を叩き、かつてと同じように言葉を交わすふたり。これで10年以上会っていなかったなどと言われても、事情を知らぬ者が聞いてもおそらく信じないだろう。

 まるで昨日も一昨日もこんな調子で酒を酌み交わしていそうな、そんな空気感を漂わせながら彼らはヴィオレを追い越して、さらに先を歩くジャワドを追いかけてゆく。ナーンの部屋決めと、家具の手配と搬入を頼むために。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



(流石に勇者パーティの元メンバーともなると、隙がないわね……)


 ナーンが視線を送っていたのと同様に、ヴィオレのほうでも彼の動向を注視していた。とはいえ目線を送れば確定でバレるのが分かり切っているから、ヴィオレにできたのはあらぬ方向を眺めつつ、それとなく気配を探ることだけだ。


(それにしても、なんなのかしら。私に注目しているようだけれど)


 ナーンが視線を送ってくるのは、こちらにバレるのを見越してのことだとヴィオレにも理解できている。その視線を受けたことで、少なくとも密かに調べられる事はないと安堵できるのだから皮肉なものだ。


(……どこかで会ったことがあるかしら?)


 一瞬考えて、無いわねと心中で否定する。会っていたら、おそらくどちらかがこの世から(・・・・・)居なく(・・・)()()()いる(・・)はずである。


 そしてそんなヴィオレは割り当てられている自室へ向かう足を止めない。視線を問いただす必要もないし、仮に必要があるとしても、これほど多くの耳目がある中では会話も何もあったものではない。


(……まあ、そのうち彼に教えを請うこともあるでしょうけれどね)


 ナーンは名実ともに世界最高峰の探索者(スカウト)である。なんと言っても認定勇者のパーティに在籍経験のある存命の探索者は世界でただひとり、彼だけなのだから。

 先々代勇者ロイの率いた“竜を捜す者たち”には探索者がいないため、レギーナを含めた当代の暫定勇者のパーティ三組に所属する探索者計3名がナーンに続く実力者とされている。だがヴィオレをはじめその3名はいずれもまだ“達人(マスター)”であり、“到達者(ハイエスト)”であるナーンよりも明らかに格下なのだ。


 行方をくらましてすでに10年あまり。もはや消息が知れることも、会うこともないと思っていた最高位探索者が目の前に現れた時の驚きと言ったらなかった。そんな彼を半ば強引に自分の配下に引き入れたのはレギーナのいつものワガママでしかないが、今回ばかりは彼女のその気まぐれに感謝する他はない。

 だって彼女以外には、おそらく引き留める事さえ難しかったはずだから。


 その彼が、アルベルトと肩を組んで自分を追い越してゆく。


(きっと彼は、王宮の外で動くのでしょうね)


 土地勘のないヴィオレが王宮の外を調べるのは容易ではない。[翻言(ほんごん)]を覚えて以降は王宮だけでなく王都の市街にまで手を伸ばしつつはあるものの、それでも王都の外となると全くの未知数である。その点で、すでに10年もこの地で生きてきた彼に敵うとは微塵も思わないし、彼もそれは分かっているはずだ。


「ミナー」

「あっ、はい」

「部屋で湯浴みがしたいわ。手伝ってくれる?」

「畏まりました」


 仕事(・・)の棲み分けならわざわざ話し合う必要もないし、休養と息抜きも必要だ。だからひとまずはリラックスタイムと洒落込もう。

 そう決めて彼女は最年少の侍女を呼び、駆け寄ってくる少女を横目に見ながら、階段のすぐ隣にある自分の部屋の扉を開けた。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「ナンディーさん、ちょっとよか?」


 レギーナに寝室を追い出されたその足で、ミカエラは前を歩くナンディーモに声をかけた。


「ですから僕の名前はナンディーじゃなくて」

「そらもう良かけんが」

「いや良くないっスよねえ!?」

「あんた、交易商人っちゅうたやんね?」


 聞き逃せない単語に、商人の勘がナンディーモ自身の言葉を止める。


「もしかして、早速商談ですかね?」

「まあそうやね。——あんた、岩都(がんと)と付き合いあったりしんしゃあ(しますか)?」


 岩都ザルブルグ。

 南のエトルリアと北のブロイスの間、西方世界の中心に聳える最高峰である竜心(りゅうしん)山の地下に広がる、土妖精(ドワーフ)たちの集落である。とはいえ規模的には国と呼んでも差し支えないほど巨大な地下都市であり、そこの住民はドワーフと岩妖精(ノーム)が大半だが、人口は十数万にも及ぶと言われている。

 ドワーフたちの生業は宝飾細工師、家具職人、木こりなど様々だが、中でももっとも多いのが武器職人つまり鍛冶師である。岩都を治めるドワーフの王、七賢人のひとりにも数えられる“岩窟の隠者”ゴルドニクもまた、鍛冶師だ。


「…………勇者様の鎧の新調、ですかね?」

「さすが、話の早かねえ」


 レギーナの愛用していた真銀(ミスリル)製の鎧は、彼女もろとも破壊され尽くして修復すら不可能な状態だった。一応持ち帰ってはいるものの、もはや廃棄するより他にない。

 そして物理強度も魔術強度も最硬級だった特注品の鎧が砕かれた以上、蛇王との再戦にはそれ以上の鎧を手に入れることが必須となる。


「“岩窟の隠者”に繋げと言われましてもねえ……」

「いやまだなんも言っとらんばってん」

「だってそれ以外にないでしょう?違いますか?」

「まあ、違わんね」


 岩都で最高の鍛冶師と言えばもちろんゴルドニクである。レギーナの前の鎧もゴルドニクに依頼して製作したものであり、それ以上のものを求めるのなら必然的にゴルドニクに依頼する以外にあり得ない。


「ていうか、僕を使わなくても連絡取れるんじゃありません?」

「うん。そやけど、前金ば用意して欲しかとよね」


「…………え。お金、貸しませんよ?」

「誰もそげなこと言うとらんて。『シャーム鋼』ば仕入れてきて欲しかっちゃんね」


 要するにミカエラは、ゴルドニクに新しい鎧の製作を依頼する前金として、シャーム鋼を入手してゴルドニクに届けようとしているのである。

 せっかく東方にいるのだから、西方にいる時よりシャーム鋼の入手は容易なはずだが、ミカエラには東方での伝手がない。では誰が伝手を持っていそうかと言えば、目の前にいる交易商人が一番に名が上がるだろう。


「あんたやったら仕入れられるっちゃない?ナンディーさん」

「何度も言いますけどナンディーじゃなくて。まあ伝手くらいありますけど、量次第ですかね」


 極島の“玉鋼”と並ぶ最高品質の鋼とされる、東方ヒンドスタンの“テリン鋼”。そのテリン鋼を大河東岸下流域のシャーム国が輸入し、その首都シャームで武器専用に精錬し直したものを“シャーム鋼”と言う。東方のリ・カルンやトゥーランだけでなく西方世界にまで広く流通していて、シャーム国の主要な外貨獲得源になっている。

 西方世界で最高級の剣とされるのは大抵がこのシャーム鋼で鍛えられたもので、通称“シャーム剣”と呼ぶ。レギーナが普段使いしている長剣コルタールもシャーム剣である。

 通常通りに西方に輸入されたシャーム鋼を入手しようとすれば、当然ながら多くの商人の手を介して仕入原価が跳ね上がる。だがナンディーモに依頼してシャームで直接入手すれば、それだけでずいぶん格安で手に入れられるはずである。


「とりあえず、長剣5本分ぐらいありゃあ良かろうて思うとよね」

「……それだと、白金貨(フィオーラ)で5、6枚ってとこですかね」

「それで良かよ。ナンディーさんの手数料として白金貨1枚つけちゃあけん」

「ですからナンディーモですって…………え?」

「足らんかいね?なら」

「いやいやいや逆っスよ!多すぎっス!」


「よかよか。(はろ)うちゃあけん取っとき」

「いや何なんスかねえ今の間は!?最初に儲けさせといてその後こき使う気じゃないでしょうねえ!?」


「いやいや、そげな考えすぎやって」

「だからその間は何なんスかねえ!?」

「ま、そら冗談ばってんが」

「冗談じゃ済まないんスがねえこっちは!?」

「今後もよろしくしたいとは本音やね」

「ほらやっぱり!!」


 お姫様(レギーナ)だけでなく、主祭司徒の孫娘まで商売上手でした。


「まあそういうことやけん、今後ともよろしゅうなナンディーさん」

「ナンディーモですけどね。……まあ話は分かりました。品が確保できたら連絡しますよ」


 そうしてミカエラとナンディーモは握手を交わして、彼は階段に向かい、彼女は与えられた自室に戻って行った。


「っていや主室の隣(そこ)なんスか!?」

「そらそうやろ。姫ちゃんの相手(・・)はウチやもん」


 ミカエラが入ろうとしたのはレギーナのいる主寝室の隣の部屋。主寝室に向かって左がレギーナに割り当てられた私室で、反対側がミカエラの部屋だった。そして主寝室には廊下側でも窓側でもない左右の壁に扉がある。

 つまるところそれは、一般的な王侯貴族の当主夫妻の使う当主の私室と同じ構造である。互いの私室の間に主寝室を挟んでいて、どちらからも廊下を介さずに主寝室に出入りできる。そして主寝室は夫妻の閨として使われるわけだ。

 客室として使われるだけの離宮になぜそんな部屋があるのかと言えば、藩国や従邦の王夫妻が直々に来訪することがあるためである。ただの使節団が逗留する際は、この三部屋は使われずに他の客室が使われる。


「えっじゃあもしかして、ミカエラさんと姫様って普段から同衾を!?」

「そら教えられんね」


 何やら意味深な笑みを残して部屋に入ってゆく彼女を、ナンディーモは呆然と見送るしかなかった。


「ま……まあ、世の中にはそういう趣味の人もいるって聞きますしね……ただの商人風情が踏み込んでいいわけもないか……」


 そして当然のように勘違いするナンディーモであった。






いつもお読み頂きありがとうございます。

次回更新は11日です。



【小ネタ】

 レギーナさんとミカエラさんは成人前からの親友であり普段から仲良しで、作中でも何度か百合風味を匂わせてますが、まだ(・・)そういう仲ではありません(笑)。

 そのうちそうなる予定があるのかと問われれば、まあ、読者の皆様が望むならってことで(爆)。


 ちなみにミカエラさんの方は半分くらい本気で狙ったりしてますが、レギーナさんの方は完全無自覚です(爆笑)。

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